放送への行政の介入を拡大する放送法「改正」に反対し、この法案を廃案とするよう要求します。
2007年5月21日放送を語る会
NHKや民間放送など、放送事業者のあり方を規定した放送法の「改正」案が国会に上程されています。
当会は、視聴者市民、メディア研究者、放送労働者がメンバーとなっている視聴者団体ですが、この案文を検討した結果、現憲法のもとで成立している放送法にとって、その根本の精神に抵触する改悪であると考え、断固反対するとともに、法案を廃案とするよう強く要求するものです。
1、放送内容にかかわる行政措置の条文はメディアの表現の自由を侵害する。
「改正」案には、民放番組のねつ造事件をうけた形で、放送事業者に対する新たな行政処分の条文が盛り込まれています。「総務大臣は、放送事業者が、事実でない事項を事実であると誤解され、国民生活・国民経済に悪影響を及ぼし、又は及ぼすおそれがある放送を行ったと認めるとき、再発防止計画の提出を求め、意見を付して公表する」という内容です。
これは、放送内容について「事実かどうか」「悪影響を及ぼし、又おそれがあるかどうか」を、行政が判定する、という途方もない条文です。このような条文がいったん作られれば、国家が常に放送内容を監視し、規制することに根拠を与えます。
この行政処分は、報道番組やドラマも含むすべての放送が対象、とされていますが、「事実であるかどうか」で、権力とメディアがきびしく対立することが予想される分野としては、戦争報道や歴史認識に関する放送があります。このような放送の分野でも、「事実でない事項」を放送した、という圧力をかけることを可能にする条文には重大な懸念をもたざるを得ません。
NHK番組「ETV2001」でも、NHK幹部が政治家の意図を忖度(そんたく)して「慰安婦」とされた人びとの証言を削除した際、「事実かどうかわからない」という理由をあげていたことが改めて思い返されます。現行放送法第三条は、「放送番組は・・・何人からも干渉され、規律されることがない」と、放送番組編集の自由を保障しています。今回の「改正」案はこの放送法の精神を根底からくつがえし、表現の自由の保障と、国家による検閲の禁止を定めた憲法21条に反するものです。どんな理由であれ許すことはできません。
2、放送内容の是正、改善は、視聴者市民のメディア批判の運動と、放送事業者の自律的努力によって行なわれるべきである。
私たちは、視聴者として、「発掘!あるある大事典Ⅱ」のねつ造のような事件については、厳しく批判するものです。しかし、視聴者市民の批判とそれに応える放送事業者という関係の中で、視聴者のメディア批判の力量が向上し、放送分野における民主主義の成熟が図られると考えるならば、放送内容の是正、改善は、あくまで視聴者市民と放送事業者の努力の中で追求されるべきで、行政が介入し、判断すべきではありません。 菅総務大臣は、放送事業者の第三者機関である「放送倫理・番組向上機構」(BPO)が機能している間はこの処分は凍結する、としています。しかしそうした明文の規定はありませんし、これはむしろ逆に、NHKと民放が設立した自主的な第三者機関の活動についても総務大臣が監視する、ということになりかねません。
本年5月に入って、BPOは、番組内容の調査、審理機構として新たに「放送倫理検証委員会」を立ち上げました。番組内容上の不祥事については、本来このような自主機関の活動によって正すべきです。
3、NHKに対する規制の拡大、強化は重大であり、容認できない。
放送法の「改正」案では、上記の行政処分の条項に加え、NHKへの新たな行政の規制、監督の道を開く条文が新設されており、NHKの自主自律にとって重大な事態です。 まず、経営委員会が任命する監査委員会の新設が問題です。監査委員は経営委員会が経営委員の中から任命し、そのうち少なくとも一人以上は常勤となります。
この委員会は、役職員の職務の執行に関する事項の報告をいつでも求め、業務や財産状況の調査ができるとされていますから、運用によってはオールマイティで強力な権限をもつ組織になりかねません。たしかに、不祥事続発のNHKにたいして監視すべきという世論はありますが、総理大臣が任命する経営委員の中に、常勤監査委員の有力な候補が監視役としてNHKに送りこまれる可能性を考えると、行政からの独立を守るべきNHKにとっては危険な条項です。また、平等であるべき経営委員の間に発言力の差が生じる懸念もあります。
次に、NHKの業務に、現行法にはほとんどない「総務省令で定める」とされる内容が多数持ち込まれていることです。
「経営委員会の職務」の中にも例えば「NHKの業務の適正を確保するために総務省令で定める体制の整備」「監査委員会の職務執行のために総務省令で定める事項」といった条文が新設されますし、決算報告の際、総務省が要求する提出書類の中にも、「総務省令で定める書類」という文言が新たに追加されています。
国会審議を経ないで作られる省令で、NHKの業務が指示される、などの条文が増えれば、NHKにたいする総務省のコントロールがいっそう強まるおそれがあります。
アメリカ、韓国など放送行政の先進諸国は、政府から独立した行政委員会が担い、権力の意思が放送局に直接及ばないように工夫されています。今回の放送法「改正」はこうした放送制度の民主的な方向と大きく逆行するものです。
放送法「改正」案が国会で審議されようとしている時期に、政府がNHK経営委員会委員長に富士フィルムホールディングス社長の古森重隆社長を起用する方針を決めた、との報道がありました。安倍首相に近い人物ということです。
現行放送法上では、経営委員は国会で承認が必要ですし、委員長は委員の互選となっています。このような手続きを無視した政府の姿勢をみるとき、放送法改悪の危険性がますます浮き彫りになったと考えます。放送を語る会会員のみなさん、各界の市民のみなさんに、放送法改悪に反対する意思表示と、行動への参加を呼びかけるものです。
