“混合診療”先進地 歯科の現在(2)
報酬低い保険診療採算割れ回避へ「自費」推奨

 連載一回目は、「保険診療」への不満から、治療に保険外診療を取り入れる患者を紹介し ましたが、歯科で保険外診療が多いのは、患者の不満からだけではないようです。保険診療が安いために原価割れするような治療があり、歯科医が保険外診療を患者に勧めている実態もあるのです。(飯塚隆志)

 「混合診療や自由診療を積極的に勧めるのは、六つの治療方法のうちどれですか」

 東京医科歯科大学の寺岡加代教授らが平成十二年に開業歯科医に行ったアンケート調査で、こんな質問をしたところ、多くの歯科医が患者に自費診療を勧めている実態が明らかになった。

 回答者四百五十二人中、自費診療を積極的に勧める医師がもっとも多かったのは「全部床義歯(総入れ歯)」(百七十七人)。逆に、もっとも少なかったのは、「乳歯金属冠(乳歯用のかぶせ物)」(七人)だった。

 医師はいったい、どんな治療で自費診療を勧めるのか。

 同時に行った調査で興味深いことが分かった。それぞれの治療の保険点数(公定価格)に対する不満を聞いたところ、最も不満が高かったのは「全部床義歯」で、最も不満が低かったのは「乳歯金属冠」だったのだ。

 両方の結果からは、「保険診療では、高額な材料コストをまかないきれないから、自費診療を勧める」(寺岡教授)歯科医師の本音が垣間みえる。

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 歯科は医科と違い、保険外診療の割合が高い。平成十五年の医療経済実態調査によると、歯科診療所の収入全体に占める自費診療収入の割合は11・4%。医科の診療所(入院施設なし)は3%程度だから、際立って高い。

 その背景には、医科にない「差額徴収」時代という歴史を背負っていることがある。

 「差額徴収」とは、たとえば、金歯などにした場合、保険で定められた医療費以外に、材料代や医師の技術料を徴収できるというもので、昭和五十一年まで認められていた。昭和三十六年の国民皆保険制度導入で医療費が増大したため、その抑制策として認められ、自費での上乗せ額に基準はなかった。

 このため、過大請求が相次ぎ、患者側の不満が爆発。厚生省(現・厚生労働省)は差額徴収を廃止する代わりに、義歯とかぶせ物に保険外の材料を使う場合に限って、一部を保険診療にできるようにした。

 だが、「歯科に上乗せはつきもの。いい治療は高くて当たり前」という意識は、その後も歯科医、患者双方から簡単になくならなかった。

 差額徴収廃止から五年後の昭和五十六年以降、歯科の診療報酬は十一回連続で医科よりも低い上げ幅に抑えられた。背景には、この間に行われた「薬価差益の縮小」による診療報酬の上乗せが、医科に重点的に行われた側面がある。歯科医には「十分な評価、手当てがなされなかった」(日本歯科医師会)という思いが強い。

 それを裏付けるように、差額徴収廃止で、国民医療費(混合診療や自由診療における自費診療を除いた医療費総額)に占める歯科医療費の割合は一時的に上昇し、昭和五十六年には11%を記録したものの、その後、ほぼ一貫して減少。平成十五年度は8・0%にとどまっている。保険で十分に評価されないなか、自費診療を重視せざるを得ない実態がすけて見える。

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 国は平成十四年の診療報酬改定で、診療報酬全体で1・3%の引き下げを断行。初めての引き下げで「ただでさえ採算割れしている治療があるのに、状況がさらに悪化」(日本歯科医師会)し、歯科医の保険診療収入が落ち込む結果につながったという。

 しかし、その結果が、「自費診療の勧め」だったとしたら、診療報酬の引き下げは何をもたらしたのか。患者側からすれば、単に「自費診療も含めれば、医療費総額は増えた」か、虫歯の放置かもしれない。