歯科治療における麻酔の種類 

歯科治療の際に使われる麻酔の方法は、下記の3種類だと思って頂いていいと思います。   

1)

全身麻酔

 これは病院の口腔外科などで行われる手術時に必要に応じて採用される麻酔の方法であり、一般の歯科医院において使われることはまずありません。したがって、この項での全身麻酔に関する説明は割愛させて頂きます。

2)

笑気麻酔

 笑気麻酔というのは患者さんを酩酊状態(酔っ払ったような状態)にさせるものであり、基本的には次に述べる局所麻酔の補助的なものだと言えましょう。

 全身麻酔の場合と違い、笑気麻酔下にある患者さんの場合にはちゃんと意識があります。したがって、リアル・タイムでの会話はほぼ正常に行えます。但し、患者さんは前述のとおり酩酊状態にありますので、時間の経過などはハッキリと認識されていないのが通常です。

 ところで、私も学生時代に経験があるのですが・・・酔っ払っている時って、ひっくりかえって少々擦り剥いたところで、痛くも痒くもなかったりしますよね。

 別名「迷入麻酔」とも呼ばれるこの笑気麻酔の効果を簡単に説明するならば、このような「酔っ払い効果」(!?)とでも言うべき痛みに対する反応が鈍くなることを期待できるというわけなのです。

 しかし、以下の理由などから笑気麻酔には賛否両論があるということも、また否めない事実でもあります。

患者さんによって、その効果にはかなりのばらつきがある

治療自体は終わっても、完全に覚醒されるまでの数十分はお帰り頂けず、特に直後の自動車の運転はもってのほかだということになる

患者さんによっては、その導入時に逆に恐怖心を持たれるケースがある

etc.

 ちなみに、私も随分以前の話ではありますが、3年ほどにわたって子供からお年寄りまで多くの患者さんにこの笑気麻酔を使っていたことがあるのですが、現在では全く使用していません。

 では、何故今は使っていないのか・・・その理由は、実にシンプル。今の私には、患者さんを酔っ払わせて治療することの必要性が感じられないからにほかなりません。

3)

局所麻酔

一般の歯科医院において最も頻繁に使われている麻酔法が、このタイプのものです。

@注射による麻酔

・浸潤麻酔 

 上顎における麻酔時に、多用されます。上顎骨は下顎骨に比べてその密度が粗にできている為、麻酔薬の浸潤が充分に行われます。従って、歯を削ることから神経を抜いたり抜歯をしたり・・・と、基本的には全ての処置をこの方法で行うことが可能です。

・伝達麻酔 

 神経の枝葉の部分に麻酔薬を浸潤させる浸潤麻酔とは異なり、その幹の部分に麻酔をすることでそこから先にある全ての部分を麻痺させようというのが、この方法です。

  浸潤麻酔の項でも書きました通り下顎においては麻酔薬の浸潤が不充分なケース(浸潤麻酔では効かない)が多く、そのためにこの伝達麻酔という方法がとられるわけですが、下顎孔やオトガイ孔というような箇所を目指して注射するのが通常です。

 この伝達麻酔においては、その後遺症として後麻痺(痺れがとれないこと)が多く報告されており、この危険性からも伝達麻酔という方法を選択する歯科医師は、今ではかなり少なくなってきています。

・歯根膜腔への麻酔 

 ちなみに、歯の根っこは顎の骨に直接くっついているのではなく、歯根膜という靭帯様のものを介在して顎に植わっています。そして、その歯根膜のある隙間(歯根膜腔)に麻酔薬を注入することで麻痺させるのが歯根膜注射です。

  この歯根膜注射は、下記のようなメリットから専用注射器の開発もあり、最近では伝達麻酔に代わって多く選択されるようになってきています。

@麻酔の薬液量が少量ですむ

A麻痺感が殆どない

B基本的に、後麻痺の危険性がない

 但し、この方法はこの方法で・・・薬液の注入圧や速度、量などによっては歯根膜の炎症を引き起こし、その結果、患歯における打診痛を招くようなケースもあるようです。

− 注射器のいろいろ −

ディスポーザブル(使い捨て)・カートリッジの使用は常識で、

通常使われるカートリッジには、その容量が1.8mlのものと1.0mlの2種類があります。

− 最も一般的な手用注射器 −

− セミ・オートマティックの注射器 −

ラチェット機構により、加圧注入が可能。主に、歯根膜腔注入用。

− 電動注射器 −

薬液の注入速度、及び注入圧をコントロールでき、

通常の使用法から歯根膜注射用としてまでの幅広い使用が可能ではあるが、

電動の機構を持たせているため、少々大きいのが難点。

− 注射針の種類 −

下記のとおり、当院では二種類の太さと長さをもつ注射針を、

その用途に応じて使い分けています。

太さ:

30G

(0.30mm)

通常用いられる一般的な太さの注射針です。

33G

(0.26mm)

現在、これが最細の歯科用注射針であり、

この使用によって、

刺入時の疼痛は一層軽減されるようになっています。

長さ:

21mm ・ 12mm

Aスプレーやジェルによる表面麻酔

 これは歯茎やその他の粘膜を痺れさせるもので、注射針刺入時の疼痛軽減や印象(型採り)時の嘔吐反射の防止などを目的として使われるのが一般的です・・・が、あまり使っている歯科医を見たことはありません。これを使うことにそれほど大きなメリットはないというのが、大半の歯科医の意見というところでしょうか。

 但し、レーザーの照射時などにこの表面麻酔を使うことが、私自身は時々あります。

 歯科用注射麻酔薬の安全性と注射の痛みについて 

 一般的に、歯科用局所麻酔の安全性は高いとされています。しかしながら、それは当然の如く100%ではなく、やはりその使用にあたっては術者の十分すぎるほどの注意が必要であることは言うまでもありません。

 通常、我々の使う歯科用注射麻酔薬には麻酔の持続時間をコントロールしたり術野における出血量を抑制したりするためにエピネフリンと呼ばれる血管収縮剤が配合されているのですが、多くの場合これが麻酔によるショックを引き起こす原因になっています。

 そして、このエピネフリンに関しては、別の血管収縮剤を配合したものや血管収縮剤自体を含んでいないものもあり、ケースによって使い分けのできるよう、私も常に数種類の麻酔薬をもっています。

 歯科治療においては、麻酔の使用は避けて通れないと言っても決して過言ではありません。したがって、当然のことながら我々も問診(問診表)などからその事実を事前にみなさんから伺うようにはしているのですが、心臓疾患などをお持ちの方(血液検査値や心電図、血圧などに異常がある)は、必ず事前に申し出て頂く必要があるわけです。

 ところで、みなさんの中には・・・「心臓病もなく健康だけど、麻酔をうたれたときにちょっと心臓がドキドキしたことがある」とか「ちょっと気分が悪くなったことがある」というような方がおられるかもしれませんが、たとえ健康体の方であってもその日の体調などによってはそのような症状の出ることが無いとは言いきれないのが、歯科用の麻酔薬でもあるのです。そして、そのような目にあなたをあわせないための留意点がいくつかありますので、ここに箇条書きにしておくことに致します。

 − あなた(患者さん)にとっての留意点 − 

@

前日の晩は充分な睡眠をとっておいて頂き、極端な寝不足での受診は避けて頂く。

A

駆け込み受診(治療開始時間直前ぎりぎりに走り込んでこられるようなこと)は避けて頂く。

B

できるだけ肩の力を抜いて緊張せず、リラックスしていて頂く。

緊張は、心因性ショックを招く原因になります。

− 歯医者にとっての留意点 −

@

付着歯肉以外の可動部位への刺入時には、その部位の粘膜を緊張させ、固定した注射針に粘膜をかぶせるように刺入することで、刺入時の痛みを感じさせないようにする。

A

薬液を体温と同程度の温度にしておく

B

薬液の注入は、できるだけゆっくりと患者さんの顔色や反応を見ながらする。

ブスッと針を突き刺して、あなたがのけぞるのもお構いなしにググ〜ッと一気に麻酔薬を押し込む・・・なんてのは、これはもう最低の注射のうち方であり、これこそが患者さんにショックを起こさせる最大の原因であるといっても、決して過言ではないでしょう。

C

最少の投与量にて最大の効果を得ることができるような麻酔の使い方をする。

 この他、特殊なものとしては東洋医学による鍼麻酔などが歯科領域にて応用されていたようですが、最近ではあまり耳にしなくなりました。