肩こり・・・いやですね。この肩こりの原因はたくさんあるようで、かく言う私も肩こりに悩まされている一人です。精神的なストレスからくる肩こりもあれば、運動不足からであったり私のように目を酷使する仕事にプラスしてコンピューター・ディスプレイを凝視しているというような眼性疲労からくるものであったり・・・と、その原因は数えればきりがなさそうですが、ここでは歯科領域に由来する肩こりについて書いてまいります。

 そういえば、「肩がこると、歯が浮いたようになる。」とおっしゃる患者さんが時折いらっしゃいます。症状としては確かにそうなのでしょうが、これは肩こりが原因で口の中にトラブルが起きているのではありません。元々口の中にある病気が、肩がこるというような症状として現れる自分自身の抵抗力の低下により、二次的に鎌首を持ち上げたに過ぎないのです。言いかえれば、「口の中にそのような病気があるから、肩がこっている」可能性が大だということです。

 この項では、このような口と肩こりとの関連について、以下、話をすすめてゆくことに致します。

不正な噛み合わせ

 肩こりと歯科領域とは、たぶん皆さんがお考えになっているよりもはるかに密接なつながりを持っています。その中でも不正な噛み合わせは、歯科領域における肩こりの原因の最たるものでしょう・・・と言うより、ほとんどがこれだといっても過言ではないと思います。

 さて、ここで言う噛み合わせというのは、食べ物を噛んでいる時の話ではありません。逆に、このときには食べ物は歯と歯の間にクッションとして存在しているわけで、食べている時に直接歯と歯が接触すれば、ギリギリ、ガリガリいって食べられたものではありませんね。

 では今、唾を呑み込んでみてください。呑み込む時、上下の歯を噛み合せたでしょ!?その位置が中心咬合位といって、とても大切なあなたの上下の歯が最大面積で接触し、食いしばることのできる位置なのです。今度は、その位置から左右に歯軋りが出来ますね。それが下顎の側方運動で、前に動かせば前方運動です。前方と左右へ顎を動かした時の往路と復路は、基本的にスムーズに行われ、且つ一致していなければいけません。

 このような顎の運動と歯の関係をここでは噛み合わせといい、その噛み合わせと顎の運動に狂いがあるとしたら・・・噛んだ時の顎の筋肉や関節の状態は歯の噛み合わせによって決められているわけですから、それは、まるで右足に下駄を履いて左足に靴をはいているようなことに、あるいは偏磨耗した靴を履いているようなことになるのです。このことは左右一対で常に連動して動く顎の関節に多大な影響を与え、筋肉の運動をも妨げます。その筋肉はもちろん頭蓋骨に、そして首にもつながっているのですから、当然、首や肩がこるという症状が出ても不思議ではありませんね。

 それでは、その不正な噛み合わせの原因となっているもの別に、書き出してみることに致します。

 

@ 親知らず  (参照: 「親知らずって、どんな歯?」 )

 親知らずは、一本も持っていらっしゃらない方から、上下左右に4本持っていらっしゃる方まであり、その状態も人によってさまざまです。

 まず、生えることができずに埋まっている状態の親知らずで、これが何らかの炎症を持った場合、肩こりに結びついてくることは十分に考えられるでしょうが、このときには、ほとんどの方が患部に何がしかの自覚症状をお持ちになるでしょう。

 そして、生えている親知らずの場合には、それがノーマルな位置に生えておらず、噛み合わせに影響を及ぼしていることが多いのです。しかし、親知らずというのは、たとえそれが不正な位置にであっても、生えてしまうと自覚症状があまりなくなってしまうことの多い歯でもあります。
顎は単に蝶番運動(ちょうつがいのような単純な開閉運動)だけをしているのではなく、前述の通り水平的な運動も含め、三次元的に動きますので、その運道路を阻害していることの最も多いのが、親知らずなのです。

 

A 咬頭干渉(早期接触)

 咬頭というのは、臼歯一本一本の噛む面にある山のことです。そして谷の部分は窩といい、上下の歯を噛み合せた時(唾を飲み込む時に噛み合わせる位置=中心咬合位といいます)、互いの咬頭が相手の窩の部分に位置しているというのが通常です。ところが、スムーズにその位置に行くことが出来ず、ある一箇所、あるいは複数箇所の咬頭どうしが他の歯よりも先に当たっている(咬頭干渉・早期接触)ことがあります。

 ところが、長年慣れ親しんでいる自分の口なものですから、このような不正な当たりが自分の口腔内にあってもこれを器用に避けて噛む癖を身につけてしまっていることが多いのです。

 また、中心咬合位では安定していても、側方運動時に不正な当たりのあることもあります。これらも、前述の通り左右同じ高さの靴でなければいけないのに、片一方は早く接地してしまう下駄を履かされていることに慣れているようなもので、非常に不自然な動きをしなければいけなくなっているのです。そして、脱いだり履いたりする靴とは違い、これが寝ている間もずっとなのですからたまりません。

 この習慣性の不自然な動きが顎の関節や筋肉に負担をかけ、障害を生みます。それが、顎関節症と呼ばれるものであったり、肩こりや頭痛であったり、ひどい時にはめまいや耳鳴りの原因になったりするわけです。

 このような原因は、天然歯どうしの場合でも十分にありえることではありますが、歯科医の作ったクラウンの噛み合せの調整が不十分であったときなどにも生まれます。

 最初は、「ちょっと噛み合わせがヘンだなぁ。」と思ったものでも、噛んでいるうちに慣れてしまったりすることがありますが、不正な噛み合わせを与えられた場合・・・これは、決して慣れてはいけないものなのです。

 まっすぐに噛んでみたときには大丈夫であっても、必ず横にギリギリと擦り合わせてみて、引っかかる感じや山を越えるような感じがないかを確かめてください。もちろん、これは患者さんに言われるまでもなく歯科医がきちんと調整していなければいけないことです。歯科医が病気を作っているようでは、お話になりませんからね。

 噛み合せの問題からきている肩こりの場合、たった一箇所の当たりを調整するだけで楽になったりすることもざらにありますが、オクルーザル・リハビリテーションといって口全体の噛み合わせを改善してやらなければならないケースもあります。

 

B 低位咬合

 読んで字の如く、噛み合わせの位置が低いという意味です。

 例えば、皆さんの腕や脚。これらは、ピンと伸びた状態では大きな力を発揮させることができませんね。また、縮めすぎても同じです。このことからもおわかりいただけるように、関節と筋肉には十分な力を発揮できる位置があるのです。上下の歯が噛み合う位置・・・まさに、これがその位置なのです。例えば、上下とも総入れ歯の方からその入れ歯を取り上げてしまったとします。すると、この方は自分がどこで噛んでいたのかわからなくなってしまわれます。つまり、この方の噛む位置は上下の総入れ歯によって決められているわけです。

 その入れ歯を本来の噛み合う位置よりも高く作ると、その患者さんは、まずたいていは「高いです。」とおっしゃることになります。ところが低く作ると、意外と低いことには気付かれません。ましてや、長年使い続けてこられた入れ歯の噛む面が磨耗してきていて噛み合わせが低くなっている場合など、食べることさえできておられれば、なかなかお気付きにはなりません。また、歯科医が低い目に出来た入れ歯や冠、ブリッジなどを装着した場合にも、結果は同じです。噛み合せが低くなると、やはり顎の筋肉や関節にトラブルを生みます。要は、その方にとっての正しい噛み合せの高さを保っていただくことが大切なのです。

歯  周  病

 これが原因で肩がこるという場合、それは二つに分かれると思います。ひとつは、歯周病による歯の動揺や伸び上がり(伸び下がり)等から@の状態が生まれている場合。二つ目は、歯周病の急性の炎症などによってリンパ腺などに腫れを持つような状況になっている場合です。

 よく、「肩がこると、歯ぐきが腫れるんです。」とおっしゃる患者さんがおられます。これは、肩がこっったから歯ぐきが腫れているのではないのです。歯ぐきが腫れているから肩がこってきているのか、あるいは、肩がこるほどに疲労がたまっている状態で自分自身の体力が低下しており、普段はその体力で慢性状態に(自覚症状のない状態)押さえ込んでいた炎症が急性化した・・・つまり歯ぐきが腫れてきたのか、なのです。どちらにしても、「歯周病は、単に口の中だけの病気ではない」ということです。

虫      歯

 虫歯自体は直接肩こりとに関係してきませんが、例えば右側に虫歯があるので左で噛もう噛もうとしている・・・というような場合、変則的な運動を顎に強いていることとなり、やはりそれが肩こりの原因になると考えることが出来るでしょう。また、虫食いが進行してその神経を侵したり、根っこの先に病巣が出来たりすると、これまた化膿性の炎症を持つことなり、肩こりとは無関係とは言いきれなくなってきます。

顎 関 節 症

 顎関節症というのは顎の関節の病気の総称で、ひとつの病気や症状の名称ではありません。したがって、その症状も多岐にわたり、治療法も確立されきってはいないというのが現状ですので、ここでは詳しい話は控えます。ただ、顎関節は噛み合わせと大きく関係していますし、その顎関節は肩こりと密接に関係していることも事実です。不正な噛み合せの項でも書きましたように、顎のコンディションを健康に保つことはとても大切なことです。


 ざっと書き出してみると以上のようなことになるのですが、肩こりの全てが口の中に起因しているわけではなく、また口とは無関係だとも言い切れません。

 しかし、逆に考えれば・・・口の中に上記のような原因が見当たりさえしなければ、口とは関係がないと言い切れるわけですから、お口の中の健康を保っていて頂くということは、やはりとても大切なことなのです。