青空に、蝉の声が木霊している。
まだ昼前だと言うのに、はや蒸し暑さを感じさせる。
夏の日差しを眩しげに振り仰ぐと、アテナは手にした柄杓で桶から水をすくう。
まだ真新しさを残したままの墓石に、柄杓から放たれた透明な液体が馴染んでいく。
"麻宮家之墓"
刻まれた文字に、水滴が流れ込んでいく。
柄杓を桶に戻すと、アテナは線香に火を灯し、その場に屈んで手を合わせる。
「・・・1年も放っておいて、ごめんなさい・・・・父さん、母さん・・・」
不思議と、涙は流れなかった。
いやそれ以前に、なんの感情の高ぶりも起きないことに、彼女は不満だった。
"哀しい想いを・・・覚えていないのね・・・"
吹っ切れた訳ではない。
あの"事件"から、まだ1年しか経っていないのだから。
1年前の、恐らくは彼女が中国へ渡る原因となったはずの、忌まわしい記憶。
しかしアテナは、その半ば以上を思い出せない自分を発見していた。
両親を失ったという事実は覚えているが、事件の詳細までは思い出せなかった。
理香や彼――椎拳崇なら、何か知っているのかも知れない。
断片的な彼女の記憶では、少なくとも理香の姿はそこにある。
――後で、理香に訊いてみようか?
ふとそんな考えがよぎるものの、それは違うだろうと、思い直す。
不意に、今朝方の騒動を思い出し、彼女はクスリと笑った。
☆
不思議な感覚たった。
意識はぼやけていたが、アテナはどうやら自分が仰向けに横たわっているらしいと知覚していた。
身体全体に、圧迫感がある。
"・・・誰?"
誰かが、自分の上にいる。
彼女の意志を感じたのか、彼女の胸に顔を埋めていた人物が、顔を上げた。
"この人、知ってる・・・"
まだ、あどけなさが僅かに残る青年は、照れくさそうに微笑む。
"・・・椎・・・拳崇・・・"
優しげな彼の瞳には、アテナの姿が映っている。
"わたしを大切だといってくれる人。・・・・わたしが、大切だと思っている人――?"
そこで初めて、彼女は自分達が何も身につけていないことに気付いた。
"これは、なに?"
今ひとつ、状況が飲み込めないまま、彼女はぼんやりと彼を見返す。
ひどく現実感が伴わない光景。
"アテナ・・・"
彼に、名を呼ばれた。
その声を心地よいと感じられたから、求められるまま、彼女は瞳を閉じ―――
不意に、圧迫感が消えた。
ほぼ同時に、鈍い音とうめき声。
「――何やってんの、あんたはっ!!」
理香の怒声が降り注ぐ。
"?"
瞳を開けたアテナの視界に映ったのは、見慣れない天井だった。
声のした方へ首をひねってみれば、突き出すような蹴りを放ち、そのままの姿勢の理香。
反対側へと視線をやると、そこには吹き飛ばされて壁に激突しているフジ子・・・いや、今はミスピーか。
"ああ、そっか。"
アテナは、昨夜フジ子の家に泊めてもらったのだということを思い出した。
「あんたねぇ、変な趣味は持ってないっつってたでしょうがっ!!」
「オゥ、言いがかりネ! ワタシはただ、マイすうぃーとハニーに朝の挨拶ヲ・・・」
「シャラップ!」
怒り心頭、といった面もちで理香が叫ぶ。
「朝の挨拶で、なんで脱がす必要があんのよ!」
ビシっと、ミスピーを指さして理香は決めつける。
「アテナは、椎くんのモノなんだからね!」
いや、それもどうかと思うが。
みれば、アテナの胸元がはだけていた。
どうやら、ミスピーのしわざらしい。
何となく状況が見えたアテナは、ゆっくりと上体を起こした。
まだ、頭がぼんやりしている。
「アテナ、あんたからも何か言ってやんなさい!」
朝っぱらからヒートアップしている理香から、反対側の壁に打ち付けられたままのミスピーに視線を移す。
彼女は、バツが悪そうに微苦笑を浮かべていた。
「・・・お早うございます、フジ子さん。」
アテナの口をついて出た言葉に、理香はこれ以上ない脱力感を覚えていた。
こめかみに、鈍く痛みが走る。
「あんたねぇ・・・・」
理香は忘れていたが―――、アテナは低血圧だった。
☆
「つまり、ね?」
朝食の席で、フジ子は冷汗を流しながら弁明していた。
「えんじぇるちゃんが言うには、彼女のココロの状態をみておいた方がいいって。」
理香の冷たい視線が突き刺さる。
「で、その為には、余計なモノは取り除いた方が、よくわかるって言うから・・・。」
実際、「気」を用いた施術では、衣類は「気」の妨げになるという話もなくはない。
それを知っていたアテナは、納得して頷いた。
――が、理香は違った。
「じゃ、なんで、む・・・胸に顔を埋める必要があるのよ?」
流石に、ちょっと言いにくそうな理香。
華も恥じらう17歳の乙女には、少しばかり刺激が強すぎる光景だったのだろう。
フジ子は、苦笑いを浮かべながら、言い訳を続ける。
「いや・・・、思わず、"ミスピー"が出て来ちゃって・・・」
「2重人格か、あんたはっ!」
まぁまぁと、理香をなだめるアテナ。
「あんたのことでしょうがっっ!」
どうやら、逆効果だったらしい。
☆
「・・・・で、どうなのよ?」
ようやく怒りを収めた理香は、フジ子に続きを促す。
「そうね・・・」
フジ子は言いながら、皿の上のプロセスチーズのブロックをつまみ上げた。
「例えばこれが、アテナちゃんの心。」
言いながら、フジ子はチーズに箸を突き立てた。
「そして、これが彼女の今の状態よ。」
「「?」」
アテナと理香は意味が分からず、お互いに顔を見合わせる。
「つまりねぇ、」
理香の怒りが収まるまで逃げていたのだろう、不意に現れた天使が、フジ子の後を受けて言葉を続ける。
「普通は"こころ"って、外からの影響を受けて、揺れ動くものなの。」
天使の言葉に合わせて、フジ子は手にしたチーズの固まりを揺らして見せる。
「でも、アテナの場合、こんな風に杭を打ち込まれて、無理矢理固定されてしまった状態な訳。」
「・・・だから、リアクションが乏しいってこと?」
理香の問に、天使は頷く。
と、箸を穿たれたチーズのブロックは、その圧力に耐えきれずに、ボロボロと崩れ落ちた。
「・・・いずれ、こうなってしまう可能性も否定できないわ。」
フジ子の言葉に、理香は思わずアテナを見つめた。
困ったように苦笑いを浮かべるアテナに、理香は溜息をひとつ。
"・・・自分では、気付いていたって訳ね。"
昨日のアテナの説明では、そこまでは言われていない。
親友に心配をかけさせまいとして、彼女なりに気を使ったということなのだろう。
"気遣う方向性を間違えてるっちゅうの。"
やや、面白くない理香だったが、それをここで言ってもはじまらないことはわかっていた。
「・・・アテナちゃんのお師匠さんが言われるように、この"呪縛"をうち破らない限り、記憶も戻らないでしょうね。」
フジ子の言葉に、アテナは頷いた。
「・・・今日、出発します。」
お世話になりました、と頭を下げるアテナに、フジ子は首を横に振る。
「ダメよ。徒(いたずら)に動いても時間の無駄だって、昨日話したでしょう?」
次の目的地が未定のまま動くな、というフジ子の言葉はもっともだ。
アテナにしてみれば、これ以上やっかいになることに抵抗を感じていたから、なのだが。
身の危険を感じている――訳ではない。多分。
「今日はご両親に会うのでしょう? 戻ってくるまでに、情報を集めておくわ。」
フジ子の言葉に、アテナと理香は顔を見合わせる。
何故、フジ子がそのことを知っているのか?
昨夜、寝る前に2人で話しただけの話題の筈なのに。
「―――フ〜ジ〜子〜さん・・・・」
三白眼で睨む理香の声に、フジ子は自分が口を滑らせたことを悟った。
「何処に盗聴器しかけてたのっ! こら、待ちなさいっ!」
脱兎の如く逃げ出すフジ子を追い回す理香。
その2人の様子を眺めながら、アテナは苦笑いを浮かべていた。
"・・・・一体どういう人なんだろう? フジ子さんって。"
悪い人ではなさそうなのだが。
☆
夏風が、アテナの髪を揺らした。
心地よさからは程遠い、蒸し暑さを含んだ風だ。
あまり気持ちの良いものではない。
が、むしろ墓場にはお似合いなのかもしれない。
「・・・また、来ます。」
別れの言葉を口にし、顔を上げたアテナの視界に、向かいの列に参っている人物の姿が飛び込んできた。
紅い髪の、細身だが大柄な青年。
肩に背負ったギターケース(恐らくは、ベースだろう)がこの場に不似合いではあったが、彼は優しげな眼差しで、手にした花束を備えるでもなく、立ったまま墓石を見つめている。
ふと、視線が会った。
ぺこり。
墓参りの場ではそれが礼儀だからと、アテナは軽く会釈した。
「?」
だが、相手は驚いたように目を見開き―――、なにか呟く様に、微かに唇が動いた。
やがて何を思ったか、彼は頭(かぶり)を振った。
そして、何事もなかったかの様に挨拶を返すと、彼は黙って踵を返した。
花束を持ったまま。
"・・・変な人。"
彼の背中の、月輪らしき紋様をぼんやりと眺めながら、彼女は肩をすくめた。
そして彼女もまた、踵を返す。
――後にその人物と関わりを持つことになるなど、この時の彼女は知る由もなかった。
☆
「・・・あなたは、帰らなくていいの?」
フジ子の素朴な疑問に、理香は肩を竦めて見せた。
「うちの両親は、どっちも仕事で飛び回っているから。」
今は2人とも日本にいないから、問題はないのだと笑う。
今日は日曜日で学校も休みなので、確かに問題はないのだろう。
受験生ではないのか、という疑問は残るが。
「じゃぁ、あなたの家に、アテナちゃんを泊めてあげてもよかったんじゃないの?」
その言葉には、理香は冷たい視線で応えてみせる。
"あんたが無理矢理誘ったんでしょうが?"
言外の台詞に、フジ子は苦笑いを浮かべた。
「たぶん・・・アテナが嫌がるよ。」
ふと、真顔に戻った理香は、小さくこぼした。
「?、親友なんでしょ?」
2人の仲の良さを目の当たりにしていたフジ子は、合点がいかない様子である。
それはそうなんだけど、と呟きながら、理香は顔を背ける。
フジ子は、拙いことを聴いたかな、と少々後悔していた。
「アテナは、何も言わないけど・・・・」
顔を背けたまま、理香は呟くように言葉を紡ぐ。
「あの娘のご両親が亡くなったの、きっと、あたしのせいなんだ・・・。」
フジ子はマズった、と悔やんだが、遅かった。
いきなり核心をついてしまったらしい。
自分の迂闊さを呪いもするが、もはや手遅れである。
しーん・・・
重苦しい空気は、目に見えぬ圧力となってフジ子にのしかかった。
「え〜っと・・・」
「―――なんて、ね。」
ケロリとして顔を上げた理香に、フジ子は目が点になる。
「さ、アテナが帰ってくるまでに、情報集めておかなきゃ、ね?」
フジ子とは対称的にニッコリと微笑むと、理香は元気よく立ち上がった。
☆
閑静な住宅街の一画に、ポツンと空き地が存在している。
何も無い、空間。
アテナはその空虚な景色を、真っ直ぐに見つめていた。
かつて、この場所には自分が暮らしていた空間があった―――筈だ。
"なにもない・・・"
かつての焼け跡の影もなく、綺麗に整地されてしまっていた。
"・・・?"
アテナは自分の頬を伝う熱いものに戸惑った。
"わたし・・・泣いている・・・"
哀しいとか淋しいとか、そういった想いは湧いてきてはいない。
"なぜ・・・泣いているの・・・?"
表面に現れなくとも心の奥底では、まだ高ぶる感情を失ってはいないのだろうか。
両親を失った記憶はある。
しかし彼女は、その時の自身の想いを、どうしても思い出せなかった。
"・・・は、ち、す・・"
不意に、墓場で出会った青年の呟きが思い出された。
アテナには彼の声は聞こえなかったが、口の動きから、そう呟いた様に思えた。
はちす。
蓮の古い呼び名が、確かそんな名前だったような気がする。
呟きの意味するところは、理解できなかった。
ただ、そこに込められた驚きと哀しみが、アテナの心に引っかかっていた。
多分今の自分も、あの時の彼と同じ種類の想いを抱いているのだろう。
そう考えることで、アテナは自らの涙の意味を理解した。
「は・・・」
溜息をひとつ。
いつまでも、ここにこうしていても仕方がない。
彼女はフジ子と理香の待つ場所へと、踵をかえした。
その、彼女から僅かに離れた路地。
壁にもたれたまま、男はくわえていた煙草を吐き捨てると、踏みにじった。
大柄な彼は、夏だというのに肩からコートを羽織っている。
明らかに日本人の顔立ちだが、その髪は金色に染め上げられていた。
黒いサングラスを僅かにさげ、去りゆくアテナの後ろ姿を盗み見る。
「・・・気に入らねぇな・・・」
☆
「・・・何処へ行くんですか?」
陽が傾き始めたころ。
カジノ"るしゅふぇる"に戻ったアテナは、すぐにフジ子に連れ出された。
目的地も何も知らされないまま、半ば無理矢理引っ張られていく格好で。
普段着に着替えた理香も、黙ってついてきている。
何本か電車を乗り継いで、とある店の前まで来たところで、ようやくフジ子はアテナに微笑みかけた。
「・・・お別れ会くらい、してもいいかなって思ってね。」
「はぁ。」
Hard Rock Cafe と読みとれる店の看板を見上げながら、アテナは曖昧に頷いた。
「フジ子さんの知り合いのお店、なんだってさ。」
理香の言葉に、アテナはもう一度、建物を見上げた。
派手な電飾が瞬いている。
フジ子の店もそうだが、こちらも派手さにかけては負けてはいない。
遠くから――恐らくは店内からであろう――は、腹の底に響きそうな低音が伝わってきている。
"類は友を呼ぶ"
そんな言葉が浮かんだ。
「どうしたの?」
フジ子の問いかけに、アテナは理香と顔を見合わせる。
理香もまた、同じことを感じていたらしく、苦笑いを浮かべていた。
「?、変な子たちね。」
行きましょう、そういって彼女は入り口へ2人を導いた。
☆
照明がおとされた店内は、中央に設けられたステージ上で奏でられるロックバンドの演奏が響きわたっていた。
外に漏れ聞こえていたのはこの音だろう。
店の隅に設けられたカウンターに陣取ったフジ子は、バーテンに何やら飲み物をオーダーしたようだ。
"・・・あの人・・・?"
アテナはカウンターに座したまま、肩越しにステージを振り返っていた。
「なに? アテナちゃんでも気になるの?」
「?」
フジ子の言葉に、アテナは彼女を振り返った。
フジ子の言葉によると、アマチュアながらこの近辺では結構人気のあるバンドなのだそうだ。
特に、女性からの人気が。
いわゆる、「いい男」の集まりなのだそうな。
「そういうんじゃないです。」
フジ子の興味深げな瞳に、アテナは首を横に振った。
アテナの視線は、ベースを担当している赤毛の青年を追っていた。
「・・・アテナって、面食いだっけ?」
アテナの視線を追った理香が、一言。
なるほど、確かにステージ上のメンツの内では、一番の美形であろう。
「・・・そんなんじゃ、ないってば。」
「どうだかなぁ? 怪しいゾ?」
あらぬ誤解を受けていることに気付いたアテナは、拗ねた様に頬を膨らませる。
「・・・昼間、墓場で会った人がいるから。」
「へぇ?」
アテナの言葉に、フジ子はベースの青年を眺めた。
他のメンバーとは対称的に、物静かな面持ちで、軽く瞳を閉じたまま演奏に集中している。
その彼が、視線を感じたのか、ふと瞳を上げた。
フジ子と視線が会うが、彼は何事もなかったように再び瞳を閉じようとした。
"おや?"
彼を観察していたフジ子だから気付いた、微かな反応。
フジ子の隣、アテナの姿を捉えたのだろう、一瞬彼の瞳が見開かれた――ような気がした。
「・・・どうやら、あちらもアテナちゃんを覚えているようね?」
変わりなく演奏を続ける彼から視線を戻し、フジ子はアテナを肘でつついた。
興味津々、という瞳で。
「なにがあったのかなぁ?」
「別に。ただ、挨拶しただけですよ。」
つまらない、とでも言うように、アテナは素っ気なく答えた。
☆
「・・・もしかして、アルコール駄目なの?」
恐る恐る訊ねるフジ子の後頭部に、理香のハリセンが叩き込まれた。
「未成年者に酒飲ませるなっ!」
何処から取り出したのかは、この場合問題にしてはいけない。
顔を真っ赤にしてカウンターに突っ伏したままのアテナは、ふるふると頭を振る。
まずは乾杯ということで、グラスに注がれたカクテルを、2口3口、飲んだだけでこの有様だった。
「アテナ、大丈夫?」
「・・・うん、大丈夫。」
理香の言葉に、ちっとも大丈夫そうではない表情――瞳の焦点があっていない――で応えるアテナ。
「少し、風に当たってくる? 私がついてってあげるから。」
「そうね、あたしが一緒に行ったげるよ。」
フジ子の提案に、理香は条件付きで賛成した。
「フジ子さんと一緒の方が危ない。」
今朝の一件もある。
きっぱりと言い切られては、フジ子には何も言い返せなかった。
☆
バーテンの案内で、店の裏口から外にでた2人は、石段に腰掛けて、夕闇の風を頬に受けていた。
「・・・ちょっとはマシになった?」
理香の問いにアテナは頷いた。
「ありがと、理香。」
赤味の残る笑顔に、理香はなんとなく照れくさいものを感じてしまった。
感情が表に出にくい今のアテナは、何処かこの世のものとは思えない可憐さを醸し出していた。
それは、同姓である理香にも感じ取れるものだった。
―――が。
「うぷ・・・」
そういった雰囲気をぶち壊すように、アテナは口に手を宛い俯いた。
ガラガラと何かが崩れる音を聞いたような気がしながらも、理香は彼女の背をさすってやる。
「・・・お水・・・もらってきて・・・」
「ん。」
絞り出されたアテナの言葉に、理香は苦笑いしながら頷いた。
「じっとしてて。すぐ戻るから。」
そういって彼女が戸口に消えるのを見届けると、アテナはすっと立ち上がった。
瞬時に、戦闘用衣装にチェンジする。
「―――ほう? 少しはできるようになったじゃねぇか?」
アテナが真っ直ぐに見つめていた路地裏。
周りの建物の影になり、周囲の暗さも手伝って闇となった空間から、男の声が発せられた。
「けどよ、」
言いながら、闇から大柄な男が現れる。
黒の上下に、グレーのコートを羽織っている。
日本人らしい顔立ちながら、その髪は金色に染め上げられている。
「今度あったら容赦しねぇ。・・・そう言った筈だぜ?」
男の口元が微かに歪んだ。
「・・・誰?」
「―――成程な。」
警戒しつつ発したアテナの問いに、男は肩を震わせる。
「研究所を潰した張本人から、オロチの匂いがするのは妙だと思っていたが・・・」
言いながら、コートを脱ぎ捨てる。
「オロチに精神を封じられた、という訳か。」
「オロチ・・・?」
アテナの言葉には応えずに、男は皮肉を含んだ笑みを浮かべる。
「どうした? 親の仇の顔も忘れたか?」
その言葉に導かれたのか、アテナの脳裏に甦る光景―――
燃えさかる炎を背に、嘲るような笑みを口元にたたえた金髪の男。
「ヤマザキ・・・!」
その言葉に、男――山崎竜二は、右手はポケットに突っ込んだままで左手をだらりと下げる、独特の構えを取った。
山崎が放つ殺気に、アテナもまた構えを取る。
そして――――
それが、合図となった。