LICKS JAPAN TOUR 2003

空中浮遊していたミック・ジャガー


●セットリスト ※はBステージ
3月20日

01. Brown Sugar
02. You Got Me Rocking
03. Start Me Up
04. Don't Stop
05. Rocks Off
06. You Can't Always Get What You Want
07. Bitch
08. Can't You Hear Me Knocking
09. Tumbling Dice
10. Thru And Thru
11. Before They Make Me Run
12. Sympathy For The Devil
13. It's Only Rock'N Roll*
14. Let It Bleed*
15. Midnight Rambler*
16. Gimme Shelter
17. Honky Tonk Women
18. Street Fighting Man
19. Satisfaction
  - encore -
20. Jumping Jack Flash
3月21日

01. Brown Sugar
02. Start Me Up
03. It's Only Rock'N Roll
04. Don't Stop
05. All Down The Line
06. Wild Horses
07. Monkey Man
08. Midnight Rambler
09. Tumbling Dice
10. Slipping Away
11. Happy
12. Sympathy For The Devil
13. Mannish Boy*
14. Like A Rolling Stone*
15. You Got Me Rocking*
16. Gimme Shelter
17. Honky Tonk Women
18. Street Fighting Man
19. Satisfaction
  - encore -
20. Jumping Jack Flash
●曖昧な記憶の中から

 どんな曲を演奏したかはセットリストを参考にしてほしい。しかし、曲目をながめていても、どうもライブ中の記憶が曖昧なのだ。
 確かに至近距離でローリング・ストーンズを見た。でも、見たという事実以外にほとんど記憶がない。極端に書けば「かっこいい、すげえ」としか覚えていない。
 夢見心地の2時間。ミックやキースが花道に来ると声を張り上げ、流れる音に身を任せただけである。コンサートで我を忘れるほど若くはないと思っていたが、四十男に時間を忘れさせる見世物が、大阪ドームで繰り広げられた。

 曖昧な記憶の中でも、印象深いのが21日のステージである。6曲目の「ワイルドホース」の美しくも悲しい響きに涙している(ライブで感動して泣くのは、久しぶりだ)と、その直後にキースが突然キレた。「モンキーマン」のイントロがうまく演奏できなかったことで怒り出したのだ。
 鬼のような顔をしたキースが演奏そっちのけで、メンバーを順番にどなり散らしながらステージを歩く。そして、あげくの果てにミックに本気の肘打ち2発!

 帰宅後、ネットで拾った会場録音の音を聴くと、確かにひどいイントロだ。音を外すにも程がある。キースは、もう一度やり直したかったのだろう。しかし、他のメンバーがそのまま演奏を進めたのでキレたのだ。「還暦前なのに穏やかという言葉はないか、あのオヤジには」とあきれるが、良いものを見せてもらったと思う。
 真剣に怒るのは、ステージがキースにとって生半可な仕事ではないからだ。また、まちがえるのは生音で勝負している証だろう。実際、メンバーはいくつかの曲を「ワン、ツー、スリー」とアイコンタクトで始めていた。あのローリング・ストーンズが40年経っても、昔のようにアイコンタクトで曲を始める、これは感動的なシーンであった。
 テクノロジーを使えば曲の頭を合わせるのは簡単で、まちがえることもないだろう。しかし、未だにアイコンタクトで曲に突入していくローリング・ストーンズ。変わらないというより、ロックンロールのノリを大切にしているのだと思った。

 このキースのマジギレ事件で、バンド全体のテンションが上がり、次の「ミッドナイト・ランブラー」では70年代のライブ盤と変わらぬ狂気の嵐。続く「ダイスをころがせ」ではルーズなローリング・ストーンズのノリを全開にして、バンド全体が走る。
●空中浮遊していたミック・ジャガー

 「ダイスをころがせ」を唄いながら、花道を例の跳ねるような歩き方で目の前にやって来たミック。顔は皺だらけだが、シャツからチラリチラリと見える腹筋にはきれいに割れていて、肌が抜けるように白い。動きがとても軽やかで、還暦間近の人間とは思えない。

 そして、花道を跳ねて歩くミックは空中浮遊していた。両足が五センチぐらいステージから浮いているように見える。もちろん錯覚だが、それぐらい軽やかに動いていたのだ、ミック・ジャガーというおっさんは!
 2メートルの至近距離で見るミックからは、オーラが溢れ出ていた。近くで見ていると、会場一杯の客のパワーを正面から受けとめ、それを何倍にも増幅してステージから発散しているのがよく分かるのだ。
 最初はキースだけを見つめていたが、何時の間にかミックの動きばかりを追っている自分に気がついた。実は今回のライブを見るまで、ミックのことは、それほど好きじゃなかった。商売上手、いつも摂生しているロックンローラー、「サー」の称号をもらった喜んでいる嫌な男などと思っていたからだ。

 しかし、ロックンロールが子供騙しのモンキービジネスだとしても、あそこまでできるのはすごい。ステージのミックからはウラでしているであろう努力(だって、2時間ほとんど止まらずに動き回るのだ。トレーニングを真面目にしていないとできるわけがない)は、これっぽちも見えないし、年齢はもはや関係ない。ロックンロールを唄うことが天職の男が、やるべき仕事を誠実にこなしていただけだ。
●鬼神のキース

 軽やかで空中浮遊しているように見えたミックに対して、相棒のキースは近くで見ると鬼神のようであった。皺だらけの顔で、真剣に演奏する眼差しが、正直怖いのだ。たまにニヤリと笑うのだが、それがまた怖い!数々の修羅場を平気で踏み越えてきた男の顔である。

 誠実に動き回るミックに比べ、キースの動きは気分次第だ。二日続けて見れば「ここで、いつものポーズ」といった段取りが一切ないことが、よく分かる。そして、気分次第の自然な動きのひとつのひとつがかっこよくて、しびれるのだ。ロックロールという音楽をこれほど体で表現できる男はキースしかいないだろう。 
 「ダイスをころがせ」に続く、二曲のキースのボーカルパートでプレイされた「スリーピング・アウエイ」では、ギターを肩から外し、ネックに寄りかかるようにして唄うのだが、その姿がかっこいい。立姿だけで客を魅了するのだから、大したものだ。
 最近、キースが作るバラードは音が少なく、切れ味の良い日本刀でばっさり切るようなものが多いが、立姿だけであれだけ決まるキースのかっこよさには、歌舞伎(皺だけの怖い顔はくまどりだ)や能の世界に通じるものがあるようにも感じた。

●Bステージ、チャーリーの視点

 アリーナの中央で客席に埋れるようしてライブするBステージは、今やローリング・ストーンズのライブの目玉である。しかし、最前列にいると、逆にステージまでの距離が遠くなる。
 ドラマーのチャーリーの背中越しにライブを見ることになるのだが、この視線が意外にも新鮮だった。「あー、こんな感じでチャーリーは動きまわるミックやキースを見ながら、リズムをキープしているのか」って感じである。
 Bステージ一曲目は「マニッシュ・ボーイ」。一個のリフだけで最後まで引っ張るブルースナンバーだ。イントロのリフが弾き出された瞬間に鳥肌が走る。
 続くのは日本最終公演になって遂に演奏された「ライク・ア・ローリングストーン」。これまでの日本公演のセットリストには入っていなくて、今回のツアーでは生で聞くことはできないのかと思っていたので、ここでまた涙である。これはボブ・ディランの曲だが、あまり堂々とプレイするローリング・ストーンズを見ていると、彼らの持ち歌のように感じてしまう。
 「どんな気がする、帰り道も知らず、行き着く先も分からない、転がる石のような気分は」というサビのこの曲は、様々な解釈が可能な大好きなロックンロールナンバー。意味はどうであれ、「ライク・ア・ローリングストーン」のサビを一緒に唄えたのは、うれしかった。

●満足してねえ!

 そして、気が付けば本編ラストの「サティスファクション」のイントロ。「大金持ちになって、チャーター機二台で日本に来て、還暦前で孫もいるのに『満足してねえ』はないだろう」とも思うのだが、ローリング・ストーンズの「満足してねえ」にはリアリティーがある。どこかで満足したり、あきらめてしまえば、あんなライブはできないからだ。

 今年40歳になったぼくが生まれた年からバンドをやっていたローリング・ストーンズが、目の前でプレイしている。しかも、21世紀になってから、若々しいノリを取り戻して。これは奇跡なのだと思う。
 こんなバンドはこれから先、誕生しない。ロックンロールの最高到達点であり、終着駅なのではないかとすら感じた。

 以前に書いた「優雅な石ころ達とロックンロールの終焉」というページに「50歳をとうに過ぎたオヤジ達のライブを見て、生き抜くということ、常に前進するという強い意思、それがロックという音楽のスピリッツではないかと感じている。次のツアーが実現したら、スタジアムで彼らとロックの枯れて行く様を見るつもりだ」と書いた。
 しかし、彼らは枯れるどころか、60歳を前にして全盛期じゃないかという勢いを感じさせた。「おそらく、このツアーが最後のだろう」と思って大阪ドームに行ったが、アンコールの「ジャンピンジャック・フラッシュ」の怒涛の攻撃に身をまかせていると、ローリング・ストーンズは「まだやるだろう」と確信せずにはいられない。

●ロールが大切

 ライブから帰ってきてから読んだキースのインタビューの中に、気になったフレーズがあった。

 「毎晩のステージで、いつもロックンロールの核心に触れたいと思っている。でも、それはステージの上でのわずかな時間だけなんだ。常にその瞬間を求めてプレイを続けているんだけどね」
 「ロックンロールの核心に触れたときは、まるで空中浮遊しているような気分さ。同時に普通の時の流れより、自分が五秒ぐらい先にいるようにも感じる、その瞬間は未来にいるんだ。そして、ふと手元を見ると、今までやったこともないようなフレーズを弾いている自分がいる。『俺がこんなに上手なはずがない』と思うけど、指先をじっくり見つめると我に返りそうだから見ないようにして、空中浮遊の感覚をキープしようとするんだ。これがロックロールのマジックなのさ」

 このインタービューの中で、キースが空中浮遊の感覚について触れている。そして、ミックが空中浮遊していると感じたことをメモしておいたのは、このインタビューを読む前である。
 ならば、あの日の「ダイスをころがせ」には、ロックンロールのマジックがかけられた瞬間があったのではないか。そして、ぼくはその瞬間に立ち会えたのではないか。勝手な思い込みかもしれないが、なんだか幸せな気分である。
 そして、その幸せな気分は一ヵ月後の、今も続いている。「生き延びて、かっこよくサバイバルしていけよ。ロールすることが大切さ」と、ロックンロールの神様から肩を叩かれたような気がするからだ。

 あの日、確かにミック・ジャガーは空中浮遊していた。

●ロックンロールってのはホント良く出来た言葉で、ロックはへビィな部分を、ロールは軽やかさを表している。普通はロック、ロックとロックばっかりに焦点が当たるだろう。でも、オレはロールを愛している。ロールが一番大切なんだ。ロールによってロックを空高く飛ばさないと意味がないのさ。−キース・リチャーズ

(2003.04.30)


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