●「アラゴルンはエオウィンと結婚しようと考えていたが、エオウィンは死んでしまい、彼は一生独身を通す」という案があった。
…どさっ(←人の倒れる音) ぎゃ〜!!!ファラミアしっかり〜!! あにうえ〜!エオウィ〜ン!ファラミアが泡吹いてるよ〜!! 早く来て〜!!! なんて言ってるほび助も気を失いそう…(笑)
■一応下書きでも表現されてる二人の仲
いんやーこれ、驚愕を超えてもう爆笑するしかないって感じでございますねえ。
このトリビアは、『指輪物語』5巻“ローハンの騎士たち”を作っているときの「下書き」や「メモ」に書いてあったものの抽出です。なお、トールキンがどれくらい真剣にこのネタを考えていたか、は、「はじめに」でご説明してある、「メモ書き」と「下書き」の中間レベルです。
アラゴルンが彼女と結婚しようと思っているとか、でも彼女は死んでしまうとかいったびっくり仰天なネタは、「メモ」でさらさらっと書いてある程度です。
しかし、このあたりについてはちゃんと「下書き」が存在しています。下書きではメモほどはっきり二人の仲を表現していませんが、アラゴルンはエオウィンを結構いい感じに思ってるぞよ、と匂わせる描写はちゃんとあります。
■アラゴルンとエオウィンの恋愛シーン
ガンダルフによってサルマンの呪いから解き放たれたセオデンが、館の外に出て久しぶりにエドラスを睥睨するシーン。セオデンに「行ってよろしい、わが妹の娘、エオウィンよ!」(単行本6巻27Pあたり)と言われた姫が館の中に去っていくところでまずひとつ。
「彼(アラゴルン)は黙っていましたが、目は彼女を追っていました」
またこのシーンのすぐ後、ヘルム峡谷へ向かう前にみんなで飲み食いする宴会(なのか?)で、エオウィンが酒を注ぎ回るシーンでもラブラブ(なのか?)な描写があります(単行本6巻46Pあたり)。
「彼女は、彼の前に来ると突然立ち止まり、彼を見上げてその顔をはっきりと見ました。彼は彼女の顔を見下ろし、彼らの目と目が合いました。そして彼女が杯を彼に渡したとき、彼らの手が触れ合いました」
そしてその後、セオデンが出陣と留守をエオウィンにまかせる旨告げた後、かなり決定的と思われるアラゴルンのエオウィンに対するセリフがあります。
「もし私が生き残れて、ここに来ることができたら、姫よ、私たちはともに馬をすすめましょう」
…どうでございますか?
はっきり言って、「キスした」をとか「好きだと言った」のような、直接的なラブラブ表現があるわけではありません。でも、原作をお読みになった方なら、これらの表現はトールキン的にはかなりラブであるということがおわかりいただけるかと。どうでしょう。
ご存知のとおり、『指輪物語』に恋愛の表現はまったくと言っていいほど書かれていません。一番大胆(笑)な愛情表現は、ファラミアの、例の“両の腕に姫を抱き、キスしました”云々でありましょう。
そう考えるとこれらのセリフは、アラゴルンのエオウィンへの愛情がかなりはっきり示されていると思ってよいのではないかと、ほび助は思う次第でございますよ。
さて、そんなこんなでかなりいいムードの二人、いったいどうして互いに結婚せず、別々の伴侶を得ることにされてしまったのでしょうか?
これがまた大笑いな理由があったのでした。
■あっというまに却下されてしまった“二人は仲良し”案
ヘルム峡谷に赴く前の、エドラスでの宴会(?)シーンの下書きを書いたあと、トールキンはその後の展開についていくつかのメモを作ります。メモには、箇条書きでさまざまなアイディアが表現されていますが、メモを重ねるごとに、二人の仲は離れていっておりました。
第一のメモでは
「・アラゴルンはエオメルの妹エオウィンと結婚する。そしてゴンドールの王に。」
と書いてあります。
ところが次のメモで
「・アラゴルンとエオウィンの恋愛話は削除。彼女と結婚するにはアラゴルンは歳をとりすぎだし、気高く厳しい男だから。」
となんとも大笑いなことが…。しかもそれに続けて
「エオウィンはエオムンドの双子の妹で、厳格な女戦士にする(中略)。そしてセオデンの敵を討つか、あるいは守るかで、死ぬ。」
とあります。
おいおいエオムンドは彼女の父ちゃんじゃなかったのか? そいじゃあなんだい、エオウィンはエオメルの叔母ってことになるのかい?…などなどと思いますね。でも、このあたりはあまり真剣につきつめて考えなくて良いかと思われます。
「エオムンドという名はエオウィンの父」という概念があるのは、完成した『指輪物語』を読んでいる私たちにとってであり、トールキンは、この時点では彼女の父の名を「エオムンド」とはっきり決めていなかったのであります。
一般に、トールキンはキャラクターの名前や設定を、「★★(←たいてい父親の名が来ますね)の息子(娘、兄弟姉妹)●●」というかたちで決めています。この場合、★★にあたる人がどんな人か、明確に考えているわけではありません(あとからちゃんと考える場合もありますね)。
枕言葉みたいに、●●を紹介するときは必ず父の名前★★が頭にくるのです。原作を読むと、感覚として良くご理解いただけるかと思われます。
そんなわけで、「とりあえず“エオムンドなる人物の妹”ということにしとくか」、という感じで、「エオムンド」という名前が出てきたにすぎない、と考えてよいかと思います。
結果的には、この名前はエオウィンとエオメルの父の名に利用されるわけですね。
ちょっと話が横道にそれてしまいました。
え〜、ちなみに、クリストファーの補足によると、この第二のメモには、“アラゴルンは彼女を愛していたが、彼女は死に、その後結婚しなかった”という意味のアイデアが殴り書きされていたそうです。
これもまた衝撃のあまり笑っちゃいましたヨ。ひえ〜!!
■クールな男に女はいらぬ?
アラゴルンとエオウィンの関係についての下書きやメモはあまり多くありません。どうも、本を読んでいると、「彼らを結婚させる方向で話を考えたけど、すぐやめた」という感じを受けます。彼らを恋仲にしなかった理由もそう色々書いていません。前述のメモだけ。
でもって、またほび助の独断と偏見をまじえた推測になるのですが、彼らを結婚させなかったのは、メモにもあるように、やはり、「アラゴルンのストイックさを出すには、婦人との恋愛話はマイナスにしかならんだろう」というのが理由かと思われます。 二人を結婚させたくない、というより、恋愛話を描くのはやめておいた、というところでしょうか。
できあがった『指輪物語』でも、アルウェンとの関係は全部寄せ集めて10行ないかも? くらいにしか書かれていませんものねえ〜。孤高の勇者を描くには、女はいらん! ちゅうことですな…。
そうそう、エオウィンと結婚するという話になるってことは、「アルウェン」という存在は初期には無かったのか?! ということになりますが、どうやらそのように思われます。ちょっとこのへんはもう少し前にさかのぼって真剣に読まないとわかりません。
また、どのあたりからエオウィンをファラミアと結婚させるアイデアを思いついたのか、についてもまだ不明です。これもまた見つけてみたいです。
まあ、「すぐやめた」というアイデアではありますが、見つけたときのインパクトはかなり強烈でした。ああびっくり。
●セオデンには娘がいた
これもびっくし! ちなみに名前はイディス(Idis)です。娘ということは、セオドレドの妹ですな、多分。姉かもしれませんが、そうなると年齢的に40歳以上(そうです、セオドレドは40歳なんですよね! ぎゃー)になる。トールキン的な“姫”は若く美しいものなので、多分妹でしょう。
さて、ではどういう行動をして、なぜ消えたかというとこれがまたおかしい。
どうやら、何の気なしに娘を登場させたけど、その後登場させたのを忘れて話をすすめ、あとで「そういや娘を出してたけど、ぜんぜん活躍の場が無いし、娘はいなくていいや」としてしまったようなのです。
トールキンという人は、先のストーリーを考えた上で用意周到にキャラクターを配置するようなことはしてません(ガンダルフとかボロミアなど、主要キャラではそういうタイプもいる)。プロの作家ではない、アマチュアならではの手法というかなんというか、「思いつくままにキャラクターを登場させてる」部分が多いように見受けられます。
「あとでなにかエピソードを考えてあって、それに登場させたいから」など、のちのストーリーを考えて登場させてるのではありません。「王には娘と息子がいるだろう」から娘と息子を登場させる。なんというか、「よくまあこんな方法でうまく話に収集がついたなあ〜」とびっくりするくらい「思いつくまま」な方法で話を作っていたようです。
しかし、そこがまたトールキンの、『指輪物語』のすごさかと思いました。
プロの作家によって作られる巧みな展開が無い分、その「作為の無さ」が、「一人の人間によって作られたフィクション」でなく、まるで「はるかな昔から口承されてきた伝説」であるかのように感じさせ、逆にリアルさを増すのです。
この、プロが出しえない、一種の素人くささが作り出した独特の雰囲気こそが、『指輪物語』をして二十世紀最大のファンタジーと言わしめる重要な要素なのだ……などと、ほび助、偉そうなことを勝手に考えてうっとりしてしまったですだ。
え〜、また話がそれてしまいました。
さて、イディスは、アラゴルンたちが、黄金館にて初めてセオデンに会うシーンで出てきます。サルマンの呪いをかけられたセオデンがぐったりと王座に座っているところが描写されているシーンがありますね(6巻21ページあたり)。ここで、最終的な『指輪物語』では「王の後ろには婦人が一人立っていました」となっていますが、もともとは「二人」立っていたことになっていました。一人がエオウィンで一人がイディスです。
でも、その後エオウィンは登場してきても、イディスの登場場面はまったくありません。どうやらトールキンはすっかり忘れていたようです。
一応、セオデンが出陣する際にハマが言う「王がいない間、王のご息女とエオウィン姫を統治者としてください(要約)」というセリフに2回目の登場があります。でもそれだけで終わってしまいました。
このことにつきクリストファーは「父がイディスという登場人物に何を期待していたか、またなぜその後彼女の出番がないか、なぜ彼女より姪の方が出番があるのか、彼の意図がさっぱり理解できない」と書いています。彼の意図がわからない、というか彼の意図を知る資料が無い、と言ったほうがいいかもしれません。
どのみち、トールキンは、なんとなく登場させて使い道が無かったから却下した、と考えてよいかと思われます。
セオデンの娘…。うーん。登場していたらまたいろんな同人ネタが作れたのにねえ〜…(ちがうって)
●旅の仲間にホビットは5人いた【9へぇ〜】
わはははは! まったくホビットが5人もいたら手間かかってしょーがないでしょうねえ〜。
4人にしといて正解でしたね。まあサムとフロドの2人だけでもいいかな、という気もしますが(ファンの方ごめんなさいっ)、メリーとピピンがいるから話に深みが出てるのですよねっ!
トールキンは、「指輪物語」の最初の部分(冒頭〜エルロンドの会議を経て“旅の仲間”が結成され、彼らがモリアの壁に到着するまで)を何回も何回も書き直しています。
彼が悩んでいた理由はいくつかありますが、
1“裂け谷”まで何人のホビットがフロドについてくることにするか
2“馳夫”をどういった素性の登場人物に設定するか
および
3“旅の仲間”の構成員を誰にするか
につき、何度も何度も考え直している痕跡がうかがえます。
1の過程で“5人”というアイデアが初期にありました。原作には出てくる「フレデガー・ボルジャー(通称でぶちゃん。1巻230Pあたりから登場)」にあたるホビットが、裂け谷までついてくるようです。最終的には彼は留守番役になるのですが。
この裂け谷までついてきたフロドを含めた5人が“旅の仲間”に全員加わる、という設定ですね。
ちなみに、最終的には、旅の仲間が9人であるということに、「9人のナズグルと同じ人数の、9人の仲間が行く」という理屈づけがなされていますが、これはあとになって付け足されたもののようです。
旅の仲間の構成員数は、最小7人から最大9人まで変化し、構成員も何度も何度もとっかえひっかえされていました。
必ずいるのはフロドとガンダルフと“馳夫”の3人のみ。そう、あのボロミアさえ、「エルロンドの会議には登場するが仲間としては同行しない」という案があったのです。
ホビットについても、フロドについてきたうちの何人かが裂け谷に残るという案があり、フロドとサムにあたる人物のみが仲間に加わる、という案が何パターンかあります。
(※ホビットたちの名前は下書きを重ねるうちに何回も変化し、この時点ではサム、ピピン、メリーと確定していません)
つまり、“旅の仲間”については人数も構成員も、両方とも何パターンもあったわけでございます。
ということで、次のトリビアが発生するわけですな。