第1巻

第9章

「ビーシュマの救済」

(左:クリシュナ 中央:ビーマ 右:クル族の英雄たち)

 ビーシュマに会いに(1-11) 

スータが語りました:

(1)ユディシュティラは、国民に凄まじい惨劇を引き起こした恐れによって、良心の呵責に悩まされていました。そして彼は正義の行為について、全ての疑いを晴らしたいと切望して、今、クルクシェートラに向かいました。そこでは、戦いに倒れたデーヴァヴラタとして知られているビーシュマが、肉体から去るための吉兆の時を待ちながら、矢で出来た臥所に横たわっていました。

(2)ユディシュティラは、金に飾られ、駿馬に曳かれた戦車に乗った兄弟達や、ヴィヤーサやドゥミヤのような神聖な聖仙達に付き添われていました。

(3)おお、神聖なバラモン達よ! バガヴァーン・クリシュナもまた、アルジュナとともに付き添いました。ユディシュティラ王は彼らの中央にあって、まるで富の神クベーラが天上の従者達に囲まれているかのようでした。

(4)天上から落ちた神さながらに、ビーシュマがそこに横たわっているのを見て、シュリー・クリシュナと同じように、パーンダヴァ兄弟と従者たちは 、伏して挨拶しました。

(5)おお、シャウナカよ! クル族の偉大な指導者であるビーシュマにまみえようと 、夥しい数の梵仙達、神仙達、そして王仙達が集まってきました。

(6-8)おお、ヴェーダに精通するものよ!  集まった人々の中には、パルヴァタ仙、ナーラダ仙、ドゥミヤ仙、神聖なバーダラーヤナ仙(ヴェーダ・ヴィヤーサ仙)、ブリハッダシュヴァ仙、バーラドバージャ仙、パラシュラーマ仙と彼の弟子たちがいました。 さらにはヴァシシュタ仙、インドラプラマダ仙、トリタ仙、グリッツァマダ仙、アシタ仙、カクシーヴァーン仙、ゴータマ仙、アトリ仙、ヴィシュヴァーミトラ仙、スダルシャナ仙、シュリー・シュカ仙、カシャパ仙、アーンギラサ仙と他の聖仙達、彼らは皆、弟子が随伴していました。

(9)これらの名高い人々が集まっているのを見て、高潔にして時と場所を弁えて行動し、(人として生まれる前は)ヴァス神群の一人であったビーシュマは、歓待の言葉を述べました。

(10)ビーシュマは、クリシュナへ敬意を表しました。ビーシュマはクリシュナの力を深く理解しており、神秘的な幻力(マーヤー)で、人の姿を取っている全てのものの主御自身に他ならないことを知っていました。
ビーシュマが常に心に思いつづけていた主は、今や、人の姿を取って彼の面前に立っていました。

(11)ビーシュマは、パーンドゥの息子達が深い謙遜と愛情を持って彼の傍らに座っているのを見て、愛情の涙に目を曇らせれて、彼らに語りかけました。

クリシュナの栄光とビーシュマ( 12 - 30)

(12)何と悲しげで、似つかわしくないことであろうか。あなた方には、聖者と、正義の法と、至高者御自身が、人生の極星として常に付き添っているというのに。このような悲しみに人生を浪費してはなりません!

(13)超弓の射手、パーンドゥ国王亡き後、あなた方の若い母クンティー・デーヴィー(あるいはプリター)は、小さな子ども達を抱えて、寄る辺もなく、艱難辛苦を耐え忍んでこなければなりませんでした。

(14)あなた方のすべての苦しみは、時の為せる業なのです。なぜならば守護神に守られたこの全世界も、風に吹かれる雲のように、時の支配下にあるからです。

(15)何と不思議なことではないか。ダルマ神の息子がリーダーで、強大な棍棒を持つビーマと、強弓ガーンディーヴァをもつ偉大な射手であるアルジュナが守っていて、とりわけシュリー・クリシュナが盟友としている家族の幸福に危機が忍び寄るとは!

(16)おお、王よ!  至高者の意志は誰も推し量ることができません。千里眼を持つ聖仙たちでさえ、その神聖な心を推し量ろうと最善の努力をしても、ついに果たせないのです。

(17)それ故に、おお、偉大なバーラタのリーダーにしてこの王国の支配者(ユディシュティラ)よ!  起きたことは全て神意によるものと理解して、主の意志に従い、今は寄る辺ない孤児さながらになっている人民を守ってあげなさい。

(18)このクリシュナこそが、まさに全ての源である主、ナーラーヤナ(「人類の避難所」の意)御自身です。彼は今、神聖な劇を演じており、ヴリシュニ族に密かに姿をお現しになり、本性を世間の目から隠しておいでです。

(19)おお、王よ!  彼の偉大さの一部は、シヴァ神、神仙ナーラダ、そして神の化身であるカピラ仙だけが理解しました。

(20)主御自身の恩寵があって初めて、彼を理解できるのです。あなたは彼を従兄弟、親友、私心なき盟友、最も大切な支持者とみなしてきました。そして彼の親密さに甘えて、助言者として、使者として、さらには戦車の御者として利用さえしました。

(21)いかなる行動であっても、彼を有頂天にしたり、屈辱を感じさせたりすることはありません。何故ならば、彼は全ての魂であり、等しく見るものであり、一なるものであり、我欲をはなれ、全ての痕跡から解放されているからです。

(22)しかし、おお国王よ、彼に揺らぐことのない信愛を示す人々への慈悲を見てください! なぜなら、私の命の灯が消えようとしている今、シュリー・クリシュナは、私を祝福するために、人の姿を取って傍らに来てくださいました。

(23-24)死に瀕している信仰者が、主への熱烈な信愛をもって、彼の御名と栄光を唱え、心を主に集中するならば、願望と義務の束縛から自由になります。願わくば、バガヴァーン(クリシュナ)よ。常ならば、瞑想中の心の中でのみまみえることができるその優しい微笑みと、蓮華のような眼で美しく輝くお顔を、命が私の肉体を去るまで、まさにこの肉眼で見させてください。

 スータは語りました:

(25)それからユディシュティラは、矢のベッドに横たわっているビーシュマに付き添っている聖仙たちが耳をそばだてる中、徳について多くの質問をしました。

(26-28)そして知者ビーシュマは、簡潔に、また詳細に、古の慣例を引き合いに、様々なテーマについて説明しました――人の義務とは何か、ヴァルナ(カースト)とアーシュラマ(四住期)に従った義務とは何か、この世での繁栄と救済に達するためのヴェーダに規定されている2種の行動規制とは何か、慈善について、王の義務について、解脱を求める人の義務について、女性の義務について、信仰の道を進む人々の義務について、徳、富、快楽、そして救済の人生における価値とその手段についてなどの真実を。

(29)彼がこれらの深遠な霊的な主題を詳述していた時に、肉体を去る時が刻々と近づいてきました ―― 自分の意志で死を決められるビーシュマのようなヨガ行者が肉体を去らんとする北至の時が。

 ビーシュマのクリシュナ賛美(30-49)

 (30)一騎当千の偉大な戦士は口を閉ざしました。全ての執着から離れて、目を見開き、彼の面前に立ち、輝く黄色のシルクのローブに包まれた4本腕の主に精神を集中しました。

(31)主への瞑想を日々実践し深めていたので、彼の心は一切の罪から解放されていました。様々な武器で傷つけられた彼の肉体の全ての痛みは、主の一瞥によって拭い去られました。彼の五感は、対象を追い求めることを止め、絶対の静寂の中にありました。彼の死の準備がこのように整った時に、彼はシュリー・クリシュナの賛歌を暗誦しました:

(32)願わくは、一切の願望から自由になり、我が心を主に捧げることができますように。今はヤドゥ族の気高い子孫として現われている至高の主ですが、本当は全てのものに満ちている存在です。彼は自らの至福に没頭していますが、陽気な娯楽を望み、神秘的な幻力を用いました。それによって、宇宙という、変転止むことなく、想像もできないほど広大な流れが現われたのです。

(33)願わくは、解脱さえ望むことがない完全な信仰を、尽きることなく、アルジュナの友クリシュナに捧げることができますように。魅惑的な青い肌を、黄色いシルクのローブで覆っている彼は、朝日のように輝き、蓮の如き顔(かんばせ)はカールした前髪に飾られています。

(34)彼の髪は、馬のひづめによって巻き上げられた砂埃によって茶に染まり、顔は激しい戦闘による汗で飾られています。彼の甲冑は私の鋭い矢によって穴があき、肌からは血が滴り落ちています。 おお! かようなクリシュナに、尽きることのない渇望を持てますように!

(35)彼は友人の命に従って、敵対する二軍の中に戦車を進め、瞥見することによって敵の軍勢を焼き尽くしました。このアルジュナの友人であるクリシュナが、私の永遠の信愛の対象でありますように!

(36)アルジュナは同族間での戦闘に置ける死者を考えると、罪の意識に圧倒されました。主クリシュナは、そのアルジュナの無知を取り除くために、アートマンの真実を教授しました。その主の清き御足のもとに、この上なき信仰を持つことができますように!

(37-38)戦闘の地において、(武器に触らないというクリシュナの誓いを破らせて、武器を取らせてみせようという)私の言葉を真実にするために、貴方は自らの誓い(危急のときにアルジュナを守るふりだけするが、自分では戦わない)を捨てました。そして、まさに象に立ち向かうライオンのように、神聖な円盤スダルシャナを手に、私に突進してきました。貴方の闊歩に大地は振動し、滑り落ちた上着でさえ目に焼き付いています。 我々敵の矢で甲冑は破れ、身は血潮に染まりながら、私を打ち倒そうと向かってきました。(私の記憶に鮮やかに甦る)戦場の、そのクリシュナが、私の魂の避難所でありますように!

(39)戦場で死した人々は皆、主を目の当たりに見て、貴方の存在に吸収されました。手に手綱と鞭を持つアルジュナの戦車の魅惑的な御者よ!  死と向き合っている私の心が、貴方の至福に到達しますように!

(40)牛飼い女達が魅力的な足取り、遊戯、優しい微笑、そして愛の侘しさを示して崇拝した彼。そしてその結果、彼女達は彼の愛に圧倒され、心酔して、彼の立ち居振舞いを真似はじめ、ついには彼の存在と一つになりました。その彼の喜びに浸れますように。

(41)ユディシュティラ王の灌頂式(ラージャスーヤ)の供犠祭に集まった賢者と王族の絢爛たる集会で、祭官によって栄誉と崇拝を真っ先に受けられた時、彼はその場に居合わせた皆の視線を、驚きと強烈な喜び釘づけにしました。私の魂の魂である神聖な存在は、目の前で明るく輝きます。

(42)あたかも一つの太陽が、人々の目の光として様々に現われるように、彼は一つであるけれども、彼の創造物全てのハートの中に、あたかも個別に分かれたようにして、入り込みました。 願わくば、数多の迷いを取り除き、私を唯一の存在と一つにならせたまえ!

 スータは続けました:

(43)それからビーシュマは、バガヴァーン・クリシュナ、至高のアートマンと一つになり、最後の息をしました。そして彼の心、言葉、そして視力は統一して、彼に向けられました。

(44)集まった全ての人々は、偉大なるビーシュマが、至高の存在、ブラフマンの中に溶け入ったことを知って、夕闇の中の鳥のように無言でした。

(45)この偉大な死が報じられると、神々と人々は太鼓を打ち鳴らし、敬虔な王族は歓呼の叫びを上げ、天上からは花の雨が降り注ぎました。

(46)それからユディシュティラは、法典にのっとって、一切の葬儀を執り行いました。ビーシュマは余人には得がたい高い境地に達していたのですが、彼のためにしばし哀悼の意を表しました。

(47)賢者たちは、大いなる喜びとともに、クリシュナの神秘的な御名を唱え、彼を称えました。そしてクリシュナを各自のハートに抱き、各々のアーシュラマ (=庵)に向かいました 。

(48)その後、ユディシュティラとクリシュナは、悲しみに打ちひしがれている盲目の国王ドリタラーシュトラと、亡くした息子達を思って深く悲しみに沈んでいる彼の厳格な妻ガーンダーリーを慰めるために、ハスティナープラに戻りました。

(49)偉大なユディシュティラは、ドリタラーシュトラの同意と祝福、さらにはシュリー・クリシュナの祝辞を受けて、王国を受け継ぎ、正義の法に基づき国を治めました。

(つづく)