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漆黒の、闇。
ただ、自分の歩く足音だけが、ひたひたと反響していく。
……な、何も……、いないわよね。
リリーは、緊張と疲労で半分朦朧とながら、この暗闇の中を一人で歩いていた。
……疲れたわ。もう10フロア以上クルトさんの教会が出現しないから、回復をしてもらって
ないし、グラセン鋼の杖も、さっきのゲシュペンストの攻撃で少し欠けちゃったのに、カリンの
製鉄工房が出てこないから直せないし……。それどころか、ヨーゼフさんのお店も出ないから、
回復アイテムの1つも買えないわ。さっき使った常備薬が、もう最後よね……。後は、ズフタフ
槍の水が1個と、ガッシュの木炭が2個……、か。もう?、武器も薬もないわ。どうすればいい
のよ、次の階に潜れば、このダンジョンのボスがいるのに?!
そのとき、空を切って、不吉な羽音がいきなりリリーの背後をついた。
「きゃあっ!」
咄嗟にリリーが放ったミステリレーベンは、鋭い牙を剥いて彼女に襲いかかってきた緑色のア
ポステルの頭を直撃した。怪物は、黄色い涎を垂らしながら不気味な断末魔の叫びをあげ、地面
に落ちて事切れた。しかし同時に、怪物の爪は彼女の肩口を切り裂き、また、大きくリリーのヒ
ットポイントは削られた。リリーは、大きく肩で息をした。
……もう、駄目……。へとへとだわ。ここまで来たけど、でも、今の状態じゃ、ぷにアタック
でも戦闘不能になっちゃう?。こんなことじゃ、ダンジョンのボスに捕まっているイングリドも、
ヘルミーナも助けられないわ……。どうしよう。あら? この扉は……? やったあ! お店が
あるわ?! 何か回復アイテム、買えるかも!
しかし、リリーが扉を開けると、彼女を待ち受けていたのは、温厚な中年の店主の笑顔ではな
く、赤茶色の髪をした目つきの悪い店主の、仏頂面だったのである。
*
「ああ……。何か用か?」
カウンターの向こうに座っていた店主は、読みかけの本を無造作にひっくり返して目の前に置
くと、リリーに言った。
「ヴェルナーまで、こんなところにお店を開いてたのね??」
リリーが笑顔で言うと、ヴェルナーは事も無げに言った。
「まあな。ここに出しておくと……、通常の値段の数倍で売れるしな」
リリーは店内を見回して嬉しそうに言った。
「あ、常備薬がこんなに! うわあ! フェニクス薬剤に、……フェニクス気化薬まであるわ!
すご〜い! どうしたの、ヴェルナー、普段はこんなの、扱ってないじゃない?」
ヴェルナーは、ふん、と鼻で軽く笑うとリリーの顔を見て言った。
「ま、ここではこれが、一番希少性の高いレアアイテムだからな」
しかしリリーは、裏返っていたアイテムの値札を見て瞬時にして笑顔を止め、驚きの声をあげ
た。
「……な、何よ、この値段! どうしてフェニクス薬剤が、1つ銀貨1万枚なのよ〜! 常備薬
でも、1個銀貨3千枚!? ちょっと! 思いっきりぼってない、ヴェルナー!」
ヴェルナーは、口端に薄い笑みを浮かべながら言った。
「何だよ……。適正価格だぜ?」
リリーは口を尖らせた。
「嘘! これがこんなにするなんて、ひどいわ! そういうの、人の弱みにつけ込んでるって
言わない?」
ヴェルナーは、ふっ、と笑うと、涼しげに言った。
「いいか、リリー。物の値段は、欲しいと思う奴の数に比した供給量によって決まるんだ。同じ
コップ1杯の水でも、砂漠の真ん中と井戸の真ん前じゃ、値段が変わって当たり前だろ? それ
に……、回復薬が今のおまえにもたらす効用の値を考えて見ろよ? ……見たところ、おまえの
残りヒットポイントは、もう1桁になってるな。今のおまえじゃ、コジョの攻撃でも一発で戦闘
不能だ。ま、他に選択の余地はねえよな」
リリーは悲しそうに目を伏せたが、すぐにヴェルナーの顔を見つめて、必死の表情で言った。
「……あたし、今銀貨2千枚しか持ってないのよ。お願い、ヴェルナー! これで常備薬1個で
いいわ! 売ってくれないかしら?」
しかしヴェルナーは、平然と言った。
「それじゃ、駄目だな。ま、その辺を隈無く歩き回って、銀貨が落ちてたら戻って来いよ」
リリーはヴェルナーの腕をつかんだ。
「お願いよ! 早く下の階に行かないと、イングリドとヘルミーナが殺されちゃうかも
しれないの! お金は後から払うわ! だから、ね! ヴェルナーってば〜!」
ヴェルナーは、リリーの腕をつかみ返すと、にやり、と笑った。
「そんなに欲しいなら……、しばらくここで、ただ働きするか?」
リリーは尋ねた。
「ただ働きって……、どれくらいの間?」
ヴェルナーは、リリーの上着の肩口にさっき空いたばかりの破れ目を、軽く指先で引っ張った。
「さあな。まあ……、俺がその薬の値段に値すると認めるまで、だな」
リリーは、ヴェルナーの手を払いのけると怒った口調で言った。
「ひどいわ! 今、あたしは一刻を争っているのに! ……長い間、ここにいるわけにはいかな
いのよ!」
ヴェルナーは、真剣な表情のリリーを見て、からかうような口調で言った。
「その辺を這いつくばって銀貨が落ちてるのを探すよりは、ずっと早いぜ? それに……、今
のおまえじゃ、モンスターに遭遇したら、すぐにお終いだ。……別に、俺はかまわねぇがな?」
リリーは唇を噛みしめてヴェルナーの顔をにらんだ。
「……もう、ヴェルナーが、そんなひどい人だとは思わなかったわ! 大嫌い!」
ヴェルナーは、小さく息をつくと、椅子から立ち上がった。
「まあ、時間もないし、銀貨もないっていうなら……、奥の手があるぜ?」
リリーは目を大きく見開くと、ヴェルナーの顔を見た。
「何、奥の手って?」
そう言って、リリーはゆっくりまばたきをした。ヴェルナーは、その睫毛のびっしり生えた大
きな目をのぞき込むようにして低い声で言った。
「……キス1回で、欲しいアイテムをくれてやるってのは……、どうだ?」
リリーはうわずった声で言った。
「……ええ〜! な、何でよ!」
ヴェルナーは、カウンター越しにリリーの肩に手を置いた。
「どうする? ただ働きか、銀貨を探すか……、それとも?」
リリーは、ごくりと唾を飲み込んで、考えた。
……ど、どうしようかな?
選択肢
1:ヴェルナーを倒す。
2:ヴェルナーとキスをする。
3:ヴェルナーの気が済むまでただ働きをする。
1:ヴェルナーを倒す、を選択した場合。
リリーは、自分の肩に置かれたヴェルナーの手を払いのけた。
「ふざけないで! ……こんなときにそんなこと言い出すなんて! ヴェルナーなんて、大嫌い
よ!」
そう言って、リリーは、ズフタフ槍の水をヴェルナーに振りかけた。ヴェルナーは、がくん、
とカウンターの上に倒れ込むと、寝息を立て始めた。リリーは、大きく肩で息をついた。
「……ごめんなさい。でも、ヴェルナーが悪いのよ? 無理なことばっかり言うから……。こう
いうときにそんなこと言うなんて、ひどいわ。それに、あたしには時間がないのよ……」
そう言って、リリーが常備薬の包みに手を伸ばした、瞬間に、うなりを上げてナイフがリリー
の顔の前を飛んでいき、後ろの壁に突き刺さった。
「え……?」
まだ壁に突き刺さってしなっているナイフを見て、驚きの表情を浮かべながら振り返ったリリ
ーの目に入ってきたのは……。
「おい、リリー! てめえ、どういうつもりだ?」
鬼のような形相の若き店主は、リリーをにらみつけながら、ゆっくりと彼女のほうに歩いてき
た。
「ヴェ、ヴェルナー!? どうして!」
ヴェルナーは、ふん、と鼻先で笑うと、リリーの肩を両手でつかんだ。
「……おまえの動きなんてな、全部見切ってるんだよ。俺があんなもの、まともに食らうわけね
ぇだろ? せっかく人が、交換条件を出してやってるのに、……俺の店の商品をかっぱらおうな
んて、百年早いぜ!」
リリーは、目を白黒させながら言った。
「ご、ごめんなさい、ヴェルナー! 悪気があったわけじゃないのよ! 本当よ! お願い!許
して〜!」
ヴェルナーは手に力を込めると、リリーの顔をにらんだ。
「うるせぇ! ……おまえ、本当に鈍いな……。ずっとここで待ってたのに、やっと来たと思っ
たらその仕打ちかよ! 頭に来た。……二度とここから出してやらねえからな! 覚悟しろよ?」
リリーは硬直しながら叫んだ。
「え? ヴェ、ヴェルナー!? きゃあっ! ちょっと、放して?!」
〜GAME OVER〜
コンティニューしますか?
→はい/いいえ
2
2:ヴェルナーとキスをする、を選択した場合。
リリーは目を伏せた。
「分かったわ、ヴェルナー。その……、1回で、いいのね?」
ヴェルナーは、軽く目を細めた。
「ああ……」
そう言って、ヴェルナーは、リリーの頬を両手で包み込むと、顔を近づけてきた。リリーは目
を大きく見開いて、彼の顔を見た。
「おい……、目ぐらい閉じろよ?」
ヴェルナーに言われて、リリーはうなずくと、目を閉じた。ヴェルナーはため息をついた。
「何だよ……。別に殴られる訳じゃねぇんだから、そんなに……、歯を食いしばるなよ?」
リリーは目を開けると、口を尖らせた。
「……じゃあ、どうすればいいのよ……んっ!?」
暗転。
「ちょ、ちょっとヴェルナー! 1回だけって言ったじゃない! 嘘つき〜!」
「何だよ、1回だぜ……? 全部で」
「やっ、ちょっと、放してよ〜! ど、どこにキスしてるのよ〜、もう、馬鹿〜!」
暗転終了。
ヴェルナーは、にやり、と笑って言った。
「また、来てくれよな」
リリーは、頬を膨らませてヴェルナーに背を向けた。
「……もう、二度と来ないわ!」
そう言って、数歩歩きかけたリリーに、背後からヴェルナーが呼びかけた。
「おい、リリー!」
「え?」
振り返ったリリーの手に、ぽすん、と音を立てて小さな包みが投げつけられてきた。ヴェルナ
ーは、口端を軽く引き上げながら言った。
「とっとけよ。……俺の気が変わらないうちにな」
リリーは慌ててその包みを広げると、中身を見た。
「す、すごいわ! フェニクス気化薬に、シルフェス気化薬まで……! こっちは……と、時
の石版に、……ギガフラムに、フォルモント!? どうして……?」
ヴェルナーは、涼しい顔で言った。
「ま、これが適正価格だな……。怪我、するなよ」
ヴェルナーは、カウンターの上に両肘をついて、リリーに笑って見せた。
→result
ヴェルナーとの交友度+5
ヴェルナーとのラブラブ度+10
*
3:ヴェルナーの気が済むまでただ働きをする、を選択した場合。
リリーは口を引き結んで、うなずいた。
「……分かったわ、ヴェルナー。しばらく、ここで働くわ。まずは……、何をすればいいの?」
ヴェルナーは、軽く笑って言った。
「そうだな。じゃあ、とりあえず、上着脱げよ」
リリーは、一瞬硬直して後退りした。
「え? な、何で〜!」
ヴェルナーは事も無げに言った。
「上着の肩口が、破けてるぜ。よこせよ、今縫ってやるから。……そんな破れた服着て店にい
られると、商品まで安っぽく見られるからな」
*
白いエプロンをかけたリリーは、大きくため息をついた。ハタキがけが終わった店内の床には、
大量の綿埃がたまっている。リリーは眉間に皺を寄せてそれをホウキで掃きながら、心の中でつ
ぶやいた。
……はあ〜! お掃除が大変よね〜! こんなダンジョンの中じゃあ、メイドさんも来てくれ
ないし、埃が溜まり放題よね〜? あ〜あ、いつまでこれをやれば、いいのかしら?
そう考えていたリリーに、背後から店主の怒声が飛んだ。
「おい、リリー! おまえ、商品は高さや色を揃えて陳列しろって、あれだけ言ったろ? った
く……、なっちゃいねえな」
リリーは、振り返ると怒鳴り返した。
「いいじゃない! 種類が揃ってるほうが、実用的で見やすいわ!」
ヴェルナーは怒りの表情で腕組みをした。
「自分の家の中ならそうかもしれねえが……、店だと、ちゃんと大きさや形で揃えたほうがすっ
きりするだろ? 俺は、商品の高さとか色とかがバラバラだと、イライラするんだよ!」
リリーは、ヴェルナーに近づくと、口を尖らせた。
「それは、ヴェルナーが、品物を使う立場じゃないからよ! いい? お客さんはね、目的があ
って、商品を買うのよ、たとえ観賞用のものでもね! だから、種類別に置いた方が、見てくれ
は悪いかもしれないけど、お客さんには親切だわ!」
ヴェルナーは、さらに不機嫌そうに言った。
「……俺とは、考えが違うな」
リリーはホウキを横に置くと、両手を腰に当てた。
「いいじゃない! 違って当然よ! たくさん言い合って、一番品物を並べるのにいい方法を探
し出しましょうよ! 綺麗で、しかも実用的な並べ方をね!」
ヴェルナーは、ふっ、と息を小さく吐くと薄い笑みを浮かべた。
「……いいぜ、もう」
リリーは、少し驚いた顔で言った。
「え? ……何が?」
ヴェルナーはリリーの顔を見ると、言った。
「行けよ、下の階にな。……欲しいアイテムは、くれてやるよ」
リリーは、目を輝かせた。
「本当、ヴェルナー? もういいのね! ありがとう!」
ヴェルナーは、リリーの笑顔を見て一瞬、顔を曇らせたが、すぐにいつもの涼しげな笑みを浮
かべてカウンターの椅子から立ち上がると、彼女に小さな包みを投げてよこした。
「これ……、持って行けよ」
リリーは慌ててその包みを広げると、中身を見た。
「す、すごいわ! フェニクス気化薬に、シルフェス気化薬まで……! こっちは……と、時の
石版に、……ギガフラムに、フォルモント!? どうして……?」
ヴェルナーは、軽く口端を引き上げると言った。
「ま、適正価格だろ? よく働いてもらったしな。怪我、するなよ」
リリーは笑顔で包みを抱きしめると、言った。
「うん! ありがとう、ヴェルナー!」
ヴェルナーは、その笑顔を見て軽く頭を掻くと言った。
「それからな、おまえ、ここから下の階に行くなら……、いいことを教えてやろう。ちょっと、
こっちに来いよ」
リリーは、ヴェルナーに近づくと、彼の顔をのぞき込んで、言った。
「え? 何、ヴェルナー?」
ヴェルナーは、にやり、と笑うと、リリーの柔らかな頬を両手で包み込み、言った。
「イイコト、な……」
*
長いキスの後、リリーはヴェルナーの腕の中で文句を言い続けていた。
「ちょっと! どうせこんなことするんだったら、なんでただ働きなんかさせるのよ〜! 嘘つ
き!」
ヴェルナーは、両手に力を込めると、リリーの耳元でささやいた。
「何だよ、……捕獲されたサルじゃねえんだから、そう暴れるなよ」
リリーはヴェルナーの顔をにらんで言った。
「もう! あたしはサルじゃないわよ〜! ……いい加減にしてちょうだい! 時間がないって
言ってるでしょう? 早くその、いいことっていうのを教えてよ! それとも、……まさか情報
にまでお金を取るの、ハインツさんみたいに?」
ヴェルナーは、喉の奥の方で、ククッと噛み殺すようにして笑った。
「情報料は……、そうだな?」
ヴェルナーは、リリーの形の良い耳の上を指でそっとなぞると彼女の顔を見つめ、ゆるく息を
吐き出すようにして、言った。
「……いらねえよ」
3
突然、ダンジョンア内の‘闇雑貨屋’、ヴェルナー・グレーテンタールの店の扉が、勢いよく
開いた。リリーは反射的にするりとヴェルナーの腕を抜け出して、扉の方を向いた。同時に、元
気の良い声が店中に響いてきた。
「よ、良かった〜、店があった! あれ? 姉さんじゃないか! 姉さんもここに来てたのかー
?」
リリーは、嬉しそうな声をあげた。
「テオ! よかったあ?、地下3階フロアで、トラップに引っかかってどこかに転送されちゃった
んだもん、心配してたわよ?!」
テオは、目を輝かせながらカウンターに近づいてきた。
「心配かけて、ごめん、姉さん! ちょっと道に迷ったけど、でも、とにかく下を目指して潜っ
ていけば、必ず姉さんと合流できると思ってたよ!」
ヴェルナーは、苦虫を噛みつぶしたような顔で、テオに言った。
「……何か用か?」
しかし、そんなヴェルナーの様子を気にも止めず、テオは快活に言った。
「ああ! 回復薬をできるだけ……う、うわあっ! 何だよ、この値段!?」
ヴェルナーは、仏頂面のまま、淡々と言った。
「何だ、テオ? ……文句があるなら、買うんじゃねえよ」
テオは口を尖らせた。
「……ヴェ、ヴェルナーさん、ちょっと高すぎるよ、これ! ……もっと、まからないのか?」
ヴェルナーは、がたん、と音を立てて不機嫌そうに椅子に座ると、帳簿を開いて何やら書きつ
け始めた。
「駄目だな。買わねぇなら……、とっとと出てけよ」
テオは、握った拳を怒りでふるふると震わせながら言った。
「な、何だよ! それが客に対する態度かよ!」
リリーは、テオの肩を優しく叩くと、言った。
「いいわ、テオ! あたしのアイテムを分けてあげる! さ、一緒に下の階に行きましょう!」
テオは、リリーに笑顔を向けた。
「姉さん! ありがとう、恩に着るよ!」
そのとき、店主の怒声が店内に響き渡った。
「駄目だ! おい、リリー、それは俺がおまえにやったものだ。もしそいつにくれてやるって言
うなら……、返してもらおうか?」
テオは、ヴェルナーに食ってかかった。
「さっきから何だよ! ヴェルナーさん、俺に喧嘩売ってるのか?」
リリーも口を尖らせてヴェルナーに言った。
「そうよ! いくら何でも、それはないわよ、ヴェルナー!」
ヴェルナーは、小さくため息をついた。
「……ったく、全然分かっちゃいねえな」
リリーは聞き返した。
「何ぶつぶつ言ってるのよ、ヴェルナー!」
ヴェルナーはリリーをにらんだ。
「……何でもねえよ。行きたいなら、その小僧を連れて、とっとと下に行けばいいだろ?」
ヴェルナーは、ふん、と言って不愉快そうに横を向いた。テオはリリーに言った。
「さ、姉さん! 早くこんな店、出ようぜ! イングリドとヘルミーナを助けなくちゃいけな
いんだろ? 俺、必ずボスを倒してやるからさ! 姉さんは、……俺が守ってやるよ!」
リリーは困惑した顔で考えた。
……どうしようかな?
選択肢
1:テオの味方をする。
2:ヴェルナーの味方をする。
1:テオの味方をする、を選んだ場合。
リリーはテオの方を向くと、微笑んだ。
「分かったわ! ありがとう、テオ。そう言ってもらえると、心強いわ〜! じゃあ、早く下の
階への入り口を探しましょう! でも、大丈夫、テオ? すいぶんと怪我をしてるみたいだけど」
リリーは、心配そうにテオの頬に出来た擦り傷に手を伸ばした。テオは、少しはにかんだよう
に笑った。
「へ、へへ……、大丈夫だよ、姉さん。こんなの、ほんのかすり傷さ!」
カウンターの向こうからは、店主が、ぼそり、と言った。
「……残りヒットポイントが後12しかねえくせに、何言ってやがるんだ?」
リリーは、ヴェルナーの方を向くと言った。
「何か言った、ヴェルナー?」
ヴェルナーは、ひどく不機嫌そうに言った。
「……何も言ってねえよ。とっとと行けばいいだろ……?」
テオは、目を輝かせながらリリーの腕を引っ張った。
「さ! いいから早く行こうぜ、姉さん! 時間がないんだからさ!」
リリーは微笑みながら言った。
「ちょ、ちょっとテオ! そんなに引っ張らなくても大丈夫よ?! 分かってるわ。さあ、急い
で行きましょう!」
二人は、駆け足で雑貨屋を出ていき、ヴェルナーは、それを仏頂面のまま見送った。二人の足
音はどんどん遠ざかっていった。それが聞こえなくなるとヴェルナーは大きくため息をつき、カ
ウンターの上を拳で軽く叩くと、一人つぶやいた。
「……ちくしょう……」
→result
テオとの交友度+5
テオとのラブラブ度+10
ヴェルナーのひねくれ度+3
(注:このゲームでは、ヴェルナーのひねくれ度も上下します。これによって、ヴェルナーの台
詞や行動に違いが生じてきます。ひねくれ度が上がりすぎると、ラブラブ度が上がっても甘いこ
とは言ってくれなくなります。注意しましょう)
*
2:ヴェルナーの味方をする、を選んだ場合。
リリーは、ヴェルナーの顔を見た。口をへの字に結び横を向いたその顔は、鋭角な印象を与え
る造作とは対照的に、まるで小さい子どもが拗ねて膨れているように見える。カウンターの上に
置かれた右手の指は、机の上を神経質そうにこつこつと叩き続けている。それは、ヴェルナーの
イライラした気持ちをそのまま示しているかのようだった。リリーは小さく苦笑して、自分が掛
けていた白いエプロンを取ると、そっとテオにかけた。テオは驚いてリリーに言った。
「な、何するんだよ、姉さん!?」
リリーは、傍らに立てかけてあったホウキをテオに渡すと、言った。
「……ごめんなさい、テオ。やっぱり、アイテムはあげられないわ。お金が足りないなら……、
しばらくここで働かなくちゃいけないのよ。ねえ、そうでしょ、ヴェルナー?」
ヴェリナーも、驚いた顔でリリーの方を向いた。
「おい、リリー! 俺は別に、こんなやつに働いてもらうつもりはねえぞ!?」
テオは、そのヴェルナーの言葉に怒りで顔を紅潮させた。
「何だよ! 俺だって、こんな所で働く気はないからな!」
そう言って、テオはホウキを傍らに投げつけた。テオの投げたホウキは、横の棚に置いてあっ
たガラス容器を直撃し、それは勢いよく床に落ちて粉々になった。ヴェルナーは鬼のような形相
で立ち上がると、テオに言った。
「……おい、おまえ、何てことをしてくれたんだ?」
テオは、青くなりながら後退りした。
「わ、わぁっ、ご、ご、ごめん、ヴェルナーさん! ……悪気があってやったわけじゃないんだ
よー!」
ヴェルナーは、ゆっくりとテオに近づいていった。
「謝ったって済む問題じゃねぇ! ……弁償してもらおうか?」
テオは、ごくりと生唾を飲み込むと、ヴェルナーに言った。
「い、いくらだよ、それ……?」
ヴェルナーは、腕組みをして言った。
「おまえが壊したのは、フェニクス気化薬の瓶だ。ここでは回復薬は高値なんでな、銀貨1万7
千枚だ……」
テオは、首を絞められたガチョウのような声を出した。
「ひっ! う、嘘だろ?! 俺、今、銀貨千枚しか持ってないよ?!」
ヴェルナーは、テオをにらみつけると言った。
「そうか……。だったら、在庫を上から下まで全部積み直して、店中にハタキをかけて、それか
ら……、床を顔が映るまで磨いてもらおうか?」
テオはリリーに懇願した。
「ね、姉さん! 頼む、助けてくれよ?!」
リリーは、困ったように目を伏せると、テオに言った。
「ごめんなさい、テオ……。しばらくここで働くしかないわね。じゃあ、あたしはもう行くわ。急
がないと、あの子たちが心配なのよ」
テオは言った。
「そ、そんな?! 姉さん、ちょっと待ってくれよ!」
テオはそう言ってリリーの後を追おうとしたが、その瞬間、ヴェルナーは後ろから、テオの首
元を巻いていた青いスカーフをつかむと、思い切りよく引っ張った。
「待て!」
テオは、首を絞められて暴れながら言った。
「ぐええっ! な、何するんだ! 放してくれよ〜! く、苦しい!」
ヴェルナーが無言で手を放すと、テオは、床にへたり込み、肩で大きく息をした。リリーは二
人に向かって笑顔で言った。
「……じゃあね、ヴェルナー、テオ!」
リリーは二人に、くるり、と背を向けると、数歩歩きかけた。その背中に向かってヴェルナー
は言った。
「待てよ、リリー! いいことを教えてやろう」
リリーは振り返ってヴェルナーの顔を見た。
「そう言えば、まだ教わってなかったわね……。何よ、ヴェルナー?」
ヴェルナーは、小さく咳払いをした。
「この下のボスだが……、本体は目に見える身体とは別の所にいる。そっちを探して攻撃しない
と、倒せねぇぞ」
そう言って、ヴェルナーは、ふっと軽く息をつくように笑った。リリーは言った。
「ありがとう! でも……ねえ、それはどうやって探せばいいの?」
ヴェルナーは言った。
「さあな……。そこまでは分からねぇ。しかし、ま、そういうことだから……、きっちり作戦た
てろよ、リリー?」
リリーは微笑みながらうなずいた。
「分かったわ。ありがとう、じゃあね、ヴェルナー!」
そう言って、リリーは小走りに駆けて、雑貨屋を立ち去っていった。テオは、慌てて立ち上が
った。
「ね、姉さん! 俺も一緒に……うわっ!」
そのテオの、顔の真横をすり抜けて、ナイフがうなりを上げて飛んでいき、壁に突き刺さった。
テオが冷や汗を掻きながら振り返ると、そこには憮然とした表情の店主が立っていた。
「……おい、テオ! まだ弁償が済んでねえぞ……?」
テオは、硬直したまま、こくこくとうなずいた。
「わ、分かったから……、そういう物騒なものを投げるなよ!」
ヴェルナーは、テオをにらみながら言った。
「うるせぇ! ったく、邪魔しやがって、ふざけた奴だな……。きりきり働きやがれ!」
テオは言った。
「何だよ、その、邪魔ってのは……?」
ヴェルナーは、眉をさらにつり上げた。
「……おまえには関係ない。いいからとっとと仕事をしてもらおうか! もしサボったら……、今
度は、外さねえからな?」
そう言ってヴェルナーは、カウンターの向こうにどかっと座ると、二本目のナイフで器用にペ
ン軸を削り始めた。それを見て、テオは涙を浮かべながらうなずいた。
「……わ、分かったよ」
→result
ヴェルナーとの交友度+10
ヴェルナーとのラブラブ度+10
テオとヴェルナーの間の交友度 それぞれ+2
(注:このゲームでは、冒険者相互の交友度も上下します。お互いに交友度の高い冒険者同士の
間では、ランダムで発生する連繋必殺技の発動確率が上がります。なお、序盤から中盤にかけて
発動する連繋必殺技のうち、全体攻撃可能でかつ最強のものは、カリンとテオ、ないしはカリン
とヴェルナーの組み合わせで生じる「ローリング・テオ投げ」、もしくは「ローリング・ヴェル
ナー投げ」です。必見の価値ありです。この技と同程度の破壊力をもつ全体攻撃技としては、ゲ
ルハルトの「俺様の歌を聴け」があげられますが、こちらは敵も味方も全員に大ダメージを与え
てしまいますので、中盤以降、「ミスリルの耳栓」が手にはいるまでは、使用に際して注意が必
要です)
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