リリーの不思議のダンジョン2
〜闇の雑貨屋戦闘篇〜





    4


 ヴェルナーは、よろよろと起き上がった。
「ん? あ、そうか俺はさっき……ゲシュペンストの群れの中に放り込まれて……。ちくしょう、
カリンの奴……もう少し手加減しろっていうんだよな。って、あれ? ここは……?」
 ヴェルナーがきょろきょろと辺りを見回していると、突然、横の白いカーテンが、シャッ、と
いい音をたてて開かれた。
「目が覚めたかい、ヴェルナー?」
 そう言って、白衣のポケットに片手を突っ込んで、気さくな微笑をヴェルナーに向けていたの
は……。
「……カリン? な、何だ、その格好は!?」
 ヴェルナーが驚いて言うと、カリンは心配そうな顔をした。
「え? あたしの仕事着が何か変? う〜ん、まだ意識が混濁してるみたいだね……。大丈夫? 
立てるかい?」
 ヴェルナーは、冷や汗をかきながら、自分の状況を確認した。彼が寝ていたのは消毒液の匂い
のする白いシーツにくるまれた、鉄のベッドだった。目の前のカリンは、黒いシャツと青いタイ
とスカートの上に白衣を着て、足には踵の低いサンダルをつっかけている。カリンの後ろには教
務用の机があり、救急箱やガーゼの入ったガラス瓶などが置かれていた。ヴェルナーは、ごくり
と生唾を飲み込んだ。
「……な、何だ、この場所は……?」
 カリンは大きくため息をついた。
「リリーとエルザとイルマが、あんたの化学の授業で、実験中に爆発事故を起こしたんだって? 
あの子たち、本当におっちょこちょいだよね? それにしても、生徒たちには怪我がなくって良
かったよね。に、しても……とくに毒物が発生するような実験じゃなかったってのに……煙を吸
ったあんただけがぶっ倒れちゃったって、みんな大騒ぎになってこの保健室に運んできたんだ
よ?」

 ……化学? 実験?? 生徒??? 保健室????
 な、何なんだ、それは……!?
 
 ヴェルナーが混乱した頭で考えていると、保健室のドアが、がらり、と勢いよく開いた。
「カリン先生! ちょっと部活の練習中に肘を擦りむいちまってよ〜! ちょっと、絆創膏くれ
ねぇか?」
 豪快な声が響き、柔道着を着た長髪の男子生徒が、ずかずかと入ってきた。ヴェルナーは驚い
てつぶやいた。
「ゲ、ゲルハルト……? 何だ、その格好は!?」
 カリンは言った。
「何だい、ゲルハルト? またかい……。どれ、ちょっと見せてみな?」
 柔道着を着たゲルハルトは、少したじろぎながら言った。
「い、いいっていいって! カリン先生の消毒は強力に滲みるからよ! 絆創膏くれるだけでい
いから!」
 カリンはゲルハルトの腕をつかむと、柔道着の袖を捲り上げた。
「よくないよ! うわあ! いつもながらひどくやったねぇ? ちゃんと治療しとかないと、雑
菌が入って化膿したらどうするんだい? いいからそこに座りな!」
 ゲルハルトは、大きな身体を小さくして、ひょこん、と椅子に腰掛けた。カリンはガーゼをピ
ンセットでつまみ出すと、消毒液に浸した。
「いつもながら、無茶するねぇ、あんたも!」
 あきれたようにカリンが言うと、ゲルハルトは言った。
「主将自らが、生ぬるいことはやってらんねぇからな……お、おわあああああっ〜! 痛ぇ! 
痛ぇよ〜〜〜〜〜〜!」
 患部にガーゼを当てながら、カリンは、ふん、と言った。
「これしきのことで、何がたがた言ってんだい? だらしないねぇ?」
 ゲルハルトは、目に涙を浮かべながら言った。
「先生の治療を受けるくらいなら、腕ひしぎ十地固めをくらうほうがマシだぜ……ったく……」
 カリンは包帯を巻きながら言った。
「何か言ったかい、柔道部主将さん?」
 ゲルハルトは背筋を伸ばすと言った。
「……いえ、何でもないです……」
 そこに、こんこん、と保健室のドアを丁寧にノックする音が響いてきた。カリンは言った。
「開いてるよ!」
 からり、と音がして、フェンシングの胴着を身に着けたウルリッヒ先生が入ってきた。その腕
には……。
「ウルリッヒ先生! どうしたんですか、その生徒は?」
 カリンが尋ねると、ウルリッヒ先生は、うむ、と言って抱きかかえていたテオの顔を心配そう
に見た。
「フェンシング部の練習中に倒れたのだ。そこのベッドは、空いているだろうか?」
 カリンは、慌ててヴェルナーの横のベッドのカーテンを開けた。
「はい、開いてます!」
「かたじけない」
 そう言って、ウルリッヒ先生は、ぐったりしているテオを、そろそろとベッドに横たえた。カ
リンは尋ねた。
「どうしたんですか? 組み練習中に、相手の突きでもくらっちゃったんですか?」
 ウルリッヒは首を横に振った。
「いや、そうではない……。テオは一人で素振りをしていたのだが……なぜか急に倒れたのだ」
 そのとき、テオが弱弱しく口を開いた。
「ん……」
 ウルリッヒ先生は言った。
「気がついたのか、テオ!」
 テオは薄く目を開けた。
「……ハ……」
 ウルリッヒ先生は、テオの顔をのぞき込むと、心配そうに言った。
「……腹でも打ったのか、テオ?」
 テオは、目を完全に開けるとウルリッヒ先生の顔を見た。
「……ハラ、減った……」

*


 ヴェルナーは、所在なさげに、自分の首に巻きついている、青い生地のネクタイをつまみあげ
ながらため息をついた。

 ……何だ、この変な服は……?

 ヴェルナーは、改めて自分の服装をしげしげと確認した。彼は、白いワイシャツと、グレーの
生地に細いストライプが入ったズボンの上から白衣を着ていた。首元に巻いたネクタイがひどく
邪魔に感じられ、彼は舌打ちすると、ネクタイの結び目を大きく下に引き下げた。
 ヴェルナーの意識が戻り、とくに問題がないことが分かると、カリンは彼に白衣を手渡し、笑
顔で言った。
「はい、これ。もう部活の時間だよね? これ着て、あんたが顧問をやってる化学部室に行きな
よ!」

 ……何だ、顧問ってのは……? それにこの部屋は……?

 化学室には、アルコールランプやビーカーやフラスコが並んでいた。ヴェルナーはため息をつ
くと、白衣のポケットに両手を突っ込んだ。

 ……リリーの錬金術工房みたいだな?

 そう思って心なしかヴェルナーが微笑むと、からり、と音がして、化学室に誰かが入ってきた。
「あ、ヴェルナー先生!」
 本を数冊抱えて部屋に入って来たのは……。
「リリー!? ……おまえ、何だその格好は……?」
 ヴェルナーが言うと、リリーは、きょとん、としてヴェルナーの顔を見上げた。
「その格好って……、ザールブルグ高校の制服ですけど……?」
 そう言って、リリーは水色のベレー帽を取って明るい青い色のブレザーを脱ぐと、壁にかけて
あった白衣を羽織った。大き目の襟のついた白いワイシャツの首元には、帽子と同色の水色のリ
ボンがきちんと巻かれている。ブレザーとおそろいの、短めのプリーツスカートの下にすらりと
のびた脚には、ザールブルグ高校の校章の入りの紺色のハイソックスを履いていた。ヴェルナー
は頭を抱えた。

 ……変な夢だな……。

 リリーは、心配そうにヴェルナーの顔をのぞき込んだ。
「……やっぱり先生、さっきの授業であたしたちが実験に失敗したときに、煙をたくさん吸い込
んじゃったんじゃないですか?」
 ヴェルナーは言った。
「何だよ、先生ってのは……。それに、その口調はやめろよな、リリー」
 リリーは軽く頬を膨らませた。
「……学校ではちゃんと先生って呼べって、いつも言ってるのは、ヴェルナーのほうじゃない! 
だから気を使ってるのに! 今度は何よ、本当に気まぐれよね、ヴェルナーって!」
 ヴェルナーは冷や汗をかいた。

 ……何だ何だ、この夢は……?

 リリーはさらに口を尖らせた。
「何黙ってるのよ! せっかく人が心配してるのに! もうヴェルナーなんか知らない!」
 そう言って化学室を走り出ようとするリリーの腕を、ヴェルナーは慌ててつかまえた。
「ちょ、ちょっと待て、リリー、悪かった! 俺もちょっと頭が混乱しててな。 ……これはど
ういう状況なんだ……? 説明してくれねぇか?」
 リリーは振り返ると目を大きく見開いて、ヴェルナーの顔を見た。
「……嘘。もしかして、倒れたときに頭でも打ったの?」
 そう言って、リリーは目に涙を溜め始めた。ヴェルナーは、ぎょっとしたように言った。
「お、おい、……リリー?」
 リリーは、開いていたほうの手で目の端をぬぐった。
「……忘れちゃったの? 卒業したら結婚しようって言ってたくせに……!」
「え?」
 ヴェルナーが間抜けな顔をして聞き返すと、リリーは、きっ、と唇をかみ締めた。
「……信じられない! そんな大事なことまで忘れちゃうなんて! ヴェルナーなんて大嫌
い!」
 そう言って、リリーはヴェルナーの手を振り解くと、ばたばたと化学室から出て行った。
「お、おい、待てよ、リリー!」
 ヴェルナーは、慌ててリリーの後を追って教室の外に出た。しかし。
「うわっ! 床が!?」
 ヴェルナーが一歩教室の外に出た瞬間、廊下を形作っていた線はぐにゃぐにゃと歪み、またた
くまに消失した。
「うわあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 叫び声を上げながら、ヴェルナーは闇の中に落下していった。



   5


「ヴェルナー、ヴェルナー!」
 リリーの声にヴェルナーが目覚めると、辺りはやはり闇だった。
「ん……、リリーか?」
 ヴェルナーが言うと、リリーはほっとしたように言った。
「良かったぁ〜! ゲシュペンストの持っていたペンタアングルのせいで、眠ったままずっと起
きないんだもん!」
 傍らでは、カリンが済まなそうに言った。
「ごめん、ヴェルナー……。今度から、投げるときにはもう少し手加減するからさ」

 ……投げるな……。

 ヴェルナーは頭の中でつぶやいたが、それは言葉にならなかった。

*


 階下から、どしん! とも、ぐしゃっ! ともつかない地響きが響いてきた。三人は一瞬よろ
めきながら小さく叫び声をあげた。
「きゃっ! 何、これ!?」
 リリーが言うと、カリンは唇をかみ締めた。
「……間違いない、すぐ下にいるよ……ここのボスが!」
 ヴェルナーもうなずいた。
「……すぐそこに階段があるぜ……二人とも、用意はいいな?」
 リリーは口端を引き結ぶと、大きくうなずいた。
「分かってるわ! もしイングリドがいたら、ボスを倒すよりも救出を最優先させてね、二人と
も!」
 カリンはリリーの肩に手をおくと、笑顔で言った。
「分かってるよ! もしヤバそうだったら、あたしが囮にでもなってあげるから、その隙に、イ
ングリドをつれて逃げるんだよ、リリー?」
 リリーはうなずいた。
「……ありがとう、カリン。どんな凶暴な化け物が出てくるかは分からないけど、頑張るしかな
いわね? さ、二人とも、行きましょう!」

*


「シスカさん! ウルリッヒ様も!? ……ひどい……どうしたんですか?」
 リリーはそう言って、二人の騎士に駆け寄った。階下に下りた三人の視界に飛び込んで来たの
は、床にぐったりと横たわるシスカとウルリッヒだった。カリンは額に脂汗を浮かべながら言っ
た。
「ひどい……。二人とも腕の立つ騎士なのに、こんなにやられるなんて……」
 リリーはシスカを助け起こした。
「シスカさん、しっかりしてください!」
 シスカは、薄く目を開けた。
「ん……? リリーなの……?」
 リリーは言った。
「シスカさん! 大丈夫ですか?」
 シスカは弱弱しく口を開いた。
「……リリー、気をつけ、て……。奴は……剣や槍では……倒、せな……」
 そこまで言うと、シスカはがくりと首を垂れ、また意識を失ってしまった。傍らでは、ヴェル
ナーがウルリッヒの肩を揺さぶっていた。
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か?」
 ウルリッヒはゆっくりと目をあけると、頭を押さえながら起き上がった。
「……くっ、……不覚をとった。あの化け物……私の剣が通用しないとは……」
 ヴェルナーは口元を引き締めると、ウルリッヒに尋ねた。
「副騎士隊長殿の剣でも敵わねぇてのは……いったい、どんな敵なんだ?」
 そのとき、突如としてリリーたちの前方に、まばゆい七色の照明がともった。
「な、何なの!?」
 リリーがそう言った瞬間、スポットライトが当たり、そこは小高いステージになっているのが
見えた。ステージの上には、ポスターに描かれていた謎のアフロヘアの人物が、満面の笑みを浮
かべて立っていた。彼は、黄金に輝くマイクを高々と掲げると、おもむろにマイク・コメントを
開始した。

「レデース、ア〜ンド、ゼントルマン! 俺様のリサイタルへようこそ! 今夜は熱い夜になり
そうだぜ!」

 彼はそう言って、パチン、と指を鳴らした。すると……今度はフロア中にミラーボールが回り
始めた。

「……何者だ、あいつ……、新種の化け物か?」
 ヴェルナーが唖然としてつぶやくと、ステージの脇から叫び声が上がった。
「リリー先生〜! ヴェルナーさ〜ん! 助けてくださ〜い!!!」
 リリーたちが驚いてそこを見ると、そこには……、
「イングリド!」
 リリーは叫んだ。そこには、ウロボロスがぐったりとして横たわり、その尻尾には、イングリ
ドが巻かれたままになっていた。イングリドは泣きながら言った。
「先生〜! ウロボロスは、この人が歌ったら苦しんで気絶しちゃったんですけど、でも、尻尾
の力は緩まらなくって、逃げられなくて……。私、もう限界なんです〜〜〜〜! 助けてくださ
〜い!」
 今度は、ステージの反対側からも声が響いてきた。
「姉さ〜ん! ヴェルナーさ〜ん! やっと来てくれたんだねー! 助けてくれよ〜!!!」
「その声は……テオか!?」
 ヴェルナーが驚いて声の方向を見ると、テオもまた、ステージの脇の椅子にくくりつけられて
いた。
「ヴェルナーさ〜ん! 俺もう、死んじゃうよー! 馬車に乗って険しい山道をずっと移動して
いるときの乗り物酔いよりひどい気分なんだよ〜! 助けてくれ〜! 頼むよ!」
 リリーは二人に向かって言った。
「イングリド! テオ! 今助けるわ〜! 待ってて!」
 ウルリッヒが、背後からリリーに厳しい口調で言った。
「待て、リリー! 奴は普通の敵ではない。……奴に歌わせるな……。私の剣も奴の歌の攻撃で
完全に切っ先が狂い、たちどころに折れてしまった……。シスカ殿の槍もだ。……恐ろしい敵だ。
伝説の竜や魔獣や妖魔、悪鬼の類も、奴の歌の破壊力に比べれば、まるで子どもの悪戯のような
もの……用心してかかれ……クッ!」
 そう言って、ウルリッヒは、苦しそうに胸を押さえた。リリーはウルリッヒに駆け寄ると、ご
くりと唾を飲み込んだ。
「ウルリッヒ様! ……そんな、そんなに恐ろしい敵だなんて……? ウルリッヒ様やシスカさ
んがこんなにされてしまうんだもの……どうやって戦ったらいいの!」
 そのとき、長い紫色の髪をなびかせて、階段を駆け足で下りてくる人影があった。
「先生〜! リリー先生〜!」
 リリーは驚いて言った。
「ヘルミーナ! どうしたの!?」
 30歳のヘルミーナは、息を切らせながらリリーに近づいた。
「先生! やっと分かったんです、ここのボスの倒し方が!」
 リリーは顔をほころばせた。
「本当!? どうやったら倒せるの?」
 ヘルミーナは言った。
「倒せません!」
 ヴェルナーは、あきれたように言った。
「倒せないって、それじゃどうすりゃいいんだよ!?」
 ヘルミーナは、きっ、とヴェルナーをにらみつけた。
「倒せないんですけど、とにかく、満足するまで歌わせるしかないんです! ……このダンジョ
ンのボスは、あたしが小さいときに聞いたゲル……、いえその、この親父さんの歌に関する恐怖
の思い出が増幅したものなんです。それが、先日、のど自慢大会を追放された親父さんの無念の
思いと合体して、こんな化け物になってしまって……。とにかく、歌って歌って満足したら、こ
このボスは消滅します! だから、みなさんはこれを着けて耐えてください!」
 そう言って、ヘルミーナは白銀色に輝く小さな物体を数個取り出した。
 ヴェルナーは言った。
「……ミスリルの耳栓、か……」
  ヘルミーナはうなずいた。
「正確には、特別に開発した、‘ミスリルの耳栓改’です。さあ、早く!」
 一同は、すばやく‘ミスリルの耳栓改’を装備した。その瞬間、

「ボエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 地獄のような振動が開始された。椅子に縛りつけられていたテオは、叫び声を上げた。
「ぎゃあああああ〜〜〜! た、助けてくれ〜! もう嫌だよ〜!!! うっ!」
 そう言って、テオは気絶してしまった。ステージの反対側では、ウロボロスに捕まったままの
イングリドが、声もなく意識を失っていた。
「くっ、やっぱり、耳栓を改造しておいて、正解だったわ……」
 ヘルミーナはそれに耐えながら言った。リリーは言った。
「お、音っていうより、凄まじい波動だわ……。頭が、割れるみたいに痛い……」
 しかし、そのとき、階段を猛スピードで駆け下りてくる人影があった。リリーは叫んだ。
「ゲルハルト!?」
 ヴェルナーは怒鳴った。
「ゲルハルト! 来るな! 耳栓を着けないでそいつに近づいちゃ、危険だ!」
 しかし、ゲルハルトはそのまま、ステージの上に駆け上がり、涙を流しながらこう言った。
「……ううっ、親父! どこの誰だか知らねぇが、俺は今猛烈に感動している!」
 ステージの上の謎の親父も滝のように涙を流しながら、ゲルハルトの手を取った。
「そうか! 分かるか、若いの! おまえさん、なかなかに見所のある奴だな!」
 ゲルハルトは、大きくうなずきながら言った。
「分かるともさ! 親父さん、あんたの歌は最高だぜ! 俺が、俺が長年求めていたのは、この
シャウトだ! 魂が揺さぶられたぜ!」
 謎の親父は、男泣きに泣きながら言った。
「そうか! おまえさんも歌が好きか! それじゃ、今夜のリサイタルは、二人で魂のデュエッ
トだ! さあ、おまえさんもこの黄金のマイクを使って歌おうじゃねぇか!」
 ゲルハルトは、親父がベルボトムのズボンのポケットから取り出した黄金のマイクを受け取る
と、満面の笑みを浮かべた。
「おうよ! 今夜は歌いまくるぜ!」

「ボエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「ボエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
「ボ・ボ・ボ・ボ・ボ・ボエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

 火山が数十個一度に噴火するような振動が、沸き起こった。
「きゃああああああ〜〜〜〜〜!」
 リリーが叫ぶと、壁がぼろぼろと崩れ、床に亀裂が入り始めた。
「リリー、伏せろ!」
 ヴェルナーが叫んだときには、ダンジョンを構成していた床や壁は、みな粉みじんになって、
雨のように降ってきた。

 →result
   ヴェルナーのHP−50
  ウルリッヒのHP−50
  シスカのHP−50
  カリンのHP−50
  テオのHP−50
  ヘルミーナのHP−50
  リリーのHP−50
  ゲルハルトのHP+100
  ゲルハルトの特殊攻撃「俺様の歌を聴け」の威力が10上がった!
  謎の親父が消滅した!
  ゲルハルトが、最終兵器、「漢の黄金マイク」を手に入れた!



   エピローグ


「リリー先生、リリー先生! 起きて下さい!」
 ヘルミーナの声に、リリーは意識を取り戻した。
「ん……? ヘルミーナ? ……ハッ、そうだ! イングリドは?」
 ヘルミーナは上空を指差した。
「ウロボロスがまた暴走して……捕まれたまま、飛んでいってしまったんです……」
 ヘルミーナの指差した方向、はるか上空に、ウロボロスがその大きな羽根をばたつかせて飛ん
でいた。
「……何てこと……!」
 リリーが青ざめながら見上げていると、足元ではヴェルナーが意識を取り戻した。
「ん……?」
 ヴェルナーは、ゆっくりと目を開けた。リリーはヴェルナーの肩に手をおいた。
「ヴェルナー! 気がついたのね? 大丈夫? 怪我していない?」
 ヴェルナーは、何やら口を動かしたが、それは言葉になっていなかった。リリーは聞き返した。
「何? 何ていったの、ヴェルナー!?」
 そう言って、リリーはヴェルナーの口元に耳を寄せた。ヴェルナーは、蚊の鳴くような声で言
った。
「…………………………………………駄目だこりゃ………………」
 ヴェルナーは、そう言ったきりがっくりと首を垂れ、意識を失った。
                                           
                                     
                                              〜fin〜



後書き

 オチは……十代の方には、意味不明だったかもしれませんね……すいません(笑)。ド○フな
んですが……。
 それはともかく、「武器屋の親父さんご活躍待望論」を受けて、書いてしまいました、この作
品です。果たしてイングリド嬢救出の日は来るのでしょうか? ……それは書き手にも分かりま
せん(笑)。
 それから。
 今回、妙にヴェルナーが受難でしたね……。なお、夢の中の「教師ヴェルナー」は、既出作の
「眠たい森」とリンクしています。もし良かったら、そちらも併せてお読みいただけますと幸い
です(2002年10月)。


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