1
闇の中、数名の人間の足音だけが、ダンジョンの中を反響していた。ふいにヴェルナーは立ち
止まって、辺りを見回すと言った。
「……ふん、どうやらこのフロアにはめぼしいものはねぇようだな。おい、リリー、行くぞ!」
リリーは、こくん、とうなずいた。
「ねえ、ヴェルナー。このフロアの階段は、どっちにあるのかしら……?」
ヴェルナーは、ふっと笑うと言った。
「たまには自分で考えてみろよ?」
リリーは軽く頬を膨らませた。
「もう、意地悪! いいわよ、自分で探すから!」
そう言って、リリーが足を一歩前に踏み出した瞬間、ヴェルナーが怒鳴った。
「おい、待て、リリー、そっちは!」
ヴェルナーがそう言ってリリーを制した瞬間、リリーの身体が、がくん、と下に落ちかけた。
「わっ! ね、姉さん!」
横にいたテオは、慌てて手を伸ばした。しかしその一瞬前には……。
「馬鹿野郎、気をつけろ!」
「ご、ごめんなさい、ヴェルナー……」
落とし穴に落ちる寸前に、リリーはヴェルナーに後ろから両手で肩をすくい取られていた。
「……ったく、注意力の足りねぇ奴だな……?」
ヴェルナーはぶつぶつ言いながら、リリーを引き上げて床におろした。
「あ、ありがとう……」
リリーが言うと、ヴェルナーは、ふん、と言って横を向いた。テオは言った。
「なあ、このフロアには何も落ちてないんだろ? だったら、はやく下のフロアへ行く階段を探
そうぜ!」
ヴェルナーは、つ、と指を指した。
「階段なら、あっちにあるぜ?」
テオは嬉しそうに言った。
「あ! 本当だ! すごいや、ついてるなぁ! こんなにすぐに見つかるなんて!」
テオは、階段に向かって走り出した。その瞬間、
「あ、おい! テオ!」
ヴェルナーが怒鳴るのと、
「え? う、うわああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
テオの叫び声が響くのと、
「テオ〜〜〜〜〜〜!?」
リリーの悲鳴が同時に響き、闇の中、テオの身体は、すとん、と階下に落ちていった。ヴェル
ナーは、床に開いた穴を見下ろしながら言った。闇のため、下の様子は見えない。ヴェルナーは、
チッ、と舌打ちをした。
「……ったく、何で落とし穴に気をつけねぇんだ?」
リリーは穴を覗き込むと、大声で言った。
「大丈夫〜、テオ!」
階下からは、元気な声が響いてきた。
「……姉さんか? 俺なら大丈夫……痛っ!」
リリーは穴に向かって呼びかけた。
「だ、大丈夫〜、テオー!」
テオの声が上がってきた。
「大丈夫、大丈夫! このちょっと膝を擦りむいただけだからさ! って、え? うわあっ!
な、何するんだよ〜〜〜〜!?」
リリーは怒鳴った。
「どうしたの、テオ!?」
テオの声が響いてきた。
「な、おまえ何だ、その格好は!? 何者なんだよ、うわっ、ちょっ、やめろよ! 手を放せ!」
ヴェルナーはリリーの肩を叩いた。
「おい、様子が変だ! とにかくそこの階段から降りるぞ、リリー!」
リリーはうなずくと、闇の中、大急ぎで階段を駆け下りていった。
*
「テオ? どこにいるの、テオ〜〜!」
リリーは叫びながら周囲を見回したが、テオの姿は見えない。ふいにヴェルナーが言った。
「おい、リリー! これ見ろ!」
「何、ヴェルナー?」
ヴェルナーは言った。
「これ、テオが首に巻いていた奴じゃないか?」
リリーは、ヴェルナーが差し出した青いスカーフを受け取ると、しげしげと眺めた。
「そうね、間違いないわ、テオのよ、これ! ……テオ、どうしちゃったのかしら?」
ヴェルナーは周囲を注意深く見回していたが、ふいに言った。
「リリー、そのランプを貸せ!」
リリーは訝しげに言った。
「そうしたの、ヴェルナー?」
ヴェルナーは急かすような口調で言った。
「いいから、早くよこせ!」
リリーは少々その剣幕に気圧されながら、ヴェルナーにランプを渡した。ヴェルナーは……ラ
ンプを横の壁にかざして見せた。
「何だこれは……張り紙か?」
リリーは慌てて、明かりに照らし出された場所を見つめた。
「……何、これ……人の絵……? ずいぶん変わった格好をしているのねぇ? これ、どこの国
の衣装かしら?」
ヴェルナーは言った。
「……分からねぇな。何だ、この白い服は……袖には妙ちきりんな、ひらひらした飾りがついて
るし……、ズボンの裾は変に広がってるし……、第一、何だ、このおっさんの髪型は? ピルツ
の森の巨大なマッシュルームの傘が開いちまったみたいだな? こんな変な衣装、東方の商人で
も着てないぜ? ……ん? 絵の下に何か書いてあるな……」
リリーは、慌ててヴェルナーの指した箇所を読み始めた。
「うわあ! 汚い字ねぇ〜! 何々……オ、レ、サ、マ……、リ、サ……イ、タ、ル……?」
リリーは、ヴェルナーの方を振り返った。
「ねぇ、ヴェルナー。何かしら、これ?」
ヴェルナーは、腕組みをすると、大きく息を吐き出した。
「さあな。しかし……何だか、すごく嫌な予感がするぜ……」
2
カリンは、手入れの終わった杖とナイフをリリーに手渡すと、言った。
「ねえリリー、最近、このダンジョンの下のほうで、何かあったの?」
リリーは聞いた。
「……どうしてそんなこと聞くの、カリン?」
カリンは、片手を工房のカウンターの上に置くと、口を横に結び、大きく息を吐き出した。
「さっきもね、ウルリッヒ様と、シスカさんが、ここに寄って、刀と槍の手入れをしていったん
だよ。二人とも厳しい顔をしてさ……。あたしが‘何かあったんですか?’って聞いたら、ウル
リッヒさまったら‘何でもない。単なる調査だ’って言ってたんだけど……その顔がさあ、尋常
じゃないっていうか……」
ヴェルナーはからかうような口調で言った。
「副騎士隊長さんだったら、いつもご大層に思いつめた顔してるんじゃねぇのか、カリン?」
カリンは言った。
「……いっつも仏頂面のあんたに言われたくないね、ヴェルナー?」
ヴェルナーは横を向いた。
「……ふん、悪かったな。この顔は生まれつきだ。リリー、俺のナイフよこせよ、もう用事は済
んだんだろ?」
リリーは慌てて言った。
「もう、そんな言い方ってないでしょう、ヴェルナー! ……ねぇカリン、ウルリッヒ様の様子、
そんなにおかしかったの?」
カリンは、こくこくとうなずいた。
「もうさ、こう、眉間に皺寄せて……武者震いしてたよ?」
リリーは青ざめながら言った。
「……どうしよう? イングリドを助けるために、ダンジョンを一つづつ探索してるんだけど…
…きっとここのラスボスは、ケタ違いに強いんだわ〜……。テオも途中でいなくなっちゃったし、
ゲルハルトもトラップにかかってどこかにいなくなっちゃうし……」
ヴェルナーは、ぼそりと言った。
「……あれくらいのトラップを見破れねぇなんて、目端の利かねぇ野郎どもだよな、ったく……」
リリーは、ヴェルナーの方を振り返った。
「え? 何か言った、ヴェルナー?」
ヴェルナーは苦笑しながら言った。
「何でもねぇよ。いいから、早く下に行こうぜ。テオやゲルハルトだって、下に行けば合流でき
るかもしれねぇだろ?」
リリーは笑顔でうなずいた。
「そうよね! うだうだ考えててもしょうがないわ! まずは最深部に行かないと! じゃあ、
カリン、またね!」
そう言って出口に向かって歩きかけたリリーに、カリンが背後から怒鳴った。
「待ちなよ、リリー! ねぇ、パーティの人数が減って、人手が足りないんだろ? だったら、
あたしを連れていってくれない?」
リリーは振り返ると、目を大きく見開いた。
「ええっ! 嬉しいけど、……工房はいいの、カリン!?」
カリンは、にっこり笑って言った。
「うん! 注文はあらかた片付けちゃったしね。それに……あたしも、ちょっと気になることが
あるんだ」
ヴェルナーは怪訝そうな顔で言った。
「何だよ、気になることって?」
カリンは口端を引き結ぶと、うん、とうなずいてから言った。
「……最近、下のほうから、不気味な地響きがするんだよ。ここんとこ、毎日ね」
リリーは、驚いた顔をした。
「え? まさか……このダンジョンのラスボスが暴れているんじゃ……?」
カリンは首を横に振った。
「う〜ん、何ていうのか、物理的に魔物が暴れてるような感じじゃないんだけどね……。どっち
かっていうと、ときどき、言葉みたいに聞こえるような気もするし……」
ヴェルナーは言った。
「言葉……? ってことは、もしかすると、呪文の詠唱をしているのかもしれねぇな?」
リリーは真顔でうなずいた。
「そうね! 強力な錬金術師か、高度な魔法を使えるような魔物かもしれないわね……。そんな
敵のところにイングリドが捕まっていたら……大変だわ〜! はやく下に行きましょう、ヴェル
ナー!」
一行は、足早に製鉄工房を出ると、階下を目指していった。
→result
リリーとカリンの交友度+1
ヴェルナーとカリンの交友度+1
3
闇の中、こつこつと三人の歩く足音だけが響いていった。ふいに、カリンが言った。
「ね、ねえリリー、暗いからさ、もっとランプの芯を長くしない?」
リリーは聞いた。
「どうして? 明るさだったら、これくらいで十分でしょう?」
カリンは苦笑いしながら言った。
「えっとね、うん、そうなんだけど……もっと明るいほうがいいかなあっって……あはは、あは
ははは……」
ヴェルナーは、にやにや笑いながら言った。
「おまえ、相変わらずだな、カリン?」
カリンはヴェルナーをにらみつけた。
「……な、何が相変わらずなんだよ?」
ヴェルナーは、そのカリンの顔を、ちらり、と目の端でとらえると、冷やかすように言った。
「ガキのころ、よく、夏に職人通りの子ども連中と一緒に墓場に肝試しに行っちゃあ、途中で逃
げ出してたよな? ……カカシをお化けと見間違えたりして?」
カリンは、耳の先まで真っ赤になって言い返した。
「なっ!? 何言ってんのさ! あたしは別に、そんな……」
ヴェルナーは、喉の奥で噛み殺すように笑った。
「ま、いいけどな。ところでおまえ、自分の後ろ、見てみろよ、カリン?」
カリンは言った。
「え? 後ろが何だっていうんだよ! だいたいねぇ、肝試しのときだって、あんたがそうやっ
て、しょっちゅうからかって脅かすから……って、え? 何、この冷たい感触は……?」
カリンが、うなじの辺りに冷気を感じて手を当てるのと同時に、リリーが怒鳴った。
「カリン! すぐ後ろ!」
カリンが振り返ると、彼女の顔の至近距離には……。
「うわっ! うわわわわわ〜! ゲシュペンスト! あいつら、苦手なんだよ〜!」
カリンの真後ろには、ゲシュペンストの大群が、不気味な笑みを浮かべながらぷかぷか浮いて
いた。カリンは真っ青になってパニック状態に陥った。
「チッ! どけ、カリン!」
そう言って、ヴェルナーがナイフを投げようとした瞬間、
「え〜い! これでもこれでもこれでもこれでもこれでもこれでもこれでもこれでもこれでも、
く・ら・い・なああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「どわあああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
カリンとヴェルナーの合体攻撃技法、「ローリングヴェルナー投げ」、発動。
カリンは、ヴェルナーを竜巻のように旋回させながら、ゲシュペンストの群れの中に投げ込ん
だ。その空気の渦は、うなりを上げて魔物たちを巻き込んでいった。ゲシュペンストは、断末魔
の叫びをあげながら瞬時にして消失した。ややあって、ヴェルナーは、どさり、と地面に落ちて
きた。
「だ、大丈夫〜、ヴェルナー!?」
リリーが叫ぶと、ヴェルナーは、よろよろと起き上がった。
「……ああ。大丈、ブッ☆!?」
カン、コン、キン、コン、コン、カカカン、キンコン、カン、コン、キン、カン、カン……!!!
澄んだ音をたてて、ゲシュペンストがもっていたペンタアングルが、起き上がりかけたヴェル
ナーの頭の上にばらばらと降ってきた。
「きゃああああ〜! ヴェルナー!」
リリーは駆け寄ると、ヴェルナーを抱き起こした。カリンはそろそろと近寄ると、ヴェルナー
の顔の前に手をかざした。
「……息は、してるみたいだけど……。ごめん、ヴェルナー……」
リリーは、ヴェルナーの顔をぺちぺちと叩いた。
「ちょっと、起きて! しっかりして、ヴェルナー、ヴェルナー!」
ヴェルナーは目を覚まさず、リリーはさらにばしばしと叩き続けた。カリンは言った。
「あ、ちょ、ちょっと、リリー! そんなにぶっ叩いたら、起きるものも気絶しちゃうよ……?」
→result
ヴェルナーとカリンの交友度−1
ヴェルナーのひねくれ度+1
ヴェルナーのHP−10
ヴェルナーの打たれ強さ+1
(注:ローリングヴェルナー投げは大変に強力な合体攻撃技法ですが、これが発動するたびに、
ヴェルナーのひねくれ度が上がってしまいます。ひねくれ度が上がりすぎると、リリーとのラブ
ラブイベントフラグが立たなくなりますので、注意しましょう)
|