ゆけ! ザールブルグ野球部!
〜御前試合は大混戦篇〜



      
   4 二回の裏

 実況中継。
 
 それでは、白組の攻撃です。え〜、選手交代のコールがなされました。さきほど試合中に負傷
いたしましたハレッシュ捕手に変わり、今レガースの紐を結んでいるのは……、クライス選手で
す! クライス・キュール捕手ですね!
「……頭脳派のキャッチャーか。こいつは面白ぇ……」
 そうですね、ハインツさん。リードには定評があります、クライス捕手です!
「リードはいいかもしれねぇが……、打てるのか?」
 ええ〜、ただ今のクライス選手の打率は二割三分、ホームラン0本ですね。スタメンでハレッ
シュ捕手を起用したのは、ディオ監督、やはり打撃を買ってのことだったのでしょう。はい、対
極的な二人の捕手といえましょう! 投球練習を行っております、ダグラス投手にクライス捕手。
おっと、クライス捕手、しきりと低めの球を要求していますね。
「……ダグラス投手は、手癖で投げると次第に球が浮き上がる傾向があるんだね。きっと、そ
れを注意しているのだろう」
 あ、ベルゼン公、ありがとうございます。……ったく、ハインツの旦那とどっちが解説者だか
分からねぇな……。
「もう! 独り言はマイクから離れて言いなさいよね!」
 わ! す、すいません、アイゼルさん……。

*


 グラウンドレベル。

 四番のキャプテン、ウルリッヒはバッターボックスに入り、静かにバットを構えた。ダグラス
投手が振りかぶった瞬間に、クライス捕手が後ろからぼそりと言った。
「……隊長さんには……お気の毒なことをしましたね……」
「な、何……!?」
 ウルリッヒは一瞬、ぎょっとしてボールから目を離した。その瞬間、ボールはクライスのミッ
トに収まっていた。
「……ストライク、じゃな」
 主審のコールに唖然としながらウルリッヒがクライスをにらむと、クライスは涼しい顔で球を
ダグラスに投げ返した。
「……クッ!」
 気を取り直してウルリッヒがバットを構え、ダグラスが振りかぶった瞬間に、またクライスは
つぶやいた。
「……ところで、ペンデルはおいしかったですか?」
「な、なぜそれを……!」
 ウルリッヒがそう言った瞬間、またしてもばしっといい音がして、クライスのミットに白球は
収まっていた。長老はコールした。
「ストライク、じゃな」
 ウルリッヒは唇を噛みしめた。
「……うっ! おのれ……卑怯な……!」
 そのウルリッヒの顔を軽く見上げると、薄い微笑みを浮かべながら、クライスは投手に返球し
た。ウルリッヒは、軽く顔を左右に振った。

 ……いかん、こんなことで動揺しているようでは……! それにしても、なんと小癪な……。 
ボールに集中しなくては……!

 しかし、ダグラスが投球モーションに入った瞬間、またもやウルリッヒの後ろから、ささやき
声が響いてきた。
「……私事、ですか……。なるほど……」
「貴様……!」
 ウルリッヒが思わず背後に怒鳴った瞬間、またもやボールはキャッチャーミットに収まってい
た。
「……ストライク、バッターアウト、じゃな」
「……クッ」
 主審の長老のコールに、ウルリッヒは首をうなだれて帰っていった。続いてバッターボックス
にやって来たゲルハルトは、心配そうにウルリッヒの肩を叩いた。
「……どうした、キャプテン? あっさり見逃しなんて、らしくねぇな?」
 ウルリッヒは、苦笑するとゲルハルトの顔を見た。
「あの捕手の言うことは……、気にするな」
「え? キャッチャーが、何だって?」
 ウルリッヒは、無言でベンチに引き上げていった。ゲルハルトは首をひねってバッターボック
スに立つと、バットを構えた。投手が振りかぶった瞬間、クライス捕手はぼそりとつぶやいた。
「辛いアップルパイは……、お好きですか?」
「え? な、何でそれを……うわっ!」
 ゲルハルトが動揺した瞬間に、ボールはクライスのミットに収まっていた。
「ストライク、じゃな」
 主審のコールに、ゲルハルトは憮然としてクライスに言った。
「……何だよ、気の散ることを言うんじゃねぇ!」
 クライスは、涼しい顔でボールをダグラスに投げ返してゲルハルトに言った。
「……別にお気になさらなくても……。あなたのことだなどとは、誰も言ってはいませんから」
「クッ……!」
 ゲルハルトは、口をへの字に結ぶと、バットを構えた。また、ダグラスが振りかぶった瞬間に、
クライスはつぶやいた。
「のど自慢大会には……出ないでくださいね」
「何でだよ!」
 思わずゲルハルトが言い返した瞬間、ボールはミットに収まっていた。
「ストライク、じゃな」
 長老のコールに唖然としてるゲルハルトの顔を横目で見て、ふふん、と鼻で笑うと、クライス
はダグラスに返球した。
「……てめぇ〜!」
 ゲルハルトがクライスをにらみつけた瞬間、ベンチからリリーの声が飛んできた。
「どうしたの〜、ゲルハルト! ちゃんとボールに集中してよ〜!」
「……おうよ!」
 ゲルハルトは、ベンチの方を向いて威勢の良い返事をした。そして気を取り直してバットを構
え直した。ダグラスが投球モーションに入った瞬間、今度はクライスはこうつぶやいた。
「……ところで、最近髪の毛の調子はどうですか……?」
「え! ど、どうしてそれを知ってるんだよ!? 最近多めに抜けて……気にしてるのを!」
 ゲルハルトがそう言ったときには、ボールはクライスのミットに入っていた。
「ストライク、バッターアウト、じゃな」
 長老がコールし、ゲルハルトはうなだれてベンチに引き上げていった。ベンチでは、リリーが
不思議そうな顔をしてゲルハルトに言った。
「どうしたの? ウルリッヒ様も簡単に見逃し三振しちゃうし……。何だか二人とも、全然らし
くなかったわよ〜、今の!」
 ゲルハルトは、力無く言った。
「悪ィな、リリー。次は……何とかするぜ」
 そのゲルハルトの顔を見上げながら、ヴェルナーは言った。
「ったく、クリーンナップがこんなんじゃ、話にならねぇぜ。少しはピッチャーを援護しようっ
て気がねぇのかよ?」
 ゲルハルトは一瞬ヴェルナーをにらみつけた。
「……何だと!」
 リリーは、二人の間に割って入った。
「もう! 二人とも、やめなさいよ! ヴェルナーも、わざわざ仲間を怒らせるようなこと言わ
ないで!」
 ヴェルナーが都合の悪そうな顔をしてそっぽを向くと、ゲルハルトは大きくため息をついて、
ヴェルナーに言った。
「ま、バッターボックスに立てば分かるさ……」
 続いて打席に立ったクルトもまた、あっさり見逃しの三振に切って取られた。クルトは額に脂
汗を浮かべてベンチに帰ってくると、バットを置いてつぶやいた。
「あの捕手は……、悪魔ですね……」

 
 
   5 三回の表


 実況中継。

 二回が終わって、紅組白組ともに三者凡退記録を更新中です! いやあ?、ハインツさん、息
詰まるような投手戦になってきましたね!
「そうだな。ま、どっちが先に打ち崩すのか、目が離せねぇな」
 はい。それでは、三回の表、七番バッターはエルフィール・トラウム選手です! ピッチャー
振りかぶって第一球投げた! ストライク! 今のはストレートですね?
「……なあ〜にやってるのよ! ほんっとにどんくさいわねぇ! 絶好球見逃してるんじゃない
わよ!」
ア、アイゼルさん、落ち着いて下さい。えっと、たしか、エルフィール選手とはご学友だとか? 
「友達なんかじゃないわよ! あんな、蛇を素手で掴むような人!」
 し、失礼しました。え?、続いて第二球、……またしてもストレート! 二球続けてど真ん中
ですね……。ヴェルナー投手、余裕の投球です。
「ちょっと! あなた! そんなうさんくさいピッチャーにナメられてるんじゃないわよっ! 
いい加減にしなさいよね!」
ア、アイゼルさん! そっちの場内放送用のマイクで怒鳴るのは止めて下さい……! ああっ! 
エルフィール選手がこっちを向いて……、おや、笑顔で手を振ってますね……?
「信じられない! 何よ……?」
 えっと、エルフィール選手、何か言ってますね。え? 何々……アイゼル、次は打つからね、
見てて、だ、そうです。
「ふん……」
 アイゼルさん、そうお怒りにならずに……。え〜、ヴェルナー投手、振りかぶって第三球、投
げた! おおっ!? エルフィール選手! こつん、と当てました! 打球はセカンドの頭を越
えて……、これは面白いところに落ちました! ポテンヒットです! 打ったエルフィール選手、
一塁でストップ! これはラッキーなヒットでしたね?
「……どうせまぐれよ!」
 アイゼルさん、まあ、そうおっしゃらずに。ほら、エルフィール選手が、放送席に向かってに
こにこ笑いながら手を振ってますから……。え〜、つづくバッターは八番のノルディス・フーバ
ー選手ですね……。おや? バントの構えです。さすがディオ監督……慎重ですね?
「きゃあああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ! ノルディスぅ〜〜〜〜〜〜! 頑張って〜〜〜!」
 わっ! アイゼルさん、落ち着いて下さい! ……困ったな。
「ちょっと! このモニター! ノルディスをちゃんと映しなさいよね! あんな敵の目つきの
悪いピッチャーなんか、どうでもいいから!」
 うわわっ! ア、アイゼルさん、机を叩かないで下さい! ……さて、ヴェルナー投手、振り
かぶって第一球、投げた! これは、ボール! まずは外してきた! ……慎重ですね?
「何で、敵のピッチャーがアップになって映ってて、ノルディスが映ってないのよ!」
 アイゼルさん、暴れないで下さい! ひぃ〜! もう帰りたいぜ……。おい、カメラ! ノル
ディス選手をアップにしてやれ! 
「きゃあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! ノルディス〜〜〜〜〜〜!!!」
 ……やれやれ。え〜、ヴェルナー投手、振りかぶって第二球、投げた! おおっと、ノルディ
ス選手バントしたが……ああっ! 切れた! 切れましたね! ファウルです。わずかに三塁線
の外に切れました! ゲルハルト捕手定位置に戻ってゆっくりとヴェルナー投手に返球し、ミッ
トを構え直しました。
「ちょっと、敵の年齢不詳のキャッチャーなんか映さなくていいから、早くノルディスを映しな
さいよね!」
 アイゼルさん、器材のコードを引っ張らないで下さい……! 参ったな……。さて、ヴェルナ
ー投手、振りかぶって第二球を投げた! ノルディス選手、またもやバント! 今度は芝目に沿
って上手く転がった! エルフィール選手一塁を蹴って二塁へ! これはいいバントになった! 
ワンナウト二塁、スコアリング・ポジションにランナーがいます! さて、場内にどよめきがあ
がりました! 次のバッターは、九番、ピッチャーのダグラス・マクレイン選手です。この選手
は投手ですが……、打率3割5分、長打も狙える選手ですね。ワンヒットでランナーが帰ってく
れば、紅組先制点のチャンスです! 

*


 グラウンドレベル。

 ヴェルナーの投げた球は、内角高めをえぐり、ダグラスの顔のすぐ前を通り抜けてキャッチャ
ーミットに収まった。一瞬のけぞるようにして球を避けたダグラスは、ヴェルナーをにらみつけ
た。
「ボール、じゃな」
 主審の長老のコールも耳に入らず、ダグラスはヴェルナーに怒鳴った。
「おい! 今のは危険球じゃねぇのか!? てめぇ、わざとやりやがったな!」
 ヴェルナーは薄い笑みを浮かべて言った。
「ふん、おまえがホームベースに、必要以上におっ被さってるからだ。……そんなに近づかねぇ
と打てないのかよ。へっ、頭悪そうな構え方だな……?」
 ダグラスは、バットを放り投げた。
「……何だと! てめぇ、やろうってのか!?」
 その瞬間、二塁にいたエリーから声が飛んだ。
「ちょっと、ダグラス! 器材は大切にしないと、またアイゼルに怒られるよ〜! スポンサー
降りられても知らないよ?!」
 ダグラスは、エリーに向かって大声で言った。
「……るせぇ! 今俺は、こいつと話してんだ!」
 ヴェルナーは、ロージンバックを手の上で跳ねさせながらククッと笑った。
「おい、さっさと打席に入れよ。それとも……試合放棄か? 俺の球が打てねぇからって、そう
カッカするんじゃねぇ」
 ダグラスは、憮然とした顔でバッターボックスに入ると構え直した。
「てめぇのハエの止まりそうなトロいボールなんて、恐かねぇよ!」
 ヴェルナーはモーションを起こすと、今度は外角高めギリギリのところにボールを投げた。
「……ストライク、じゃな」
 一瞬の間が空いて主審の長老のコールをが響いた。余裕で見逃したダグラスは、それを聞いて
顔色を変えた。
「な、何だよ! 今のがストライクかよ!」
「……うむ。ストライク(注:2002年度より、プロ野球はルール改正がなされ、ストライク
ゾーンが少々広がりました。今までよりボール一つ分高めまで取るようになったんです。ダグラ
ス選手は知らなかったようですが)、じゃが……?」
 長老が淡々と言うのを聞いて、ダグラスはいよいよ声を荒げた。
「あそこをストライクに取るんじゃ、話にならねぇよ! おい、じじい! ちゃんと目ェ開けて
見てるのか!?」
 そのやりとりをマウンドの上から見ていたヴェルナーは、面白そうに口端を持ち上げて言った。
「おい、ストライクだって言ってんだろ? 聞こえねぇのか? てめぇの選球眼がなっちゃいね
ぇからって、主審にぐだぐだ当たるんじゃねぇ!」
 ダグラスは、ヴェルナーの方に向き直ると、眉を吊り上げ、マウンドに向かって歩きかけた。
「てめぇ、さっきから喧嘩売ってんのか、あぁ!?」
 場内が騒然となり、両チームのメンバーの間に緊張感が走った。白組の内野手がマウンドに集
まりかけ、紅組のメンバーがベンチから走り出してきそうになったその瞬間、二塁からエリーが
駆け寄って来ると、ヴェルナーとダグラスの間に入って制止した。
「ダグラスー! いいから試合進めようよ〜! 暴力はいけないよ?!」
 ダグラスは、自分の腕をつかんだエリーの手を振りほどいた。
「いいから引っ込んでろ! 俺はこいつが、ハナっから気に入らなかったんだ!」
「きゃあっ!」
 エリーは、思わずよろけて転びかけた。ダグラスはそれを見て、一瞬バツの悪そうな顔をした。
「あ、悪ィ……」
 ヴェルナーは、鼻で笑いながら言った。
「八つ当たりかよ……。ふん、余裕のない野郎だな……?」
「てめぇ、この、言わしておけば!」
 ダグラスがヴェルナーにつかみかかろうとしたとき、エリーが大声で怒鳴った。
「ダグラスー! いい加減にしないと、これ、かけるよ!」
 ダグラスは、エリーの手にした瓶を見て、ぎょっとした顔をした。
「そ、それは……、‘白と黒の心’!?」
 エリーは、きっ、とダグラスの顔をにらみつけた。
「ブレンド調合を繰り返した効力Sの、最っ高に強力なやつだよ〜! 飲まなくても、被っただ
けで、性格が反対になっちゃうよ〜! こんなの、本当は使いたくないけど、でも! 喧嘩する
ならかけちゃうよ! 最低でも十日間は元に戻らないよ?! それでもいいの、ダグラス!?」 
 思わずたじろいで後退りしたダグラスに、ヴェルナーは笑いながら言った。
「何だよ、面白ぇな? かけてもらったら、少しは冷静になって、ちょうどいいんじゃねぇか? 
ま、それよりもおまえに必要なのは‘頭の良くなる薬’かもしれねぇけどな? ははははは……」
 ダグラスはこれを聞いて、ついに堪忍袋の緒が切れた、といった顔でヴェルナーをにらみつけ
た。
「……何だと〜!?」
 ヴェルナーは、涼しい顔で、そのダグラスの顔を眺めて言った。
 「ふん、何だ? いっちょまえに、怒る脳みそあったのか、この体力馬鹿!」
「……の野郎?!」
 ダグラスはヴェルナーの胸ぐらを掴もうとしたが、ヴェルナーはその手をあっさり避けて、に
やりと笑った。
「てめぇのトロくさい動きなんてな、見切ってるんだよ!」
「ちょろっちょろ逃げるんじゃねぇ! この卑怯者!」
 ダグラスが怒鳴った瞬間、ついに両軍のメンバーが二人を中心に集結してきた。両チームのメ
ンバーは入り混じり、お互いに押し合いへし合いの大乱闘になった。

*


 白組ベンチ内では、リリーが必死の形相でドルニエ監督の肩を揺さぶった。
「ド、ドルニエ先生! 目を開けてください! 乱闘です! 大乱闘になっちゃいましたよ〜! 
どうしましょう? と、止めなくっちゃ、マズイですよ?!?」
 目を閉じて沈思黙考していたドルニエは、その目を開けた。
「ん? ああ、ちょっと待ってくれないか、リリー。今、ようやく構想中の野球理論が完成しそ
うなんでね……」

 リリーは涙目になって言った。
「もう! 野球理論を組み立てるのは、試合中以外にしてくださいよ!」
 しかし、ドルニエは、ぶつぶつと独り言を言いながら、黙考をやめない。グラウンドでは阿鼻
叫喚の地獄の乱闘が続いている。リリーは大きくため息をつくと考えた。

 ……ど、どうしよう? せっかくの御前試合なのに……。とにかく、騒ぎの中心になってるの
は、ヴェルナーと敵のピッチャーなのよね? だったら……よぉし!

 リリーがヴェルナーとダグラスに向かって投げつけたものは、すさまじい音を立てて空気を切
り裂きながら、周囲のものをなぎ払っていった。乱闘していた選手たちは、慌ててその場にふせ
た。その風圧で、ダグラスとヴェルナーの間に入って二人を止めようとしていたエリーの持って
いた瓶が吹き飛び、二人の投手の上に、瓶の中身がまんべんなく降りかかった。
 乱闘していたメンバーは、一転、それが去った後、紅組も白組もともに呆然として静まりかえ
った。リリーの傍らにいたイングリドは、目をぱちくりさせながら言った。
「……先生、今、何を投げたんですか?」
 リリーはバツが悪そうな笑みを浮かべながら言った。
「え? え〜っと、ヴェルナーたちを止めようと思って、‘時の石版’を投げたつもりだったん
だけど……?」
 ヘルミーナが、唖然としながら言った。
「でも、先生……! 今投げたのって、どう見ても‘フォルモント’ですよ!」
 リリーは、引きつった顔で笑った。
「……ちょっと、ね。……間違えちゃった、かなあ? あはは、あはははは……」

*


 実況中継。

 え〜、乱闘になってしばらく試合が中断しておりましたザールブルグ球場ですが……、ああ! 
ようやく収まったようですね! 乱闘の中心になっていた両軍の先発ピッチャーですが……、お
っ! 何とお互いに笑顔になっていますね〜! 笑顔でお互いの肩を今、ぽんぽん、とたたき合
いました! 素晴らしいです! この爽やかに晴れ渡った秋空のように、すがすがしいスポーツ
マンシップですね! さて、では、試合再開です。ダグラス選手、バッターボックスに立ちまし
た。
「……何よ、あれ……。あの、王室騎士隊一ガラの悪い万年門番騎士が……、白い歯を見せて好
青年風に笑ってる……? き、気持ち悪〜い……!」
 え? アイゼルさん、どうかなさいましたか? ……さて、ヴェルナー投手、振りかぶって投
げました! おおっと! ダグラス選手、これは打ち上げてしまった! これはまずい! 平凡
なセンターフライになった! カリン選手、落下点に入ってこちらを向いて今構えて取った! 
エリー選手、タッチアップは走る構えだけ。ツーアウト二塁となりました。ダグラス選手、打ち
損じてもそれほど気に病む様子もなく、実に爽やかな笑顔でベンチに走って帰って行きました!
「……あ、悪夢だわ……。あの人、頭でも打ったのかしら?」
 アイゼルさん、どうなさいましたか? 顔色が、ずいぶんと悪いようですが……?
「……何でもありませんわ」
 そうですか? え〜、打席は一巡して、ユーリカ選手です! 俊足のバッターですね。ヴェル
ナー投手、振りかぶって第一球投げた! ストライク! ストレート! ……何でしょう? ヴ
ェルナー投手、急に直球の伸びが良くなったような気が……。続いて第二球、おおっ! ユーリ
カ選手のバットの上ギリギリのところをかすめてゲルハルト捕手のミットに収まりましたね。空
振り、ツーナッシングです。続いて第三球投げた! 外してきました。ボール、ツーストライク、
ワンボール。ヴェルナー投手、ロージンに手をやり、軽く額の汗をぬぐっています。そしてゲル
ハルト捕手のサインにうなずき、投球モーションに入った。……おっと、今度は落としてきた! 
今のはフォークでしょうか? これでスリーアウト! 三回表が終わって、両者とも無得点です。
……しかし、何でしょう? 急に、ヴェルナー投手、ゲルハルト捕手のサインに首を横に振らな
くなりましたね? 実に正攻法な投球になって来たような気がしますが……。

*


 紅組ベンチでは、リリーが済まなそうな微笑みを浮かべながらヴェルナーを出迎えた。 
「お疲れさま、ヴェルナー。その……、さっきはごめんなさいね。ついうっかり、品質効力とも
Sランクのフォルモントなんか投げちゃって……。怪我はなかった?」
 ヴェルナーは、爽やかな笑顔を見せると、丁寧な口調でリリーに言った。
「心配には及びませんよ、リリーさん。それよりも、先ほどは向こうのピッチャーと揉めてしま
って、本当に申し訳ありませんでした。チームのみなさんにも、ご迷惑をかけてしまって……」
 リリーは、冷や汗をかきながら言った。
「え? ……ヴェルナー? 言葉遣いが変よ……。いったい、どうしちゃったの!?」
 ヴェルナーは、少しはにかむように微笑むと言った。
「試合が中断してしまって、ご心配をおかけしましたね。その分は、グラウンドの上で、きちん
とお返ししますよ。ゲルハルト君のサイン通り、仕事をするだけですが……」
 リリーは、ますます混乱しながら言った。
「ど、どうしたの、ヴェルナー。何かの冗談……、って、きゃあっ!」
 ヴェルナーは両手でそっと、リリーの両手を包み込むようにして取ると、彼女の目をまっすぐ
にのぞき込んだ。
「……リリーさん。あなたのために、必ずこの試合は勝ちますから……見ていてくださいね! 
試合に勝ったら、あなたに言いたいことがあるんです……!」
 そう言ってヴェルナーは、澄み切った瞳でリリーの目をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
 リリーは目を白黒させながら考えた。
 
 ……さっきのショックで……頭を強く打っちゃったのかしら、ヴェルナー……?

 

   6 八回裏


 実況中継。

 さあ、いよいよ試合も大詰めになってまいりました、八回の裏です。途中乱闘で中断もありま
したが、試合は0対0のまま、緊張感溢れる投手戦となっております。ええ〜、白組はクライス
捕手に変わってから、三回裏にアイオロス選手が唯一ライト前にヒットを打ったのを除いて、ノ
ーヒットなんですが……。こう言ってはなんですが、不思議ですね、ハインツさん。
「ああ……アイオロス選手は……クライス捕手に何言われても、気にしねぇだろうからな……」
 え? クライス捕手が、どうかしましたか、ハインツさん……?
「……ま、知らねぇほうがいいだろうな」
 はあ……。さて、八回裏、白組の攻撃は、一番からの好打順、エルザ選手からです。おっと! 
エルザ選手、バントの構え……、セーフティーバント狙いでしょうか? この選手の脚なら、十
分狙えるかもしれません。ピッチャー振りかぶって第一球投げた! おおっ! エルザ選手、振
ってきた! バントの構えから振ってきました! バスターです! バスターヒットになりまし
た! 器用ですね……。エルザ選手、一塁ストップ! ……さすがですね。普段からこういう
練習を積んでいるのでしょうか?
「いや、あれは……ダグラス投手の球が速すぎて、恐くてバントできなくて思わず振ってしまっ
ただけだろう」
 え? ベルゼン公……、そうなんですか?
「最初からバスターを狙うにしては、タイミングがおかしかったからね」
 ……なるほど。ベルゼン公、ありがとうございます。え、さて、二番打者はテオ・モーンマイ
ヤー選手です。小柄ですがガッツ溢れるプレーに定評があります! さあ、ダグラス投手振りか
ぶって第一球投げた! あああ〜っ! これはどうした! 初球からいきなりのデッドボールに
なりました! ダグラス投手の投げた球は、テオ選手の側頭部を直撃! テオ選手、一、二歩、
ふらふら〜っと歩いてから、ぱったり倒れました! これは痛い! テオ選手も痛いですが、紅
組にとっても痛い痛いデットボール! ダグラス投手、深々と一礼しております、が、テオ選手、
すでに意識を失っているようです。ああっ! たった今、救護隊の担架が出てまいりました! 
テオ選手……運ばれていきました。……代走が出る模様です。代走は……、イルマ・ヴァルター
選手ですね。
 ……軽やかな足取りで出て参りましたイルマ選手、一塁上で軽く屈伸運動をいたしました。こ
れで白組、ノーアウト一二塁になりました! さあ! ゲーム終盤に来て、白組大量得点のチャ
ンス! 続くバッターはクリーンナップです。お! ディオ監督、動きましたね。どうやらピッ
チャー交代の模様です。白組、ここに来て相手のエースを引きずりおろした訳ですが……、ダグ
ラス投手、ここまでワンヒットに押さえています。会場からは拍手が起こっています。おそらく、
ダグラス投手へのねぎらいの拍手でしょう! さて、ブルペンで肩を作っていたのは……、え? 
ここで押さえのエースの登場です! ワンポイントリリーフを使わずに、いきなりの起用です! 
たった今、コールがかかりました! 紅組の守護神こと、マルローネ投手です! スタンドから
は大きなどよめきが! このマルローネ投手の持ち味は、火を噴くよう快速球、そこでついたあ
だ名が火の玉マリーです! 観客席が沸いております! おおっ! ウェーブです! 客席にウ
ェーブが起こりました!
「リリーフ・エースが火の玉じゃ、まずいだろう。……火消しのほうが……?」
 ベルゼン公、そうはおっしゃいましても……。え〜、困ったな……。


  グラウンドレベル。

「もう、クライス! あたしは、そんなこすいマネ、したくないのよ!」
 クライスの出したサインに、思い切り首を横に振り、マリーはつぶやいた。クライスは、やれ
やれと言った顔で別のサインを出した。マリーはそれにも首を横に振った。次のサインにも、ま
た次のサインにも、マリーは首を横に振り続けた。呆れ顔のクライスは、主審にタイムを要請す
るとマリーのところまで駆けていった。
「……いい加減にしてください、マルローネさん! どうして私の出したサインに従ってくれな
いんですか?」
 マリーは憮然とした顔で言った。
「うっるさいわねぇ、クライス! 私はね、正々堂々と勝負がしたいのよ! そんな、小細工や
絡め手でアウト・カウント稼いだって、面白くも何ともないわ!」
 クライスは、大きくため息をついた。
「面白いとか面白くないとか、そういう問題ではないでしょう? これは試合なんです。試合は、
勝たなければ意味はないんです。文句を言わずに私のリードする通りに投げてくださいよ!」
 マルローネは、クライスの顔をきっとにらみつけた。
「や・あ・よ! 冗談じゃないわ! だいたいねぇ、あんたは小細工ばっかりしすぎなのよ! 
バッターの後ろで、ブツブツ、ブツブツ、動揺させるようなことばっかり言ってさ! あたし、
そんなことしてまで勝ったって、嬉しくも何ともないわ! いいから私の好きなように投げさせ
てよ!」
 クライスは、眉をぴくりと持ち上げた。
「……何事にも作戦は必要なのです。あなたのように考えなしにやっていたのでは、勝てる試
合も負けてしまいます。……別に私は無茶な要求はしてはいませんよ。今日のあなたの走ってい
る球に合わせて、リードを組み立てているんですから、ちゃんとサイン通り投げてください、い
いですね!」
 マルローネは、ふん、と言った。
「死んでも、嫌よ!」
 クライスは、思わず語気を荒げた。
「……この分からず屋ッ!」
 マリーは怒鳴り返した。
「何よ、この嫌味メガネッ!」


 実況中継。
 
 え〜、どうしたことでしょう? 紅組バッテリー、激しく口論しているようです。ああ……、
普通ですとこういう時には、チームメイトや首脳陣が、間に入って止めに来るものなのですが…
…、どうしたことでしょう? 一人もマルローネ投手とクライス捕手の間に割ってはいる人はい
ませんね……。
「犬も喰わねぇってやつだからじゃねぇか? はっはっは……」
 そんな、ハインツさん……。しかし……、両軍ともに、固唾をのんで紅組バッテリーの口論を
見守っております。おおっと! マルローネ投手! グラブをマウンドに叩きつけました! か
なり激高している模様です! クライス捕手、なだめているようですが……、マルローネ投手に
突き飛ばされました! さらに……マルローネ投手、クライス捕手にボールを投げつけておりま
す! これは大変なことになった! クライス選手、逃げております! マルローネ投手! ク
ライス捕手に次々とボールを……! ああっ! 今、投げたのは、ボールではなく……!

  バゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!

 ……あ、あ、マ、マイクテスト、マイクテスト……。ただ今中継が中断いたしましたことをお
詫びいたします。現在球場は三分の一が破壊され、未だに煙がくすぶっております。マルローネ
選手が投げたのは、ボールではなく、フォートフラムだった模様です……。
「いや、あれはメガフラムだろう……?」
 あ、そ、そうですね、ベルゼン公。え〜、もう、どっちでも……。なぜあの投手は、あんな大
量の爆弾を持っていたのでしょうか? とにかく、球場が破壊されてしまって試合続行は不可能
となりました。それでは、この辺で本日のザールブルグ野球部御前試合の中継を終了とさせてい
ただきます。解説はハインツ・マドックさん、ゲストはスポンサーのベルゼン公爵とアイゼル・
ワイマールさんにお越し頂きました。それでは! ……ふ〜、やれやれ……。

                  
 エピローグ

 後日、ヴェルナー雑貨屋の入り口付近には、「あなたの街のヴェルナー雑貨屋」、「良い品安く、
気軽にご相談承ります!」、「毎日赤札! 毎日お買い得!」、「目標店舗数、256店!」、等
々の幟が立てられ、笑顔でせっせと接客する若き店主の姿がほんの十日ばかり見られたという……。


                                        〜fin〜


 後書き  

 ……失礼しました。純正ギャグ作品です。時空間系列は、完全無視ということで、ご了承お願い 
申し上げます。……石を投げないでくださいね(涙)!
 さて、ヴェルナーとオットーの対決ですが、これは……「目つき悪い対決」です(笑)。眼力は
ほぼ互角だったのですが、「性格がひねくれている分、ヴェルナーの勝ち」ということで、ご了承
ください(←ナンノコッチャ)。
 ちなみに。
 ヴェルナーの投球スタイルは西武の潮崎投手を、ダグラスの投球スタイルは、同じく西武の松坂
投手を、それぞれ参考にしました。が……細かいことは、あまり気になさらないでくださると、嬉
しいです(汗)。
 話は少々ずれますが、球場で見る野球はいいです。何だか、よく晴れた日に観戦していると、村
上春樹が、球場で選手がホームランを打つのを見て、「小説を書こうと思った」というのは、よく
分かる気がいたします(笑)(2002年8月)。



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