ゆけ! ザールブルグ野球部!     
〜御前試合は大混戦篇〜



      
    
   1 プレイボール!

 実況中継。

 さあ、爽やかな秋晴れの下、ザールブルグ野球部の第一回ヴィント国王記念杯が行われようと
しています。先攻は、エンデルク・ヤード主将率いる紅組、後攻はウルリッヒ・モルゲン主将率
いる白組。解説は金の麦亭でお馴染みのハインツ・マドック氏をお招きし、実況は私、ボルト・
ルクスがお届けしております。ハインツさん、本日はよろしくお願いいたします。
「はっはっは、い?い天気じゃねぇか! こりゃ、試合中に飲み物がわんさと売れるなぁ、ええ、
おい?」
 ……すいません、商売はまた、後で。
「堅ぇこと言うなよ! おまえさんだって、本当は実況なんかやらねえで、商売がやりたいんだ
ろ?」
 いえ、ですから、そういうお話は、また後ほど……。困ったじじいだぜ、あ、しまった! 今
の音声拾ってたか? やべぇ、まあ、えっと、こほん。……マ、マイクテスト、マイクテスト…
…。ええ〜、紅組の監督は飛翔亭のマスター、ディオ・シェンク氏、白組の監督は錬金術ギルド
のドルニエ氏です。御前試合と言うことで、選手、監督、全員ともに緊張の面もちです。さあ、
ジグザール国歌が流れ、国旗の掲揚です! 両主将、胸に手を当てて直立不動の姿勢。身の引き
締まるような姿ですね。場内、黄色い歓声が飛んでおります……。おや!? 乱入者です! 乱
入者が二名グラウンドに! 
「アレには……、困ったもんだな」
 ……そうですね。本当に。……おおっと、怒りの形相のエンデルク主将とウルリッヒ主将!
それぞれ、花束を持って顔を赤らめながら走り寄って来た青年をどついております! あ、両主
将にどつかれた二人ですが、ともに満面の笑みです! 満面の笑みを浮かべたまま、幸せそうに
地面に倒れております! ……何やら最初から波乱含みの展開ですね、ハインツさん? 
「そうだな」
 早速救護班登場! ミルカッセ・フローベル嬢が率いるシスターたちが、倒れている青年二名
を、今、担架に乗せて救護室に運んでおります!
「……選手よりも、まず追っかけを収容か……」
 ……ですね。それでは、スターティング・オーダーを読み上げます。先攻紅組から、一番、セ
ンター、ユーリカ・イェーダ、二番、セカンド、ルーウェン・フィルニール、三番、ショート、
シュワルベ・ザッツ、四番、ファースト、エンデルク・ヤード、五番、キャッチャー、ハレッシ
ュ・スレイマン、六番、サード、オットー・ホルバイン、七番、ライト、エルフィール・トラウ
ム、八番、レフト、ノルディス・フーバー、九番、先発ピッチャーは、ダグラス・マクレイン…
…。ベストオーダーでしょうね?
「キリーの姉さんはいねえのか?」
 は?
「……何でもねぇよ。ちょっと見たかっただけだ」
 キルエリッヒさんなら、そこのVIP席にいます……。すごい形相で見ていますね? 自分も
出たそうです。
「……おい、姉さんが横にぞろぞろ引き連れてるの……、ガーゴイルじゃねぇのか、あれ?」
 ……そうですね。でも、みんな、楽しそうに尻尾をぱたぱた振って座ってますよ。キルエリッ
ヒさんのしつけがいいんでしょうね。全員、大人しくゲルプワイン飲んでご機嫌みたいですし…
…、いいんじゃないですか?
「……ブラウワインも、売ってくれたまえ」
 わあっ! い、いきなりしゃべらないでくださいよ! あ、そ、そうでした! ご紹介します。
今回、白組チームのスポンサーとなっていただきました、ベルゼン公をゲストにお招きしており
ます!
「……よろしく」
 は、はい! こちらこそ! ごくり……。
「おい、生唾を飲み込む音、マイクが拾ってるぞ!」
 ……ちっ、言うなよ、いちいち、うるせぇじじいだぜ……。
「何よ、ブツブツ言ってないで、早く私も紹介してよ!」
 あ、し、失礼いたしました。対する紅組チームのスポンサー、ワイマール家を代表して、アイ
ゼル・ワイマール嬢に来ていただきました!
「よろしくお願いいたしますわ」
 このように、非常に豪華な顔ぶれが揃っております! さて、白組のスターティング・オーダ
ーは、一番、ライト、エルザ・ヘッセン、二番、セカンド、テオ・モーンマイヤー、三番、ショ
ート、シスカ・ヴィラ、四番、サード、ウルリッヒ・モルゲン、五番、キャッチャー、ゲルハル
ト、六番、ファースト、クルト・フローベル、七番、センター、カリン・ファブリック、八番、
レフト、アイオロス、九番、先発ピッチャーはヴェルナー・グレーテンタールです。両先発ピッ
チャーですが……、まったく違ったタイプですね、面白い試合運びになりそうですが?
「……速球投手対変化球投手だからな」
 そうですね。主審は妖精さんの長老、塁審にも妖精さんがついていますね。ついでに、得点表
示板も妖精さんがついてます。ちょこまか動き回っていますね。
「……かわいいっ! ホムンクルス作るのやめて、やっぱり雇おうかしら?」
 アイゼルさん、身を乗り出さないで下さい。……さて、始球式です。ブレドルフ王子がバッタ
ーボックスに入りました。
「……王子か。王位に就いても、王様って気がしねぇんだよな。まさに永遠の万年王子だよな、
ありゃ。だからなのか……?」
 は? ハインツさん、今何とおっしゃいましたか?
「何でもねぇよ。いいから実況してろよ?」
 はあ……? あ、今、ボールガールのイングリドとヘルミーナの二人が、にこやかに登場です。
お揃いのユニフォームを着て……、かわいらしいですね。
「そうだな。……可愛いな、本当に。二十年後の姿なんて、想像できねえよな?」
 ……どうしましたか、ハインツさん? ため息をつかれてますが……?
「……うるせぇな。いいから実況に集中してくれよ?」
 そうですか? はい、さて、ボールガール二人が、ヴェルナー投手のところにボールを……持
っていかずに、二人で取り合っています。どうしたことでしょう? つかみ合いになっています
! ああっ! イングリドが電撃を! シュタイフブリーゼを落としております! 負けじとヘ
ルミーナがネーベルディックを! 大変です! 大変なことになってまいりました! 場内魔法
が飛び交って明滅しております! 激しく明滅しております! これは激しい! おおっ! つ
いに白組のベンチからはマネージャーのリリーさんが飛び出してきました! 二人をなだめてお
ります。……しかしなかなか喧嘩が収まりません。たまらず紅組のマネージャーのシア・ドナー
スターク嬢も出て参りました。二人でイングリドとヘルミーナを取り押さえております! ……
ようやく落ち着いたようです。おっと! ヴェルナー投手、しびれを切らして自ら主審の所に行
ってボールをもらってしまいましたね? ああ、今、ヴェルナー投手、一人でボールを二、三度、
ぽんぽん、と軽く上に放り投げました。機嫌が悪そうです! あ、ヴェルナー投手、リリーさん
に何か言ってます。えっと……「いいからさっさと試合をさせろ」と言っているようですね? 
リリーマネージャー、苦笑しながらボールガール二人をベンチに連れて行きました。
 ……さあ、気を取り直して、始球式です! ヴェルナー投手、第一球を投げた! ブレドルフ
王子、あ、あれ? 始球式なのに、打っちゃいましたね……。
「……以外と負けず嫌いだったんだな、王子……」
 そのようですね、ハインツさん。え〜、ファーストのクルト選手がボールを取って王子に丁寧
に一礼しました。ブレドルフ王子、笑顔、笑顔です! 場内に拍手が沸いております。おおっと、
クルト選手! その、取ったボールをいきなり一塁ベンチ方向に放り投げた……? 珍しいです
ね、普段は大変に温厚な選手なんですが……非常に怒っています。おや? 救護班のミルカッセ
さんの横にいつのまにマクスハイム家のご子息が来ていて、何やらナンパにかかっていたらしい
ですね。クルト選手の投げたボールは、ご子息の頭を直撃した模様です。またもや、試合とは関
係のない人間が担架で運ばれて行きました……。
「どうなってるんだ、今日の試合……?」
 ……ですね。しかし、気を取り直してプレイボール! あれ、主審の長老が……何も言わない
ですね。どうしたんでしょう? あ、……どうやら長老、居眠りをしているようですね! 大丈
夫なんでしょうか、今日の試合は……? 



   2 一回の表/裏

 
 グラウンドレベル。

 三振に切って取られたユーリカは、ベンチに戻ると肩をすくめてマウンド上のヴェルナーを見
た。
「……しっかしまあ、こすっからい球放るね、あのピッチャー。打ちづらいったら、ありゃしな
い」
 エリーは言った。
「そんなに、球が速いわけでもなさそうなのに……。何でかなあ?」
 ヴェルナーの投球を食い入るような目で見ていたノルディスは、口をきゅっと引き結んでうな
ずいた。
「うん。あの投球法は、サイドスローなんだけど、気持ちスリークォーター気味だね。ちょっと
独特なフォームなんだよ。球離れの位置が投げる直前まで見えないから、横で見ているよりも、
実際にバッターボックスに立ったときのほうが、ものすごく打ちづらく感じるはずだ。おまけに
……打者のタイミングを外すのもうまいね。ほら、ルーウェンさんが構えに入ったところで、…
…目で投げに入っているように見せて、実際には少しだけ投げる時間をずらしてるんだよ」
 エリーは感心したようにうなずいた。
「すごいわね、ノルディス! 私、そこまで分からなかったわ!」
 ノルディスは、少し照れたように微笑むと言った。
「いや、そんなにたいしたことじゃないよ。それにしても……変化球の種類も豊富だね。攻め方
は強気なんだけど……たとえばほら、内角高めぎりぎりに打者の胸元をえぐるような球を放って
来た。度胸がいいな。コントロールによっぽど自信があるんだね。投球方法も丁寧だ。緩急も効
いてるし。……あれ、今のはシンカーだね? すごいな。指が長くて間接が柔らかいんだね、き
っと」
 エリーはため息をついた。
「何か、ものすごくストーンと落ちる球だったね?」
 ノルディスはうなずいた。
「薬指と小指の間から投げてるんだよ、あの変化球は。う〜ん、打ちにくいなあ、あれは……厄
介だね」
 そうノルディスが言った瞬間、ルーウェンのバットは空を切り、ツーアウトになった。ブルペ
ンで肩を作っていたダグラスが、そのコールを聞いてベンチのところにやって来ると、二人に言
った。
「……何だよ、いけ好かねぇ攻め方するピッチャーだな? まともに勝負する気あんのか!? 
だいたい、あんなトロい球投げて、何か楽しいのか?」
 ノルディスはダグラスに言った。
「確かに彼は、球速も球威もたいしたことはないけど、でも……すごく打者との駆け引きが上手
いよ。彼との対戦は……、イラついたら負けだね。あ、シュワルベさんが打った!」
 シュワルベの打った球は、ライナー性の鋭いヒットと……なりかけたが、三塁手ウルリッヒの
しなやかなグラブさばきでダイレクトキャッチされ、スリーアウトとなった。紅組ベンチ内には、
ため息ともどよめきともつかない声が響き渡った。振り返って球の行方を見たヴェルナーは、そ
れを見てにやっと笑った。ウルリッヒは、事も無げにその球を客席に向かって放り投げ、一塁側
の白組ベンチに向かって走っていった。シュワルベは……、憮然とした顔でヴェルナーをにらみ
つけた。ヴェルナーはそれを見て、ふふん、といった風に笑って見せた。シュワルベは……、無
言でバットをその場に放り投げた。
 ウルリッヒが観客に投げ入れたボールには黒山の人だかりができて、そこは、阿鼻叫喚の地獄
絵図となった。

*


「何よ〜、あのピッチャーの球! 速すぎてよく見えないわよ〜! どうやって打てっていうの
よ!」
 見送りの三振でベンチに戻ってきたエルザは、反泣きになって言った。リリーはそれを聞いて
ため息をついた。
「……はっやいわね〜、あのピッチャーの球! 上背もあるから、まるで上から垂直に振りかぶ
られて来るみたい。それに、ものすごく重そうな球ね……。ヴェルナーの投げ方と全然違うわね
〜!」
 リリーの横に座り、タオルで顔の汗を拭いていたヴェルナーは、不機嫌そうに言った。
「悪かったな……。ま、あいにく俺は、ああいう体力馬鹿みたいな戦い方はできねぇからな。
球が速かろうが、遅かろうが、打者を押さえられるのがいいピッチャーだ。覚えとけ、リリー」
 その瞬間、テオのバットのグリップエンド近くにダグラスの投げた球が当たり、バットが勢い
よくへし折られた。折れたバットの先は、回転しながら白組ベンチに飛び込んできて、リリーに
当たりそうになった。
「きゃあああ?!」
 リリーは悲鳴を上げながらその場を避けた。ダグラスは、白組ベンチに向かって一礼すると、
ロージンバックを手にした。
「……っぶねえな……!」
 ヴェルナーはそうつぶやいて、マウンド上のダグラスをにらみつけた。テオは空振りの三振に
切って取られ、シスカはバットに当てたものの球の勢いにつまらされて凡打で終わり、スリーア
ウトとなった。



   3 二回の表


 実況中継。

 さあ! 二回の表。紅組ファーストバッターは、エンデルクキャプテンです。おおっと! ス
タンドで、巨大な旗が上がりました! 「エンデルク様 FIGHT!」って書いてありますね〜?
狂ったように旗を振っているのは……、おや、彼はさっきの……? 救護室に運ばれたはずでは
なかったのでしょうか?
「……困ったもんだな、アレ」
 そうですね、ハインツさん。ええ〜、さて、このエンデルク選手、現在打率4割3分、首位打
者独走中ですね。ちなみに、連続出塁記録も更新中です。おっと、ヴェルナー投手、間合いを嫌
いましたね。タイムを要請しました。この辺の打者との駆け引きは……どちらに軍配が上がるの
でしょうか? エンデルク選手、さして気には止めていない様子ですね……。第一球、投げた! 
今のはストレート! ……いや、失速した?
「……チェンジアップだ」
 へ? ベルゼン公? あ、ああ、そうですか! そうですね! ありがとうございます。でも、
あの、……いきなり話さないでください。解説者に話しかけてたところなんですから……、びっ
くりしました。……ふー、あ、扱いづらいゲストだな、早く帰って俺の大事なお魚ちゃんに餌で
もあげたいぜ、まったく……。
「声、マイクに拾われてるわよ。もう! 気をつけてよね!」
 あ、はい! 分かりました、アイゼルさん! え〜、このヴェルナー投手、縦にも横にも縦横
無尽に変化する球を使い分ける、七色の変化球投手です。対する紅組先発のダグラス投手は、ザ
ールブルグ一の剛速球投手です。先ほどの一回の攻撃は、両者共に三者で終わらせました。この
試合、どちらが先に打たれるのかが見所ですね〜?
「……ヴェルナー投手は、どこまで握力を持続して球数を多く放れるのか、スタミナが課題だな。
それからダグラス投手だが……、ストレートが少々シュート回転する癖があるようだな」
 わ! また、ベルゼン公! あ、そ、そうですか、ありがとうございます……。えっと、で、
でも、今は解説者に話を振ったんで……。
「どっちだっていいわよ! とにかく、ちゃっちゃと実況を続けなさいよ!」
 はい……、すいません、アイゼルさん。ええ〜、何と、いきなり続けて三球ボールとなりまし
た! 追い込まれましたね、ヴェルナー投手! さあ、次の球は、定石通り見送るでしょうか、
バッターのエンデルク選手……! いや、振った! 振りました! あくまでも勝負する気のよ
うですね。何というか、こう、自分の待っている球を虎視眈々と狙っているかのようですね! 
すごい目つきです、エンデルク選手!

*


 グラウンドレベル。

 エンデルクは、眉一つ動かさずにバッターボックスに入り直すと、バットの持ち位置を微調整
した。ヴェルナーは考えた。

 ……ふん、バットを短く持ち替えたか……。案外、慎重だな。

 ゲルハルトのサインを見て、ヴェルナーは一瞬にやりと笑ったが、すぐに真顔に戻ると首を縦
に振り、大きく振りかぶった。数秒後、場内にどよめきが起こった。
「な、何、今の……?」
 エリーが驚いて思わず立ち上がると、ダグラスは言った。
「何だ!? 隊長が片手を外して寸止めにしたバットに……ボールが吸いつくみたいに当たっ
ていったぞ! ……見間違いか?」
 最初、ヴェルナーの投げた球は、ストライクゾーンを外れて見えた。エンデルクは慌ててバッ
トをコントロールして止めたが、球はホームベースの上で急にホイップして浮き上がると、止め
たバットに自分から当たって行き、真上に跳ねた。それはキャッチャーフライになってすぐに落
下し、ゲルハルトはマスクを飛ばしてそれを追い、難なくキャッチした。

「……バッター、アウトじゃな」
 主審の長老が言うと、さすがのエンデルクも驚愕の表情を浮かべ、ピッチャーマウンド上のヴ
ェルナーをにらみつけた。ヴェルナーは涼しい顔でロージンバックを拾うと、手の上で放り投げ
た。エンデルクは、ふっと口元を緩め、つぶやいた。
「……面白い」
 ベンチでは、ノルディスがダグラスとエリーに言った。
「いや、見間違いじゃないよ。球の回転のかけ方と空気圧の浮力を……利用しているんだ。多分、
ああやってエンンデルクさんがバットを止めることを予測して、そういう風に投げたんだと思う」
 ダグラスは、チッ、と舌打ちをした。
「何だそれは!? もっと正々堂々と勝負しやがれってんだ! ……ちくしょう! っとに汚ね
ぇ攻めするなあ、あいつ!」


 実況中継。
 
 おおっ! キャッチャーフライでツーアウト! エンデルク選手の連続出塁記録が止まったあ
〜! しかし、ハインツさん、それにしても、今の球は、何だったのでしょう、偶然でしょうか
? 何やら自分から止めたバットに当たりに行ったように見えましたが……。
「あん? そうだな……。ま、そういうこともあるだろうよ、気にすんな」
 そうでしょうか……?
「いや、あれは大リーグボール1号だ」
 え? ベルゼン公、今、何と……?
「……すまない。忘れてくれたまえ。何でもない……」
 ……はあ。ネクストバッターサークルにいるのは、ハレッシュ・スレイマン選手! あれ? 
何やら考え込んでいるようですね。どうしたのでしょう? あ、ようやく今、エンデルク選手に
何か言われて気がついたようです。マスコットバットを置いて、今、バッターボックスに立ちま
した。

 
 グラウンドレベル。
 
 ベンチのエリーは、心配そうに言った。
「ねえ、ハレッシュさん……、何かすごく緊張しているみたいだけど……、大丈夫かな?」
 ダグラスは、それを聞いて言った。
「……らしくねぇな? いつもは、大雑把で細かいことは気にしない人なのに。御前試合だから
って緊張するか、あのハレッシュさんが……?」
 ノルディスも言った。
「実は僕も、さっきから気になっていたんだよ。今日は試合前から、ずっとブツブツ独り言を言
い続けてたし……。もしかして、何かあったのかな?」
 三人の話を聞いていたルーウェンが、割って入ってきた。
「う〜ん、実はさ、これ言っていいのかどうか分からないけど……、ハレッシュさん、監督の一
人娘のフレアさんと、こっそりおつき合いしてるらしいんだよ。で、それをきちんと正式に認め
てもらいたいって監督に話に行ったら、‘おまえには娘は任せられん! まあ、御前試合でホー
ムランでも打ってくれるようだったら、考えてやってもいいがな’って言われたらしくって…
…」
 エリーは驚いて言った。
「ええ〜! そうなの? じゃあそれがプレッシャーになっちゃってるのかな?」
 ルーウェンは言った。
「そうだね。でも、監督はきっと……冗談で言ったんじゃないかと思うんだよね。あの人は、た
とえ相手が誰であろうと、フレアさんが男の人とつき合うのをきっと喜ばないと思うし……」
 一同は、苦笑しつつうなずきあった。

*


 バッターボックスに入ったハレッシュは、必死の形相で投手のヴェルナーを見つめながら、ず
っとブツブツつぶやき続けていた。
「……ムラン、……ホームラン、……打たなくちゃ、打って……、フレアさん……!」
 ヴェルナーは、その表情に一瞬気圧された。

 ……な、何だこいつ……。すげぇ顔だな。……まずは、ちょっと様子を見てみるか……? お
っと!?

 ヴェルナーの投げたスライダーは、少しだけ甘く高めに入ってしまった。ハレッシュはそれを
見逃さなかった。ハレッシュの全身全霊を傾けた一撃は完全に振り抜かれ、バットは真芯で白球
をとらえた。
 カーン、といい音がした。
 場内は騒然となった。三塁側スタンドの紅組応援客たちは、総立ちになった。ヴェルナーは、
振り返って球の行方を凝視した。ハレッシュは、歓喜の涙を流しながら両手の拳を高く突き上げ
た。しかし、その瞬間。
「……ファウルじゃな」
 主審の長老の声に、はっとしてハレッシュは球の入った場所を見た。ハレッシュの打った打球
は、ポール際ぎりぎりのところをすり抜け、ほんの十数センチほどホームランゾーンから外れて
いた。紅組ベンチからは落胆のため息が漏れた。
 ヴェルナーは、にやり、と笑うと事も無げに投球モーションに入った。
 紅組ベンチでは、エリーががっかりしたように言った。
「ああ! 惜しかったね、今の……」
 ダグラスは言った。
「ったく、もう少しだったのになあ……!」
 ノルディスは言った。
「いや……。恐らくあのピッチャーは、打ち上げたらファウルになるように回転をかけて投げて
るんだよ……。球威はそんなにないから、ああやって長打が出ないように工夫してるんだ。……
きっと、なかなかホームランは打てないね。とにかく、転がして点を稼ぐしかないと思うよ」
 ダグラスは憮然として言った。
「何だよ、小細工ばっかりしやがる奴だな……。でも、球は軽そうだから、要は回転の速さに負
けないだけの力で打ちゃいいんだろ?」
 ノルディスは言った。
「まあ、そうかもしれないね。でも、ハレッシュさんの力で難しいんだから……、その可能性は
低いと思うよ」
 ダグラスは、腕組みをしてマウンドをにらみつけた。第二球が投げられ、ハレッシュは、今度
は空振りした。
「よぉ〜し、……やってやろうじゃねぇか!」
 その瞬間、今度は変化球に釣られたハレッシュは、全力で振ったバットに振り回され、一回転
して勢いよく尻餅をついた。バッターアウトのコールと同時に、ハレッシュは苦痛に顔をしかめ
ながら、その場にうずくまってしまった。紅組ベンチでは、マネージャーのシアが悲鳴を上げた。
「きゃあっ! ハレッシュさん! 大丈夫〜?」
 紅組ベンチ内が、騒然となった。


 実況中継。
 
 おや? どうしたんでしょう、ハレッシュ選手……? ああっ! どうやら今の空振りで腰を
痛めたようですね。……立ち上がることができないようです。今、救護班がハレッシュ選手を担
架に乗せて運んでおります。ハレッシュ選手、泣いています! 男泣きに泣いております! …
…よほどこの試合にかけていたのでしょう。無念ですね……。え、さて次のバッターは、三塁手
のオットー・ホルバイン選手です。今、ゆっくりとバッターボックスに入りました。さてヴェル
ナー投手、投球フォームに入る、前に……、オットー選手とにらみあってますね……?
「……やだ、何かこのピッチャーとバッターの組み合わせ……最悪に目つきが悪いわ……。ガラ
悪すぎるわよ?。ねえ、CMにしない?」
 いえ、アイゼルさん、そんなことをおっしゃられても。……両者のにらみ合いが続いています。
険悪な雰囲気です! おおっと、ピッチャー振りかぶって第一球投げ……。

 ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………………………………!!!

 ……え〜、マイクテスト、マイクテスト。……大変に失礼いたしました。ただ今放送中継が乱
れました。電波障害のようですね。どうしたんでしょう? ようやく画面が元に戻りました。そ
れでは試合の中継を再開します。オットー選手、レフトフライで倒れ、またしても三者凡退です
! それではCMの後で、引き続き、御前試合の模様をお届けいたします!

 
 グラウンドレベル。

 白組ベンチでは、ヴェルナーがタオルを頭から被り、ぐったりしていた。リリーは心配そうに
尋ねた。
「……どうしたの、ヴェルナー? 何だかものすごく疲れてるみたいだけど?」
 ヴェルナーは汗をぬぐうと、大きく息をつき、リリーの顔を見てにやりと笑った。
「……勝ったぜ……」
 他方、三塁ベースの横で、オットーは苦虫を噛みつぶしたような顔をして、肩で荒く息をして
いた。レフトの守備位置に行く途中で、ノルディスは心配そうにオットーに声をかけた。
「オットーさん、大丈夫ですか? ……顔色が、悪いですよ?」
 オットーは、だるそうにノルディスの顔をにらむと言った。
「……何でもねぇ……。とっとと守備位置に行けよ」
 「わ、分かりました……」
 ノルディスはそう言って駆けていった。オットーは額の汗をぬぐうと、ぼそりとつぶやいた。
「……ちくしょう、負けたぜ……」



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