2
「君は……そうか、アンドロジナスということは、サプレスの天使族なんだな!?」
陰険メガネは、大きくうなずくと言った。あたしは、ふん、と鼻で笑った。
「ご明察。いつもの少女の姿は、ここで生きていきやすいように、擬態してるだけ。あたしたち
天使は両性具有だもの、人間での性別なんて関係ないの。そのときどきで、好きなほうを選べば
いい。それに……同性同士のほうがトリスちゃんも気を許してくれて、ちょうどいいものね」
腐れメガネは、ぎり、と唇をかんだ。
「トリスに何か下手なことをしたら……どうなるか分からないぞ?」
あたしは言った。
「それはこっちの台詞よ……。あたしはあの娘が気に入ったの。兄弟子だかなんだか知らないけ
ど、がみがみがみがみ、プライベートに関わることまで説教たれて、この間も、'ネスって口う
るさい'って文句を言ってたわよ? あんた、嫌われてるんじゃないの?」
裏なり虚弱体質メガネの青白い顔が、いっそう青くなった。
「な!? ……そんなことを、君に言われる筋合いはない!」
あたしは、くすくす笑いながら鉄屑メガネに言った。
「ま、いいわ。あんたがあたしのことをバラすなら、あたしだってバラしてやる。……って訳で、
取引は成立ってことで、いいかしら?」
クソメガネは、あたしをにらみつけた。
「取引!? 誰が君なんかと……!」
あたしは、にやりと笑うと、鉄錆メガネの傍らに置いてあったノートを取り上げた。メガネは
慌ててあたしに突っかかってきた。
「あ、それは! 返せ!」
あたしは指をぱちん、と鳴らした。たちまちのうちにあたしの周りには障壁ができ、メガネは、
メガネを飛ばして無様にそれにぶちあたった。
「うっ!」
そう言っておでこを押さえている陰険メガネを目の端でとらえると、あたしはにやにや笑いな
がらそのノートを読み上げた。
「○月×日晴れ。今日のトリスは元気がなかった。どうやら授業であてられたときに、上手く答
えられなかったらしい。僕は、'普段の勉強が足りないからだ'とついきつく言ってしまたとこ
ろ、彼女は膨れて去っていってしまった。言い過ぎたかと少々落ち込んだが、夜になって、復習
したからノートを見直して欲しいと言って僕の部屋にやって来た。彼女が派閥の中でも後ろ指を
指されないよう、基礎的な理論くらいはきちんと押さえてほしいといつも思う。○月△日曇り。
トリスが実習で作ったいうお菓子をくれた。味がしなかったが、食べて数時間後に体調を崩した。
後からトリスは薬を持ってきてくれた。どうやら香料その他の分量を大幅に間違えたらしい。'ど
うしてあんなに不味いものを食べてくれたの?'と言って、涙ぐんでいた。かわいい。○月□日
晴れ。トリスがまた寝ぼけて夜中に僕の部屋にやって来た。そのまま僕のベッドに潜り込んでく
るので……」
「うわああ〜〜〜〜〜〜! やめろ〜〜〜〜〜っ!!!!!」
慇懃無礼メガネは、いつもの取り澄ました様子とは打って変わって、顔を引きつらせながら障
壁を解除してあたしの手から日記帳を奪い取った。あたしは、肩で息をしている腐れメガネを横
目で見ながら言った。
「トリス、トリス、トリスって、……あんたの日記って'トリスちゃんの観察日記'よね。こんな
の、ずっとつけてるわけ? このヘンタイ!」
「う、うるさい! 君には関係ないだろう!?」
虚弱メガネは、こめかみに青筋を立てて怒鳴った。あたしは、ふん、と言ってその顔を見た。
「とにかく、トリスちゃんはいずれあたしがいただくわ。……その腐れ日記も、おしまいね?」
そのとき。
「ネス〜、いい? アメルも、そこにいるんでしょ?」
扉の向こうから、トリスちゃんの声が響いてきた。あたしは慌てていつもの聖女姿に戻った。
その瞬間、トリスちゃんは部屋に入ってきた。……セーフ。
「あ、いたいた、アメル!」
そう言って、トリスちゃんは、にっこり笑うとあたしに言った。
「ねえ、今モーリンさんに聞いたんだけど、ファナンの近くにいい温泉があるんだって! アメ
ルも疲れてるでしょ、女の子たちで一緒に入りに行かない? ケイナもミニスも行くって言って
たよ!」
「え? ……楽しそうですね」
あたしはそう言ってトリスちゃんの顔を見て微笑んだが、陰険メガネは怒鳴った。
「温泉!? 駄目だ、トリス!」
トリスちゃんは、頬を膨らませた。
「何よぅ、ネス……。あ、ネスは足を捻挫してて行けないから、やっかんでるの?」
鉄屑メガネは、さらに声を荒げた。
「そんなんじゃない! 君はバカか!? どんな思いをしてこの街までたどり着いたと思って
いる!? そんな暢気なことをしていて、デグレアの兵士にでも見つかったら、どうするつもり
なんだ?」
トリスちゃんは膨れっ面でクソメガネを見た。
「むぅ……。そんなにがみがみ怒鳴らなくったって、いいじゃない……」
あたしは伏し目がちに微笑んで見せた。
「いいんです。ネスティさんの言うことも、もっともだと思いますよ。……ごめんなさい、あた
しのせいで、みなさんをこんな目に遭わせてしまって……」
トリスちゃんは、あたしの手を取った。
「そんなことないよ! アメルのせいじゃない! ちょっと普通の人と違う力を持ってただけ
で、恐い目にあって! むしろ悪いのはあいつらだもん! アメルは悪くないわよ!」
「トリスさん……」
あたしはそう言って、トリスちゃんの手を握り返した。腐れメガネは眉間に皺を寄せた。
「……触るな!」
そう言った虚弱メガネに、トリスちゃんはきょとんとした顔で言った。
「何よぅ、あたしがアメルに触ったら、何かマズいの、ネス?」
陰険メガネは、しどろもどろになりながら言った。
「え? あ、いや……別にそんなことは……」
トリスちゃんは、小さくため息をついた。
「変なの。ま、いいか。そうだよね。ネスの言うことも一理あるよね。あたしたち、ここに逃げ
て来たばっかりなんだし。温泉に行くのは、諦めようっと。ごめんね、アメル?」
あたしは、にっこり微笑んだ。
「いえ」
トリスちゃんは、元気良く言った。
「じゃあさ、代わりに海辺に遊びに行こう! それから市場に寄って、今夜のおかずの買い出し
もしようね、アメル!」
「はい」
あたしがうなずくと、トリスちゃんはあたしの手を引っ張って、足早に部屋を出ようとした。
軽く後ろを見ると……鉄屑メガネは、鬼のような形相であたしをにらみつけていた。いいザマだ
わ。
*
翌朝。
みんなより少し遅めに起きてきたトリスちゃんは、朝ご飯のテーブルを見て、目を丸くした。
「ねぇねぇ、これ、やっぱりみんなアメルが作ったの?」
あたしは微笑みながら言った。
「はい。お口に合うかどうか、分かりませんけど?」
トリスちゃんは嬉しそうに席に着くと、にこにこしながら食べ始めた。……いつもながら、本
当に、ご飯をおいしそうに食べる娘だ。かわいい。
「ね、これってサラダ? でも、変わった味がするね?」
あたしはうなずいた。
「はい。お芋さんをゆでて裏ごしして、お魚のすり身を混ぜてあるんです」
トリスちゃんは、別の皿の料理を取り分けて自分の皿に盛ると、元気良くぱくついた。
「お・い・し〜い! これ何? 初めて食べたわ、こんなの!」
「それは、きのう市場で買ったお魚の身をすり潰して、卵の白身とよく混ぜて揚げたものです。
市場で魚屋のおばさんから作り方を教わりました」
トリスちゃんは、焼き魚を指さして言った。
「これは〜? 何か、変わったものが挟んであるね?」
あたしはうなずいた。
「ラディッシュをおろして、魚の身に挟んで焼いてみました」
トリスちゃんは、食べながら感心したようにうなずいた。
「すごいね〜! やっぱりアメルはお料理の天才よね! どれもこれもおいしくって、ほっぺた
が落ちそう!」
向かいに座っていたフォルテさんも、うんうんとうなずきながら言った。
「そうだよな〜。ほんっとに、どこかの誰かさんにもその料理の才能を、カケラほどでも分けて
くれれば……ひでぶっ!」
ばしん、と音がして、ケイナさんがフォルテさんの頬を引っぱたいた音が部屋中に響いた。
「……ぶつわよ?」
そう言って、フォルテさんをにらみつけたケイナさんに、フォルテさんは怒鳴った。
「って、おい! もうぶってるじゃねぇか、この凶暴女!」
ケイナさんの横では、モーリンさんがくすくす笑いながら言った。
「い〜ねぇ、仲が良くってさ!」
ケイナさんは、その白い頬を少し赤らめた。
「別に、単なる腐れ縁よ、こんないい加減男!」
モーリンさんは、にやにや笑った。
「まあまあ、ケンカするほど何とやらってね?」
「違うわよ!」
ケイナさんは、ますます頬を膨らませた。モーリンさんは、そんな彼女を笑顔で見ながら、ふ
いにあたしに言った。
「でもさ、あんたもまだ若いのに、ものすごい料理の腕前だね? 恐れ入ったよ」
あたしは笑顔で言った。
「そんなことありません……。とにかく、新鮮なお魚が安く手に入るんで、つい張り切ってしま
っただけです。素材がいいから、どうお料理してもおいしいんですよ」
トリスちゃんが、にこにこしながら言った。
「ううん! アメルのお料理の腕のおかげよ! 本当においしいわ〜!」
……あなたのほうが、おいしそうよ、トリスちゃん。
あたしはそう考えながら、少しだけ口端をなめた。そのとき。
「ごちそうさま」
そう言って、陰険メガネは、がたん、と席を立った。トリスちゃんは、彼を見上げて言った。
「もう終わり? 相変わらず、あんまり食べないね、ネス?」
鉄屑メガネは、不機嫌そうに言った。
「いや、もう十分いただいた」
あたしは、悲しげに微笑みながら言った。
「あの、お口に合いませんでしたか、ネスティさん(ま、どうせあんたみたいな鉄屑野郎には、
ものの味なんて分かんないでしょうけどね)?」
陰険メガネは、事も無げに言った。
「そんなことはない。とてもおいしかった(ふざけるな、いつかおまえの正体をバラしてやるか
らな?)」
あたしは言った。
「なら、いいんですけど……(あんたこそ、いつまで人間の振りしてんのよ、この陰険半機械野
郎!)」
すると。
「じゃあ、ネスの分のこの焼き魚、あたしがもらうね!」
と元気な声でトリスちゃんが言って、腐れメガネの皿を引き寄せた。あたしは、くすっと笑っ
てトリスちゃんの口元を指でぬぐった。
「あの……口元に魚の身のカケラがついてますよ?」
そう言ったあたしの顔を、気取りメガネは一瞬殺意120%の目でぎろりとにらんだ。
「……みっともないぞ、トリス。小さい子どもではあるまいに(トリスに触るな、このオカマ天
使!)」
トリスちゃんは、しかしそんな兄弟子の目線には気がつかず、頬を膨らませた。
「むぅ、何よ、ネスってば!」
あたしは、微笑んでいった。
「いえ……そんなに一生懸命食べてくださると、あたしも作り甲斐があって……嬉しいです(悔
しかったら、あんたも触ってみれば? この慇懃無礼機械人間!)」
そのとき、大あくびをしながら、トリスちゃんの護衛獣、チンピラ悪魔のバルレルが食堂に入
ってきた。
「ふあ〜あ、朝ってのはどうも、嫌だよな〜。ん?」
一歩食堂に足を踏み入れた瞬間、バルレルはその赤い目を輝かせて舌なめずりした。
「……おっ! 何だか……い〜い感じの憎悪の匂いがしやがるなァ?」
「憎悪? 何でよ?」
トリスちゃんは、きょとんとしながら言った。
こうして、あたしと鉄屑メガネとの間の苛烈な戦争は開始されたのだった。
〜to be continued?〜
後書き
ブラックですいません(^^;。警告を無視して、あるいは間違って読まれてしまったというアメ
ルファンの方には、重ねてお詫び申し上げます。なお、苦情は受け付けませんのでご了承くださ
りませ(汗)。とくにアメル嬢に恨みがあるわけではないのですが、あまりの完全無欠な清純派
ヒロイン像に、思わずギャグ創作魂が刺激され、書いてしまいました。……これ以上書いたら、
ますます過激な方向に向かいそうなので、この辺でやめておきます。評判が良かったら続編を書
きますが……ドウナルコトヤラ(笑)(2003年3月)。
|