苺ちゃんねるの(えふしそ板)に「続」とか「新」とかが出来ている。全てを合算すれば1000発言を
超えるのではないだろうか。2ちゃんねるの場合、1000発言をオーバーすると表記できないシステ
ムになっていたと思うが、苺の場合はどうなのだろう。
ニフティというプロバイダに「調整」を要請することについては、polo氏が「情けない」を連発してい
たようだ。私も、理想的な選択であるとは、考えていない。前回、書いたように、個人的には残念
である。反論権というものを最も尊重するであろう面々が、それがいざ自分たちのことになると、
相手がそれを行使する方法に、私から言わせれば不当な規制を行い、非公開の場でない限り、
一切応じないなどという戦術をとるというのは、確かに意外な面もあった。公開、非公開を問わず
「書いたことには」責任を持つという覚悟と矜持ぐらいはお持ちであろうと、そう考えていたからで
ある。
幸い、WAKEIさんやtty氏、著美氏、純氏と私というのは、過去に私が在籍した出版推進室での
議論、或いはFSHISOでの議論含めて、いわゆる貸し借りのようなものを作ったことがない。貸し
借りというのは「自分の発言によって窮地に陥ったときに、助けてもらう」ということを指す。
こういうものができると、それはやはり人間だから「借り」という感情が生まれる。借りたものは返さ
なければならない。そういうしがらみに双方、巻き込まれていない状況というのは幸せである。つま
り、巻き込まれると、言いたいことも言えなくなるということが、世の中にはある。
私は、訴訟支援の部屋ができて、支援者が改めて移動した際に、そのときから高裁判決まで、どう
か、彼らとの新たな対立要因ができないことを願っていた面があった。静かに高裁判決を迎えたい
という気持ちでいたことを否定しない。しかし、その一方で「何かもう一波乱あるのかもしれない」とい
う予感のようなものもあった。閉じた場での自治というものについて、彼らと私の間では、既に決定的
な対立が生まれていたし、庇うという考え方自体に、WAKEIさんと私では、おそらくは修復不可能な状
況の芽というものが存在していたからである。
私は、10番会議室で「推進室は裏運営の温床になっているのではないか」という質問を何度も受けた。
そのたびに事実を説明してきた。ただ、こういうメンバーが集まれば、そう思われても仕方のない面が
あるのかなとも考えていた。彼らはどうであったかしらないが、少なくとも私が参加する場に対して、そ
ういうことが流布するのは、私にとっては極めて屈辱的なことであった。だから、私は、推進室発言の
ときに、自己のプライバシー管理については、多少、解放された面はあったけれど、別の意味で神経
質になったことは事実である。こういう閉鎖空間で「関係者以外クローズドの場なのだから、何を書い
ても、誰を誹謗中傷しても、それは決して漏洩しない」という意識を持てば、そんな場に「自治」などとい
うものが生まれるはずもない。他者に晒される、晒されないということでしか、自己のアイデンティティを
構築できないというのは、それこそ「情けない」ことだと、私は考えている。
4月17日だったか、後日、新宿事件などと呼ばれることを私が4番会議室に発言したことについて、WAK
EIさんは、のちのちまで、私に対して「出版推進室が、何かうさんくさいことをしている場のようにみられて
しまった。そのダメージたるや計り知れないものがある」という趣旨の発言を推進室に残している。
ネットというのは、多種多様な人材が集う場である。色々な人がいる。その中には、うさんくさくもない
ことを「うさんくさく」してしまう人もいるだろう。実際、うさんくさいことをしていたというのであれば、話は
別である。出版の経緯を説明し、協力要請をniftyの幹部に行う。こちらから頼みごとなのだから、直接
お会いして、依頼する。社会通念としては、ごく当たり前のことだと私は考えていた。それを面白おかし
く言う者には、言わせておけばいい、私は何ら恥じることをしていないし、むしろそういう順序を踏まない
方が、私からみれば、はなはだ非常識である。何をどう言われても、私は何の痛痒も感じなかった。
「そんなもので評価など」下がりはしない。そんな評価を気にすること自体が滑稽ということである。
では「訴訟話題に限定する」と定めた場所で、反論権を奪った形で、全く関係のない話題を平然と
持込み、人を誹謗中傷侮辱する。おそらくこちらの方が、遥かに「うさんくさい」ことだと私は思って
いる。そういう自覚がないとは思いたくない。自分たちが世の中に主張したことと、閉じた場でやっ
ていることの矛盾に気がつかないという神経は、単に鈍感というだけで、すまされることではない。
その矛盾にむきあうこともしない。犯人を探して、それで終りにさせるわけには、今回、いかないと
いうことである。少なくとも、彼らは、私を巻き込んだ発言を残している。である以上、それを自分た
ちの、どういう利益を考えているか知らないが、自分たちの都合で、閉じた場で解決できると考える
のは、彼らにしては甘いなぁと思う。反論の方法には色々なものがあると、かってWAKEIさんは5番
会議室で主張したのではなかったか。
ちなみに、私は、非公開は非公開、というような一律した制約をそこに課すというのは、最近、誤りだ
と思うようになった。そうすることによって、自治意識のない者が参画していれば、悪口、誹謗中傷が
生まれる温床になるし、それを批判するために、発言開示を求めても「非公開だから」というのでは、
それは、あまりにバランスを欠いたものとなる。もちろん、パティオを設定した性格から、非公開としな
ければいけないものがあることを私は否定しない。ただし、そのときに「それがそもそも非公開に値す
る情報なのかどうか」ということは吟味する必要がある。「個人に対する誹謗中傷を非公開扱いする」
という妥当な理由などありはしない。もっとも、そういう「場」もまた必要であると、彼らが考えていると
いうなら、その根拠は示すべきである。
議論における公平性というものは、双方が、100%、それぞれの主張に対して反論権が行使できる、
環境を構築するということであろう。そして、この場合、閉じた場という指定が有効となるためには、
それが、閉じた場の関係者だけの間で発生した場合。そこに本来、持ち込まれる話題、内容から派
生した場合ということになる。私は外部の人間であるから、私の効果的な反論方法について、彼らか
ら指図される筋合いというものは、ないのである。別にどこでやろうと、場の問題が「公平性」「平等性
」を壊すわけでもなく、プロ野球のホーム・ビジターではあるまいし、そんなものは議論そのものに何
らの影響も及ぼすことはない。
今回は、幸いなことに、発言者・管理者・事実上の主宰者は特定が可能である。「抗議を無視する者
に対しては掲示板を設置しているプロバイダに対して、抗議のメールを送ってみると、対策を講じてく
れるのが普通です」と手元の資料にはある。つまり、私が関知しない場所に、私に関する誹謗中傷侮
辱を私が知ったときに、どういう対処が考えられるか、ということだ。確かに、ネットの場合「誰が」とい
うことを特定するのが至難ではあるのだが、特定が既に行われている場合、プロバイダとしては、調
整(強制拘束力はない)に乗り出すケースが多いようである。
polo氏が「当事者間で勝手に訴訟でもやればということになるのでは」という趣旨のことを苺ちゃんねる
に書いていたが、そんなことはないと思う。むしろ、訴訟に頼ることなく、言論の行使によって反論権を
行使するというスタンスは一定の評価を得るだろうと考えている。まぁ、そこで初めて、niftyまでは無視
しないであろう、彼らの言い分が初めて示され、私はようやく、彼らが「何を考えているか」を知ることが
できるわけだ。手間がかかること、この上ない。
で、問題はniftyが調整機能を果たさなかった場合、或いは、彼らがniftyの要請を無視した場合だが、
おそらくそうはならない。無視できない状況を作ればいい。それは比較的、簡単なことである。
niftyへ私が対象としたい、交渉相手をtty氏にすることにしよう。先日のFSHISO訴訟チャットなどを読む
と、tty氏は、どんなことになっても「心理的に気に病むことはない」ような方にみえる。まして、発言当時
者であり、ニフティ訴訟を考える会代表として「訴訟支援の部屋」に参画されてもいる。こういう逞しい方
を窓口にする方が、私も思う存分、やれるというものである。あっけらかんとした方を相手にした方が
おそらくは遺恨を残すこともないだろうから、さばさばしたものがあるわけだ。もちろん、tty氏には「後ろ
暗いことなど、この件については何もない」と主張されるだろう。実に興味深いものがある。
まぁ、これでWAKEI氏とtty氏が、共同で花田に対抗するにはどうすればいいかと、少しは共通の問題と
して双方が考えを巡らすというのも、それはそれで連帯感が強まり、いい結果を生み出す面もあるかも
しれないが(苦笑)
まぁ、これ以上「悪くはならない関係」という場から、物事を進めていくというのは、気楽ではある。
|