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■ 動物ジャーナル70 2010 夏  

  動物ジャーナルが電子書籍になったら

飯田 あきら


 携帯電話や専用の機材を使って「本」を読む…、電子書籍と呼ばれる新しいシステムが、連日のようにテレビや新聞で紹介されています。CD(コンパクト・ディスク)がレコードに取って代わったように、電子書籍が紙の書籍を駆逐するかのような全面賛美の声も聞こえてきます。
 電子書籍ってどんな代物なのか、何がそんなにすごい?のか、簡単に解説しようと思います。

機械を使った読書は特別なことか

 何らかの方法で?情報?を入手し、それを機械で表示・再生させるというスタイルは、現代を生きる私たちにとって特別に珍しいことではありません。レコードとステレオ、カセットテープにラジカセ、テレビ・ラジオ放送と受信機等、自分がその現場にいない限り、私たちは何らかの機材を介さないと、基本的に他者が不特定多数に向けて発する情報を受け取れない生活をずっと続けているわけです。
 電子書籍も基本的にこれらと同じです。書籍の内容が記録されたデジタル・データをインターネット等の通信網や小さな記憶装置で入手し、そのデータを閲覧用の機材─便宜上、これを電子書籍リーダーと呼ぶことにします─に表示させて読書をする。これが電子書籍の使い方です。
 でも、何だか電子書籍は敷居が高い、抵抗がある、
遠い存在に感じるという人、多いと思います。「そもそも書籍や雑誌、新聞などの印刷物は、入手さえすれば他に何も必要としない点が素晴らしいのであって、それをわざわざ機械を使って読まねばならない理由はない!」 …ごもっとも。とはいうものの、電子書籍は単純に紙面が機械の表示面に置き換わるというだけのものでもないのです。印刷された紙の束としての書籍とは違う電子書籍の機能についてはのちほど解説します。

なぜ今、電子書籍が注目され始めたのか

 電子書籍普及の試みは90年代の初頭からたびたび行われてきました。最近まで広義の電子書籍である電子辞書以外に広がりが乏しかった電子書籍が、今になってにわかに脚光を浴びているのには、以下のような理由が挙げられます。
? 書籍の内容をデータ化したもの(これをコンテンツと呼びます)を閲覧するために利用される家庭用コンピュータ、携帯電話が急速に普及したこと。──総務省の統計では携帯電話の普及率が92%、パソコンの世帯普及率が86%に達しており、これは大多数の人がインターネットに接続する手段を、身近に持っていることを意味します。
? コンテンツの送・受信がストレス無く行える程度に通信環境が整ったこと。──21世紀初頭最大の公共事業として、高速通信に必要な光ファーバーが全国に埋設されました。
? ネットの課金システムが整備されたこと。
 インターネットの暗号化技術を使ったクレジットカード決済に抵抗感を抱かない人が増え、またネットで注文したものをコンビニ等で受け取り、その場で支払をするシステムも一般的になってきました。
? 出版に先んじて、音楽業界において楽曲をデジタル・データで購入するというビジネスモデルが確立したこと。(これはあとで解説します)
? 電子ブックリーダーの画面(表示品質)が、紙を凌駕するレベルになってきたこと。 電子書籍普及を阻害してきた要因が一つずつ克服されてくるにつれ、電子書籍の利便性が私たちの生活スタイルに変化をもたらすかもしれないという興味、電機メーカー、コンピュータ業界、出版業界が、このシステムで新規ユーザーを開拓し、新しい収益源を生みだせるのではないかと期待している点、これらが電子出版に注目が集まる大きな要素といえるでしょう。

デジタル携帯型音楽プレーヤーによる変化

 ここで電子書籍の話から音楽の話に、ちょっと寄り道しようと思います。この音楽業界で起こりつつある変化を理解していただくと、書籍に起ころうとしていることもイメージしやすいと思うからです。
 音楽業界で顕在化している変化とはCDの売上が98年をピークにやや下降線を辿っていることです。その理由として、多くの調査は音楽コンテンツの入手方法の変化を一因に挙げています。街のレコード屋さんへ行かずに、インターネットから欲しい楽曲の有料デジタルデータをダウンロード(自分の携帯電話やコンピュータに取り込むこと)することで音楽を楽しむ人が確実に増えているのです。
 多くの場合、このようにして入手した音楽コンテンツは携帯型音楽プレーヤー(ヘッドフォンからシャカシャカと音の漏れる、電車の中で使われると迷惑なアレ)に蓄積されます。かくいう私も携帯型音楽プレーヤー使用者で、音楽をネット経由で入手することが多くなりました。
 デジタルで提供される音楽コンテンツには、音楽それ自体のほかに、その音楽のジャンル・曲目・作曲者・演奏者などの情報が埋め込まれています。例えば「交響曲・五番」をキーワードに検索すると、私のプレーヤーはシューベルト、シャスタコーヴィチ、ベートーヴェン・マーラーと記憶装置に収納されている楽曲をリストで表示してくれます。この25年で貯まった300枚のCDも携帯型音楽プレーヤーに転送し終わったことで、今の私は持っている全ての音楽をポケットに入れて持ち歩いていることになります。そんなに持って歩いてどうするの?と疑問に思われるかもしれませんが、簡単に楽曲を選べる便利さからか、私が音楽に接する時間は以前より格段に増えています。

動物ジャーナルが電子ブックになったら

 CDを書籍に、音楽プレーヤーを電子書籍リーダーに置き換えてみると、現在の大きな動きが想像できるかと思います。また先述した通り、電子書籍は紙面が単に電子ブックリーダーの表示画面に置き換わるだけではなく、紙の書籍とは全く違う要素がそこに加わります。
 何年後かの「動物ジャーナル」が電子書籍化されたら、何が変わるのか考えてみましょう。
◆まずは価格面です。読者は今より安く「動物ジャーナル」を入手できるようになるでしょう。一般に書籍を制作する場合、経費の大きな部分を印刷製本工程が占めます。紙への印刷では一万部刷っても百部しか刷らなくても、紙代以外の経費は大きく変わらないので、少部数印刷物は割高にならざるをえません。紙に印刷しないことでの制作コスト削減は、電子書籍が紙の書籍に優る大きなポイントです。
◆写真はすべてカラーに。乱暴に言えば、カラー印刷は白黒印刷の四倍経費がかかりますが、電子書籍ではそのコストによるが制約がありません。
◆動画を「誌面」に組み込めるようになります。写真で掲載される動物たちも、読者がその写真に触れると動画として動き出し、彼らの様子を見ることが可能です。写真や動画が文字の描写に優る場面は多々あるものです。
◆読者はページの一部分を拡大して読むことも可能ですが、文字自体を大きく表示させることも可能です。大きな文字で読みたい読者は一ページに表示できる文字数が減るので、その分「一冊」のページ数は増えることになります。ある記事が何ページ目に始まるかは読者次第ということです。電子書籍ではページ数の制約もありません。
◆いつも後ろの方についている「前号の校正ミス訂正」のコーナーはなくなりそうです。最新号が発売されて少し経つと、読者のもとに動物虐待防止会からの電子メールが届いて、そのメールの標題は「動物ジャーナル○号・データ修正のお願い」とかいうもので、読者が承諾ボタンを押すと自動的にデータが修正されるのです。常に最新の情報が求められる百科事典などは、修正・加筆したデータを、適宜受信できることは大変なメリットになるはずです。
◆書籍が全部、電子書籍に置き換わったとしたら、家から本棚というものがなくなり、居住空間がその分広がります。
 なんか…、いいことだらけですね?

電子ブックは万能か? 紙の本はなくなるのか?

 結論から言えば、電子書籍は全然万能ではないし、紙の本は無くなりません。
 紙の本が火事や水害などに遭いさえしなければ半永久的に閲覧可能であるのに対して、デジタルデータは記録装置が壊れた瞬間に全てが無になるという可能性を常に持っています。壊れなくてさえも、先々支障なくデータを読み出せる保証は何もありません。古いレコードやベータ形式で保存したビデオテープを持っているが、再生機がないから聴いたり見たりできないという人は沢山います。いきなり互換性のない表示方式に変わってしまうことはないにしろ、10年後20年後に機材の表示システムがどのように変化するか分からないのは、この類の機械を使う時必ずつきまとう問題点です。
 紙の書籍の優位な点は保存性だけではありません。何も機械を使わずに読むことができて、本の大きさを自由に設定できることなども電子書籍に優ります。でもページをめくるという行為と紙の質感こそが、電子書籍には決して真似のできない優位性だと思うのは紙フェチである私だけでしょうか。近代以降、知を伝えるシステムとして継承されてきた紙の本が消滅する心配はありません。
 電子書籍の隆盛で紙の本が売れなくなれば危機的状況に立たされる書店も黙ってはいないでしょう。紙の書籍販売と併行して、電子書籍のデータ販売(家でデータをダウンロードしなくても書店が代行してくれる)が始まり、電子書籍のみが販売されているコンテンツを、紙に印刷して「簡易書籍」を作ってくれるサービスも始まるでしょう。
 要は、本の形態が多様化して、その書籍に合致した、または自分のニーズにあったものを選び読書をする時代になると考えるべきだと思います。

文明の利器を自らの武器に

 これから当分の間、電子書籍は商業出版での華やかな側面ばかりが注目されることになると思われます。しかし電子書籍はたかが機械の進歩です。デジタル化したからといって、出版物の質が高まるわけでも、深まるわけでもありません。
 ただ、制作コストを抑えて安価な出版ができるという側面は、少部数の出版をしたい人、それを購入したい人にとって大変な利点で、出版物の多様化という面から言えばとても魅力的です。
 また、電子書籍は流通面での敷居の高さも緩和してくれます。現状では書籍を自費で制作しても、全国の書店に並べることは実質的に不可能ですが、電子書籍の販売・購入は、どの地域からでもネットに繋がっていさえすれば可能になります。
 インターネットの普及は、誰もが世界に向けて発信する権利を手にしたという意味で画期的でした。
電子書籍は個々人の発信内容をより読みやすく、より買いやすく読者に届ける手段としての可能性を秘めています。
 どのような理想も、自分の志の高さだけで満足し広がりをもたなければ、結果的に何も実現しません。
「動物たちの権利を守りたい」と願う人々にとっても、新しい文明の利器が自分たちの願いを叶えるための道具として役立たないか、これを味方につけるにはどうしたらいいのか、その工夫が求められているのではないでしょうか。 

(いいだ あきら・フリー編集者)