△ 「ダンボールキッチン」第9回


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その騒ぎの中、大きなスーツケースを転がしながら堀川麻美が下手より。
麻美、しばらく騒ぎを見守っているが、唱和する。

麻美・アトム 鉄腕アトム〜
夢子 麻美?
麻美 や(とあいさつ)
夢子 どうしたの。何その大荷物
麻美 家出した。ダンナと別れる舞台写真

夢子、いきなり西条がかけていた電話を切る。

西条 何するんですか!
夢子 …麻美が…
西条 え?…あらお久しぶり
麻美 ども
夢子 …離婚するって…
西条 えええっー!?
麻美 ま、いろいろあってさ。とりあえず戻ることにした。みんな元気そうね。やたら人が多いけど
姉ちゃん
麻美 聞いたよ、彼女できたんだって
(嬉しそうに)うん、ちょうど今…(と紹介しかけ)いやあとで。まずは警察に…
麻美 警察?
夢子 …駄目よ
どうして
西条 …警察沙汰になれば、マスコミが押しかけてきます。そしたら当然…
麻美 ばれるわね、あたしの離婚
夢子 いいのあなた
麻美 いいわけないっしょ。これでもタレントよ、しかも癒し系
夢子 今すぐ戻りなさい、さあ!
麻美 やだよーん。『もう二度と帰るもんか!』って啖呵切って出てきたんだもん
西条 じゃあせめてホテルにでも…
麻美 疲れちゃったあたし
夢子 もう…なんてタイミングの悪い…
麻美 だいたいなんで?泥棒でも入った?(と晃冶の顔を見る)
晃冶 (激しく首を振る)僕じゃありません!
カヨ (アトムを指し示し)こいつですよ。自分はアトムだって言い張って…
麻美 アトム?

麻美、アトムの顔を覗き込む。ごくわずかアトムの顔に狼狽が走る。

アトム …初めまして。鉄腕アトムです
麻美 …どっかで会ってない?
姉ちゃん知ってんの?
麻美 いや…なんか見た顔だなあって…
カヨ こんなありふれた顔、掃いて捨てるほどいますって
アトム そうそう
麻美 そういえば父さんは?
カヨ いらっしゃらないんですよ
麻美 外出?
夢子 あたしに聞かないでよ
どうせ飲みに出たんだろ
私がどうかしたか舞台写真

地下の貯蔵庫の蓋をはね上げ、森瀬覚、登場。吃驚する一同。

夢子 あなた!
遼太郎 先生!
『芸術家は風のように自由で、霧のように孤独だ。バイ・サトルモリッセ』

遼太郎のみ、熱烈に拍手。

話はだいたい聞いた。面白そうな男だ。置いてやりなさい
夢子 えっ!?
西条 本気ですか先生?
鉄腕アトムなんて名乗ってる野郎だぜ
『名称など唯物論上の単なる記号に過ぎず、帰納法的時空においては何の意味も持ち得ない。バイ・サトルモリッセ』

再び遼太郎のみ、熱烈に拍手。

カヨ (貯蔵庫を覗き込みながら)センセ、こんなところで何を…
(頷いて)想を練るのに最適な空間だ。ごくたまにこもっていた
晃冶 うわー
千里 こんな狭いところに?
西条 (ちらっと見てくらくらし)あ、見ただけで気分が…
カヨ あっ!
麻美 どしたの
カヨ (ほとんど空の梅酒の壜を上げて見せ)センセ、飲んだね
瞑想にはアルコールが欠かせない
カヨ しかも10年もの
旨いほど効く
カヨ もう、これしか残ってなかったのに…
夢子 カヨさん、他にも被害がないか調べて頂戴
カヨ はい(再びもぐる)
西条 先生、本当にこの男家に置くんですか
置く
夢子 何かあってからじゃ遅いわよ
(無視して)遼太郎、彼を自由にしてやりなさい
遼太郎 はい(アトムの縛めを解く)
夢子 あなた!
無駄だよ母さん。親父は一度言い出したら、絶対曲げないんだから

覚、自由になったアトムと向かい合う。

君はナルコを助けるためにこの家に来た、と言ったな
アトム はい
1つだけ聞きたい。その言葉、誰かに誓えるかね
アトム
どうなんだ
アトム …誓います。…娘に
夢子 娘?舞台写真
どこに?

アトム、天を指し微笑む。

アトム …僕が来るのを、待っとります
…そうか

覚、右手を差し出す。

私は、君を信じよう…鉄腕アトム君
アトム ありがとうございます(その手を握る)
さあみんな祝福の拍手を!今日から彼もこの家の一員だ!

みな、仕方なくお義理で拍手する。

もっと大きく!魂を揺さぶるように!

みな、自棄気味に拍手する。

(恍惚として)『民草の喝采のみが芸術家の真の栄養足りえる。バイ・サトルモリッセ』

遼太郎の拍手のみ、熱烈さを増す。

カヨ 奥様奥様!
夢子 今度は何よ!
カヨ 大変だあ。センセ、梅酒だけじゃなく、貰いもんのウイスキーひとびん空けちゃってる、ホラ!(カヨ、ウイスキーの空き瓶を振り上げる)
麻美 うわー
夢子 ちょっとあなた大丈夫?舞台写真
当たり前だ。この世に私ほど大丈夫な人間はいない(といいつつ昏倒する)
夢子 水!水持ってきて!
カヨ 飲みすぎだで、ほんとにもう(水を取りに走る)
遼太郎 ここまで飲めるのも才能のうちですよ
夢子 変な感心してないで、ベッドに運んでよ
遼太郎 僕一人で、ですかあ
じゃ、行こうかそろそろ
晃冶 そうですね
夢子 俊!
今一人雇ったばかりだろ
夢子 もう…
姉ちゃん、またあとで
麻美 バーイ
千里 失礼します
夢子 俊!

俊、晃冶、千里去る。夢子、また大きなため息。

麻美 手伝ってもらえば?俊の言うとおり
アトム 何でもやりますよ
夢子 …。じゃあお願い
アトム はい。ところであのう…
夢子
アトム さっきからナルコさんの姿が…
夢子 部屋に戻ったんでしょ
アトム はあ…
遼太郎 そっち持って
カヨ あーあ、あたしの梅酒…

アトムと遼太郎、覚を抱えて上手に去る。水差しを持って追いかけるカヨ。
麻美もスーツケースを引いて上手へ。

夢子 麻美、どこ行くの
麻美 自分の部屋
夢子 空いてるの、あそこだけなのよ
麻美 庭にでも置いとけば
夢子 凍死されたらどうするの。かえって面倒じゃない
麻美 知らなーい。あたしのせいじゃないもーん(去る)
夢子 麻美!ああもう、この家の人間は…!
西条 (恐る恐る)ご立腹のところ恐れ入りますが
夢子 (噛み付きそうな勢いで)何よ!
西条 時間…
夢子 …大変!(バッグを引っつかむ)
西条 連絡、もう一度入れますね
夢子 言い訳は?
西条 事故渋滞のあと見物渋滞にはまったと
夢子 上手い!舞台写真

夢子、西条下手へ駆け去る。無人のキッチン。庭にたたずむナルコ。
騒ぎの途中からナルコ、庭の片隅に座り込みキッチンを眺めていた。
そこへアトム、上手から戻ってくる。何か探している様子。
ナルコ、アトムに向かい叫ぶ。

ナルコ 何しに来たの

アトム、きょろきょろと辺りを見回す。ナルコ、もう一度叫ぶ。

ナルコ 言いなさいよ

アトム、庭にたたずむナルコを見つけ、窓のそばに寄っていく。

アトム 大田胃散
ナルコ は?
アトム お・お・た・い・さ・ん。知りまへんか?
ナルコ
アトム (にっと笑って)持ってくるように頼まれましてん
ナルコ

上手のドアからカヨ、顔を出す。

カヨ どこ探してんの!薬箱は二階の風呂場!

カヨ引っ込む。アトム、それを追って上手へ。
アトムの去った方向を睨みつけるナルコ。
転。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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