△ 「千年水国」第8回


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笑い声聞こえる。同時に、ラジオ。英語の番組がかかっている。
あゆみ、笑いながらラジオを聞いている。
ミーナ、バケツを持って入ってくる。うんざりした顔であゆみのラジオを消して。

ミーナ 「ねえ、外行こうか?」

あゆみ、大きく首を振る。

ミーナ 「怖いの?」

あゆみ、小さく頷く。
ふたたびラジオをつけて、英語の番組を笑いながら聞く。
ミーナ、ラジオを消す。

あゆみ 「なんで消しちゃうの。面白いのに」
ミーナ 「英語、わかんないんだよ」
あゆみ 「じゃ、覚えれば。教えてあげる」
ミーナ 「簡単に言わないでよ。あんたとは違うの」
あゆみ 「英語、覚えやすいよ。ロシア語に比べれば」
ミーナ 「ロシア語!マスターしたの?」
あゆみ 「うん。英語、フランス語、ロシア語、今中国語勉強してるの」
ミーナ 「…もう、ミーナ先生もお払い箱ねー」
あゆみ 「でもどんなものだか、実感がわかないものも多いんだ」
ミーナ 「(目を輝かせ)例えば?」
あゆみ 「例えば…パパイヤとかはしかとかカニクイザルとかデキストリンとか武夷岩茶とかインターネットオークションとか…」

ミーナ、頭をかかえる。やっぱりわからないらしい。

あゆみ 「…セックスとか」舞台写真
ミーナ 「おう、セックス…」
あゆみ 「…ねえミーナさん」
ミーナ 「ん〜?」
あゆみ 「セックスって、いいの?」
ミーナ 「いいよう。好きな男となら」
あゆみ 「好きじゃない人だったら?」
ミーナ 「金をもらえば仕事。じゃなきゃボランティア」
あゆみ 「ギスケさんは?」
ミーナ 「金はもらうけど仕事じゃない」
あゆみ 「仕事じゃない…」
ミーナ 「あんた、興味あるのセックスに」
あゆみ 「別に。だって単なる生殖行為でしょ」
ミーナ 「セックスする時、人間にあって動物には無いもの、何だと思う?」

考え込むあゆみ。

ミーナ 「『気持ち』」
あゆみ 「…『気持ち』」
ミーナ 「そ。哀れみだの自己満足だの打算だの愛だの…することは一緒でも、底に流れてる気持ちは、人によって全然違う。100のセックスに100の気持ち。1000のセックスに1000の」
あゆみ 「気持ち…」
ミーナ 「…こればっかりは、いくら本を読んでも理解できないだろうなあ。あのね例えばね…」

ミーナのケータイが鳴り出す。

ミーナ 「ハイ、ミーナです。…ええそう、お電話ありがとう。え、歳?19ですう」
あゆみ 「ミーナさん…」
ミーナ 「(シッと言う真似をして)ホントですってばあ。…はあい、じゃ30分後に浦安の改札ね。え?目印?…ダイナマイトなバディかしら、19にしては。ほほほ。じゃ」

ミーナ、ケータイを切り、立ちあがる。手早く化粧を直しながら。

あゆみ 「お店?」
ミーナ 「(首を振り)ソープは閉まったまんま。ったく、いまいましいよ、この天気…。とはいえ、でかいガキが一匹住み着いちゃったからさ、自力で稼がないと…あと少しで八嶋帰ってくるから、大丈夫だよね?」

頷くあゆみ。

ミーナ 「帰りは10時くらいになるってギスケに言っといて。豚汁、鍋に作ってあるからお腹空いたらそれ食べてね。もうすぐ取水時間だから、忘れずにちゃんと水、溜めといてね。じゃ行ってきます」
あゆみ 「ミーナさん!」
ミーナ 「ん?」
あゆみ 「ギスケさんとの時はどんな気持ち?」
ミーナ 「…仕事の前に、そゆこと聞かないでよ」
あゆみ 「ごめん…」

ミーナ、去る。
一人残るあゆみ。
しばらくして、ギスケ、帰って来る。

ギスケ 「ただいまっと。あれあゆみちゃん一人?ミーナは?」
あゆみ 「仕事に行った」
ギスケ 「あっそ」

取水時間を告げる目覚ましが鳴る。
水を汲もうとするあゆみ。

ギスケ 「…ああ、いいよ俺やるよ」
あゆみ 「ありがとう」

ギスケ、あゆみに代わり、重たいバケツを運ぶ。
鼻歌交じりに水を溜めていくギスケ。その後姿を見ながらあゆみ。

あゆみ 「…ねえギスケさん」
ギスケ 「んー?」
あゆみ 「セックス、してみませんか?」

バケツを落とすギスケ。

あゆみ 「…駄目ですか、やっぱり」
ギスケ 「い、いいいいや、だ、駄目っていうかその」
あゆみ 「水」
ギスケ 「へ?」舞台写真
あゆみ 「水、こぼれちゃった。汲みなおさないと」
ギスケ 「あ、あそうかそうね」

あゆみ、立って代わりのバケツを運ぶ。

ギスケ 「からかってるの?なんかの冗談?」
あゆみ 「違います。本気ですあたし」
ギスケ 「でも何で急に、しかも俺と…」

言いかけたギスケにキスをするあゆみ。水音が響く。
ゆっくり横たわる二人。

あゆみ 「水、止めなくちゃ…」
ギスケ 「構うもんか…」

水音だけが響く、間。やがて。

八嶋 「ただいま。おいおい水、出しっぱなし…」

離れる二人。気配に気付く八嶋。

八嶋 「ギスケ、ミーナ!お前らまた人の部屋で…」

言葉が続かない八嶋。

八嶋 「…あゆみ…」
あゆみ 「お帰りヤシマ」
八嶋 「…お前…どうして…」
ギスケ 「いやあのこれはだな、その…」
八嶋 「…」
ギスケ 「あ、俺、そういえば用事があったんだ、今思い出した。じゃ、またな!」
あゆみ 「ギスケさん」

そそくさと逃げ出すギスケ。
間。

あゆみ 「…ヤシマ?」

爆発する八嶋。物を蹴りつけ、壁を叩く。

八嶋 「何でだよ!なんでこんなことするんだよ!!」
あゆみ 「ヤシマ!…止めてヤシマ!」

八嶋、あゆみを掴む。

八嶋 「あゆみ、お前…お前…畜生…」舞台写真
あゆみ 「…どうして怒るの?あたし何かいけないことした?」
八嶋 「…」
あゆみ 「ギスケさんとセックスするの、いけないことだった?だったら、ごめん。もうしないから、怒らないでヤシマ」
八嶋 「…」
あゆみ 「ごめん、ごめんね…」

八嶋、部屋を飛び出す。

あゆみ 「何処行くの、ヤシマ!」

答えはない。再び一人きりになるあゆみ。

あゆみ 「…わからないこと。どうして三毛猫には雄が少ないのか。どうして吸血鬼には銀の弾なのか。宇宙の始まりは、そして終わりは?ヒトゲノム解析のもたらすもの。どうして叶姉妹はあんなにゴージャスなのか、誰がお金をだしているのか。地球規模の貧困と病苦。人々の憎しみ、怒り、悲しみ…それでも生きていけるのは何故?海が青いのは何故、雲が白いのは何故、風が止まないのは何故、ヤシマが…ヤシマが怒るのは何故?そして…」
あゆみ 「…私は誰?ここにいるのは、何故…」

あゆみ、舞台奥にうずくまる。水泡の音。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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