△ 「千年水国」第3回


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シズエの目が、極限まで見開かれる。
シズエ、昏倒する。

八嶋 「シズエさん!」
ギスケ 「お師匠さん!!」
ミーナ 「ギスケ、運んで早く!」
ギスケ 「ど、何処に…」
ミーナ 「決まってるでしょ、病院よ!あんた車は!?」
ギスケ 「の、乗ってきたすぐ其処に…」
ミーナ 「すぐ玄関に回して!日赤が近いわね、そこに行こう。八嶋!」
八嶋 「は、はい!」
ミーナ 「その子、よろしく」
八嶋 「え…?」
ミーナ 「顔色、真っ青…いつ倒れてもおかしくないよ、その子も」

ミーナ、飛び出す。続いてシズエを抱えたギスケも続く。
一瞬のうちに静けさに包まれる舞台。
大きな吐息をつく八嶋。
部屋の隅で震えている少女に近づいていき、そっと頭に手を置く。
びくりとする少女。

八嶋 「…さっきも言ったろ…怖がらなくてもいい…誰も君を苛めやしないから…」

少女、かすかに頷く。

八嶋 「俺の言ってること、わかるのかい」

少女、かすかに頷く。

八嶋 「すげえや…君はまるで…進化の過程を一気に駆けぬけてるようだ」

八嶋、少女の顔をじっと覗き込む。

八嶋 「君は…誰なんだ?何故…ここにいる」

少女の瞼がだんだんおりてくる。
首をかしげた少女、そのまま倒れこむように八嶋の腕の中へ。そして寝息をあっという間に立て始める。八嶋、苦笑いして少女を布団に運ぶ。傍らに寄り添い、静かに子守唄を歌う。

八嶋 「おやすみ…」

その時。

佐都子 「渉ぴょん!今日は、ほんっっっとごめん!!」

飛び込んでくる佐都子。
飛び起きる八嶋。
寝ぼけ眼でその八嶋に抱きつく少女。

佐都子 「…」
八嶋 「…」
少女 「ワタルピョオン…」
佐都子 「…失礼」

バタンと閉まるドア。外で表札を確認する佐都子。
あっけにとられる八嶋。
ほぼ同時に再び開くドア。

佐都子 「この裏切り者裏切り者裏切り者!」
八嶋 「ご、誤解だ誤解だよサトちゃん!」
佐都子 「この状況の何処が誤解なのよ!!」
八嶋 「見てくれ、この子の顔!」

佐都子、じっと少女の顔を見る。

八嶋 「な?わかったろう?」
佐都子 「…わかった」
八嶋 「良かった…」
佐都子 「きい!!若くて、しかもかわいい!!あんたなんかこうしてやるこうしてやる!!」

佐都子、八嶋の首をしめる。

八嶋 「さっき、追いかけてた女の子が、この子なんだよ」
佐都子 「え…」
八嶋 「(咳き込みながら)あのあと…俺の家まで付いて来ちゃって…今晩一晩、泊めることにした…」
佐都子 「じゃあ…」
八嶋 「そう。全てサトちゃんの誤解。この子はただ泊めてるだけ」
佐都子・少女 「泊めてる、だけ?」
八嶋 「…安心した?」
佐都子 「…うん…」
少女 「ウウン…」
佐都子 「ごめん…心配で堪らなかったから…」
八嶋 「どうして」
佐都子 「…だってあたしさっき、ひどいことした…」
八嶋 「しょうがないよ、だってあれは…仕事だもんね」
少女 「シゴト…」

佐都子頷く。

八嶋 「時には、したくないことも、しなくちゃならないこともある…」舞台写真
少女 「…シタク、ナイコトモ…シナクチャ…ナラナイ」
佐都子 「今夜、泊まってもいい?」
八嶋 「え…でもこの子が…」
佐都子 「わかってる。あたしも…(含み笑いをして)泊まるだけ」
八嶋 「本当だな」
佐都子 「本当よ…」

八嶋と佐都子のいる空間の明かりが落ちる。
その輪から外れたところで、少女。

少女 「アタシハ、アナタノシゴト?…ヤシマ…」

舞台は転換していく。
別の空間に目隠しをした男("鳩")が現れる。"鳩"、ゆっくりと少女に近づく。

"鳩" 「どうしたの。何がそんなに寂しいの」
少女 「サミシイ…?」
"鳩" 「あなたの今の気持ち…『寂しい』っていうんだよ」
少女 「…」
"鳩" 「寂しい、悲しい、切ない、辛い…この世はね、そんな気持ちでいっぱいだ…だからもうすぐ世界は溢れる…水が、盃から零れるように…つうっと…何処までも何処までも…」
少女 「…」
"鳩" 「…零れてしまった水は、もう元には戻らない。だとしたら…『零れた世界』で生きていく術を、私達は見つけなくてはならない…わかるね?」
少女 「…」

"鳩"、さらに少女に近づく。

"鳩" 「顔をあげてよく見せて…そうしてこっちへおいで…」舞台写真

少女、"鳩"の伸ばした手をつかもうとする。
と、女が二人の間に入る。

"鳩" 「誰だ!?」
「…この子には、まだ時間が必要です」
"鳩" 「…」
「…決めるのは、もう少し後でいい…」

女、少女消える。
同時に"鳩"、倒れこむ。駆け寄る女("牝猫")。

"牝猫" 「"鳩"!どうなさいました、"鳩"!」
"鳩" 「…逃げられました…あと少しで手が触れたのに…」
"牝猫" 「あまりお話にならない方が…」
"鳩" 「女…そう、女でした…誰だったのか…何処かで会っている、そんな気がする…」
"牝猫" 「"蝿"でしょうか?」
"鳩" 「馬鹿なことを!"蝿"なぞにたやすく入ってこられる場所ではない!」
"牝猫" 「申し訳ありません」
"鳩" 「…でもこれでようやく確信が持てました…"牝猫"」
"牝猫" 「はい」
"鳩" 「メシアは降臨している!…滅亡の時は近い。しかし救いの日もまた近いのですよ」
"牝猫" 「はい!」
"鳩" 「"牡猫"!いますか"牡猫"!」

男("牡猫"が現れる)

"牡猫" 「お呼びでしょうか、"鳩"」
"鳩" 「『視えたもの』を話します。二人とも聞き漏らさないように」
二人 「はい」
"鳩" 「…大きな河2つに挟まれた町…海が近い、潮の香りがする…高架の線路…巨大な蜂の巣のような高層マンション…」
"牝猫" 「海辺のニュータウン?」
"牡猫" 「"鳩"、なにか目印になるようなものは?」
"鳩" 「…(顔をしかめ)人工の城、人工の山…下らぬ箱庭だ。空虚な、見せ掛けだけの幸せ…その近くに…銀色のドーム…あれは…鏡?いや、水だ、水に囲まれたドーム…」
"牡猫" 「人工の城と山…銀のドーム?」
"牝猫" 「わかった、ディズニーランドだわ!そして銀のドームは『海と光の水族館』…」
"鳩" 「…古ぼけた小さなアパート…住人は若い男…呼ばれていた名は…ヤ…ヤシマ。ヤシマ・ワタル」
"牡猫" 「ヤシマ」
"牝猫" 「ワタル…」
"鳩" 「そこにメシアはいる…。"牡猫"、そして"牝猫"」
二人 「はい」
"鳩" 「すぐにその部屋を探しなさい。そしてメシアの動きを見守るのです、なるべくお側に住み着いて」
"牡猫" 「はい」
"牝猫" 「あの…住む、というのは…私達二人で…」
"鳩" 「あなた達は私が自ら祝福した"聖なる番"なのですから」
"牝猫" 「で、ですが未だ私達は…その…」

"鳩"、冷たく厳しい目で。

"鳩" 「それがおかしいのです。"番"として祝福されたらすぐにでも生活を共にするべき。それができないというのは、"牡猫"を、ひいてはあなた達を聖別した私をも疑っているということ。だとしたらあなたには…『最後の方舟』に乗る資格はありません」
"牝猫" 「そんな、そんな気持ちは毛頭ありません!」
"鳩" 「ならば今すぐに行動を起こすことです」

"鳩"、くずおれる。

"牡猫" 「鳩!」
"鳩" 「能力を使い過ぎました…少し、休みます」

"鳩"、去る。その姿を目で追う"牝猫"。
その肩を"牡猫"、ぽんと叩いて。

"牡猫" 「行こう」

"牝猫"、頷いて歩き出すがよろける。
慌てて支える"牡猫"。

"牡猫" 「大丈夫か」
"牝猫" 「…一人で歩ける…構わないで」

"牝猫"、去る。その後を追って"牡猫"も去る。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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