△ 「ニライカナイ」緑の時代:その2


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河童 「そこ、どいてくんない」舞台写真

頭に緑の野球帽を載せただけの、褌いっちょの男=河童が現れる。
智美、河童を見つめる。河童も智美を見つめる。
智美の手から煙草と雑誌が落ちる。

河童 「あ、『なかよし』」
智美 「きゃああ!!来ないで変態!!」
河童 「変態じゃないよ、おれ、河童だ」
智美 「きゃああ!!来ないで頭のおかしい変態!!」
河童 「違うって。大声出すなよ。おれ、その服を取りたいだけなんだってば」

智美、言われて自分の腰掛けているベンチに目を。慌てて飛びのく。
河童にんまり笑う。

河童 「ありがと」

河童、口笛を吹きながら服を身につけていく。
智美、その様子をまじまじと見詰める。

河童 「お嬢ちゃん、僕に惚れちゃだめだよ…」
智美 「ち、違うわよ!隙を見せて襲われたら困るでしょ」
河童 「平気へいき、襲わないから。だいたい河童が尻子玉抜くってのは、あれ迷信なんだよね」
智美 「…」
河童 「溺死体って見たことある?(智美、首を振る)人間、死ぬと体中の穴が開くんだよ、もちろん肛門も。その様子を見た昔の人が『こいつは河童に尻子玉抜かれて死んだんだ』って…良い迷惑だよ河童にしちゃあ。なんて言うんだっけこういうの…ううんと…グレ犬?」

グレ犬、通りかかる。

グレ犬 「バリバリだぜ」
智美 「…濡れ衣」
河童 「そうそう、濡れ衣。川で死んだ人間がいると、おれたちどうするか知ってる?(智美、首を振る)ちゃんと葬式、上げるんだよ。そいで、早く土に戻れるようにしてやる。だってほら、いつまでも一人で川の中浮かんでるのは寂しいじゃないか、ね」

河童、服を身につけ、智美を見てにんまり笑う。

河童 「だからさ、河童は、怖くない。わかったろ、これで」
智美 「…わかった」
河童 「うん」
智美 「あんた、頭がおかしいだけじゃなくおしゃべりな変態だってことが」
河童 「なんで結論は変態なの!?」
智美 「どうみたって変態じゃない!真っ昼間に褌いっちょでまちなか現れて…」
河童 「ああそのこと。あんまり暑いからそこの噴水で水浴びしてたんだ。もうすぐゴールだから辛抱しようと思ったんだけどね、ほら、おれたちお皿が乾いたらおしまいだから。辛いんだ、このお皿が乾くってのが。で、完全に乾いちゃったらもうお終いよ。いくら水を入れても駄目で…なんて言うんだっけこういうの…ううんと…力石に水?」

葉子お嬢様、通りかかる。

葉子お嬢様 「力石くん、あなたの乾いた体に水は毒よ」
智美 「…焼け石に水」
河童 「そうそう、焼け石に水」

河童、しゃべりながら智美の落とした煙草とライター、そして『なかよし』を拾う。
勝手に火を点け、うまそうに一服してから。

河童 「吸う?」
智美 「あたしのよ!」

智美、河童の手から煙草をひったくる。
河童、今度は『なかよし』を開き。

河童 「お。今月の巻頭カラーは『おはよう!スパンク』か」
智美 「それもあたしの!」

智美、河童の手から『なかよし』も取り返す。
1本抜き出し火を点ける。その様子を見た河童。

河童 「いけないんだ。未成年のくせに」
智美 「勧めといてそのせりふはないでしょ!」
河童 「おちびちゃん、笑った顔のほうがかわいいよ」
智美 「アンソニーみたいなこと言わないで!」
河童 「あ、あんたアンソニー派?おれはテリーのほうが好きだけど」
智美 「あたしがアルバートさんひとすじよ!」
河童 「若いのに渋好みだね〜」
智美 「あんたこそなんで河童のくせにキャンディキャンディ知ってるのよ!やっぱただの変態じゃない!」
河童 「捨てるんだよ、人間が川に。それ読んでたから。いっとくけどおれ『なかよし』も『りぼん』も『別マ』も『少コミ』もリアルタイムで読んでるよ。ちなみにこの服も帽子も捨ててあったやつ拾ったの。けっこう似合うでしょ」
智美 「…」
河童 「なに?なんかまた言いたそうだね」
智美 「…訂正。おしゃべりで頭がおかしくてしかも少女漫画マニアの変態だわあんた」
河童 「少年漫画も読むよ、たまに」舞台写真

河童、吸い終わる。

河童 「灰皿は?」
智美 「ないよそんなもの」
河童 「やれやれ。これだから人間は…」

河童、そう言って帽子をとり、お皿で煙草の火を消す。唖然とする智美。

河童 「吸い終わった?じゃ、貸して」

河童、智美の煙草も始末する。

河童 「なに?今度はおしゃべりで頭がおかしくて少女漫画マニアでそのうえ地球に優しい変態とか言うわけ」
智美 「…あんた、ほんとに河童なの」
河童 「うい。さてと…梓川ってどっち」

智美、指を差す。

河童 「ありがと。いよいよ山登りかあ」
智美 「山登り?」
河童 「梓川のね、源流まで行くんだよ。そこがおれのゴールなんだ」
智美 「ゴールって…あんたまさか住み着くつもり!?」
河童 「おれは住まないよ。おれの一族は住むけど」
智美 「ええ!?じゃ、じゃあそのうち河童の大軍が押し寄せてくるのこの町に!?」
河童 「大軍ってほどはいないけど。それに本当は人間には見えないんだ、おれたちは」
智美 「だってあんたそこにいる…」
河童 「今はね、旅をしてる途中だから。本当のおれたちは水と同じ色、同じかたちをしてる」
智美 「大腸菌みたいなもん?」
河童 「(いやあな顔をして)せめてくらげって言ってよ」
智美 「だって川に住んでるんでしょ」
河童 「大腸菌と違っておれたちは汚い川には住めないよ。綺麗でしかも…」
智美 「しかも?」
河童 「…うい」
智美 「なんでわざわざ梓川に来るの?今住んでる川じゃまずいの」
河童 「そりゃおれたちだって離れたくなかったさ。もうずっとずうっと住み慣れた川だからね。だけど…なんて言うんだっけあれ…ううんと…ベム?」

ベム、通りかかる。

ベム 「早く人間になりたぁい!」
智美 「ダム…」
河童 「そうそうダム。ダムが出来るんだって」
智美 「ふうん…河童もいろいろ大変なんだね」
河童 「まあね。でもさあ、おれ、ホントは大変なのはあんたたちじゃないかって気がするんだけど」
智美 「どして?」
河童 「だっておれたちが住めない川ってさあ、他の生き物も住めなくなるのよ、そのうち。で、それこそ大腸菌の天下になる」
智美 「やだな、それ」
河童 「そうなるともうその川はお終いだね。けっこういっぱいあるよ今、そういう死んじゃった川」
智美 「え…そうなの」
河童 「見た目は綺麗そうな川でも、生き物が住めない川ってあるんだよ」
智美 「そういう川が、死んだ川…」
河童 「そ。川だけじゃないよ、森も海も大地も…みんな生きている。そしてみんな死にかけている。ホントやばいんだから地球は。ところで『なかよし』に連載してなかったっけ、そんなテーマの漫画。ちょっと見せてよ」

河童、『なかよし』を手に取りぱらぱらめくる。

河童 「おおっ!これこれ。なに?次回最終回!!ちくしょ〜見たかったな〜…」

智美、『なかよし』をひったくり、河童の頭をぶん殴る。

河童 「あがっ!!何するだ!お皿が割れたら終わりだぞおれ!」
智美 「何よあんた!川が死ぬだの森も危ないだの、言いたいことばっか言って、肝心のどうしたらいいかを何もおしえてくれないじゃない!」
河童 「(きょとんとして)だって河童だもん、おれ」
智美 「知ってるわよそんなこと」
河童 「じゃ聞くなよ」
智美 「なんで!?」
河童 「汚したの、おれたちじゃないもん。どうしたらいいか考えるのは、汚したもんの責任」舞台写真
智美 「…」
河童 「つまりあんたたち人間の仕事だと思うんだけどな…違う?」
智美 「…違く、ないと思う」
河童 「なら考えなよ。皿がないぶん、脳みそ詰まってるんだろ人間って」

黙り込む智美。その横で鼻歌混じりで『なかよし』を読む河童。
おもむろに顔を上げ。

河童 「おちびちゃん。困った顔は似合わないよ」
智美 「(再び『なかよし』でぶっ叩き)ふざけないで!」
河童 「おぐあっ!!」
智美 「ひとが、真剣に考えているのに…!」
河童 「止めろってもう…きみ高校生?」
智美 「そう。…3年」
河童 「じゃあ受験だ。どこ受けるの」
智美 「決めてない。一応国立理系狙いだけど」
河童 「てことは共通一次のために苦手な英語や社会も勉強してるのか。大変だねえ構文覚えたり年表暗記したり」
智美 「…ダムもしらないくせに妙なとこだけ詳しい河童ね」
河童 「あるじゃないか、できること」
智美 「え?」

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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