△ 「双月祭」エピローグ


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賑やかな明るい音楽、人々のざわめき声かすかに。
明転。舞台上には阿部と貴子。しきりと捜している。

貴子 「どう?」
阿部 「駄目だ、こう人が多いと…」
貴子 「来賓席は?関係者のところに…」
阿部 「(首を振り)さっき事務所で確かめた。…見てないって」
貴子 「(心配そうに)そう…」

大きな笑い声。貴子、よろける。小さな悲鳴。

阿部 「大丈夫か?気をつけろ、馬鹿野郎!」
貴子 「ヒデさん!…すみません、大丈夫ですから」

二人、ぶつかった相手とのやりとり。
一方で。

「ド田舎のくせにすげえ人だな。真穂!お〜い真穂!」
キョーコ 「声がでかいよ、カピイ。アタシたちここじゃ嫌われモンなんだからさ」
「バーカ。人目を気にしてロックが演れるか!な?」
ポエット君 「そのとおりだ」

パンク・ロッカー化したポエット君、登場。

キョーコ 「…ねえ本当にポエット君バンドに入れるの」
「アーチスト名も決めたぜ。その名も」
二人 「ファイティング・オポッサム君!!!」
キョーコ 「…アタシ、追っかけ、やめよっかな」

2人と3人、ぶつかる。

阿部 「気いつけろっていってんだろ!」
「なんだとこの…」

胸ぐらを掴み合う二人。同時に相手に気付く。

阿部 「あ!」
「てめえ!」

保、必殺の頭突き。倒れる阿部。

貴子 「ヒデさん!」
「(阿倍の襟首を掴み)手加減してやったんだ有り難く思え。これで貸し借りなしにしてやらあ」
阿部 「く…」
キョーコ 「痛かったでしょ。キクんだよね〜カピイのヘッドロック」
貴子 「いえ、こっちはなにせ凶器攻撃でしたから。ハイ、ゴメンナサイ」
阿部 「しかしな貴子」
貴子 「謝るのが筋よ」
阿部 「けど…」
貴子 「もう一発お願いします(保に)」
阿部 「スミマセンでした」
「…あんた、面白い性格してるね」
貴子 「(しとやかに)そんな…」
キョーコ 「具合はどう?」
貴子 「…体の方はもうすっかり。でも、まだ…。…駄目ですね、がんばらなくちゃとは思ってるんですけど」
キョーコ 「がんばらなくたっていいじゃん」
貴子 「え?」
キョーコ 「(にっ〜と笑って)がんばらないのも、大事なことだよ」
貴子 「…はい」

間。

貴子 「あの…真穂ちゃんは…」

顔を見合わせる保とキョーコ。

貴子 「大丈夫です、ちゃんと二人で話し合いましたから」
「違うよ。…いなくなったんだ」
阿部 「え?」
「いなくなったんだ、今朝。かき消えるように、ふっと」
貴子 「そんな…」
キョーコ 「アタシたちもできる限り捜したのよ。でもさ、見つからなくってあの子」

顔を見合わせる阿部と貴子。

「なんだよお前らまで…」
阿部 「(押し殺した声で)…宮田さんも、いなくなったんだ、今朝」
「建設省のエライさんと飲んでるんだろ。なにせ…」
阿部 「辞めたんだ」
「へ?」
阿部 「(保の目を見据え)辞めたんだ、宮田さん、建設省」

鳴り響くファンファーレ。水門が開く。
同時に平舞台に現れる真穂。

阿部 「水門が開いたぞ!」
キョーコ 「じゃあとうとう入神ダムに…」
阿部 「(頷いて)水が、入るんだ」

水流の音。
聞き入る真穂、阿部、貴子、保、キョーコ、ポエット。
水流の音、真穂の周りで揺れる。真穂、水を手に掬う。
ゆっくり現れる宮田。

宮田 「おはよう」

凍り付く真穂。

宮田 「やっぱりここに、いたね」
真穂 「…逃げないから」
宮田 「…」
真穂 「私、もう二度と、逃げないから」
宮田 「…わかってるよ。よっこらせっと」

宮田、切り株の根元に座り込む。
煙草をとりだし、点けて吸う。

宮田 「あ〜うまい」
真穂 「…」
宮田 「建設省に入ったとき止めたから…12年振りだよ」
真穂 「追い出さないの」
宮田 「なんで?」
真穂 「なんでって…それがあなたの仕事でしょ」

宮田、さもうまそうに煙を吹く。

宮田 「辞めちゃったよ。建設省」
真穂 「どうして…」

宮田、答えず黙々と煙草を吸う。

宮田 「…長閑だね」
真穂 「…」
宮田 「でも着実に水位は上がってる。ほら、先刻まで足首だったのにもうこんなところまで…」
真穂 「出ていって!
宮田 「…」
真穂 「…お願いだから私をこれ以上苦しめないで…」
宮田 「…君にどう思われようとも、僕はここに居る」
真穂 「…」
宮田 「逃げ出すのは、もう嫌なんだ…僕もね」
真穂 「…」
宮田 「でもね別に死にたくてここに来たわけじゃない。だから君が生きたい、と思ったら…すぐに君を助ける。なんとしてでも君を助けるそして…」
真穂 「…」
宮田 「(照れて)やめた。これは助かったあとに言うことにするよ」
真穂 「…じゃあその言葉は永遠に聴けないわ。だって私は決して逃げたりしないもの」

宮田、目を細めて。

宮田 「…もう膝まで水が。…予定より大分早いようだね」

転。

「(息を切らせながら)どうだ、いたか!?」
阿部 「いない…どこにも」
キョーコ 「ねえ、ひょっとしてさひょっとすると…」

顔を見合わせる5人。

阿部 「まさかそんな…」

無言の間。祭の音のみ空しく賑やかに。

貴子 「行きましょう」
阿部 「ど、何処へ?」
貴子 「決まってるでしょう、事務所よ。今すぐに水を止めてもらうのよ!」
阿部 「無理だよ、なんの証拠もないのに…」
貴子 「証拠!? そんなもの捜してる間に二人が溺れ死んでもいいっていうの!?」
阿部 「しかし、もし水門を閉めてなんでもなかった時は…貴子、俺たちこの村に住めなくなるぜ」

貴子毅然と。

貴子 「その時は、その時よ」

キョーコ、拍手。

「あんたの負け」
阿部 「うるせえ!」
貴子 「早く、こっちよ!」
「早く、こっちよ!」
キョーコ 「早く、こっちよ!」
ポエット君 「早く、こっちよ!」

4人、阿部を諭して事務所の方へ
阿部も仕方なく後を追う。
転。
水流はますます力を強め、二人を搦め取っていく。
宮田、立ち上がる。

宮田 「冷えるね、水に浸かっていると。いっちに、さんっし!」

宮田、体操をする。
座り込んでいた真穂もたまらず立ち上がる。

宮田 「逃げる気になった?」
真穂 「まさか!あ、足が痺れただけよ!」
宮田 「もうすぐ死ぬのにそんなこと気になるの?」
真穂 「それとこれとは別!」
宮田 「ハイハイ…」

間。

宮田 「…ずっと考えていたんだ。どうして“あの子”の姿を、僕は見ることができたんだろう、いや違うな…何故“あの子”は僕を選んだんだろうって。…僕は“あの子”にとって」
真穂 「…」
宮田 「憎んでいたから?最初はそうだと思っていた。でもそれだけじゃない…傲慢な言い方かもしれないけど…“あの子”は僕に救いを求めていた…そんな気がしてならないんだ…」
真穂 「…」
宮田 「でもどうせなら、僕なんかじゃなくもっと大物のところに行けば良かったのにね、大臣とか事務次官とか…せめて桜井のところに…」
真穂 「(ぽつりと)宮田さんなら、わかってくれると思ったのよ」
宮田 「…」
真穂 「…私達と、同じ匂いがするもの…」
宮田 「…」

転。

貴子 「お願いです、水門を、水門を閉めて下さい!」
「うるせえ、ぐだぐだ抜かすな!人の命がかかってんだぞ!」
キョーコ 「そーよそーよ!」
「証拠?」
貴子 「…証拠は、ないけど…でも、でもね」
阿部 「もう止めよう」
貴子 「ヒデさん!」
阿部 「…無駄だよ、これ以上何をいったって」
貴子 「そんな…」
阿部 「すみませんでした、お騒がせして。さ…」

歩き始める阿部。

キョーコ 「ちょ、ちょっとお!」舞台写真(広安)
阿部 「歩くんだ」
貴子 「嫌よ!」
阿部 「歩け!」

貴子をひっつかみずんずん歩いていく。

「(阿部にかじりつき)見損なったぜ!てめえはやっぱり自分のことしか考えてねえ大馬鹿野郎だ!てめえなんざ初めから信用しなけりゃ…」
阿部 「しっ!」
「へ?」
阿部 「この裏に、非常用のボートがある。この騒ぎだ、そっと運び出せばきっと気付かれない。すこし先に村に入れる小道がある。15分後にそこで落ち合おう、いいな」
ポエット君 「わかった」

阿部、去りかける。

「お前、どこへ…」
阿部 「水門を、閉めてくる」
貴子 「そんな…!」
キョーコ 「もしもばれたら…」
阿部 「…俺はまだ、あの子に“借り”を返してない」
「…」
阿部 「(にやっと笑い)宮田さんにも、宿代、払ってもらってないしな」

歩きかける、その背中に。

貴子 「ヒデさん!」
阿部 「ン?」

貴子、抱きつく。

貴子 「…大好き」
キョーコ 「アタシも」
「俺も」
ポエット君 「私もじゃ・」
阿部 「やめろお、気持ちわりい!」

阿部、振り落とす。

阿部 「…貴子のこと、頼んだぞ」

5人、見交わす目。

「15分後に」
阿部 「…必ず」

転。
水流の音のみが響く。
水は真穂の腰から胸へと、上っていく。

宮田 「…はは…想像はしてたけど…やなもんだね〜じわじわと水が増えて来るっていうのはさ」
真穂 「…」
宮田 「ホラ『タイタニック』にもあったよね、こういうシーン。見た?あの映画。あれさ、CGはすごいけどさ、主演のディカプリオがな〜どうもな〜。あの顔だったら僕の方がよっぽど…」
真穂 「話しかけないで!」

真穂叫んだ拍子に水を吸い、咳き込む。

宮田 「大丈夫!?」
真穂 「…ばっかじゃないの」
宮田 「へ?」
真穂 「私は、ここでもうすぐ死ぬのよ!?その人間に向かってなにが『タイタニック』よ、なにがディカプリオよ!」
宮田 「…君は、死なないよ」
真穂 「なんですって?」
宮田 「君は、死なないと言ったんだ」
真穂 「(カッとして)死ぬわよ!死んでみせるわよ!そのために、今、ここに、こうしているんだもの!」
宮田 「(静かに)だったら何故、下を向かない?」舞台写真(広安)
真穂 「え…」
宮田 「本気で死ぬつもりなら顔をうつむければいい。水は君の首の下まで来てる。その方がずっと早く死ねる」
真穂 「…」
宮田 「…真穂さん、君さっきから上ばかり向いてるじゃないか…」

宮田を睨む真穂。

真穂 「怖くなんかないわ…」
宮田 「…」
真穂 「…私には、もう何も、無いもの」

真穂、水の中に突っ伏す。
宮田、駆け寄るが、手出しをせず見守る。
やがて真穂、水から顔を上げる。大きく咳き込み、水を吐く。
宮田、真穂の体を支える。

宮田 「ゆっくり吸って…大きく吐く…そう、それでいい…」
真穂 「…どうして…」

真穂の目から涙がこぼれる。

真穂 「どうしてよ!! …どうして…」

真穂、宮田の胸を叩きながら小さな子供のようになきじゃくる。
宮田、その背を優しく撫でながら。

宮田 「(静かに)君がもう答えを出しているからだよ」
真穂 「…答え?」
宮田 「(頷いて)思い出してごらん。撃たれる寸前にあの子が言った言葉」
真穂 「…」
宮田 「“癒されなくてもいい、生きて行きたい”」
真穂 「癒されなくてもいい、生きて行きたい…」

宮田、しっかりと真穂の目を捉えて。

真穂 「…」
宮田 「諦めが、憎しみに変わったのなら、それでもいい」舞台写真(広安)
真穂 「…」

宮田、真穂へと手を差し伸ばす。

宮田 「生きよう」
真穂 「…」
宮田 「生きていこう」
真穂 「…」
宮田 「死なないで、生きていこう」

真穂、宮田を見つめて。

真穂 「…私が私として生きていること、それはひとつの奇跡…」
宮田 「…」
真穂 「…あのとき、言いたくて言えなかった言葉があるの…」

真穂、花咲くように微笑んで。

真穂 「…ありがとう」
宮田 「真穂さん…」
真穂 「ありがとう…」

そして二つの手は一つに。

宮田 「…歩けるね」

真穂うなずく。そして切り株に向かい

真穂 「…さよなら」

二人が歩き出そうとした刹那。
巨大な影が横切り、同時に濁流の音が大きく。

宮田 「危ない!」

よける二人。

真穂 「枯れ木?」
宮田 「木や家の残骸なんかが流れ始めたんだ。急がないと…」

頷いて真穂、歩を進める。が、宮田、その場から動かない。

真穂 「どうしたの宮田さん」
宮田 「…」
真穂 「宮田さん?」

宮田、困ったような笑顔で。

宮田 「…ゴメン真穂さん。先に行ってくれないか」
真穂 「え?」
宮田 「変なところに突っ込んじゃったみたいで…動かないんだ、足」
真穂 「そんな!!」

ふたたび巨大な影、同時に濁流の音。
宮田を水の手が捉え始める。

宮田 「いいから行って。でないと手遅れになる…」
真穂 「何言ってるのよ!一人で行けるわけないでしょう!?」
宮田 「行くんだ、早く」
真穂 「嫌よ!絶対嫌!」
宮田 「行け!行ってくれ!…頼むから…」

水流、いよいよ強く。沈んでいく宮田。

真穂 「宮田さん!」
宮田 「…はは…本当に、最後の最期まで…駄目な男だよな…」
真穂 「お願い、離さないで!」
宮田 「…一緒に…き…」
真穂 「宮田さん!」

完全に沈む宮田。その手を必死で掴む真穂。
ふいに水流の音、消える。
記憶の音。少女が、あらわれる。

少女 「…助けたいのか」
真穂 「ええ、助けたい、助けたいわ今度こそ…!」

少女、樹に語りかけるように。

少女 「…力を、貸してくれるか」

葉ずれの音が、頷くように満ちる。

少女 「(微かに微笑んで)そう…きっと、植えてくれる…」舞台写真(広安)

少女、両手を天へ。
音楽!
記憶の樹が再生して行く。
辺りは一面濃い緑の影。水流を圧して響く葉擦れの音。
鳥が、樹に戯れる。 
茫然としている真穂。咳き込む宮田。

真穂 「大丈夫?」
宮田 「…助かったのか…どうして…」

真穂、指をさす。その先に少女。宮田、気付く。

宮田 「…君…生きて…」
少女 「これは、この樹の記憶だ」
宮田 「樹の記憶?」
少女 「何百年もこの地に生きてきた樹の記憶…私が、蘇らせた」
宮田 「そんな…そんな馬鹿な…」

二人、見上げる大樹。少女、去りかける。

宮田 「ありがとう、助けてくれて」
少女 「…」
宮田 「だけど、何故君は僕を…」
少女 「…この樹が、お前を助けたいと言った」
宮田 「そんな…だって僕がこの樹を伐れと…」
少女 「だからこそ生きて欲しかった」
宮田 「え…」
少女 「生きていなければ、償うこともできない…そうしてお前は、その方法を知っている…この樹は、そんなお前を信じた」
宮田 「…」

少女、慈しむような笑みを宮田に向けて。

少女 「…私も、お前を信じたい…」

少女、去る。

真穂 「…行っちゃったね」舞台写真(広安)
宮田 「…」
真穂 「もう、きっと、会えないね…」
宮田 「…でも、あの子も生きて行く」
真穂 「うん…」
宮田 「それだけで十分じゃないか…」
真穂 「…うん」

そこへ。

「おおい!生きてるか」
貴子 「真穂ちゃん!」
真穂 「貴ちゃん…」

5人、枝伝いに現れる。

阿部 「宮田さん!…良かった無事で」
宮田 「阿部さん…どうしてここに」
阿部 「ボートで来たんです。それにしても…」
キョーコ 「スゴイよ、本物の樹だよこれ!」
「信じられねえ…この目で見てもやっぱり…」
宮田 「見た?」
阿部 「俺たち、ちょうど二人を見つけたところだったんです。向かおうとしたとたん、宮田さんが水にのまれて…もう間に合わないと思った時」
キョーコ 「樹が、伸びたのよ!ちょうどあの切り株があった辺りから、ものすごい勢いで!」
宮田 「驚いたでしょう」
「当たり前だろ!でもな、もっと吃驚したのはこの子が…」
貴子 「これ、あの樹でしょう?私たちがいつも登ってた、あの樹…」
真穂 「わかるの!?」
貴子 「わかるよ。私もこの樹の下で育ったんだもの…」
「じゃあやっぱり」
宮田 「(頷いて)記憶の樹なんです」
キョーコ 「記憶の樹…」
阿部 「…奇跡って、起こるんだな…」

7人、佇む。

キョーコ 「あ!見て、あそこ!」舞台写真(広安)
「ゴミが流れてら」
キョーコ 「違うよ、ピアニカだよ、ほら」
宮田 「本当だ…」
貴子 「ピアニカ?」
真穂 「住んでいた物置きにとってあったの。みんなで練習して、コンサート開こうって」
キョーコ 「結局、流れちゃったけどね」
「もともとやる気なんかなかったんだよ、あの婆あには」
ポエット君 「おお、笛も…」
宮田 「タンバリン」
「ウクレレ、流れていくぜ」

間。

真穂 「開きたかったな、コンサート」
貴子 「真穂ちゃん…」
真穂 「もう一度、歌いたかった、この村で…」
「歌おうぜ」
阿部 「は?」
「歌おうぜ、真穂!今からだって遅くはないだろ」
阿部 「馬鹿言うな、そんな暇は…」
「いいじゃねえか、それくらい」
貴子 「そうよそれで真穂ちゃんの気が晴れるなら…」
キョーコ 「大体あんた言ってたじゃない、貸しがあるって」
宮田 「頼むよ阿部さん」
阿部 「しかし」
ポエット君 「なんなら私が歌うが…」
阿部 「わかったわかったよ、もう…ただし1曲だけだぞ、本当に時間がないんだから」
真穂 「ありがとう」

阿部、真穂の視線を受け止めて。

阿部 「…どういたしまして」
貴子 「ヒデさん…」
「問題は何を歌うか、だな」
キョーコ 「やっぱかえるの歌?」
宮田 「いくらなんでも最後の1曲がかえるの歌っていうのは…」
キョーコ 「だっ〜てみんな知ってる歌って限られてるしい」
「だったらせめて…」

と、ピアニカが曲を奏でる。

貴子 「今…」
「鳴ったよな、ピアニカ…」
阿部 「ああ、でもそんな…」

と、再び。今度はピアニカ、笛、ウクレレ。

宮田 「…いったいこれは…」
「(気付いて)真穂!
真穂 「(頷いて)…ずっと昔この樹を揺さぶった…遠い遠い記憶の歌声…」
「甦ったんだ…樹と一緒に…」

7人、記憶の歌声に耳を傾ける。
歌声は水の流れに乗って遠ざかっていく。

貴子 「ああ、吸い込まれていく…」
阿部 「唄が水に、吸い込まれていく…」

遠のく唄を追いかけるように、保、静かに声をあわせる。
続いて真穂が、貴子が、キョーコが、
阿部が、ポエットが、そして宮田が唱和する。
やがて歌声は大きな合唱となり、水の面を覆っていく。

宮田 「…まだ言ってなかったよね、助かったら話す約束の言葉」舞台写真(海老沢)

真穂、頷く。

宮田 「樹を、植えよう」
真穂 「…」
宮田 「一緒に樹を、植えよう…」

真穂、ゆっくりと微笑み、大きく頷く。
そして二人は再び歌声の大きな大きな輪に入ってゆき、
その歌声が人々の記憶に刻まれて。

ゆっくり、
幕は、
閉じる。

(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)

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