動機づけ

動機づけとは

 歯周治療での動機付けとは、適切なプラークコントロール(歯磨き)を行ってもらい、それを習慣化してもらうためのきっかけ作りをすることです。モチベーションともいいます。

 

動機づけが必要な理由

 一般的な歯の治療では動機づけは行いません。なぜ、歯周治療には動機づけが必要なのか、以下にその理由を挙げます。

  1. 患者さんの協力が必要
     歯周病の原因は細菌性プラーク(歯垢)であることはすでに述べました。すなわち、歯周治療とは極論すると、歯肉縁上および歯肉縁下にあるプラークを除去することで炎症を消退させることです。
     例えば、皮膚の傷口からばい菌が入り込んで化膿がひどい状態だとします。週に1回、病院で消毒してもらうだけで、その他の日はほったらかしにするでしょ うか?毎日、自分で消毒をしたり、新しいガーゼに交換したりする筈です。歯周治療の場合、適切な歯磨きがそれに相当します。週に1回、歯科医院でプラーク を除去したとしても、その他の日は歯磨きをしなかったり、あるいは不適切であったのでは治療の効果が得られません。

  1. 適切な歯磨きができるまでに時間がかかる
     復習になりますが、歯肉縁上プラークが最初につき、歯肉の炎症によって歯周ポケットが形成され、歯肉縁下にプラークが入り込みます。ですから、いくら歯 肉縁下プラークを除去したとしても、歯肉縁上が不潔な状態では、また歯肉縁下プラークが形成され、いつまでたっても治らないことになります。
     歯周治療の第一段階は、いかに歯肉縁上プラークを除去できるようになるかにかかっています。目標としては、O'LearyのPCRが20% 以下に保たれることです。しかし1、2回歯磨きの指導を行った程度では良好な状態までいかなかったり、あるいは数回は良好な状態であったとしても、また磨 けない状態に戻ってしまうこともあります。ですから、最初の何回かは集中して歯磨きの指導を行います。また、治療の途中やメインテナンスでも歯磨きの指導 を行います。
     このような理由を十分説明し、理解してもらわないと、「歯磨きの指導ばかりで、全然歯ぐきの治療をしてくれない。これだったら、他の歯医者に行ったり、自分で磨くだけでいいや」となってしまいます。

  2. 歯周病の再発を防止する
     歯周病は再発しやすい病気であるといえます。それは歯周病の原因と考えられている菌が外側からまれに入ってくるのではなく、口の中に住み着いている菌 (常在菌)の何種類かにより、引き起こされるためです。ですから、治療が終了した後にも3〜6ヵ月に1度のメインテナンスを行い、歯肉の健康を維持してい きます。「治療が終了したから、もう一所懸命歯磨きしなくていいや」となってしまっては、歯周病が再発する危険性が高くなってしまいます。治療終了後に も、適切な歯磨きを継続していくよう説明し、メインテナンスで歯磨きの状態を確認する必要があります。

 

動機づけの要点

 動機づけにより、患者さんに適切なプラークコントロールを行う気持ちになってもらうための要点を挙げます。

  1. 患者さんの悩みを聞く
     動機づけで大切なことは、まず患者さんとの信頼関係を確立していくことです。患者さんが歯周病を治そうと決心して歯科医院を訪れるまでに、いろいろな経 緯や悩みがあった筈です。それを十分に聞いてあげることが大切です。また、急性症状があるときに延々と説明を行っても聞いてもらえません。痛みがあるとき は、まずそれを取り除きます。

  2. 自分の歯周病の状態を理解してもらう
     一見、当たり前のことですが、理解してもらいやすい方法をとることが必要です。例えば、歯周ポケットを測定するときには事前に「1〜2mmで血のでない ところは健康です。3mm以下で血の出るところは軽度の歯周病です。血の出たところはマルと言います。4〜6mmは中程度の歯周病です。7mm以上は重度 の歯周病で、10mm以上だと抜歯の可能性が高くなります。炎症の強いところは、測っているときに痛いところがありますよ。大まかでいいですから、聞いて いてください」と言ってから診査を始めると、終わったときに患者さんは大まかに歯周病の状態を知ることができます。数字はこの通りではなくてもかまいませ ん。
     いきなり診査を開始すると、患者さんは意味の分からない数字を羅列され、場所によっては痛い思いをしながら耐えているので、後から説明をしても疲れてい る状態では聞き流してしまい、十分に理解してもらえないばかりか、時間がかかって痛い思いをしたことが先に立ち、歯周病を治療する気力をなくしてしまうか もしれません。

  3. 詳しい治療計画は時間をとって説明する
     歯周治療は広く解釈すると口の中全体の治療であり、時間もかかります。軽度の症例であれば、診査が終わった段階で一般的な治療方法を説明すればよいで しょう。しかし、中程度から重度の症例であれば診査をした日は大まかな治療方法を説明するにとどめ、次回までにきちんとした治療計画書を作成し、それに基 づいて治療方法を説明し、一貫した治療を行っていくことが大切です。治療の途中でも何回か診査を行いますが、そのときにも治療計画書を示しながら、「今、 この段階まで来ています。この後は最初に予定していた通り、○○を行いますね」とか、修正点があれば、なぜそうなり、どのような治療をするのか説明してい きます。きちんとした計画的な治療により、患者さんとの信頼関係が保たれます。
     口頭だけの説明や、最初の診査時だけの説明では患者さんが忘れてしまうこともあります。治療のどの段階まで進んでいるのか分からなくなったり、最初に説 明されていない(あるいは説明されたけど忘れている)治療法が入ってきたりすると、患者さんとの十分な信頼関係は築けません。そうなると、歯磨きに対する 気持ちも失せてしまいます。

 

具体的な進め方

 動機づけには画一的な方法はなく、また患者さんの歯の健康に対する認識度(デンタルIQ)により、説明する内容も異なりますが、ひとつの例を挙げていきます。

  1. 医療面接をしながら、患者さんの悩みを十分に聞く。一般的な歯科診査も行い、歯周病の状態を大まかに把握する。急性症状があれば、その治療を優先する。

  2. 歯周病の原因と進み方について説明する。患者さんの歯周病の状態がどの程度であるのかを知る目的で、時間をとって歯周診査を行うことに同意してもらう。診査では、今何を調べて、数値がどのような意味を持つのかを説明しながら行う。

  3. 患者さんに自分の口腔内の状態を理解してもらう。診査したチャートだけではなく、X線写真や口腔内を鏡でみてもらうことも併用すると効果的に説明できる。

  4. 歯周治療について説明する。一般的な治療法だけではなく、その患者さんにとって「どこの部位」に「どんな治療」が必要であるのかを分かりやすく話す。そして、歯周治療でのプラークコントロールの重要性を認識してもらう。

  5. 必要に応じて、治療の途中やメインテナンスでも動機づけを繰り返す。具体的にプラークがいつも付着していて炎症のとれない部位や、プラークコントロールが悪くなって再発した部位を鏡で確認してもらいながら、歯磨きに対する気持ちを維持してもらう。

  6. 歯磨きのテクニックは個人差があるので、上手に磨けない患者さんを必要以上に追い込まない。

 

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最終更新2013.1.7