元暴力団員の口座開設

 11月19日、元工藤會幹部の中本隆さんが金融機関で口座を開設することができました。
 中本さんは、元暴力団員や暴力団に関する多くの著作がある廣末登氏の『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記』(新潮社)やNHKのドキュメンタリーなどにも実名で登場しているので、ここでも実名でご紹介します。
 今回の件はまず、真面目に働いている元暴力団員に対する金融機関側のご理解、ご協力があったからこそです。何よりも中本さんのこれまでの努力、周囲の理解の賜物です。また、福岡県警と福岡県暴力追放運動推進センターとが側面から協力しました。
 元暴力団員については、いわゆる「5年条項」というのをお聞きの方もいらっしゃると思います。
 暴力団から離脱しても5年間経過しなければ、口座開設など各種契約等から排除されるというものです。
 中本さんは、福岡県警の離脱支援を受けていますが、5年は経っていませんでした。
 本年9月の西日本新聞に「元組員に口座 銀行敬遠 「離脱5年は開設拒否」7割 九州22行アンケート」という記事が載っていました。(※1)
 西日本新聞が、九州7県の地方銀行、メガバンクなど22行にアンケートを行った結果です。
 対象となった全銀行が暴排条項を設けており、15行は「5年条項」を設けていました。
 記事では、10年前に福岡県内の指定暴力団を離脱した男性(50歳)が、県内の銀行で、反社会勢力ではないと確認する項目に該当するとして口座が開設できなかった事例を紹介しています。
 また、3年半前に別の指定暴力団を離脱した40代男性は、家や車、携帯電話の契約にも苦労し、「『生きるな』と言われているよう。偽装離脱の懸念から条項は必要だが、更生した人には柔軟に対応してほしい」と語っています。  

 5年条項は必要か

 この5年条項については、色々な考え方があると思います。
 私は、原則必要だと思っています。ただ原則には常に例外があります。
 刑法における刑の執行猶予を受けられる者や執行猶予の期間、刑事訴訟法や民事訴訟法の時効、民法の各種期間などで期間5年が多く規定されています。
 また、建設業法や貸金業法など、許可を必要とする各種事業について定めた多くの法令で、その業務の許可を取り消されて5年間は新たに許可を取ることができない旨を定めています。
 このほか、例えば貸金業法では「暴力団員(略)又は暴力団員でなくなった日から五年を経過しない者(以下「暴力団員等」という。)」と規定され、「暴力団員等」は貸金業登録を受けられません。まさに5年条項です。
 全国初の総合的な暴力団排除条例である福岡県暴力団排除条例、そして大阪府等の暴力団排除条例でも、貸金業法と同様に暴力団員等を「暴力団員又は暴力団員でなくなった日から五年を経過しない者をいう」と規定しています。
 ただし、だから口座を開設してはいけないということではありません。
 この暴排条例の5年を経過しない元暴力団員を含む「暴力団員等」が規制されるのは、事業者による暴力団への積極的な利益供与や不当に優先的な取扱い、又は暴力団員等が情を知って利益の供与を受けることを禁止するためです。
 これは、暴力団員の偽装破門などによって、表向き暴力団員ではなくなったように装い、実質、暴力団員あるいは暴力団準構成員として活動している者も多いからです。  

 暴力団の偽装破門

 私は、警察官当時、主に工藤會対策に従事してきたため、山口組など他の暴力団についての最新の知識は不十分でした。このため、退職する数年前から、山口組など他の暴力団について自分なりに調べてみました。
 工藤會では偽装破門というのは聞きません。ただ、破門された者が再び工藤會に復帰したり、本来、復帰のあり得ない絶縁された者が再び工藤會に復帰するという例はありました。
 別の機会に詳しく触れたいと思いますが、我が国最大の暴力団、山口組のある二次組織について調べたところ偽装破門が多く認められました。
 暴力団は建前としては、覚醒剤など違法薬物を禁止しています。山口組は昭和38年、麻薬追放国土浄化同盟なるものを結成し、著名人も集めて「麻薬追放運動」に乗り出しました。
 山口組を含めて大部分の暴力団は、所属暴力団員に対し覚醒剤等の違法薬物に関与することを禁止しています。ただし、それは建前にすぎません。
 山口組でも、多くの組員や準構成員が覚せい剤取締法等で検挙されていましたが、工藤會ほどではないだろう、と以前は考えていました。それは間違いでした。
 数年前の話ですが、山口組では傘下組織に対し、暴力団員を絶縁・破門・除籍・引退させた場合、本部への届出を行わせていました。
 現在、山口組は神戸山口組、任侠山口組に三分裂していますが、山口組自身に体制の変化はありませんから、恐らく現在もこのシステムは変わってないと思います。
 そして、届出には「復縁」という項目があり、一旦、傘下組織から排除した者を復帰させる場合も本部に届け出るのです。
 50人弱のある山口組二次組織について調べてみて驚きました。実に半分以上の暴力団員に覚せい剤取締法違反の前科前歴があったのです。
 そして、絶縁・破門という処分を受けた者はたった2人しかいませんでした。しかも、その2人は何れも刑務所を出所後、元の二次組織に復帰し、さらには幹部に昇格していました。
 覚せい剤事件で検挙された一人の幹部は、その事件が報道されたため、逮捕に先立つ一月前の日付で「破門」となりました。「組長に迷惑をかけないため」だそうです。そして出所後、復縁し、その後幹部に昇格していました。
 詳しく調べた結果、山口組の破門・絶縁や復縁の現実が判明しました。
 違法薬物以外でも、強盗や窃盗など暴力団にとって「破廉恥罪」と呼ばれている事件で検挙され報道された者は、表向き絶縁・破門されます。しかし、刑務所出所後に再び復縁していました。報道されなかった、つまり山口組本部に知られなかった者の多くは、何等処分も受けていませんでした。
 このように偽装破門等は現実に存在しています。また、工藤會等の他の暴力団でも、一度は組織を抜け出しても、その後に復帰する例が結構あります。やはり原則として5年条項は必要だと思います。

 なぜ暴力団員の離脱・就労を支援するのか

 「なぜ暴力団員の離脱や就労支援を行う必要があるのか」とお考えの方もいらっしゃると思います。
 私はこう思っています。
 まず、暴力団は組織暴力を背景とする持続的な犯罪集団だということです。覚醒剤等違法薬物の密売、違法・不当なみかじめ料の徴収、ヤミ金、最近では組織的なニセ電話詐欺など、暴力団は組織暴力を背景に犯罪行為を繰り返しています。そして彼等に逆らえば組織暴力、時に死をもって報復します。
 時にマシなヤクザはいましたが、良いヤクザなど見たことも聞いたこともありません。暴力団の幹部、特にトップは自ら手を汚す必要がありません。
 暴力団員を一人でも減らすことは、犯罪を減らすこと、社会に対するマイナス要因を減らすことに繋がります。
 一方で、暴力団を離脱しても、彼らを受け入れる場所がなければ、再び暴力団に復帰したり、あるいは犯罪行為を繰り返す者も出てきます。
 そこに就労支援の意義があると思います。
 平成23年10月、産経新聞のインタビューで、六代目山口組長が次のような話をしていました。(※2)
「うちの枠を外れると規律がなく、処罰もされないから自由にやる。そうしたら何をするかというと、すぐに金になることに走る。強盗や窃盗といった粗悪犯が増える」
 山口組は三分裂し、3団体を併せても、その暴力団員は当時の半分以下に減っています。少なくとも半分の組員が山口組から離脱していることになります。
 同じインタビューで、「破門者はどれくらいいるのか」という質問に対し、山口組組長は次のようにも語っています。
「人数ははっきりとわからないがかなりの数に上る。山口組の一次団体はともかく、二次団体や三次団体は一〇人くれば九人は破門になっている。厳しいからだ。だれでも組員になれるのではない。」
 暴力団を社会の落ちこぼれのセーフティネットのように言う人もいますが、違います。
 暴力団がセーフティネットなら、一旦受けとめた後は、元の場所に戻してやれば良いのです。そのような親切な暴力団は見たことも聞いたこともありません。
 暴力団が必要とするのは、組織に役立つ者だけです。それ以外はいりません。実際には、暴力団員となったが、組織から追放され、あるいは自ら去って行く者は、いつの時代にも存在していました。
 そして、これまでも「暴力団員が減ったら犯罪が増える」ということはありませんでした。詳しくは、本ホームページのヤクザと暴力団をご覧下さい。
 一部に犯罪に走る者もいますが、暴力団を離脱した元暴力団員の大多数は、自分なりに仕事を見つけたり、事業を興して真面目に生きています。
 しかし、やはりそこには社会が彼らを受け入れ、手助けすることも必要だと思います。だからこそ、警察や暴力追放運動推進センターでは、暴力団員の離脱、就労支援を行っているのです。  

 契約自由の原則

 金融機関の口座開設やマンション、アパート等の民事的な契約については、「契約自由の原則」という基本原則があります。
 民法には具体的な規定はありませんが、民法第90条「公序良俗」、同第91条「任意規定と異なる意思表示」の規定がその根拠とされています。
 民法第90条では「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」とし、同第91条では「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。」とされ、これが「契約自由の原則」の根拠とされています。
 「公の秩序又善良の風俗」に反しなければ、あるいは法令に違反する法律行為でなければ有効であり、そのような民事上の契約は自由だということです。
 暴力団員は、ヤミ金やニセ電話詐欺、犯罪行為で得た資金の洗浄などで、金融機関の口座を悪用することが多くあります。
 このため、西日本新聞の記事にあったように、金融機関は暴力団員等の口座開設を原則拒否しています。
 そのため、多くの金融機関等で、新聞報道等に基づく暴力団員等のデータベースを作っており、それに該当した場合など口座開設を拒否する場合があります。そのような場合、実際には暴力団を離脱し、5年以上経過している場合でも、口座開設を拒否されることがあります。
 一方で、暴力団を離脱後、5年を過ぎてなければ口座を開設してはならないという法律や条例はありません。
 暴力団を離脱して5年経っていなくても、金融機関側が認めてくれれば、口座を開設することは可能なのです。
 中本さんの場合がそれに当たります。

 一人で悩まず、まず相談

離脱解説パンフレット  福岡県暴力追放運動推進センターや福岡県警では、暴力団からの離脱や離脱後の就労支援を積極的に行っています。
 はっきり言って、暴力団からの離脱、そして離脱後の就労、何れも簡単ではありません。
 折角、真面目に働こうとしても、一部には、事件を起こし逮捕されたり、職場の人間関係になじめず、辞めていく者もいます。
 しかし、大部分の元暴力団員は一生懸命頑張っています。福岡県内では350社以上もの企業が元暴力団員を受け入れてくれます。
 就労支援を本格的に行いだして3年となりましたが、その間、福岡県警と福岡県暴力追放運動推進センターの支援を受け離脱した元暴力団員や就労した元暴力団員で、再び暴力団に戻った者は一人もいません。
 暴力団員の多くは、多数の前科前歴を持っています。過去暴力団員として市民や社会に不安を与え、違法行為を繰り返してきました。
 過去は変えられません。しかし、未来は変えることができます。
 ヤクザになるために、暴力団員になるために生まれてきた人間などどこにもいません。
 ヤクザ、暴力団員にしかなれない人間もいません。
 人は一人では生きていけません。時に誰かの手を借りることも必要です。
 暴力団を離脱したい、離脱したが仕事が見つからない、口座ができない、暴力団員の家族を離脱させたいなど、一人で悩まず、県警の相談窓口、あるいは福岡県暴力追放運動推進センターにご相談下さい。

    令和元年11月25日(月)

【注】