「ヤクザと暴力団」~平成30年11月12日 暴力追放福岡県民大会特別講演

 「ヤクザ」と「暴力団」、どちらも同じ意味です。警察や暴追センター、新聞・テレビは暴力団と呼びますが、暴力団自身は暴力団とは呼びません。彼らは「俺たちはヤクザだ」「極道だ」あるいは「仁侠団体だ」と主張します。
 先日11月10日は、福岡が生んだ名優・高倉健さんの命日でした。健さんといえばヤクザ映画、任侠路線で有名でした。健さんの任侠映画では「悪いヤクザ」と「いいヤクザ」が登場し、我慢に我慢を重ねた「いいヤクザ」が「悪いヤクザ」をやっつける、というパターンが多いようです。
 「いいヤクザもいる」と言われたらどうでしょうか。何となくそんな気がするんじゃないでしょうか。
 結論を申し上げれば、時に「ましな暴力団員」はいます。しかし「いいヤクザ」「いい暴力団」は見たことも聞いたこともありません。
 

 福岡県で、なぜ襲撃事件が多発したのか

 まず、なぜ福岡県で事業者襲撃等事件が多発したのか、見てみたいと思います。
 平成25年まで多くの事業者襲撃等事件が発生しましたが、その大半は福岡県、しかも工藤會によるものです。それが、平成26年9月の工藤會最高幹部らの検挙以降、大幅に減少しています。
 これには、福岡県の特異な暴力団情勢が影響しています。
 福岡県4地区、北部の北九州地区、中央の筑豊地区、西部の福岡地区、南部の筑後地区の各地区に五つの指定暴力団が存在しています。このうち工藤會、太州会、道仁会と熊本県の暴力団・熊本會が「四社会」というものを作っています。
 これは、お互いの縄張り、利権を尊重しましょうというものです。そして、山口組や他の暴力団もこの縄張りを尊重しているのです。
 その結果、各暴力団は自分の「縄張り」内の利権獲得に集中できるわけです。
 なお、福岡地区には指定暴力団・福博会がありますが、他に六代目山口組、神戸山口組、そして工藤會や道仁会、浪川会の傘下組織も存在しています。
 福岡県の暴力団対策を劇的に変えたのが、平成15年8月18日、小倉北区の繁華街の倶楽部ぼおるどで発生した、工藤會暴力団員による手榴弾投擲事件です。
 これは、この店が、当時は珍しく、暴力団排除を表明していたからです。
 何の罪もない女性従業員12名が重軽傷を負いました。
 特に、北九州地区では多くの事業者襲撃等事件が発生しましたが、それは、市民・事業者が資金提供を拒否し、それに対し、工藤會などの暴力団がその本性を表したからです。
 当時、私はこれらの事件を担当していましたが、やられっぱなしといっても良い状態でした。その後、福岡県警の地道な努力で、多くの事件が検挙されていますが、当時は多くが未検挙でした。これに対して、「暴力団問題の専門家」と言われる人の中には「福岡県警は無能だ、それは情報が取れないからだ」と主張する方もいました。
 多くの事件が未だ未検挙ですし、それらを防ぐこともできなかったことに対しては、「無能」と批判されても仕方ありません。
 ただ、敢えて申し上げますが、これら暴力団による襲撃事件が中々検挙されないのは、暴力団事件特有の問題があるからです。一つは、実行犯と被害者は無関係です。凶悪事件の最たるもの殺人事件では、9割弱は被害者と犯人に面識があります。しかし、暴力団による事件では、実行犯は上から命じられて行くだけです。二つ目は、組織的・計画的犯行であり、現場に証拠資料を残しません。
 ただ、情報については、努力すれば、かなりの程度入手可能です。また、多くの事件で、犯人らを特定しています。
 しかし、捜査は100点か0点しかありません。ゴールの直前まで来ていても、ゴールに達することができなければ、0点です。そして、多くの事件では、実行犯までは検挙できても、指揮者、さらにはトップまで追求することは難しい場合がほとんどです。
 そのような中、平成26年9月の工藤會総裁、会長が検挙された事件は、実は20年前、平成10年2月に発生した元漁協組合長殺人事件です。
 この事件は、単なる事件の蒸し返しではありません。県警では、関係証拠に対する徹底的な再吟味、さらには関係者から新たな供述を得るなど、地道な捜査を積み重ね、これら事件の検挙に至ったのです。

 

 福岡県民はどう取り組んできたのか

 福岡県で事業者襲撃等事件が激減し、暴力団が弱体化したのは、決して警察の努力だけではありません。何よりも、福岡県民、福岡県や北九州市、福岡市など自治体のご理解、ご協力があったからです。
 一つが、暴力排除条例施行直前に発生した工藤會事務所「長野会館」の撤去運動です。
 この運動に関連して、撤去運動に取り組んだ自治会総連合会会長のご自宅に拳銃6発が撃ち込まれたり、運動に積極的に取り組まれた北九州市長に脅迫状が送られるなどしました。しかし、市民は暴力に屈しませんでした。1年後、長野会館は医療法人に売却され、現在は老人ホームになっています。
 北九州市民だけではありません。
 平成18年に道仁会と九州政道会との抗争が発生しました。筑後地区の久留米市内では小学校近くの道仁会本部事務所に自動小銃が乱射されました。ここでも、久留米市民が事務所撤去に立ち上がりました。当時は、住民の方が原告にならなければならず、道仁会幹部の前で証言させらるなど、大変なご苦労の上、久留米市の全面的なご協力もあり、現在、ここは商業施設に生まれ変わっています。
 そして、この福岡市でも、中央区春吉の春吉小学校近くにあった山口組一道会事務所の撤去運動に住民の皆さんが立ち上がりました。
 この時は、暴力団対策法が改正され、私ども暴追センターが住民から委託を受けて、代理訴訟が行えるようになっており、暴追センター代表理事である私の名前で、訴訟を提起し、一道会側は自主的に事務所を撤去し、ここは現在、更地となっています。


 暴力団はどうなっていくのか

 暴力団員と暴力団準構成員等、そしてそれを合わせた暴力団勢力、何れもピークは昭和38年末で、全国警察官の数を上回っていました。
 暴力団は、全国的に抗争事件を繰り広げ、市民に対する卑劣な事件を繰り返しました。このため、警察では、「頂上作戦」つまり、暴力団最高幹部らを狙い撃ちにする強力な取締りを行いました。その結果、暴力団勢力は大幅に減少しました。
 しかし、暴力団は馬鹿ではありません。常に学んでいます。
 昭和50年代、60年代のバブルの時代、彼らは表経済にも進出し、再び全国的に抗争を繰り広げました。その課程で、何の罪もない市民や警察官が巻き添えで亡くなりました。これらの状況を受けて制定されたのが暴力団対策法です。
 暴力団対策法は大きな効果がありましたが、暴力団員が減ると、準構成員等が増えるという状態が続き、合計の暴力団勢力は横ばいという状態が続いていました。
 それに止めを刺したのが、平成22年、総合的なものとしては福岡県で初めて制定された暴力団排除条例です。暴排条例は、翌平成23年までに全国で制定、施行されました。
 以後、暴力団員も準構成員等も大幅に減少しています。
 「暴力団は遠からず壊滅する」と言う専門家もいます。しかし、暴力団は常に学んでいます。一例を挙げれば、山口組が三分裂して抗争状態と呼ばれています。しかし、死者は5、6人です。昨年9月以降は死者が出るような抗争は発生してません。
 これは、特定抗争指定暴力団に指定され、活動が大幅に制限された道仁会と九州政道会(現・浪川会)について、しっかりと学んでいるからです。
 7年前、平成23年、産経新聞のインタビューに対し、山口組最高幹部がこう答えています。「山口組を今、解散すれば、うんと治安は悪くなるだろう」「うちの枠を外れると規律がなく、処罰もされないから自由にやる。そうしたら何をするかというと、すぐに金になることに走る。強盗や窃盗といった粗悪犯が増える」。
 この最高幹部とは、六代目山口組・篠田建市組長です。産経新聞の「山口組を解散する考えはないのか」という質問に対する答えです。つまり「暴力団は社会の落ちこぼれのセーフティネット」ということのようです。
刑法犯グラフ

 では、実際の犯罪情勢はどうなのでしょうか。
全国の刑法犯発生のピークは平成14年でした。ところが、同年以降、犯罪は急激に減少しています。一方、暴力団勢力も、平成23年以降激減しています。
 刑法犯の約70%は窃盗です。では強盗事件はどうでしょうか。
 強盗事件も、やはり平成15年前後がピークでしたが、これもその後激減しています。山口組組長のインタビューが行われた平成23年末の山口組員は約1万5000人でした。その後、山口組は3分裂しましたが、それを合計しても、昨年末現在で組員は約7,200人と半分以下(※注1)に減っています。山口組員の半分以上が山口組の枠を離れたのです。しかし、窃盗も強盗も増えるどころか大幅に減少しています。何よりも市民の皆さんの防犯活動、警察の取締り等の成果だと思います。

殺人グラフ  では、凶悪事件の最たるものである殺人はどうでしょうか。
 殺人は、昭和30年代以降、年々減少を続けています。実は、昭和50年代、60年代までは、その約2、3割を暴力団員等が占めていました。昭和31年中は全検挙人員2,617人に対し暴力団員等は1,078人を占めています。殺人事件に関しては、暴力団が減った分、発生も減ったと言えるかもしれません。
 暴力団員も準構成員等も大幅に減少していますが、犯罪も大幅に減少しています。


 違法薬物と暴力団

 ただ、犯罪が減少する中、危機的ともいっても良いのが違法薬物情勢です。
 覚醒剤の検挙人員は微減ですが、暴力団員等はその半数近くを占め、しかも暴力団勢力が減少しているにも関わらず、それほど減っていません。
 特に重要な点は、密輸覚醒剤の押収量が、一昨年平成28年が史上最高の1.5トンで、翌年も統計上3番目の1トン以上が押収されていることです。今年も、報道発表された分だけでも、全押収量はすでに1トンを超えています(※注2)。しかも、末端価格はむしろ低下しているのです。
覚醒剤押収状況グラフ  覚醒剤の海外からの密輸には、当然、外国人が多く関与しています。しかし、それを日本国内で密売しているのは誰でしょうか。それは暴力団です。私が担当していた工藤會は、北九州地区の覚醒剤、シンナー、危険ドラッグの密売をほぼ100%押さえていました。それに関して、殺人事件を何件も敢行しています。

 違法薬物の中で、大きな問題の一つが大麻です。実は、大麻の検挙者は昨年が統計上史上最高の3008人でした。しかも10代、20代が約49%を占めています。10代の検挙者は過去最高と同じ297人でした。今年も、すでに6月末現在で昨年を大幅に上回っています(※注3)。
覚醒剤押収状況グラフ  大麻事件には、暴力団員以外の者も多く含まれていますが、組織的密売には暴力団が深く関与しています。
 なお、大麻については、危険性が少ないという誤解がありますが、間違いです。
 2年前の平成28年、大阪大学医学部の木村文隆准教授のチームが解明しました。大麻の主成分カンナビノイドは、脳神経の接続部分シナプスを刈り取る作用があります。本来、必要な機能ですが、大麻を吸引すると、カンナビノイドが過剰になって必要なシナプスまで刈り取られてしまうのです。木村先生は、特に若い世代では絶対に大麻を使用してはならないと警告しています。
 暴力団は、工藤會がどうなったか、しっかり学んでいます。一方で、違法薬物の密売にシフトしつつあります。
 なお、違法薬物と暴力団との関係については、福岡県暴力追放運動推進センターのホームページ動画コーナーで解説しています。ぜひご覧下さい(※注4)


 暴力団は仁侠団体?

 暴力団は、すべて仁侠団体を名乗っています。仁侠とは「弱きを助け、強きを挫く。義のためには命をも惜しまない」ことと言われています。
 10月31日のハロウィーン、東京渋谷では若者の乱暴が目立ちましたが、これは関西のある都市での風景です。親子連れや子供たちがある施設に向かっています。にこやかな男性たちが迎えています。
 これは、昨年の同じ場所の風景ですが、子供たちに何か渡しています。お菓子の詰め合わせを無料で配っています。昨年は800人の親子連れが参加したそうです。問題は、その場所です。実は神戸市の山口組の本部です。
 兵庫県警では、山口組に自粛を要請し、10月31日には山口組本部に対し、住民約100人の暴追パレードも行われています。
 また、兵庫県警では、神戸市教育委員会に子供たちへの指導を要請しましたが、神戸市教育委員会では「組員の子供が差別される」ということで、「知らない大人から物をもらわないように」と指導したそうです(※注5)。
 山口組では、このほか毎年末、餅つき大会を行って付近住民に餅やお年玉を配っています。また、阪神淡路大震災に際しては炊き出し等も行っています。
 私は、それを一概に否定しようとは思いません。特に災害時の炊き出しなどは彼らの善意でしょう。
 しかし、問題は、お金を何かに使うことと、お金を得ることは次元が違うということです。お金には色はついていません。しかし、お金を得るために何をしても良いということにはなりません。
 違法薬物を密売したり、恐喝したり、最近ではニセ電話詐欺を行ったり、暴力団が組織的犯罪で金を得ていることを正当化することはできません。
 8億円、10億円、15億円。この金額は何だと思いますか。
 8億円、正確には8億4000万円は工藤會総裁が5年間で脱税した金額です。10億円、15億円は、山口組組長とナンバー2の若頭が保釈になったときの保釈金です。二人はその後保釈取り消しになりましたので、全額彼らに返還されています。
 工藤會総裁は確かに脱税で一審有罪となりましたが、そのためには彼らの所得を特定する必要があります。山口組組長らは保釈金をどのようにして得たか、説明する義務もないのです。
 特に暴力団のトップは自ら手を汚しません。配下暴力団員らが犯罪や不当な行為によって得た金がトップに流れます。それを手にする暴力団トップに仁侠団体を名乗る資格はないと思います。


 これからの暴力団対策

 最後に、福岡県で力を入れている暴力団の加入阻止と離脱・就労支援についてお話します。
 シンナー乱用で検挙・補導される少年少女は、長らく福岡県が全国最多を占めていました。シンナー乱用で検挙された少年のピークは、昭和57年で全国で約3万人でした。ところが昨年は、全国で9人。福岡県は1人、一昨年は0人でした。
 これに大きな効果があったのが、平成10年以降、全国で行われている薬物乱用防止教室です。
 今、福岡県で力を入れているのが、中学高校生を対象とした暴排教室です。教職員免許を持った県警職員が、県内の中学、高校を訪れ講習を行い、毎年約20万人が受講しています。直ちに目に見える効果が出るものではないかもしれません。
 しかし、地道に続けて行くことにより、暴力団員にはならない、暴力団の被害に遭わないための知識と意識が少年少女に広がっていくものと期待しています。
 数年前、著名な評論家の田原総一朗さんら「表現者の会」を名乗る方たちが暴力団排除条例の廃止を求め、暴対法の改悪に反対するとして声明を発表しました。
 その中で、「暴力団員にしかなれない人間もいる」という部分がありました。
 それは間違いです。暴力団員になるために生まれてきた人間などいません。悪いことをするために生まれてきた人間もいません。
 暴力団員になる人間は、かわいそうな人間が大部分です。以前、個人的に約270人の暴力団員について調べたことがありますが、彼らの80%以上は、中学卒、高校・専門学校中退でした。彼らの大部分は家庭的にも恵まれず、中学校等でぐれ、それに対し甘い言葉で彼らを誘い入れたのが暴力団です。
 福岡県では、暴力団員の離脱、就労支援にも力を入れています。
 昨年、全国で警察の支援を受けて離脱した暴力団員は640人ですが、うち福岡県は121人です。また、就労支援まで行った暴力団員は全国で37人ですが、福岡県が17人です(※注5)。


 おわりに

 私は、福岡県警で長年、暴力団対策、特に工藤會対策に従事してきました。最近、他の県にも呼ばれるようになり、ようやく気づきましたが、暴力団対策では、福岡県が突出しています。それは、他の府県がいい加減にやっているということではありません。
 福岡県は、全国唯一の特定危険指定暴力団・工藤會が存在しています。また、過去、特的抗争指定暴力団に指定された道仁会、浪川会などを抱えています。県民も自治体も警察も、暴力団対策に力を入れざるを得なかったのです。
 全国で暴排教室を行っているのは、福岡県と兵庫県だけです。兵庫県では山口組のお膝元である神戸市では、未だに暴排教室は行われていないそうです。
 暴力団壊滅、未だ道半ばです。でも、シンナー乱用少年がほぼ0になったように、まずこの福岡から暴力団0を目指しましょう。それは決して不可能ではないと思います。これからも皆様のご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。


 平成31年1月「県民の絆」第55号(福岡県暴力追放運動推進センター)。グラフには最新のデータを加えました。

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