フーテンの寅さんは暴力団員?

 結論を言えば、寅さんは暴力団員ではありません。
 山田洋次監督、渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」の主人公、フーテンの寅さんの商売は的屋(テキヤ)です。
 本年年末には第50本目となる新作も公開予定です。
 警察では、暴力団対策法制定以前、暴力団の区分として、博徒、的屋、青少年不良団(愚連隊)、その他などと分類していました(※注1)。
 そして的屋について、警察では次のように定義していました。

「的屋とは、香具師とも呼ばれ、縁日、祭礼等に際し、境内や街頭で営業を行う露天商や大道芸人の集団のうち、縄張を有しているもので、暴力的不法行為を行い、又は行うおそれのあるものをいう。」(※注2)


 香具師は「ヤシ」と読みます。また街頭など屋外で商売をすることから街商とも呼ばれます。
 

 現在の暴力団の定義

 実は、平成3年に「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴力団対策法)が制定されるまでは、法律上、暴力団を定義したものはありませんでした。
 ただ、暴力団取締り等を行う警察では、当然ながら内部規定等で暴力団を定義していました。その基本となったのが、昭和35年(1960年)に改正された警察庁組織令です。
 警察庁組織令では、暴力団を次のように定義しています。

「暴力団(集団的に、又は常習的に暴力的不法行為を行なうおそれがある組織をいう。)」(※注3)


現行の暴力団対策法第2条では次のように定義しています。

二 暴力団 その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体をいう。(三~五略)
六 暴力団員 暴力団の構成員をいう。


 以前は「暴力的不法行為」となっていましたが、暴力団対策法では「暴力的不法行為等」と「等」がついています。暴力的不法行為等は暴力団が組織的に行うことが多い犯罪が列挙されていますが、覚醒剤等の密売、ヤミ金など、暴力団組織の威力を背景にしていても必ずしも「暴力的」とは言えないものも含まれているからです。
 

 寅さんは暴力団員か?

 平成23年、ベストセラーになった暴力団関係のある本に、フーテンの寅さんは的屋だから暴力団員だとありました(※注4)。
 的屋つまり露天商の皆さんは、組織的に活動することが多く、各地の露天商組合などのネットワークを有しています。
 戦後の混乱期には、的屋系暴力団が従来の博徒系暴力団(ヤクザ)を圧倒することもありました。
 ただ、的屋が博徒と大きく違う点は、博徒は渡世人と呼ばれたのに対し、的屋は稼業人と呼ばれたように正業を有することです。
 現在、警察や暴追センターでは、露天商の皆さんを的屋だから暴力団とは考えていません。
 暴力団対策法が審議された平成3年(1991年)の参議院地方行政委員会で、議員の「テキ屋とかヤシ、こういう者まで(暴力団対策法の)対象になるものかどうか」という質問に対し、政府委員だった警察庁・國松孝次刑事局長(後の警察庁長官)は次のように答えています。

「テキ屋あるいはヤシと呼ばれているような方の中にもなるほど一般的にはやくざであるとか暴力団であるとかいう形で呼ばれるような者がおるのかもしれませんが、あくまで私どもの今考えております暴力団立法と申しますものはそういう枠組みが一つきちっとかかっておるわけでございますので、縁日などでいろいろとやっておるテキ屋、ヤシなどが直ちに入ってくるというようなことはないというように考えております。」(※注5)


 つまり、的屋だから直ちに暴力団員だ、ということにはならないということです。
 寅さんは、確かに的屋で、弟分もいます。的屋のネットワークを活用してはいますが、特定の親分はいません、つまり特定の団体には属していません。
 また、時に脱線することはあっても組織的に暴力的不法行為等を行うこともありません。寅さんは決して暴力団員ではありません。

 警察は見て見ぬ振りしている?

 先の本では、まじめに街商をやっている人たちを、一律に暴力団とみなして祭礼の境内などから追い払えば、お祭りだって楽しくなくなってしまうから、地域によっては警察も見て見ぬ振りをしていると書いてありました。
 的屋は暴力団だ、なのに祭りなどで堂々と営業している、ということは、警察は見て見ぬ振りをしている、という発想なのでしょう。
 警察は見て見ぬ振りをしているわけではありません。
 まじめに街商をやっている人たちは、そもそも暴力団員とは見なされません。
 福岡県警では、暴力団対策法以前から、祭礼から暴力団が関係する露天商の排除を進めてきました。
 私は、平成25年春から2年間、道仁会が本拠を置く福岡県久留米市を管轄する久留米警察署の署長をしました。
 大きな祭礼等もありましたが、特に警備に力を入れていたが筑後川花火大会です。
 九州最大規模400店以上の露店が出店します。警察では事前に露店の皆さんから全員分の名簿を提出していただき、暴力団関係者が混じってないかチェックします。
 そして大会当日には、雑踏警備以外に、暴力団担当課長以下の捜査員が会場周辺を警戒し、暴力団関係者が露店等に加わっていないかチェックするのです。
 会場に出店した露天商の皆さんは、時間を厳守し、大会後は周辺の掃除も徹底するなど、花火大会になくてはならない存在なのです。

 的屋と暴力団

 もちろん現在も、一部には暴力団と関係を持つ露天商関係者もいますし、的屋系暴力団というのも存在します。
 福岡県でも、ある暴力団が自ら露店を出していたり、祭礼に際して暴力団にみかじめ料を支払っていた露天商もいました。しかし、それはあくまでも例外的存在です。
 また現在では、的屋系暴力団であっても、露店営業を主たる資金源にしている暴力団はまずないでしょう。
 的屋系暴力団である極東会、飯島会、姉ヶ崎会が存在する東京都を管轄する警視庁では、現在も暴力団犯罪の検挙状況等で、博徒、的屋、その他の暴力団という分類を行っています。
 ただし、その注記で「的屋」について、

「的屋とは、露天商、街商などと呼ばれる者のうち、親分、子分の関係などによる組織を持ち、暴力的不法行為等のぐ犯性が強い者をいう。」


と明記しています(※注6)。露天商、街商すべてではなく、その中で、親分・子分関係を有する組織に属し、暴力的不法行為等を行う可能性が強い者に限るということです。まじめに街頭で働いている露天商の方たちが暴力団員と見なされることはありません。

 令和元年8月23日

【注】