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◆◆◆◆ 史跡城山古墳ガイダンス棟 ◆◆◆◆ (まほらしろやま) |
(しせきしろやまこふんガイダンスとう・まほらしろやま) 藤井寺市小山6-5-6 所管:藤井寺市教育委員会事務局教育部文化財保護課 TEL:072-939-1419(文化財担当) FAX:072-938-6881 近畿日本鉄道南大阪線・藤井寺駅より北へ約1.6km徒歩約25分 府道旧2号・小山交差点(府道12号・府道186号)の北約970mに遊歩道入口(車両進入不可) 駐車場無し 古墳南東角より南東約300mのふじみ緑地内に市立ふじみ緑地駐車場(コインP)有り (府道旧2号より進入) 敷地面積 644.15㎡ 延床面積 113.85㎡ 開設:1999(平成11)年4月 |
国史跡の古墳公園 史跡城山古墳ガイダンス棟「まほらしろやま」は、その名の通り国史跡の津堂城山古墳について案内する施設です。津堂城山古墳は、4 世紀後半に古市古墳群の中で最初に造られた前方後円墳です。現存するのは墳丘と内濠跡地だけですが、これまでの調査や研究により、二 重の濠と堤をめぐらせた総長436mにも及ぶ巨大古墳であったことがわかっています。藤井寺市内には、天皇・皇后陵に治定された古墳が 4基ありますが、津堂城山古墳はそれらを超えて藤井寺市を代表する古墳とも言える存在てす。詳しくは別ページをご覧ください。 巨大前方後円墳の津堂城山古墳は、その規模から古墳時代の大王級の墓とも考えられるのですが、今までのところ、天皇陵などの治定は 受けていません。明治中頃までに歴代皇族の陵墓が治定されましたが、津堂城山古墳は何の対象にもなりませんでした。中世に城郭が築か れたことで墳丘が大きく変形してしまいましたが、そのことが影響したのかも知れません。土地の人々には古くから「城山」と呼ばれてき ました。明治の末に、その城山の後円部の頂上から立派な石棺が発見され、大騒ぎとなりました。 ![]() 学者によって発掘調査が行われ、立派な巨大石棺をはじめ多くの遺物が確認されました。その事実に驚いた宮内省(当時)は、あわてて石 棺や石槨の埋まっている後円部頂だけを「藤井寺陵墓参考地」として治定しました。皇族の陵墓である可能性を認めたわけです。古墳全域 を治定しなかった理由はよくわかりませんが、当時の古墳域は村の入会地であったり民有地であったりしたので、買収の手間や費用が無視 できなかったのかも知れません。加えて、全域治定した場合、その後の維持管理も大きな負担となります。皇族陵墓に準じた管理をする必 要がありましたから。 ずっと後の戦後になって、1958(昭和33)年に国の史跡に指定され、その後に保存・保護のための公有地化が進められました。並行して津 堂城山古墳の調査・研究も進められ、新たな事実がいろいろとわかってきました。藤井寺市は津堂城山古墳を古墳公園として整備する事業 に取り組み、墳丘や周濠跡地などの修補を進めてきました。その一環として設置された施設が、史跡城山古墳ガイダンス棟「まほらしろや ま」です。古墳公園を訪れる人々のために、休憩所やトイレ、案内施設の必要性が指摘されていたのです。 |
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①「まほらしろやま」の正面(南西より) 2019(平成31)年4月 棟瓦の両端には水鳥が置かれている。前庭右側は石棺のレプリカ。 |
②「まほらしろやま」展示の埴輪 「衝立(ついたて)形埴輪」と呼ばれる大型埴輪。 |
自由に散策できる古墳公園 公園化された津堂城山古墳ですが、この古墳公園のように自由に歩き回ることのできるのは、大王墓級の大型前方後円墳では珍しいこと です。陵墓参考地の部分だけは立ち入ることができませんが、フェンス越しに間近で様子を見ることはできます。周濠跡地の約半分は草花 園・菖蒲園などとして、季節の花を楽しめるようになっています。また、市内では指折りの桜の名所でもあります。 古墳の保存の仕方としては、原形に復元して保存するというやり方もありますが、津堂城山古墳の場合はその変形ぶりが余りにも甚だし く、原形の復元には技術的・財政的な壁が大きいと言わざるを得ません。国史跡指定ということもあります。現在のような古墳公園の程度 が、多くの人に訪れてもらい、古墳に親しみを持ってもらうのにはちょうどよいのではないかと思います。 |
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右の写真④が津堂城山古墳とその周辺を真上から見た衛星写真です。 藤井寺駅から歩いて来る場合には、写真の下の方から来ます。古市街道 を通り、津堂八幡神社に入る道から周濠跡地沿いに進むと「まほらしろ やま」に至ります。 津堂城山古墳の北東側には府道旧2号が接しおり、府道から古墳がよ く見えます。しかし、古墳内には車の進入はできません。来訪者が止め る駐車スペースはまったくありません。写真右下に見えるふじみ緑地の 中に有料駐車場があります。ここを利用するのが一番無難だと思います。 ここから「まほらしろやま」に行く場合は、府道沿いに進んで古墳の北 |
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③ 「まほらしろやま」と津堂城山古墳の 疑似鳥瞰写真(南西より) 文字入れ等一部加工 〔GoogleEarth3D画像 2015(平成27)年〕より 右下の道は八幡神社の参道。神社の社殿は樹木におおわれている。 |
④ 津堂城山古墳と周辺の様子 〔GoogleEarth 2017(平成29)年5月〕より 写真左側の古市街道の西側辺りが、昔からある旧津堂村の集落。 古墳を囲む区域は以前は水田地帯であった。 府道旧2号は、昭和10年代の開通。 文字入れ等一部加工 |
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東側から入るのが近道です。また、古墳の南東側からも入れるので、季節によっては菖蒲園や梅林を見ながら「まほらしろやま」に向かう のもよいでしょう。南西側の周濠跡地は半湿地のような状態なので出入りはできませんが、それ以外の所ではあちこちに出入りできる場所 があります。まさに、出入り自由、散歩自由の古墳公園です。 |
津堂城山古墳を象徴する展示 「まほらしろやま」には展示コーナーがあって、出土した遺物の展 示や津堂城山古墳の解説掲示などを見ることができます。写真②の形 象埴輪もその一つです。大変大きな埴輪ですが、発掘直後は何を表す 形象埴輪なのかよくわかりませんでした。現在は衝立形埴輪と呼ばれ ています。同じぐらい大きな衣蓋(きぬがさ)形埴輪と呼ばれる形象埴輪も 出土しています。ほかにも円筒埴輪や土器類も展示されています。 津堂城山古墳から出土した埴輪で最もよく知られているのは、3体 の水鳥形埴輪です。国の重要文化財に指定されており、現在は市立生 涯学習センター「アイセル・シュラホール」で展示されています。 |
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⑤ 復元展示された津堂城山古墳の大型石棺 2017(平成29)年6月 精巧に復元されている。見学者と比べるとその巨大さがわかる。 |
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2017年春、「まほらしろやま」の前庭に、巨大な石棺が置かれました。明治末に偶然発見された、津堂城山古墳の石槨内に在った長持 形石棺のレプリカです。上の写真⑤がそうですが、レプリカと言っても、その大きさや形状・材質は実物そっくりに復元されています。そ のような復元が可能になったのは、明治末に発見された時に調査に当たった梅原末治・坪井正五郎の両氏が残された図面や報告文、さらに 発掘調査時に撮影された写真などの資料が揃っていたからです。これだけの規模の石棺が埋設された古墳が詳しく調査された例は限られて おり、その点からみてもこの復元レプリカは大きな意義を持っていると言えるでしょう。 |
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藤井寺市Webサイトでは、「まほらしろやま」について次のように案内されています。詳しくは市のサイトをご覧ください。![]() |
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