沖縄日記2000 その1

 

今回のルート

 

沖縄本島

 

沖縄本島南部

 

8月12日(晴れ) 自宅〜有明港

 午前中だらだらしていたので、午後になってやっと、コクボモータースに整備に出していたバイクを取りに行く。メカニックの原さんに、沖縄に行くことを伝えると、「いいなー、楽しんでますよね」と言われ、少し得意げになる僕。

 自宅に戻り、荷造りをしていると、母からの電話。今は海外旅行中のはずなのに何故?と訊くと、父の調子が悪く、ツアー途中で帰ってきてしまったらしい。「もう、大丈夫だから行っといで」と言われたが、気になるので実家に寄ることに決め、荷造りを終えたバイクで浦安に向かう。

 

 家に着くと、父は部屋で寝ており、まさに病人といった風情である。本当に大丈夫なの?と訊いたが、本人いわく大丈夫らしい。僕が行かないと言うと、気を悪くしそうな雰囲気なので、後ろ髪を引かれたが、出発することに決めた。(旅先から毎日のように安否の確認の電話を入れることになるのだが、何もなくて良かった。今から考えると、あの時の判断は間違っていたかも知れない。)

  やっと、出発。時間は18時。船は19時に出るので急いで港に向かう。ところが、有明周辺は大渋滞である。「ひょっとして、花火大会か?」と思いながら、車の間をすり抜けて、なんとか渋滞を通過した。港に着くと、フェリーの待合室は、人であふれている。待合室とは言っても、プレハブの掘っ立て小屋で、とても長距離フェリーの待合室とは思えないみすぼらしさ。体ひとつなら、飛行機で2時間半の沖縄なのに、みんな物好きだなーと思いながら、乗船手続きを済ませる。普通のフェリーとは違い、バイクは、車両ではなく、手荷物(!)扱いであった。

 天気予報では、台風が来ているはずだが、出航するみたいなので一安心。ところが、しばらくすると館内放送。出航はするが沖に出て、いかりを降ろし、東京湾で台風をやり過ごすというのだ。最悪の場合、到着は1〜2日も遅れてしまう。あーあ、もともと5日しかない沖縄の滞在日数が・・・。全くついてない。

 放送では、キャンセルの希望者を募っていたが、とりあえず乗船。2等船室は雑魚寝と決まっているのだが、今回は特にひどい。1人1畳のスペースもないのでは、寝返りはうてないし、足を伸ばすのにも気を使う。難民船だね、これは。うるさい学生風グループもいるし、最悪あと4日もがまんできるのだろうか。

その日の夜は、やはりお台場の花火大会で、船の上から花火を満喫し、床についたが、案の定、その夜は、ほとんど眠れなかった。やれやれ。

 

 

8月13〜14日(雨のち晴れ) 船中にて

 遅れると言われていた船は、8月13日の午前11時にようやく出航した。到着は、15日の午前9時半の予定、でも、まだ油断できない。船の中で2人の知り合いが出来た。1人は、港の待合室で、バイクがとなりになったアフリカツイン(HONDA製)乗り。彼は、バイクでの離島めぐりにはまっているらしく、いろんな離島に行っている面白い人物だ。彼はまたシーカヤッカーでもあり、この間も、瀬戸内海の島めぐりをしたとのことで、おおいにそそられる話だった。もう1人は、会社を辞めて、沖縄移住を計画中の菊池さん。今回は、観光ではなく、移住のための足場固めをするらしい。この2人のおかげで、退屈な船旅も楽しくなりそうだ。

参考:90年式アフリカツイン

 

 ところで、船の上から、飛び魚を初めて見た。僕の勝手なイメージでは、水面からほんの少し離れて、ポチャンと落ちるだけかと思っていたのだけれど、さにあらず。水面から飛び出した彼(?)は、まるで鳥のように水面すれすれを滑空したのだ。50m近く飛んでいるのではと思わせるほど、すごい飛行で、大感動!

 さらに、イルカの群れも見た。船内放送があり、何かと思っていると、みんなが一斉に船の右舷に集まりだしたので、急いで行って見ると、イルカ達がジャンプを繰り返しているのが見える。船の進路と、彼らの進路が交差しているので、ぶつかる!と心配したが、彼らはうまくよけて、船の後方に去っていった。またまた感動!船で来てよかった!と思う瞬間。でも、残念なことにカメラを持っていなかったので、写真はないのでした。

 楽しい時間は一瞬で終わった。これからあと20時間以上も船旅が続くのかー、と思っていると陸が見えてきた。鹿児島の都井岬だ。かつて、バイクで走ったところを、船から眺めるのもまた一興。間もなく志布志に着く。九州を過ぎれば、いよいよ未踏の地、沖縄だ。何だかどきどきしてきた。

 

8月14〜15日(晴れ) 船中〜沖縄国際YH

 今日もまた船の中。またしても船は遅れ、15日11時45分着とのこと。

結局、8月12日19時〜15日11時まで船に乗っていたということは、65時間もかかったことになる。まあ、最初に言われていた1〜2日の遅れに比べたらましなほうだろう。思っていたよりも海の色は青くないが、コバルトブルーの海は、とてもきれいだ。

でも、昼間のおおらかで優しい海とは違って、夜になると真っ黒な闇となり、船の上から見ていると、吸い込まれそうな気がして怖い。昼と夜の海は極端に違う印象を与えてくれる。途中立ち寄った与論島でかなりの人が下船していったので、沖縄本島に行く人はまばらだ。着いたらまず、南に向かおう。沖縄の暗い過去を見るために。なんだか、散々な文章だが、船の中にいると変化がないので、よしとしよう。

 

  長かった船旅がようやく終わった。時間は12時近い。半日で南部を回ろうといのはちょっと無謀かもしれないが、距離的にいけるはず。大東島へ渡るというアフリカツイン氏(結局、名前は聞かずじまい。まあ、いつもこんなもんです)、菊池さんに別れを告げ、南を目指す。暑い、でも気持ちいい!65時間のうっぷんをはらすのだと走り出す。ところが、港から那覇市内を抜ける国道58号は大渋滞。今後、何度か通ることになるのだけれど、この道はいつも渋滞していた。

 荷物満載で、県外ナンバーのバイクがすり抜けていったら、周りの人も気が悪いだろうと渋滞の中をノロノロと進んでいく。この暑さの中この車の量、かなり体力を消耗してしまった。ようやく国道58号を抜け、県道7号線にスイッチ。豊見城(とみぐすく)城跡に着いたが、駐車料を取るみたいなのでスルーしてしまう。冷静になってみればそんなとこでケチってどうすんの?という感じだが・・・

 

  海沿いの国道331号に出る。この道は、海がきれいに見えるがちょっと物足りない。県道3号にスイッチし、喜屋武(きゃん)岬に到着した。ここは、第2次世界大戦のときの、沖縄戦で、最後に追い詰められた人たちが行き着いたところで、悲しい岬なのだ。そんな気持ちに追い討ちをかけたのが、その後立ち寄った平和祈念公園と資料館だ。

喜屋武岬の近くにて

  予備知識なしで行ったので、公園に並んでいる石碑が、最初は何なのか分からなかった。それが、沖縄戦で亡くなった20万人もの人たちの名簿だと分かり、愕然とする。思わず手を合わせて、黙祷してしまった。資料館では、さらに暗い気持ちになる。「鉄の暴風」と形容される、地形が変わるほどの米軍の攻撃。それを、洞窟の中でしのいだ人々苦労を想像すると、資料館の中の再現された洞窟で、泣きそうになってしまう。寒気もしてきたし、もう見たくないし、戦争に腹が立ってしょうがない。

 

 その後、一応、ひめゆりの塔も見ておこうと、行き過ぎてしまった道を少し引き返す。15年前に家族で来たときの印象とは違い、妙に小ぢんまりとしていた様に思う。でもみんな間違っていない?ここは、慰霊の塔なんだ、笑顔で記念撮影するとこじゃない。あと、ひめゆりの塔はとても有名だけど、そのほかにも学徒慰霊の塔はたくさんあるらしい。やはり、テレビとか映画の影響で、ここだけが取りざたされているのだろうか、他の塔の人たちは浮かばれるのだろうか。なんだか、こんなところでふらふらしている自分がいやになってきたので、食事でもして気分を切り替えよう。

 

 「沖縄そば」というものを初めて食べてみた。赤唐辛子を泡盛に漬け込んだという調味料(島唐辛子という)が置いてあり、店の人に訊いてみると、少しだけかけて食べるらしく、そうして食べてみた。めんはコシのないうどんで、スープはかつおだし(?)の薄味、具は豚の角煮で、小腹がすいたからといって、軽い気持ちで頼むと、結構ヘビーなのだ。先程の島唐辛子は、かけてもあまり変化がなかったので、試しに手にとってなめてみると、激辛!であった。沖縄の人たちパワーの秘密は、やはり、食にあるんだろうなと実感。でも、この店の味が一般的な味か知らないけれど、あまりお勧めしない味であった。

 

  その後、海沿いの国道331号を東に進み、城(ぐすく)ロードと言われる城跡が集中している道に向かう。道自体は見付かったが、肝心な城が見当たらない。何度か行き来して探してみたが、時間はもう16時を回っていたので、あきらめて今日の宿泊地であるYHを目指す。国道331号は、与那原(よなばる)あたりから混み始め、国道329号に入り、那覇に近づくにつれ、大渋滞となっていく。とは言っても、車の量の割には流れているほうで、なんとかがまん出来る。でも、沖縄の人たちは、交差点以外でもやたらと右折するので、右車線を走るの避けたほうが良さそうだ。

ホテルのように立派な沖縄国際YH

 ようやくYHに着き、宿泊手続きを終え、荷解きしていると、後方から「こんにちは」の声。振り返ると、船でいっしょだった菊地さんだ。確か今日は、知り合いと一緒のはずでは?と思い、「どうしたんですか?」との問いに、「いやあー、・・・(覚えていない)」であり、再会した。今日は、これから国際通りに繰り出そうと2人で話している。ちなみにこのホテルみたいなYHは、素泊まりで一泊3150円也。おすすめなのです。

 

 

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