美的センスを問う |
〜 Lahore |
ラホールに入った。最終的にホテルに到着したのは夜の9時近く。当初の予定からは半日以上遅れた。さすがに疲労の色は隠せない。他のメンバーも口数が少なくなっていた。 しかし、一夜明けると体調は見事に回復していた。ぐっすり眠れたせいもあるが、きっとそれだけが理由ではない。なぜなら今日は終日ハラッパへの日帰りツアー。今回の旅のハイライトであるインダス文明の遺跡にいよいよ対面できるのだ。 例により、遺跡の前に博物館に立ち寄って予習をする。 「ラホールの博物館はパキスタン最大です。インダス文明からガンダーラ、ムガール帝国の遺品から現代の絵画まで、ありとあらゆるものが集められています」 添乗員の言葉は嘘ではなかった。まず建物の外観に魅了される。ラジャスタンの赤砂岩を用いた典型的なインド・イスラム様式。いくつものドーム屋根を組み合わせたエントランスは重厚にして繊細かつ優美。これだけでもうメロメロだ。加えて、奥の庭園が素晴らしい。要所要所に配置された石灯籠を思わせる小塔が、日本庭園の「侘び」「寂び」に通じる美学を感じさせる。 ずっと見ていたい気がしたが、さほど時間があるわけでもない。中に入り、順路に沿って駆け足で展示階を回る。 比較的前半に登場するのが、展示の目玉と言われている「断食する仏陀」だ。修業時代の釈迦を表現した仏像なのだが、座禅を組むその姿は極端に痩せ細り、文字通りの骨と皮だ。顔や髪型はどう見てもギリシャ人で、ガンダーラ時代の作品であることが一目瞭然。高さは1mほどだろうか。意外と小さい。 その他にも、ヒンドゥーの神々のレリーフ、ペルシャやトルコの絨毯、チベットの曼荼羅、中国の王朝風置物、モンゴルのチェス、鎖帷子、巨大な象牙など、次から次へと面白いものが登場する。見どころ満載で、数え上げればきりがない。 しかし、数ある展示の中で僕たちがとりわけ気に入ったのは、インダス文明期に作られた動物土偶だった。理由は以下の妻のコメントを聞いてほしい。 「これだけ素晴らしい作品が並んでいる中で、この下手さ加減は明らかに群を抜くよね」 だいたい牛なのか羊なのか、はたまた別の動物なのか、それすらわからない。幼児の粘土細工だってもう少しましだ。加えて顔が間抜けときている。見た瞬間、力が抜けてしまう。いくら我慢しても失笑を禁じ得ない。 「ヘタウマだな」 「いや、単に下手なだけでしょう」 「ひょっとして、子供が作ったのかな」 「でも、これ全部が子供なわけないでしょう」 他の地域が未開の時代に高度な計画都市を建設した人々にしては、この造形のつたなさはとても信じられない。縄文時代の日本人でさえ間違いなくもっと上手い。 「美的センスゼロ」 「しかも間抜け」 「インダスの人って、芸術的才能には欠けていたんだね」 四大文明の中でも建築に関しては卓越した技術を誇ったインダス。しかし、どうやら天は二物を与えてはくれなかったようだ。 |
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