霧の都 |
〜 Islamabad |
朝は霧の中で明けた。窓越しに見えるホテルの中庭が幻想的に霞んでいる。日の出が遅いのだろう。辺りはまだ薄暗い。 持ち上げ式の窓を少しだけ開けてみる。たちまち冷気が忍び込み、この異国にも冬が来ていることを教えてくれる。深い木立と鳥のさえずり。道一本隔てた向こうが中心街だなんて、とても信じられない。 パキスタンには昔から秘かな憧れがあった。といっても詳しく知っていたわけではない。むしろ四大文明の発祥地でありながら他の地域と比べて圧倒的に未知。そのミステリアスさ故に逆に好奇心を刺激されていたのだ。 古くからの歴史を持ちながら、この国が独立を果たしたのは1947年と意外に新しい。当初はインド洋に面した最大の都市カラチを暫定首都としていたが、植民地然とした景観が嫌われ建国直後から新首都の建設が進められた。 北部の拠点都市ラワルピンディ郊外の丘を切り拓き、碁盤の目状に人工的な区画を整備。こうしてイスラマバードが誕生した。パキスタン大使館で取ったビザには「Islamic Republic of Pakistan」と明記してあった。イスラマバードとはイスラムの街という意味。なるほど、首都の名としてこれ以上ふさわしいものはない。 朝食後、ツアーバスに乗り込み車窓から街並を観光する。といっても、視界の大半は霧に包まれあまり遠くまでは見渡せない。しかし、この計画都市が未完成なことだけはわかる。建物が少なく方々に空き地が拡がっている。道幅は広く、それでいてすれ違う車は少ない。 「アメリカみたいだな」 「ひとつひとつのサイズが大きい気がする」 イスラムの街というと、迷路のように入り組んだ路地に面して小さな建物が密集しているイメージがあるが、まるで正反対だ。 「イスラマバードはクラスター構造になっていて、いわば正方形をいくつも並べたような形をしています」 現地ガイドの英語を添乗員が訳してくれた。聞けば、ひとつひとつの区画はおよそ2km四方とのこと。そんなエリアがいくつも並ぶ。全体ではどれだけ広いのか想像もつかない。 「今は北側だけですが、いずれクラスターで囲んでラワルピンディを中に取り込み、大イスラマバードとする計画です」 坂道の途中でバスが停まった。街を見下ろすモスクがあるというので降りて歩く。しかし漂うのは霧ばかり。眼下に拡がっているはずの絶景は微塵も感じられない。 「このモスクはサウジアラビアの援助で建てられました。収容可能人員は10万人と、世界最大級の大きさです」 「このモスクって?」 「目の前にありますよ。ほら、ミナレットが見えませんか?」 指摘されるまで全然気づかなかった。すぐそばに幾何学的なフォルムをした建物が蜃気楼のように浮かんでいる。鋭角的な尖塔が四隅から空に向かって突き出している。まるで宇宙ロケットだ。今にも地鳴りがして飛び立ちそうな印象を覚える。 霧が深くなった。モスクは再び幻のように消え失せ、視界はもはや10mもない。今見たものが果たして現実なのか夢だったのか、それすらわからなくなった。 |
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