刹那の風 |
文 / 夢天 様 |
1 風の守護聖ランディと女王アンジェリークは、 人目を忍んではデートを重ねていた。 それは甘く心安らぐ時間だったのだ。 ランディは夜が更けるとこっそり館を抜け出し、 恋人であるアンジェリークの居る館へ向う。 アンジェリークの導きで、彼女の私室に招かれていた。 ランディが女王の館周辺を歩いていても、警備をしているのだと思い 誰も不思議には思わないようであった。 ランディはアンジェリークの部屋の下まで来ると小さな小石を拾い上げ 2階のアンジェリークの部屋の窓に向かってそっと投げつける。 ――コツン―― 「あっ!ランディ様だわ!」 部屋で本を読んでいたアンジェリークは、その小さな音を聞き逃さなかった。 小石が窓に当たった音でアンジェリークは、ランディが来たのだと判り 読んでいた本をソファーの上に投げ出すように置くと、隣の部屋へ急いで向かう。 それは、灯りの点いた部屋ではランディの姿が外から見えてしまうからだ。 アンジェリークは隣の部屋へ入ると、窓辺に向かって歩いて行った。 部屋は灯りをつけられないので暗闇だ、カーテンを開けたままの窓から 月明かりが差し込んで居るだけだ。 窓の向こうには大きな木が立っているのが見える。 そう、ランディはその木をよじ登って来るのだ。 もっとも、ロッククライミングが得意な彼にとっては、木登りなど容易いものだ。 アンジェリークが窓を開け放つと、木の枝からランディが部屋へ飛び移って来た。 「よいしょっと。やあ!こんばんは。アンジェ」 「ランディ様!」 アンジェリークは、待ち兼ねたと言わんばかりにランディに向って飛び付くように 抱き付き、ランディの背中に腕を回した。 突然の事で驚くランディをよそに アンジェリークは幸せそうな笑顔でランディを見上げる。 「ア、アンジェ。今日は熱烈な歓迎だね?驚いたよ・・」 「だって・・・会いたかったんですもの。 こちらに来てから色々と忙しくて中々時間が作れなかったし。 まだ霊震の事もエルダの事もハッキリしないでしょう? だから本当はこんな風に会ってはいけないんでしょうけど・・・ でも・・会いたかったの。」 「俺だって君と二人っきりで会いたかったよ。 でも、君は力を沢山使っているし疲れているんじゃないかと心配でさ。 俺、君に何もしてやれないから俺と会っている時間を睡眠に当てた方が 良いんじゃないかって、ずっと思っていたんだ。」 「ランディ様・・・心配してくれてありがとう。 でもどんなに疲れていたって、ランディ様と会えば疲れなんて 何処かへ 飛んで行っちゃうわ」 アンジェリークはランディの優しさに、瞳を潤ませて微笑んだ。 その姿がたまらなく愛しくて、ランディはアンジェリークを抱きしめた。 久し振りに抱きしめたアンジェリークの、ふんわりとした金色の髪から香る 洗い髪のシャンプーの香りがランディの鼻をくすぐった。 「アンジェ・・・」 ランディはアンジェリークを抱きしめる手に力を込めた。 愛しいと思う気持ちと、このまま何処かへさらってしまいたい気持ちが ランディの中で渦巻いていた。そんな事とは知らないアンジェリークは、 ランディの腕の中で幸せそうに頬を染め微笑んでいる。 そんなアンジェリークにも不安があった。 ランディと付き合い出してかなりの時間が過ぎた。 恋人同士がするであろう行為は既に経験済みなのだが、 初めての夜から随分経つのに次が無いのだ。 ランディは正義感溢れる好青年だ。しかし、それが恋愛相手にはちょっと物足りない。 好きな相手には触れて欲しい時もあるのだ。 こんな風に抱き合っていても、ランディはキスの1つもしてくれない・・・ 「ランディ様・・・あのね・・その・・」 「どうかしたのかい?アンジェ。」 「あのね、き・・」 「木?気が如何したんだい?」 「そうじゃなくて・・ああ!もう!」 次の瞬間アンジェリークはランディの唇に自分の唇を寄せていた。ランディの首に 手を掛け、思いっきり背伸びをして自分にキスをしたアンジェリークを、 ランディは瞬きもせず見つめ、やっと我に返るとアンジェリークに向かって謝った。 「アンジェ・・ごめん」 「 ランディ様、如何して謝るの?」 「君にこんな事させちゃうなんて、俺って最低だ」 「そんな・・・私、ランディ様を責めているんじゃないのに」 「ごめん」 「だから謝らないで・・私からキスしちゃいけなかった? 私がキスをした事でランディ様を傷つけてしまったのなら謝るから・・・」 アンジェリークは泣き出してしまった。 二人共お互いの事を思いやり過ぎていただけに、我慢もしていたのだ。 求め合う心はその思いが強ければ強い程空回りしてしまう。 「そうじゃないよアンジェリーク。ごめんよ、俺、やっぱり進歩無いよな。 あの頃・・・君が女王候補だった頃と何も変らない。 君の事大好きなのにハッキリしなくて・・・自分で自分が嫌になるよ。」 「ランディ様は・・・私の事本当に好きなの? 私の事が好きだったらもっと恋人らしい事して欲しい。 私・・・ランディ様にもっと抱きしめて欲しい。キスだってして欲しい」 「アンジェ・・・ごめん。俺、君にそんな思いをさせていたんだ・・」 「如何して謝ってばかりいるの?ねえ、ランディ様?」 「俺だって君にキスしたいよ。でも出来ないんだ・・・ いざとなると如何したらいいのか判らなくて・・・。」 「ランディ様の馬鹿ぁ!そんなにハッキリしないランディ様なんて大嫌い! もう知らない!」 「ちょっと、アンジェリーク!」 アンジェリークは泣きながら寝室へ入り鍵を掛けてしまった。 ランディは慌ててアンジェリークを追い掛けるが、ドアには鍵が掛けてあるので開かない。 「アンジェリーク、お願いだよ鍵を開けてくれないか?」 「ハッキリしないランディ様なんて嫌い!」 「アンジェ・・・・・・判ったよ。今夜は帰る・・おやすみ。」 ランディはそのまま黙って帰ってしまった。 アンジェリークはベッドの上で枕を抱えて泣いていた。 「ランディ様の馬鹿!如何してそんなにあっさりと帰っちゃうの? 追い掛けて欲しいのに・・・ランディ様の気持ちが判らない・・・」 その夜二人は眠れない夜を過ごした。 二人が喧嘩別れした日から数日経ったある日 アルカディアに来て既に114日が過ぎていた。 新宇宙の女王の働きでラガを倒す事が出来たのだ。 アルカディアでの日々が明日で終わる。 そして、元の世界へと戻って行く・・・・。 アンジェリークの心は揺れていた。 聖地に帰ればまた何時ものように拘束された日々を送る事になる あの日、ランディと気まずくなってから言葉さえ交わさずに居た。 だが、このままランディと喧嘩したまま帰るのは嫌だと思っているのだ。 「明日でここともお別れなのね・・・何だか名残惜しいわ」 「如何したのですか?陛下。」 ロザリアはアンジェリークがランディと会っている事を知っていた。 アンジェリークが、どれだけの力を使っているのかを一番知っているだけに、 ロザリアは責める事もせず、 アンジェリークがホッと息をつける時間を 過ごせる様に黙って見守っていた。 アンジェリークが何かを悩んでいる事もロザリアは気が付いている。 親友であるアンジェリークの事は、女王候補時代から手に取るように判るだけに ロザリアは心配していたのだ。 夕暮れのアルカディアは、何処となく寂しげな夕日とそよ吹く風が 少しだけ冷たく感じられた。 アンジェリークは執務室の窓からアルカディアの地を眺めている。 「あ、ロザリア・・・明日でここともさよならなんだって思ったら 何だか寂しくなっちゃって・・・」 「そうですわね。 でも、あの子が頑張ってくれたお影で聖地へ戻れるのですもの喜ばなくてはね。」 「そうね・・・・」 「陛下?先程から元気が無いようですけど、どうかしたんですの? ・・・・・ふう、アンジェリーク、何か悩みがあるのなら私に話してちょうだい? 一人で悩むだなんて水臭いわ。」 「ロザリア・・・べ、別になんでも無いわ・・・」 「アンジェリーク・・わたくしには嘘はつかないで欲しいの。 あなた、あの方にお会いしたいんでしょう? この間から様子がおかしいと思っていたの。あの方と喧嘩でもしたの?」 ロザリアの言葉にアンジェリークは驚いた。ロザリアは自分が何を考えているのか 判っている。それも、アンジェリークがどうしたいのかも・・・ 「ロザリア・・・如何して・・如何して判るの?」 「判らない筈が無いじゃないの、わたくしとあなたは親友よ。女王候補時代から 何時も一緒だったじゃないの。あなたの事なら何でも判るわ・・・・ 行ってらっしゃいな、あの方の所へ・・・明日の朝にはちゃんと帰ってくる事。 それから、誰にも見つからない様にね。」 「ロザリア・・・あ、ありがとう・・・」 アンジェリークは、ロザリアの気持ちが嬉しくてたまらくなり泣き出してしまう。 「ほら、涙を拭きなさい。 ちゃんと仲直りをして、今夜はあの方に甘えて来るのね。 後の事は大丈夫だから。」 「ええ、ありがとう。ロザリア、大好きよ!」 「はいはい。さあ、早くお行きなさい。時間が勿体無いわ」 「うん!ありがとう。それじゃ、行って来るわね。ロザリア」 「行ってらっしゃい。お気を付けて」 アンジェリークはロザリアに手を振り執務室を後にした。 アンジェリークが向かった先は風の守護聖ランディの館 女王の執務室からランディの館までは実は一番近いのだ。 「この間の事をちゃんと話そう。私の気持ちもちゃんと話して仲直りしたい・・・ ランディ様・・早く会いたい」 アンジェリークはランディの館へ向かう途中小さな林を抜けて行く。 その途中で小さな花が沢山咲いているのを見つけた。 それは大きな葉とは正反対の白い小さな鈴を1列に並べた様な可憐に咲く スズランの花だった。 「うわぁ〜綺麗〜。小さくて可憐なお花・・・あら?これってもしかして・・ そうね、少しなら大丈夫よね。ごめんね、ちょっとだけ私に力を貸してね」 そう言うと、アンジェリークはスズランを数本摘むと、持っていたハンカチで包んだ。 そのハンカチは薄桃色の小さな花柄の刺繍が施されたもの。 「ランディ様は気が付いてくれるかしら・・・」 ほんのり頬を染め、アンジェリークは小さな花束を胸にランディの館を訪れた。 表門のベルを押すと使用人の声が聞こえた。 「あ、あの、ランディ様はいらっしゃいますか?」 「ランディ様はただ今外出中でございますが・・・どなた様でいらっしゃいますか? もう暫くすればお帰りになられるかと・・・」 「え?お留守なの?そんな・・・・」 アンジェリークはランディが不在であると言う事を訊いてショックで、 その後の言葉を訊いていなかったのだ。 「ランディ様・・・・」 アンジェリークがしょんぼりと俯いて如何しようかと考えている所に、自分の方へ 走って来る足音が聞こえた。ふと、足音のする方へと顔を上げると、そこには 息を切らせたランディの姿があった。 「あ・・ランディ様!」 「はぁはぁ・・・良かった、間に合ったよ」 「え?何が間に合ったんですか?」 息を切らせながらランディはアンジェリークへと歩み寄るといきなり抱きしめた。 「会いたかった・・・君をずっとこうして抱きしめたかったんだ」 アンジェリークは、いきなりの事で驚いたが、ほんの数日会えなかっただけなのに 懐かしく思えた。 汗ばんだランディの胸に顔を埋めると、アンジェリークの胸の鼓動は高鳴る。 「私も・・会いたかった・・・」 「アンジェ、この間はごめんよ。俺、どうかしていたんだ。あの日、ジュリアス様に ちょっと怒られちゃって、その事が頭の中にあって・・・君と別れてから ずっと考えていたんだ。しっかりしなくちゃって。・・まだ怒っているのかな?」 「いいえ。怒っていないです。」 「本当に?良かったぁ〜・・あれ?その手に持っているのは何だい?」 ランディはアンジェリークが手にしているモノを指差した。 「あ、これ・・・さっき小道の近くで見つけたの。ランディ様に差し上げようと思って・・」 「ありがとう。わぁ・・可愛い花だね。」 「覚えていませんか?そのお花・・・」 「え?」 アンジェリークに言われてランディは暫く考えた。 それは、彼女が女王候補時代にランディが彼女の部屋を訪れる時にプレゼントした花だった。 しかもその花を包んであるハンカチは、ランディが初めてプレゼントした物だ。 「この花は覚えているよ。初めて君に贈った花だよ。それにそのハンカチも 俺が贈った物だね? これをずっと持っていてくれたんだ・・・」 「ええ。覚えていてくれたんですね。」 「忘れられないよ。だって女の子への初めてのプレゼントで、すっごく迷ったからさ」 「これは私の宝物です・・何時も身に付けているの。 そう言えばランディ様何処かへお出掛けだったの?」 「ああ、君の所へ行ったんだ。ロザリアに君が俺の所へ向かったって教えてくれて・・ 慌てて走って来たんだ。また行き違いになったら嫌だからね。 こんな所で話していても何だから、俺の館に行こう。」 「はい!」 アンジェリークは元気に応えると、ランディに肩を抱かれながら彼の館の中へ入った。 2階のランディの部屋へアンジェリークを通すとランディは自分でお茶を取りに行った。 戻って来たランディの手には飲み物が入ったカップと小さな花瓶が一緒に乗せられているトレイがあった。 花瓶には先程のスズランが生けられている。 「はい、お茶をどうぞ。」 「ありがとうございます。あ、お花・・花瓶に生けてくれたんですね。 ありがとう。ランディ様」 「どういたしまして」 ランディに差し出されたお茶をアンジェリークはニコニコしながら口にした。 「如何したの?何か楽しそうだけど」 「ふふ。楽しいですよ、とっても。ランディ様と一緒ですもの・・」 「良かった。・・君の笑顔が見られて。」 ランディはホッとした表情でアンジェリークを見つめた。 真っ直ぐに見つめるランディの瞳に温かな安心を見つけ、アンジェリークは それに答える様に微笑んだ。 「ねえ、アンジェ・・君を抱きしめてもいいかい?」 「え?・・・はい。」 アンジェリークは、ランディの言葉に頬を赤く染め、素直に頷いた。 ランディはゆっくりとアンジェリークの方へ歩み寄ると、座っているアンジェリークの腕を掴むと 自分の方へ引き寄せる様に立たせ、そっと抱きしめた。 「君を悲しませてしまった事、如何したら許して貰える?」 「許すだなんて・・・私もう怒ってないです・・」 「それじゃ俺の気が済まないんだ!俺に何かして欲しい事はないかい?」 「う〜ん、そう言われても・・・」 アンジェリークは暫く黙っていたが、真っ直ぐにランディを見つめると 大きく深呼吸をして 小さな声で囁いた。 「私の事を・・もっと愛して・・・」 「アンジェ?」 「私、もっとランディ様に愛されたい!離れている時間が寂しくならないように 何時もランディ様を感じていたいの・・・」 アンジェリークはランディの胸に顔を埋めた。 そんなアンジェリークを見て、ランディは何かを思い詰めた様に真剣な顔つきになる。 ランディはズボンのポケットから小さな小箱を取り出しアンジェリークの掌へと乗せた。 それは掌にすっぽりと収まってしまうほど小さな白い箱で、ピンク色のリボンが結ばれていた。 「これは何ですか?ランディ様?」 「開けてみてよ。」 アンジェリークはドキドキしながら結んであったリボンを解き蓋を開けた。 その中にもう1つ可愛いピンク色のケースが入っていた。 アンジェリークがケースの蓋を開けるとそこには小さな指輪が入っていた。 それはピンク色で小さなハート型の石が付いた指輪だった。 「これって・・・」 「世界中で一番好きな君へ、俺からの愛のかけらを贈るよ。本当はもっと大きいのが 良いのかも知れないけど、実は良く判らなくてさ」 ランディは照れてほんのり顔を赤くした。 アンジェリークは驚きと嬉しさで涙を流していた。 「う、嬉しい・・・ランディ様・・私・・」 「喜んで貰えて、俺も嬉しいよ。俺、君に如何したら俺の気持ちを伝えられるんだろうって ずっと考えたんだ。愛情を表に出すって如何すればいいんだろうって・・・。 でも、そんな大切なモノを表に出してしまったら、大切じゃなくなってしまうような気がしてさ。 俺は、本当に大切な物は目には見えないと思うんだ。 君は俺が好きと言葉で言わない事や、 その・・キスしない事で不安に思っているようだけど、俺だって不安なんだ。 君は女王だし俺とじゃ全然釣り合わなじゃないかって・・・」 「そんな・・私はランディ様の事・・・」 「判っているよ。だから二人で居る時は全てを忘れようって思ったんだ。 愛している、アンジェ。どんな障害が二人を引き裂こうと俺は君を離さないから。」 「ランディ様・・・」 ランディはアンジェリークの体を抱きしめ、熱い瞳で彼女を見つめた。 アンジェリークもランディの瞳を少し潤んだ瞳で見つめる。 見つめ合う瞳の先には愛して止まない相手が居る。 そしてどちらとも無く唇が合わせられた・・・ |