悪戯な風 2
「よう!お嬢ちゃん、どうした?元気が無いな・・・んん?泣いているのか?!」
その声はオスカーだった。
丁度執務室のドアを開けた所にアンジェリークがトボトボと歩いて来たのだった。
「オスカー様・・・」
「一体どうしたんだ?こんなに睫を濡らして・・・可愛い顔が台無しだぜ?」
「オスカー様!!」
アンジェリークは優しい言葉を掛けられ、オスカーの胸に飛び込んだ。
「お嬢ちゃん!?・・・アンジェリーク、どうしたんだ?泣いてちゃ判らない。
ちゃんと話してくれないか?俺で力になれるなら何でも言ってくれ」
「わ、私・・如何したらいいのか・・・」
そこへ偶然通りかかったオリヴィエが声を掛けて来た。
「あっらぁ〜オスカー。アンジェちゃんを泣かしちゃって、
一体何をしたのかなぁ〜?
まさか・・!イケナイ事しちゃったんじゃないだろうね?」
「オリヴィエ!な、何を言うんだいきなり!
俺はなにもしちゃいない!変な事を言うな!」
「うっふふ〜ん。ムキになるところが怪しいねぇ。
アンジェちゃん?オスカーに何されたの?」
「オリヴィエ様・・オスカー様は何も・・・」
「ほれみろ!」
泣きはらした弱々しい瞳でアンジェリークはオリヴィエに答えると、
オリヴィエは何かを察したようにオスカーに言った。
「ふぅ〜ん・・・そうか、なるほどね。」
「何がなるほどだ?」
「オスカー、こう言う事はあんたの方が適任だよ。
ちゃんと話しを聞いてあげるんだね。」
そう言うと手をひらひらと振りながら去って行った。
察しの良いオリヴィエは、オスカーがアンジェリークに
何かをしたのではなく、ランディとの事だと察したのだ。
「何なんだ一体・・・ここじゃまた変な奴に出くわしかねない
お嬢ちゃん、俺の執務室で話しを聞こう。」
オスカーに背中を押されアンジェリークはオスカーの執務室へ入って行った。
アンジェリークをソファーに座らせると、オスカーはそっと言葉を掛けた。
「お嬢ちゃん、その涙の訳を聞かせてくれないか?」
「・・・・・」
「話しにくい事なのか?」
アンジェリークは瞳に涙を溜めたまま、俯き黙っている。
「・・・有り得ないとは思うが、ランディと喧嘩でもしたのか?」
その瞬間アンジェリークの瞳からまた涙が溢れた。
オスカーは涙の原因はランディとの事だと確信した。
「・・・私・・・ランディ様に嫌われちゃいました。」
「何!?如何言う事だ?俺に判るようにちゃんと説明してくれないか?」
アンジェリークは先ほどのランディとの事をオスカーに話した。
「俺とお嬢ちゃんがキスをしたって?!ランディがそう言ったのか?」
「はい・・違うって言っても信じて貰えなくて・・・」
「ランディめ・・・まったく、しょうがないヤツだな。
よし!俺が誤解だと言って来る。お嬢ちゃんはここで待ってろ。」
オスカーが誤解を解こうとランディの所へ行こうとしたが
アンジェリークがそれを止めた。
「オスカー様、もういいんです。
誤解されるような事をしたのは私ですもの・・・
嫌われても仕方が無いんです。」
「誤解って、あれはそんなもんじゃないだろう?
それでお嬢ちゃんはいいのか?
このままランディと・・・それでも?」
「仕方がないです。ごめんなさい
オスカー様にまでご迷惑を掛けてしまって・・・
お話を聞いて頂けて少し元気になりました。
ありがとうございました。私、帰ります。」
「お嬢ちゃん・・・」
アンジェリークはオスカーの部屋を出て、自分の部屋へ戻って行った。
オスカーはアンジェリークの後姿を見送ると、
その足でランディの所へ行った。
その頃ランディは執務室の椅子に座り、机に伏せて
アンジェリークの事を考えていた。
「アンジェ・・俺アンジェに酷い事をしちゃったな・・
もうアンジェは俺には微笑んではくれないだろうな。
って、当たり前か。はぁ〜如何したらいいんだ!」
ランディがボーッと独り言を言っていると
ドアの向こうに足音が聞こえ次の瞬間ドアが凄い勢いで開いた。
――バッタ――ン!――
「ランディ!居るか!?」
オスカーはドアを勢い良く開け、ランディを見つると、
もの凄い形相で掴みかかった。
「オ、オスカー様!いきなり何をするんですか!」
「何をするだと?お前お嬢ちゃんに、アンジェリークに何を言った!」
「何をって・・そんな事オスカー様に関係無いです。」
「関係無いって?お前、俺とアンジェリークがキスしたから気に入らなくて
アンジェリークに別れようと言ったんだろう?!」
「やっぱり・・そうだったんですね。アンジェと・・・」
「キスなんてしてない。」
「嘘だ!あの時確かに!」
「あの時っていつだ?
日の曜日の早朝にアンジェリークが俺の所に居た事か?」
「そ、そうです。俺、見たんです。
オスカー様のお屋敷からアンジェが出て来て
オスカー様が帰ろうとするアンジェにキ、キスした所を・・・」
「んん?あれは・・・ぷっ・・あははは!」
「ど、如何して笑うんですか!俺は真剣に・・」
「ランディ、お前アンジェリークに謝れ。
あれはな、お前が俺の所に剣の練習に来るのを知って
アンジェリークが練習の後にお前と食べてくれと
朝食を持って来たんだ。」
「え?」
「それに、俺はアンジェリークにキスなんてしてない。
あの時アンジェリークを抱きしめたのは、
彼女が石に躓いて転びそうになったからだ。
何処で見ていたか知らんが、角度によっては
キスしたように見えたかもしれんな。」
「そんな・・・じゃ、俺・・俺、アンジェリークにとんでもない事を
してしまったんですね・・・・」
「そのようだな。ちゃんと誤って来い、泣いてたぞ。」
「オスカー様、俺の事ぶん殴って下さい!
俺、アンジェリークの事もオスカー様の事も信じられなかった訳だし
このままアンジェリークに会わせる顔ないです。」
「そうだな、お嬢ちゃんの事を泣かせた罪は重いぜ。
それじゃ、お嬢ちゃんの分まで殴らせて貰うぜ!」
「はい!」
ランディは歯を食いしばってオスカーを真っ直ぐに見た。
オスカーの腕が振り上げられ、その瞬間『バキッ』と言う音がして
ランディはその衝撃で飛ばされ壁に激突した。
――ドスン!!――
「いっつ・・・」
「ランディ、その痛みはアンジェリークの心の痛みだ。
傷つけたのはお前だ、そしてそれを癒すのもお前の役目だ。
もう、泣かせるんじゃないぞ?いいな!」
ランディは頬を殴られ、頬が赤く腫れあがり、
衝撃で口内を切ったらしく口の中が血で紅く染まった。
「判りました、オスカー様。ありがとうございました!」
ランディはオスカーに礼を言うとアンジェリークの元へ急いだ。
自分の早とちりでアンジェリークを深く傷つけてしまった事
アンジェリークを信じてあげられなかった事を反省した。
そして、如何したらアンジェリークに許して貰えるのかを
走りながら考えていた。
アンジェリークの部屋の前まで来ると、ランディは深く深呼吸をした。
「ふぅ〜〜っ、しかし・・どうやって声を掛けたらいいんだ?」
ドアの前でウロウロしているといきなりドアが開いた。
――バァーーン!――
「うわぁっ!・・ってて。」
「きゃ!ラ、ランディ様!だ、大丈夫ですか?」
「アンジェリーク?」
「ごめんなさい、あ〜ん、どうしよう〜傷になってるぅ!早くお部屋へ・・・」
「でも、何処かへ行こうとしていたんじゃ?」
「あ、・・・ランディ様の所へ行こうと思っていたんです。」
「アンジェリーク?」
「そ、そんな事より早く傷の手当てしなくちゃ!」
アンジェリークは慌ててランディを部屋へ招き入れると
ランディを椅子に座らせ、薬箱を持って来た。
「こんなに傷だらけに・・私ったら大変な事を!」
「クッ・・ぷっ・・はははっ!アンジェリーク、
ドアにぶつかったくらいでこんなに傷だらけにはならないよ。」
「え?・・そうなんですか?それじゃ、この傷は・・・?」
「これは・・・君を泣かせてしまった罰だよ。」
「ランディ様?」
「オスカー様から日の曜日の事を聞いたよ。俺の勘違いだったんだね。
ごめん!アンジェリーク。
誤って済む事じゃないって判ってる。
俺は君にとても酷い事をしてしまったんだから、許されないって思う。
ぶん殴ってくれてもいいんだ。
・・アンジェ、俺とその・・もう一度付き合って貰えないかな?
虫のいい話しだって言われたら何も言えないけど、
俺、やっぱり君が居ないとその、元気が出なくってさ。」
ランディの話しを黙って聞いていたアンジェリークが突然泣き出した。
「ランディ様なんて・・嫌いです。
私にはランディ様しか居ないのに・・誤解なんて・・・
ちゃんと私の事を信じてくれたら・・こんなに苦しまなくて済んだのに・・・
うっ・・ランディ・・さま・なんて・・・ひっく・・」
アンジェリークはランディの胸に飛び込んだ。
それはランディを許していると言葉には出さなくても
全身でランディに伝えているのだ。
ランディはアンジェリークの体を抱き締め、誤り続けた。
『ごめん』と『愛してる』を交互にアンジェリークの耳元で囁いた。
アンジェリークが涙で一杯の瞳でランディを見つめると
ランディはそっとアンジェリークの唇へと自分の唇を合わせた。
「許してくれるんだね?ありがとう・・。
もう離さないよ。アンジェリーク」
深く心の奥まで暖かくなるような優しいキスに、アンジェリークは
何時しかランディの背中に腕を回し、きつく抱きしめていた。
「離さないで・・ランディ様」

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