君には勝てない

文 / 露埼 紗羽さま





「あ〜あ、やっぱりダメ。負けちゃった」

「アンジェ・・・今は夜中だよ?」


近頃のアンジェリークは何を思ったのか、
腕相撲でランディに勝つことに闘志を燃やしている。
もちろん真っ向勝負では勝てるはずもない。
そこでアンジェリークは奇襲作戦に出たり、
罠を仕掛けたり、あの手この手でランディに挑む。
どうしてこんな事になったのか、ランディも頭を抱える始末。


「まだ諦めてないの?」

「諦めてない!」

「参ったなぁ。今日だって・・・」





そう。今日だって。
ランディはあくびを噛み殺しながら、昼間の出来事を思い出した。

この宇宙は、他には類を見ないほど平和で美しく、
調和の取れた発展の只中にある。
それを導く唯一無二の存在、類い稀れな才能を持つこの女王陛下が、
執務時間中に、いきなり風の守護聖の部屋に現れて、
勝負を挑んだのだ。結果はあっけなく惨敗。


「急に訪ねて来られただけでも何事かって驚いたのに、
いきなり勝負!だもんな。だいたい今は執務中だよ?
ダメじゃないか。それに、こんな所を誰かに見られたら・・・」

「執務中ならランディさまの意識がお仕事に向いてるから、
もしかしたら勝てるかなって思ったのよ。
あ、でも、私だって執務をおサボリしてるわけじゃないわ。
ロザリアがランディさまに届ける書類があるって言ったから、
私が代わりに引き受けて来たんだもん。はい、これ!
ね? ちゃんとお仕事してるでしょう?」

「あ、ああ、そ、そう・・・だね」


にっこり微笑むアンジェリークを目の前にすれば、
確かにそのとおりだから、ランディも笑顔を返すしかない。
アンジェリークの事だから、この時とばかりに、
ロザリアから無理やり書類を奪って来たに違いない。
そう思ったランディは、心の底からため息をついた。
と、その時、扉をノックする音と、鋼の守護聖の声が響く。


「おい、ランディいるかー?」

「わっ、ゼフェル!
アンジェ、奥の間に早く隠れて」

「え? どうして?」

「いいから!」


隠れる必要なんてあるのかなと疑問に思いながらも、
アンジェリークはランディの言うとおりに奥の間に姿を隠す。


「や、やあ、ゼフェル」

「おめー、何慌ててんだ?」

「べ、別に慌ててなんかないよ! 執務中に何か用?」

「ああ、ちょっとな。おめーに借りたい本があってよ。
ほら、おめーのボウガン、カスタマイズさせてくれるって言ってたよな。
調べたい事があってさ。確か資料が奥の間の本棚にあったはず・・・」

「ちょ、ちょっと待って。何も今じゃなくたって。
後で探して持って行くから」

「いいって。どうせ今は暇なんだ。
勝手に探して持ってくぜ。俺に遠慮しねーで仕事続けろ」

「遠慮じゃなくて・・・ゼ、ゼフェル! 
あ、あ〜っ」


ゼフェルが奥の間の扉を開けた瞬間、
ランディの予想に違わぬ叫び声が上がった。
どうやらアンジェリークが面白がって、ゼフェルを驚かせたらしい。


「わあぁっ! 何だ、おまえっ!
息が止まるかと思ったぜ! 
な、何でこんなとこにいるんだよっ?」

「私はランディさまに書類を届けに来ただけよ。
ゼフェルさまこそ、今は執務中なのに、
暇だとか何とか言ってなかった?
職務怠慢ってロザリアに言いつけちゃおうかな。
お仕事増やしてもらう?」

「今一段落して、ちょっと手が空いてんだよ。悪いか?
そもそもランディ野郎のボウガンのパワーアップに・・・
ってか、おめーだよ! ああ、もしかしてまだ頑張ってんのか?」

「執務中奇襲作戦も玉砕」

「やっぱりな。
だいたい体力が取り得のランディ野郎に、
おめーが勝てるわけねーだろ?
それより、あれは試したのか?」

「うん。ダメだった。でも、いつか必ず!」


部屋の主そっちのけで、内容の見えない会話を進める2人に、
ランディは脱力感すら覚えてしまう。


「ねえ、2人で盛り上がるのはいいけど、
今は執務時間中って事、忘れてるわけじゃないよね?」

「いけない! 私戻らなくちゃ。
ロザリアに叱られちゃう!」


・・・とまあ、こんないきさつがあったわけで。
しかもそれは、今日に限った事ではない。
どうにかして、ランディの不意を突いて勝利を得ようと、
アンジェリークは日々努力を重ね続けていた。





そして今、この時間。
さすがのランディも思いもよらなかった。
2人だけの甘い時間を過ごして、心地よい眠りについたはずなのに、
虚を衝いたまさかの奇襲攻撃が、こんな深夜にまで及ぶとは!


「ねえ、アンジェ、腕相撲で俺に勝とうなんて本気で思ってるの?」

「だって悔しいんだもん。どうしても勝ってみたいの。
そう思ったら眠れなくなっちゃって・・・」

「だからって、こんな夜中に・・・」

「ランディさま、とても気持ち良さそうに眠っていたし、
勝つなら今しかない!って思ったのにな」


シーツにくるまっただけのアンジェリークに、
うるうるした瞳を向けられると、ランディは何も言えなくなる。
眠りを妨げられたはずなのに、どうしても憎めない。
それどころか「可愛い!」なんて内心密かに思ってしまうランディだった。


「困ったアンジェだな。
おかげですっかり目が覚めちゃったよ」

「いいでしょう? 明日は日の曜日だもん」

「それはそうだけどさ。
でもアンジェ、いろんな事試したよね。
俺、感心しちゃうよ」

「うん。実を言うとね・・・
ああっ、ランディさま、怒らないかな〜?」

「怒らないよ。言ってごらん」

「あのね、くすぐってみたらと言ってくれたのはマルセルさま。
しいたけかトマトを、目の前に突きつけろと言ったのはゼフェルさま。
軽い眠り薬でも調合しますかと言ってくれたのはルヴァさま。
あ、もちろん冗談でよ?
お酒を飲ませたらって言ったのはオリヴィエさま。
お風呂でやってみるのもいいかもって。
寝込みを襲えって言ったのはオスカーさま。
ジュリアスさまは眉間に皺を寄せながらも、
執務に支障のない程度にやるのだな、って励まして下さったわ。
リュミエールさまは、ランディさまがトレーニングを終えて、
疲れてる時を狙ってみてはって。
その横でクラヴィスさまはふっと微笑まれたの」

「はああぁ〜? 何だそれ?
結局みんなアンジェに勝たせたいと思ってたのか」

「うふふ・・・正攻法じゃ勝てるわけないもん」

「それでも結局勝てなかったのは誰だい?」

「もーう! それは言わないで。
ね、ランディさま、お願い! もう1回だけ!
これでダメだったら本当に諦めるから」

「アンジェは懲りないなぁ。
でも、もし俺が勝ったら今夜は眠らせないからな」

「ええ〜っ?」

「俺の事、無理やり起こしたじゃないか。
気持ちよく眠ってたんだぞ?」

「だからそれは・・・」

「しかも・・・俺も君もこんな恰好のままだし、
恥ずかしそうに、その・・・して欲しいなんてお願いされたら、
誤解もするよ」

「ああん・・・ごめんなさい・・・」

「それに、俺の知らない所で、他のみんなから・・・」

「え?」

「とにかく! それくらいは覚悟してもらわないと。
明日は日の曜日だから大丈夫なんだろう?
そう言ったのはアンジェだからね」

「そんな〜〜〜」

「寝起きだから力は入らないよ。
さっきは右手だったけど、今度は俺は左手にする。
アンジェは両手使っていいから。
これだけハンデがあったら十分だろう?」

「本当? よおし! 
絶対に勝ってみせるから覚悟してね」

「望む所さ」

「1,2,3でスタートよ」


かくして両手に満身の力を込めたアンジェリークは、
ランディの左手をぎゅうっと握りしめる。
顔を真っ赤にして、全神経をその腕に集中させた。


「うーーーーんんっ!」

「アンジェ・・・シーツがずり落ちて来てる。
胸が見えちゃいそうだけど、それも作戦?」

「ち、違うもん! ランディさまのえっち!
んんんーーーっ!」

「ほらほら、もっと力を入れないと負けちゃうぞ」

「ううっ・・・っ! これでも全力で・・・
ああっ、ランディさま、遊んでるでしょ」

「遊んでないよ」

「ウソっ! 顔が笑ってる!
真剣勝負・・・なんだからっ・・・ううーんーっ!」

「真剣だよ?」

「く・・うっ・・・手加減・・・しちゃ・・・絶対にダメ・・・よ」

「本当に・・・しなくていいの?」

「う・・・ん・・・・んん〜っ!」

「本当にいいんだね? それじゃ・・・えいっ!」


その瞬間、当然の如く、あっけなく、至極簡単に、
アンジェリークは身体ごとベッドの上にころんと転がされてしまった。
まさに瞬殺ともいうべきランディの早業。


「あああぁ〜っ!」


結果は戦う以前に、火を見るよりも明らかだった気もするが、
最後の戦いに敗れたアンジェリークは、がっくりと肩を落とす。
全身の力を使い果たしてしまったせいで、まだ息が弾んでいる。
それでも握った手のひらをしっかりと離さない所がアンジェリークらしい。


「頑張ったね、アンジェ」

「うん。でも、やっぱり無理だった〜。
ランディさま、全然息も乱れてないし」

「だから言ったじゃないか。
アンジェを守るためにいつだって鍛えてるからね。
その俺が、君に負けられるわけないだろう?」

「でも・・・」

「ほら、折れちゃいそうなこんなに細い手してるのに」


ランディはそう言いながら、まだ握り合っている手を、
パタンパタンと起こしたり寝かせたりしている。


「うふふ・・・ランディさまの手はやっぱり大きいな。
私の手なんか、すっぽり隠れちゃう。
私はいつも、大好きなこの手に守られてるのよね」

「そうだよ。あっ、 それにさ、いつも左腕で、
アンジェを腕枕してるのも勝因かもしれないな」

「ええっ? もう、ランディさまったら!
でも、何だかこれですっきりしちゃった。
どうしたってランディさまには勝てないってわかったもの。
もう邪魔したりしないから安心してね」

「奇襲攻撃からやっと解放されるんだね?」

「ひどーい!」

「あはは・・・! 俺はすごく楽しかったよ」

「本当?」

「ああ」

「ランディさまがそう言ってくれるなら、
負けても全然悔いはないな」

「でもさ、どうして急に腕相撲なんか・・・」

「何か1つランディさまに勝てたらなって思ったの。
ただそれだけ。だって私、ランディさまに勝てるものって
何も思いつかなくて・・・。.
腕相撲にしたのは、手を繋げるから・・・かな」

「ええ? そうだったの?
でも、アンジェはよくわかってないな」

「何を? きゃっ!」


ランディは軽々とアンジェリークを腕の下に閉じ込めてしまう。
大好きな瞳に見つめられて、身動きすらままならない。


「知らないだろう? 腕相撲では勝てても、
俺はいつだってアンジェに負けてるんだよ」

「どういう意・・・んんっ?」


不思議そうな顔で、聞き返そうとするアンジェリークの唇を、
ランディは熱いキスで塞いでしまった。


「・・・こういう意味だよ」

「何だかよくわからない・・・」

「わからなくてもいいよ。さあ、約束だよ?
アンジェは朝まで俺に付き合う事」

「ええっ? ランディさま、本気だったの?」

「もちろんだよ」

「それじゃ、もう一度だけ勝負!」

「こら、約束が違うぞ」

「お願い、ランディさま」

「だーめ!」


勝負には終止符が打たれたはず。
でも、2人の甘〜い夜には終わりがないようで、
気がつけば朝になっていたとかいないとか。





陽が高く昇っても、アンジェリークはランディの腕の中で、
すやすやと寝息をたてている。
身体を動かすと、無意識にしがみついて来るので、
ランディはベッドから出ることも出来ない。
その身体を無理やり引き剥がして、
ベッドに1人残す事も、もちろん出来るわけがない。


「俺が君に勝てる日なんて来るのかな?」


ランディは天使の寝顔を見つめながらそう呟いて、
柔らかな髪に、そっとくちづけた。
ぬくもりにみじろぐアンジェリークの目覚めは間近。

優しく流れる時間の中で、
2人の休日がもうすぐ始まりを告げる。

                            fin.




'05年暮れに発行された露崎さんの本のおまけペーパーに描いた、
表紙絵をもとにした私の腕相撲ネタの4コマ漫画から発展して
こんな可愛らしいお話を書いていただきましたvvv
『腕相撲』だなんて無理難題を押し付けて申し訳ないと思いつつも、
サスガ紗羽りんです!期待を裏切らない面白さ(≧▽≦)

日々、奇襲攻撃を仕掛けるアンジェが可愛い〜v
ランディ様も相変わらずアンジェに激メロなのに、
勝負には手を抜かない所は とってもランディ様らしいですよねvvv

同じ表紙絵から,もう1つしっとり素敵なお話を書いていただいてますので
合わせてお楽しみくださいv
露埼さんのサイトはこちらv→






 






05/05/10up