文 / 露埼 紗羽 さま








「ほーら、出来た!」


髪の毛をちょっと遊んでみる気はないかと、オリヴィエに誘われて、
ほんの軽い気持ちでOKしたのが、出来上がってみればびっくり!
アンジェリークは、見事なストレートヘアになっていた。


「オリヴィエ様、これ・・・私?」

「そうよ、正真正銘アンジェちゃんよ。
思ったとおりストレートのさらさらヘアも良く似合うわ。
マルセルと並んだら、きっと仲良し姉妹ね。」

「姉妹・・・」

「きゃははっ!今日はランディと約束しているんでしょ?
次はメイクよ!お洋服もコーディネートしてあげるわ。
ああっ、もう楽しいっ!」

「オリヴィエ様、メイクとお洋服は自分で・・・・」

「何遠慮してるの。私に任せて!」


こうなったオリヴィエは誰にも止められない。
アンジェリークは、不安を残しつつも仕方なく諦めて
オリヴィエのなすがままとなってしまった。
さしずめ着せ替え人形状態とでも言うべきか。


「はいっ。変身完了!もうっ、最高よ、アンジェちゃん!
まるで別人。これでランディを驚かせておいで。」


まさかこんな事になるなんて・・・。

アンジェリークは鏡の中の自分を見て唖然としてしまう。


「あの・・・オリヴィエ様・・・ストレートの髪はとても気に入ったんですけど、
このメイク、少し濃くないですか?それにこんなに短いスカート・・・」

「なーに言ってんの、変身する時は思い切りが必要なのよ。
アンジェちゃんはいつもナチュラルメイクなんだから、
たまにはこれくらい冒険しなくちゃ!
綺麗な足も、いつもドレスに隠れててもったいない!
たまには出してあげないとね。
それに、お忍びデートにはもってこいじゃないの。
ランディだって惚れ直すに決まってるわよ。」

「で、でも・・・・」

「うふふ・・・かなり気合入っちゃったわ。」





ストレートのさらさらな髪だけでも、十分に印象を変えてしまうのに、
今鏡に映っているのは、普段のアンジェリークからは想像もつかない別人だった。
エナメルのチェーンストラップのビスチェ。お揃いの超ミニのスカートに、ジャケット。
レースのアームカバー。ブーツ。かなり派手なアイシャドウと、マスカラ、
アンジェリークが今までつけたこともない濃い色のルージュ。
グロスも妖艶なまでに輝いている。
マニキュアもルージュに負けず劣らずはっきりしたカラーである。
服に合うようにコーディネートされたアクセサリーの類は、
オリヴィエ自慢の代物らしかった。

ちょっと見ただけでは、誰なのかわからないだろう。
アンジェリークは、どう見てもこれはランディの好みじゃない・・・
と考えて不安になって来た。
待ち合わせの時間は迫っている。
今から着替えたり、メイクし直ししたりする時間はない。

ランディに逢ったら事情を話して、それからすぐに着替えればいいと、
アンジェリークは覚悟を決めた。
それに、オリヴィエの言うとおり、ここはランディを驚かせて楽しむのもいいかな、
と、ちょっとだけ思ったりもしたのである。





「アンジェ・・・・?」


いつものアンジェリークとはまさに対極の格好をしたアンジェリークを見て、
ランディはしばらく開いた口がふさがらなかった。
それでも一目見た瞬間、アンジェリークだと気がついたのは、
愛の成せる業であろう。


「驚いた!一体どうしちゃったんだい?」

「ランディ様・・・・やっぱり・・・・おかしい?」

「おかしい・・・っていうか、何ていうか、その・・・・
えっと・・・アンジェじゃないみたいだ・・・」

「実はね・・」

「わかった!こんな事アンジェにさせたのはオリヴィエ様だろう?」

「うん・・・私、着替えて来る。」

「待って! 俺も行くよ!」


ランディは駆け出そうとするアンジェリークの腕を取った。


「でも、こんな私と歩くのって、ランディ様イヤじゃない?」

「何言ってるんだよ。こんな格好でアンジェを一人歩きさせる方が、
俺にはよっぽど心配だよ!来る途中平気だったかい?」

「ええ、大丈夫。」

「よかった!アンジェに何かあったら大変だ。さ、行こう!」

「はい!」


アンジェリークは、ランディの言葉を聞いて安心したのか、
いつものようにランディに腕を絡めて歩き出した。
コロンの甘い香りがランディの鼻をくすぐる。

「ア、アンジェ・・・何だか・・・」

「え?」

「とってもヘンな感じがするよ。」

「そう?」

「別の知らない誰かと歩いてるみたいだ。」

「もうっ!ランディ様ったら!外見はいつもと違っても、
中身はいつもの私!それとも違う誰かの方がいいの?」

「ち、違うって! 
俺だって見た目で判断なんかしない。どんな格好をしていたって、
アンジェはアンジェだってちゃんとわかってるから。
ただ、ちょっと慣れないだけだよ。」

「うふふ、それならもっとくっついちゃおうっと!
そうしたらそのうち慣れるかも?」

「こらっ、アンジェ!そうじゃなくって・・・
こんなにくっついてるのを誰かに見られたら・・・」

「私は見られても、全然構わないもん!」

「参ったな〜。ああっ!ダメだって!」


アンジェリークは笑いながら、ますますランディに体を摺り寄せた。





「オリヴィエ様!どういうつもりですか!?
アンジェをこんなふうにしちゃって!」

「あら?ご不満?」

「アンジェは化粧なんかしなくても可愛いのに、こんな・・・」

「まぁっ、ランディも言うようになったわね?」

「それにスカートが短すぎます!」

「他の人には見せたくないって?」

「・・・っ。そうですっ!」

「やれやれ、困った恋人だねぇ。」

「オリヴィエ様、ごめんなさい。どうしてもこのままじゃ落ち着かなくて、
どう見たって、ランディ様の服装と釣り合いが・・・だから着替えに・・・」

「そうだっ!ランディ、あんた、いらっしゃい!!」

「へっ?」

「要するに、似合うようにすればいいんじゃないの!
アンジェちゃん、待っておいで!
ランディを華麗を変身させたげるから!」

「ええっ〜?」


どうしてこんな展開になってしまったのか?
一人取り残されたアンジェリークは、呆然としたままで待つしかなかった。
そして・・・・・。


「ほぉら、今度はバッチリお似合い!ぴったり!
もう文句は言わせないわよ!」

「ラ、ランディ様・・・・」







今度はアンジェリークが驚く番である。
目の前に現れたのは、ワイルドに変身させられたランディ。
アンジェリークに合うように、黒を主体にモノトーンでまとめられた服。
鎖があちこちにあしらわれている。イヤーカフスやリング、
普段身に着けないアクセサリーを無理やりつけさせられ、
髪の毛もまるでゼフェルみたいにツンツンしている。
左腕には天使の羽根のタトゥーまで、よく見れば「ange」という文字。
ランディはアンジェリークに救いを求めた。


「アンジェ・・・・助けてくれよ〜。」

「ランディ様・・・素敵かもしれない・・・・。」

「アンジェ、冗談はよしてくれよ!」

「冗談じゃないんだけど・・・な。」

「でしょう〜? やっぱりアンジェちゃんは見る目があるわ〜。
ランディは背も高いし、スタイルもいいんだから、
絶対似合うって思ってたのよ。たまにはこんなのも新鮮でしょ?
ほら、2人でいつもとは違うデート、楽しんで来なさいな。」

「まさか、こ、この格好で、ですか?」

「当たり前じゃない。これならどこに行っても、
あんたたちとは誰もわからないわよ。
普段行けないとことかも、行けちゃったりするのよ〜。
こんなチャンス、そうはないってものじゃない?」

「オリヴィエ様、そんな事俺たちにそそのかしていいんですか?」

「あら、ジュリアスには内緒よ。
さあさあ、今日という時間は短いんだ。行っておいで。」

「はあ〜? 本気ですか?」

「ランディ様、行きましょう!
オリヴィエ様、ありがとうございます。」

「どういたしまして〜! ランディ、今日のあんたは別人なんだから、
しゃきっと開き直っちゃいな!楽しまなきゃ損だよん!」


外へ出ると、すでに夕暮れ。
アンジェリークは、見た目は全く別人のようなランディの腕を取って、
昼間以上にくっついて歩き始めた。


「アンジェ、いくら何でもくっつきすぎだよ。」

「大丈夫よ! オリヴィエ様が言ってたじゃない。
見られたって私達だってわかるわけないもの。」

「そうかな?」

「そうよ!何だか嬉しいな〜。
ランディ様、ちょっと聖地を抜け出してみない?」

「ええ〜っ?」

「ね? 行こう?」


好奇心に満ちた瞳を輝かすアンジェリークを見たランディは、
ダメと言ってももはや聞かないことを悟り、大きなため息をついた。





数日後、奇妙な噂が広がり始めていた。
ランディが浮気した!しかも、超ハデな女と!
事の発端はどうもゼフェルらしい。


「何だかあいつとは正反対の女だったぞ。
すっごい派手な化粧に、短いスカートはいて、
アクセサリー、ジャラジャラさせて、女の方が積極的でよ、
ランディの腕にしがみつくようにして歩いてたんだぜ。」

「まさか、ランディに限ってそんな事あるわけないじゃん。」

「俺様が見たんだから、間違いないって!」


そんな事がアンジェリークの耳に入ったら大変とばかり、
ゼフェルとマルセルが隠そうとしたから余計厄介な事になっていた。
今も執務を終えた2人が、聖殿の廊下で立ち話をしていると、
アンジェリークがちょうど通りかかる。2人はギョッとし、
慌てて引きつったような笑みを浮かべた。


「ねぇ、ゼフェル様、マルセル様、何か私に隠してる事があるんじゃない?
何だかみんなの様子がおかしいのよ。」

「そうか〜?」

「うーん、なんとなく・・・」

「何もないって!それよりさ、アンジェ、最近ランディとはどうなの?」

「おいっ!マルセル!」

「どう・・・って?」

「ちゃんと逢ってる?仲良くしてる?喧嘩したりとか、
ランディがアンジェによそよしかったりとかしない?」

「イヤね、マルセル様、そんな事あるわけないじゃない。
いつもと変わらないわよ。お休みの日はいつも一緒だし。この間だって・・・」

「ふーん。」

「どうして?」

「別に、それならいいんだ。」

「ヘンなマルセル様。」


アンジェリークが姿を消してから、2人は再び額をつき合わせて、
話を始めた。


「ランディ、やっぱりアンジェには隠してるんだよ。」

「そりゃ言うわけないだろう。」

「でも、アンジェ、お休みの日には必ず逢ってるって。」

「って事は、二股かけてんのか?
ランディ野郎!ますます許せないな!ここはひとつ・・・」

「うん、懲らしめてやらなくちゃ!アンジェがかわいそうだよ!」

「アンジェがどうしたのかい?」

「ランディ!」

「いい所に来たな、お前、それでいいと思ってるのか?」

「何が?」

「アンジェ以外の女と歩いてただろう!べったりとくっついて。」

「化粧も派手な女の人だったって言うじゃない。
答えによっては、僕、ランディを一生許さないからね!」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!2人ともっ!」

「ゼフェル様、マルセル様・・・それ、本当なの?」


ランディの後ろから、ひょっこりと不安げな顔を覗かせたのは、
さっき帰ったはずのアンジェリーク。


「お、おめー!何でまたここにいるんだよっ!」

「今、そこでランディ様に逢っちゃったんだもの。
一緒にいちゃ悪い?でも、どういう事?マルセル様。」

「アンジェ・・・今のは・・・違うんだ・・・。ちょっとね・・・
ゼフェルは何か勘違いしてるんだよ。ね、ゼフェル?」

「勘違いじゃねーよ!おい、ランディ野郎、
この際こいつの前ではっきりさせた方がいいんじゃねーのか?
俺は見たんだよ!おめーが違う女と!」

「ああっ、もう、ゼフェルったら!」

「ゼフェル、マルセル、2人とも何か誤解してる。
俺がアンジェ以外の誰かと一緒にいるわけないじゃないか!」

「じゃ、あのどハデな女は何なんだよ。
べったりくっついて、嬉しそうに歩いていたのは別人だってのか?
お前にそっくりなヤツが聖地にもう1人いるってか?
だったらそいつに会わせて欲しいもんだよな!」

「待ってくれよ!その女の人ってどんな格好してたか教えてくれよ。」

「おう!忘れもしねーぜ。髪はマルセルみたいなストレート、
こいつとは似ても似つかねーどぎつい化粧で、尻が見えそうな短いスカート、
ランディ野郎にべったりとくっついて、しかもおめーはそれを振り払おうともせずに
鼻の下と伸ばして歩いてたのを俺は見たんだ!」

「そんな・・・ランディ様・・・」


アンジェリークの目にはみるみる涙が溢れてくる。


「ああっ、アンジェ! 違うよ!
それって・・・もしかしてアンジェじゃないの?」

「え?私?」

「だって考えてごらんよ。
ストレートの髪、ミニスカート、派手な化粧・・・」

「あ・・・・・っ!」

「ゼフェル、俺を見かけたのってこの前の日の曜日じゃないのか?」

「あ、ああ。」

「ほら、やっぱり!あれ、アンジェだよ。」

「はぁっ?おめーだと?」

「ええ・・・あの日、オリヴィエ様が・・・」

「そうか!オリヴィエ様、今度はアンジェを犠牲にしたんだ!」


いつもオリヴィエに捕まっては、無理やり化粧なんかされている
マルセルは、まるで自分の事のように怒り出している。
ゼフェルは信じられないという顔をしている。


「あれが?マジでおめーだったのか?
女ってこえー、ってかオリヴィエ恐るべしだな。」

「ねぇ、ゼフェル様が見た時、ランディ様はどんな格好だったの?」

「あ?こいつはいつもどおりだよ。
すぐにランディ野郎だってわかったくらいだから。」

「よかった・・・」

「何がよかったって?」

「あのね、ゼフェル様。
オリヴィエ様の犠牲になったのは私だけじゃなく・・・」

「こら、アンジェ!」


変身ランディの事を言おうとしたが、慌ててランディがストップをかける。
あんなのがバレたら、それこそ2人になんて言われるか。


「ダメなの?」

「ダメっ!」


アンジェリークはしゅんとしてしまった。


「おいおい、何だ?言いかけてやめるなんて。」

「何でもないの、ごめんなさい、ゼフェル様。」

「アンジェ、行こう。」

「ええ。それじゃまたね。」

「ええ〜?もう行っちゃうの?
もっと詳しく聞かせてよ〜。アンジェの変身。
僕も見たかったよ〜。
そうだ!オリヴィエ様に聞けばいいんだね。
ゼフェル、オリヴィエ様の所に行こうよ!」

「あ、ああ、そうだな。
あいつらのあの様子・・・きっと何かあるぞ。」


ゼフェルも俄然乗り気である。
オリヴィエに聞いたら、憐れな犠牲者、ランディの変身も
バレてしまう事は目に見えている・・・な〜んて事までは、
今の2人は気づきもしなかった。
ランディが、餌食となるのは時間の問題。


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