青木タカオ「ちょっくら・おん・まい・でいず」

「最近の事」過去ログ'07.3〜'07.6月


「アルバム」'07.6/30

 昨日は、違うスピーカーから、古い音楽アルバムを聴いた。

 1964年の弾き語りの作品であり、録音の感じも当時の雰囲気が出ている。

 当時聞くとしたら、ラジオやステレオセットだったろう。

 そこに流れるこのアルバムの録音が、実にぴったりと来ると思えた。現代よりもね。

 音楽には、国境や時代も超えているっていうけれど、実は写真のアルバムとも似ているのではないかな。

 当時の録音の日々や、録音された町や時代、その頃の想い、、それらのすべてがつまっているように思う。

 このアルバムの場合は、録音されてから33年もたっていて、2007年の現代の部屋に流れているわけだけれど、

 やっぱりアルバムの中に見えてくる風景は、33年前の録音スタジオや、ロンドンの街並みだ。

 それはそのアルバムが持っている風景。現代に溶けてなくてもいいんじゃないかなぁ。

 溶けていないからこそ、時代や場所を越えていると思えるのだ。

 その楽曲が出来ていた頃、そのとき演奏メンバー、当時の生活、録音スタジオでの毎日、ミックスした部屋、そして帰り道。

 良いアルバムは、そのどれもが、ひとつにまとまって出来ていると思える。良い時間があったのであろう。

 たぶん同時に写真を撮っていたとしたら、いい写真になっているはずだ。

 CDケースをひらくと、そこにはひとつの記録がある。

 写真アルバムと同じみたいに。


「インドでの日々」'07.6/28

 昨日は、初めての歯医者に行った。

 それから、ギターの弦を止めるブリッジのピンを探しにお茶の水に出かけた。

 夕方には図書館に行き、本を借りようとしたら、二年借りていないので、新しく申請を出した。

 なぜか、図書館にある、ウインドウズのパソコンで。。

 歯医者さんの初診も、歯医者選びから始まって、そして治療。やさしい先生で良かった。

 ギターのピン選びも種類がいろいろあって、ギターと合うものを見つけるのは、実はなかなか大変なのだ。

 仕事が休みだったので、眠ったりもした。そんな一日。

 インドに四ヶ月いた頃、一日のうちに、ひとつ何かすれば、それで良かった。

 チケットとりや、ビザの延長、他いろいろ。

 どこに行っても、とても疲れ、なんとかしてくるのが、それなりに大変だった。

 列車のチケット取りなんかは列ぶところから始まり、ひと苦労だった。

 ひと仕事終えたら、あとは、のんびりとしていた。

 ひと仕事したら、一日は充分だった。

 今思えば、なんてぜいたくな一日のようだけれど、実に理に合っている。

 逆に言えば、一日休むからこそ、パワーを持って、集中してその事に当たれたのだ。

 インドでは、ぼんやりしとしていたら、相手のペースに進められてしまうので、こちらの主張を強く伝えないとだめなのだ。

 ひと仕事終わったら、あとはチャイを飲んで、レストランに行って、旅の馬鹿話をして過ごす。それで良かった。

 昨日の僕は、その基準で言えば三日分疲れたのだ。


「そんな時間」'07.6/26

 7月から、バイト先が、通常通りに動き出すことになった。

 話せば長くなるのだが、この三ヶ月間は、事務所にはたった10人ほどでいたのだ。

 社員さんたちは、別の事務所。分室。

 そんな信じられない状況も、今月で終わり、来月からは、同じ場所に約50人ほどが戻ってくる。

 にぎやかになるだろう。それで当たり前なのだが。。

 この三ヶ月間。最初のひと月は、まるで離れ小島に漂流したようであった。

 たった10人で。それでも、なんとかやってきて、大変だったけれど実に楽しかった。

 五月・六月とも事務所がかわり、僕らは、その度に移動してきた。

 特に六月は広い事務所に、たった10人でいた。

 業務内容も変わり、大変だったが、それも乗り越えてきた。

 いつも遅くまで残り、大きな声で話していた。

 お菓子を食べながらね。

 事務所に社員の人がひとりもいないなんて、本来ありえない話だ。

 いつもならすぐに呼ばれて、あーだこーだ、いろいろ言われる状況なのに。

 この三ヶ月は一度も怒られなかった。ああ、幸せだったなぁ。

 四月、10人を乗せた漂流船が、三ヶ月の旅をして、そして今日で終わる。

 この奇跡のような三ヶ月。もうありえない。

 来月に入ったら、またすべてが元通りだ。

 「そんなこともあったんだよ。」

 「本当すか!?」


「日本のフォークと呼ばれて」'07.6/24

 先日のライブで、僕は「日本のフォーク」と呼ばれた。

 まあ、人それぞれ感じ方もあるし、客観的に見て、「日本のフォーク」に入るのだろうとは僕もわかる。

 「普段も日本のフォークを主に聞かれるのですか?」と、飲み会で訊かれた。

 「いや、そんなことはなんですけどね(笑)」

 ・・・たしかに、僕は中学時時代に日本のフォークから始まった。創作も全部、日本のフォークだった。高校に入り、ボブ・ディランをきっかけにロックでも何でも聞くようになり、上京は東京のレコード店に就職した。そのときはもう、日本のフォークのイメージが嫌いで、なんとかそれを払拭したかった。一年の海外旅行の後は、民族音楽にはまり、アコーステッィクの響きが自分には似合っていると知った。生ギターが大好きだ。まあ、自分としては日本フォークというよりも自分の村の民族音楽という感じだろうか。はっきりとしていることは「日本のフォーク」として歌っているつもりはまったくなく、「日本のフォーク」以前の歌という気持ちだ・・・

 「普段は何でも聞きますよ(笑)」

 以前なら、「日本のフォーク」と呼ばれて、多少は否定もしたりした。それはたぶん僕の中で「日本のフォーク」コンプレックスがあるからであろう。

 まるで夏のようになった土曜の午後の高円寺の街を歩きながら、ちらっとそのことを考えてみた。

 ・・・・僕はいままで「日本のフォーク」とは別で「自分の歌」って言ってきたけれど、もしかして「日本のフォーク」と呼ばれて良いのかもしれない。たしかに「日本のフォーク」から僕は生まれてきたのだ。僕の友達でかたくなに「フォーク」を否定するミュージシャンもいるけれど、僕はもうジャンルは何でもいい。あえて「日本のフォーク」と呼ばれてもいい。僕もいて、日本のフォークなのだ。実はそうなんだよ。たとえそのうちまったく生ギターを使わなくなったとしても。・・・・

 「まあ、日本のフォークですよ(笑)」。それでいい。


「青バスさん」'07.6/21

 夏のこと、下町の通り沿いで僕は幼稚園児の列とすれちがった。

 そのときのことだ。ひとりの男の子が先生に言ったのだ。

 「ほら、あおバスさんが来たよ」

 僕の名前は「青木」であるので、なんだかぴったりであった。

 たまたま偶然のことであろう。そうか、僕は「青バスさん」であったのかもしれない。

 バスの運転なんてもちろんできないし、想像もしたこともなかった。 

 しかし、「青バスさん」と呼ばれるのは、なんだか気持ちがいい。

 「青バスさん」って何だろ?

 どこの路線を走っているのかな。誰を乗せてゆくのか。

 でも何か人に近い感じなんだろうなぁ。

 誰でも乗せてあげたいな。そんな仕事がしてみたい。

 どんなバスであるのかは、これから考えよう。


「それはレコードではなかったか」'07.6/19

 夏になった。

 高校三年の夏休み、僕は工場でアルバイトをした。ギターがほしかったのだ。

 工場でのアルバイトは、三人ひと組の流れ作業で、僕はケースのネジをはめる係りになった。

 たまたま流れ作業の前の人が、中学時代の卓球部の先輩だった。一番やさしかった先輩。

 三人組の最初の人は、ディスコ頭の山田さんだったかな。いつも僕らを笑わせてくれた。

 流れ作業のとなりには、とても美人な人がいて、芸能人のようであった。

 僕らの担当の係長も、とてもやさしい人であった。

 その夏、毎日アルバイトしていたけれど、とても楽しかった。ずっとみんな話していた。

 ただ単純作業であったために、時間がたつのが遅かった。。

 ラスト5時から5時20分までの20分がなんと長かったことよ。。

 あれから30年ほどたち、また夏が来た。

 僕はあの工場でのアルバイトのひと月の事をよくおぼえている。

 ずっと話し、笑っていた記憶がある。

 それは僕の中で、どんなふうに記憶されているだろうか。

 一本のビテオテープのようであろうか? DVDのようであろうか。

 いやいや、なんだかレコードのようであるのだ。針を落とすと映像が始まる。

 うまく表現できないのだが・・。

 夏休み明け、僕は念願のギターを買った。


「歌のしっぽ」'07.6/17

 日々、歌のテーマを探してはいる。

 何か出来事があって、ひらめくときもあるし、ギターを弾いていてアイデアが浮かぶときもある。

 ギターをポロポロと弾いていると、ギターフリーズが生まれ、

 ふと、(こんな歌が、あるかもしれない)と、予感がする。

 どんな歌なのかは僕にも想像はつかない。でも、そんな曲があるような気がしてくるのだ。

 ひたすらにそれからは「歌さがし」の時間となる。

 それは、前奏が始まってから歌に入までの「旅」のようだ。

 実際にある歌が持っている前奏。僕らはその前奏を聴きながら、どんな歌なのかをイメージしている。

 そこにある小さな旅。

 そこに見える、歌のしっぽ。

 僕は必ず、歌になるはずだと信じて探してみる。

 しっぽを見たのだからと。。まずは足跡探しからかな。。

 それはまぼろしの作業になるときもある。

 ただ、一瞬でもいい、ちらっと目撃すれば、歌は完成する。


「シンプルな友達」'07.6/15

 仕事先のみんなは長い付き合いの人ばかりだ。

 それぞれにキャラクターがあり、その個性が仕事にもよく生かされている。

 その中にとてもシンプルな笑いが好きな友達がいる。

 ちょっとした事なのだが、ツボにはまるというのかな。

 笑いだけではない、お茶を飲んだり、お菓子を買ってきたりするのも好きだ。

 昨日も大きなペットボトルのお茶を買ってきてくれた。

 「みんなで飲んでくださいよ。一本130円ですけど、、、ガハハハハハ!!」

 そんな彼と、外仕事の帰り道にたまたま自転車同士ですれちがった。

 「おつかれさーん」「あー、どうもー」「お先にー」「じゃーあとでー」

 のんびりといつも事務所まで帰る彼を、自転車で追い越して僕は裏道を行った。

 しかし赤信号でつかまってしまい、先回りをしたはずが、大通りの信号機に彼がいたのだ。

 僕の姿を見つけて、なんだかニコニコしている。何を言おうか考えているのであろう。

 こういうシンプルな出来事が彼は大好きなのだ。


「歌手、マイク一本」'07.6/13

 僕の歌なんかは、全体的には弾き語りと呼ばれるジャンルに入っている。

 やっぱりギターが必要だし、小さなライブハウスとか、歌いやすい環境にある。

 先日、テレビで演歌歌手のステージリハーサルを見た。

 マイク一本。そこが公民館であれ、武道館であれ、のどでお客さんを酔わせる自信があるのだなぁと思った。

 お客さんの人数が多ければ多いほど、歌手としての、快感であるようだ。

 僕なんかだったら、プレッシャーに負けそうだ。

 のどで酔わせることが出来るなんて、本来の歌手なんだなぁ。

 のどに酔えるなんて、それも幸せだ。

 武道館で一万人が酔うなんて、こともあるのだろうなぁ。

 僕は演歌は苦手なジャンルではあるけれど、演歌や民謡歌手は、たしかに歌がうまい。

 その歌声に僕もほれぼれしたい。


「600円くらいの楽園」'07.6/11

 お腹がすいて、美味しいものでも食べようかなぁと思うとき、

 一応、財布とも相談となる。

 そしてたいがい向かうのが、600円代の食べ物屋が多い。

 やっぱり600円代だよなぁ。それ以上は一食としたら、高いと感じる。

 500円だと人気もあり、なんだか贅沢をしている気にならない。

 700円代だと、もうちょっとで1000円になるので、躊躇してしまう。

 やっぱり600円代だなぁ。そこに楽園がある。

 軽くお腹がすいて、回転寿司に入ると、僕一人のときは100円を5皿食べる。

 それから、ひと休みして、もうひと皿、、。それで600円代。

 不思議に、もうひと皿は、なかなか手が出ないのだ。


「手順」'07.6/9

 今、外仕事で新しい業務が増えたために、両手があっちにこっちにとすごく忙しい。

 そのぶん作業時間も延びてしまう。しかし、ほんのちょっとの手の動きの差が、全体で大きな時間の短縮となる。

 二ヶ月前、始めた頃に比べて、格段の時間短縮となっている。

 我ながらあっぱれだ。いろんなアイデアが出して、使いやすい手の動きを開発しているのだ。

 手順とはよく言ったものだ。

 今、リュックと肩掛けバックが二つ、それに機械がふたつで作業している。

 そこにある何十というポケットとボタン。信じられないほどの早さで手が動いている。

 みんなに見せたいほどだ。ほんの少し時間短縮は手順次第だ。

 すごく早いよ。DVDで発売したいくらいだ。


「謎の新曲」'07.6/6

 疲れて帰ってきて、バタンQになっても、ギターだけは弾くようにしている。

 10分くらいは必ず。

 今週は無意識のようにギターを10分ほど毎日弾き続けた。

 まるで新曲でも歌うかのように。。

 謎の新曲?

 それが新曲なら本当に良いのだけれど、そうもいかない。

 そうはいかないけれど、気分は新曲のつもり。

 10分間、謎の新曲を歌い、僕は横になる。

 このところ毎日だ。無意識に近い10分間。

 ボクサーであったなら、チャンピオンシャドーボクシングか。。

 それでいいと思うんだな。


「トラベルギター」'07.6/4

 15年ほど前、本格的なトラベルギターを買った。

 買ったのはいいけれど、使うのは二年に一度ほど。あとはずっと棚の上に置かれていた。

 僕の持っているギターでも、一二を争うほどに弾かれていなかったトラベルギター。

 軽くて小さいのに、ちゃんと弾けるというすぐれものである。

 買ってから、15年もたっているのに、ほとんどが棚の上だったギター。

 そのトラベルギターは今、友人のそばにあり、とても重宝しているという。

 大きな仕事を任されているようでもある。

 僕はそんなトラベルギターの気持ちを考えてみる。

 思いがけない展開とは、このことかもしれない。

 トラベルギターであるがゆえに、ずっと弾かれなかったギター。

 トラベルギターであるがゆえに、大きな役目をもらったギター。

 そのギターはこの部屋の棚には今はない。

 まさに旅ギターなのだ。


「レコーディングとハーモニカ」'07.6/1

 友達が新しいアルバムが届いた。

 ギターとハーモニカが自然に録音されていたので、本人にきいてみたところ、同時に録ったとのことだった。

 「やっぱりね。そうでなくっちゃ・・」

 これは僕自身の経験から来ているのだけれど、ハーモニカだけを後録音にすると、すぐわかってしまうのだ。

 どうしても、ギターと同時録音のようにはゆかない。ギターをまるで弾いているかのように、吹いてみても、うまくゆかない。

 それはハーモニカの息と吹き吸いとギターのコードチェンジが、ぴったりと一致しているからなのだ。

 だいだいギターのコードチェンジは、あいまいなところでチェンジしているんだよね。

 ギターを弾いていれば、自然に吹けるけれど、別録音だと至難の技だ。

 そこで思うことは、ギターと同時にハーモニカホルダーで吹く音は、それほどに自然に溶けているということ。

 まるで一体化しているように。。

 「息がぴったり」とはこのことのようだ。



「物語を弾く」
'07.5/30

 僕の部屋には今、三本のギターが出ている。

 ギブソン・ギルド、そしてヤマハ。

 どのギターも作られて30年以上たっていて、枯れた音がしている。

 ここ一年ほどはずっとギルドのギターを弾いていて、ギブソンとヤマハはしまっていた。

 でも、一年たってまた弾いてみると、ギブソンもヤマハも、自然な味わいであふれていると実によくわかった。

 ギターに声があるとしたら、やっぱり30年の響きを感じる。

 その響きには、それぞれの物語があって比べられない。

 僕の主観を抜きにして。

 最近、それがわかった。

 30年以上たっているギターは、その音の伸びや音量は抜きにしても、物語の響きがある。

 その物語の響きを「ぽわっ」と出せたらと思う。

 どの古いギターにも、親しみの気持ちをもって。


「リハから帰ると」'07.5/28

 前回にもあったことだ。

 ライブのリハーサルから帰ってくると、ギターの音がぐんと良くなっているのだ。

 確実に。前回のときもそうだったのだが、それは自分の気のせいだと思っていた。

 リハでは、いつも部屋で弾くよりも、三倍は大きな音を出している。

 「大きな音を出して弾くと、ギターはいい音になる」とは昔から言われているけれど、

 それは、「普段から大きな音で弾くと、ギターにも良いですよ」という位のことだと思っていた。

 たった一回、リハで大きく弾いただけで、音が変わるなんて、ちょっと信じられない。

 でも、本当かもしれない。僕の使っているギターは、作られてもう35年のギターである。

 ギターは木で出来ているし、どういう事でこうなるのだろう。

 木目の中の埃でも、音で出てくるのかな。それともギターの目が覚めるのか。

 それほど微妙だということか。。ここまで来ると、生き物だな。

 僕のギターは、とても良い音かする。それは何か偶然の部分が多くしめているようだ。


「たんぐつ」'07.5/26

 記憶の中にある言葉がある。

 僕が小さい頃に「たんぐつ」と呼ばれる靴の種類があった。

 地域地域で変わってくると思うけれど、僕らの場合は、

 ゴム製の先の丸いバレージュースのような靴のことを「たんぐつ」と呼んだ。

 たいがいは、濃紺のゴム製。かかとはほぼぺったんこ。

 幼稚園のころ、よく履いていたかな。

 僕の「たんぐつ」記憶はその辺で止まっていて、その言葉を言うことも、ほぼなくなった。

 東京に出てきてからも「たんぐつみたいだね」と表現したいことはあったけれど、地域の言葉のような気がして使えなかった。

 「たんぐつ」とは先の丸いゴム製のバレーシューズのような靴の固有名詞だと思っていた。

  つい先日まで。

 「それ、たんぐつみたいだね」と言ったところ、「んっ、長靴の反対の短靴ね」

 「えっ、、、!?」

 そうか、「たんぐつ」の「たん」は「短い」の「たん」だったのか。やっと理解できた。

 長靴に対しての短靴。これは言葉としたら、立派に存在していい言葉だ。

 もうほとんど耳にすることはないけれど。。

 普通の「靴」があって、それより長いのが「長靴」それより短いのが「短靴」。

 戻ってこいよ、「たんぐつ」。


「僕が持ち歩いているもの」'07.5/23

 数ヶ月に一度は、カバンの中身を整理する。

 ずっと前にもらったチラシとか、もう使わないメモとかね。

 それでも、普段の行き帰りにはいらないと思われるものも多く入っている。

 東京のマップとか、いつかのカードとか、応急処置手帳とか、詩集とか、、。

 それ以外にも、実に無駄なものが多い。

 僕はそれを、この部屋から出て電車にのり、アルバイト先のロッカーまで持ってゆき、また持って帰ってくる。

 一年に一度も使わないものであっても。

 誰かはそれは無駄だというだろう。ただカバンが重いだけだというだろう。また、ものぐさだとも言うかもしれない。

 しかし、僕はそういうものを持ち歩くという人でありたいと思うのだ。

 一年に一度も見ない本とかね。その紙の束は、僕と現実とのクッションになっている。

 魔法を使うことは出来ないけれど、そういう摩訶不思議なことなら出来る。

 きっと単純に、使わないものを持ち歩いているのが好きなんだな。

 それを説明するのむずかしいけれど。


「中学卓球国際レベル」'07.5/21

 なんだか、テレビで今度、国際卓球大会をやるという。

 僕は中学時代ずっと卓球をやっていたので、試合を見るのも好きだし、実際にやるのも好きだ。

 と、言いながらも、10年に一度くらいしか、今はやっていないのだけどね。

 中学時代は、とにかく全国大会を目指して、がんばっていたの一言につきる。

 そのことしか頭になかったなぁ。。

 しかし、今の僕の希望は、世界中の人と卓球の試合をしてみたかったということだ。

 まあ、世界大会とかオリンピックレベルではなくてね。普通の中学生レベルで。

 中学だと、まだフォームとか、自分のくせが残っているし、それぞれの個性もよく試合に出てしまうのだ。

 世界中のひとたちと卓球がしたかったな。

 大人になってからでは、ちょっとちがうんだ。

 うまく説明できないが。。


「全集の心意気」'07.5/19

 10年以上も前に拾った古い世界美術全集がある。

 美術全集と言っても、絵や写真よりも文がメインのような全集だ。

 建物や遺跡も含めて、何でも含んだ美術全集。

 すごく細かくいろいろ書いてある。専門書みたいに。

 捨ててしまった人は、文字の多い古くさい感じに思えてしまったのかな。

 もし現代に同じような美術全集が出ていたなら、もっとシンプルなものになっているだろう。

 昭和28年第一版とある。その当時としたら本格的なものだったはずだ。

 絵や遺跡だけなら、みんなも知っているだろうし、どこかで目にする事も多い。

 全集としたら、やっぱり専門的な説明が付いて完成なのであろう。

 専門書と同じほどの知識が詰まっている、そんな全集。

 そこには現代の全集がなくしたようなパワーを感じる。

 もともと全集とは、こうでなかったか。

 全集が作られた頃の、その心意気。

 捨ててしまうには、もったいない。


「記憶」'07.5/17

 インド、デカン高原にあるアジャンタとエローラの石窟寺院の写真本を取り寄せて読んでいる。

 実際に行っているので、そのどの写真にも確かに見覚えがあるのがよくわかる。

 鮮やかによみがえるそれらの石に彫られた物たち。

 写真付きの説明文を見ると、それが何の像であったのか今さらにわかった。

 しかし、実際に僕が訪ねたときは、説明文もなく、ただひたすらに目に焼き付けたのだ。

 そのせいもあって、写真でみても、実際の見たときの事をまだはっきりとおぼえていた。

 もう20年ほど前のことだけれど。

 その像の意味合いはわからなくても、その像の前に立っていたとき、何かを記憶にとどめていたのだ。

 それは、立体のものが持つ、気迫や、漂う空気みたいなものかな。

 そのそばに日本語の立て札でもあれば、なるほどなぁと思ってしまっただろう。

 でもそれはなかった。なかったおかげで、僕の記憶にとどまった。

 僕は、その像に実際に会っていたのだ。


「整理ボックス」'07.5/15

 とにかく物が多くて、ここ数日で整理ボックスをみっつも買ってしまった。

 これでなんとか片付くかなぁと思うけれど、それでも足りないようだ。

 東京に出て来て、四畳半に住み、カラーボックスは、ひとつふたつみっつと増えていった。

 今、思えばそれはかわいいものだった。。

 よくテレビで、有名芸能人の家に訪問したりして、すごく片付けられていることがある。

 ところどころには、花や絵を飾り。。

 そんな部屋をみると、まるでそれが当然のように思えてきて、自分の片付けられなさが、みじめに思えてしまう。

 休日には時間もあり、部屋を片付けるための時間もあるのに。

 うまくいかない。

 物が多いのか。捨てていないのか。

 とにかく整理ボックスばかりが増えて困っている。


「日本語平ら感」'07.5/13

 いまさらながら僕は日本語の「平ら感」を感じている。

 ついこの間、インドのヒンディー語講座のテレビを見てからだ。

 そこには日本語にはない、息をふくらませる発音があった。

 インド各地の地名の事を思い出してみると、 たしかに僕らの発音とちょっとちがっていた。

 なんというか、ふわっとしているというか、言葉に体があるというか、、。

 日本語のように、平らではないんだよね。

 そう思ってみると、僕らはそれぞれの街の名前をほんと平らに発音している。

 「高円寺」「阿佐ヶ谷」にしても、「四谷」にしても「新宿」にしても、、

 それだけじゃない、ありとあらゆる日本語の言葉は平らではないか。

 まるでそれが、地名やただの言葉であるかのように。

 でも考えてみれば、名は体を表しているわけだから、もうちょっと実感のある発音がいいな。

 とくに、歌を歌うときなんかね。

 今流行の英語調の発音ではなくて。。民謡調?

 それはまあ、今後の課題ということで。


「歌詞のパズル」'07.5/11

 ここ二週間ほど、ずっと自分の先日のライブ音源を聴いている。

 アルバイト先までの行き帰りに。

 歌なんて、世界中にあるわけだし、日本語の歌だって山ほどある。それでも、自分の歌をまた聞きたいと思うのだ。

 「我が歌かわいい」ということもあるだろうけれど、どうも理由はそれだけではなさそうだ。

 ・・・・・・

 歌詞をつくるとき、僕はメロディーとリズムに合うように、そしておぼえやすいように、

 また、フレーズが新鮮であるように、言葉をもう一度並べかえる。

 まるでパズルのように。それは第一に自分が楽しめるようにだ。

 そのへんに、僕が自分の歌が好きな理由があると思えてきた。

 同じ内容の歌詞であったとしても、その方が楽しめるだろう。

 単純に、そう思う。

 自分が並べ作ったパズルであるのだからね。


「忘れられない二日間」'07.5/9

 インドを旅していたとき、ジャングルの石窟群、アジャンタとエローラに一日ずつ寄った。

 宿の町からバスに乗って、一日目は雄大なエローラに、二日目はアジャンタに。そこにあるのは、約1500年前から徐々に巨大な石を彫り造られていった石窟寺院群である。そしていつのまにか衰退し、ジャングルの中に埋もれてしまい、近代になってやっと発見された世界遺産だ。

 とくにエローラのカイラサナータ寺院の雄大さは、相当なものであった。

 ひとつの岩山から、この寺院を造ったというパワーもそうだが、ここに来た修行僧たちの姿が今も目に浮かぶようであったのだ。

 観光客はいなくて。

 石窟寺院は、時代とともに、仏教寺院からヒンドゥー教寺院。そしてジャイナ教寺院と掘られていった様子である。当時のことは詳しくはわからないが、もしかしたら、別々の宗派の僧侶たちが、一緒にエローラにいたのかもしれない。

 各宗派で競うように造られた石窟寺院。その想いもまた伝わっている。アジャンタの方は主に仏教寺院で、繊細な壁画が有名である。

 僕はその二日間。一人旅だったせいもあり、バスで向かうときから、まるで自分がここにいた修行僧だったかのように、回ってみた。僧侶たちが寝泊まりをしていたという石のベッドにこっそりと横になってみたり、大きな石の庭にまるで、朝の集まりのように立ってみた。ここにいたのかもしれいなとか思いながら。。

 世界遺産ということもあり、今では観光地となっているが、石窟寺院はずっとパワーを持ちづけているようであった。

 1500年前も、こんなふうに晴れていただろうと思いながら。

 (You Tubeにあるエローラの動画はこちら)


「アパートの自転車置場」'07.5/6

 このアパートにある自転車置場。

 平日の昼になると、がらりと空いてしまう。そして夜になると、またいっぱいになっているのだ。

 このアパートの人とはなかなか会うこともないのだけれど、自転車ででかけている人が多い様子だ。

 それはまるでこのアパートが生きている証拠のようにも思える。

 平日の昼のがらりととした自転車置場の空きスペース空気には、なんだか懐かしいものがいっぱいつまっているようだ。

 まるで、ピクニックに出かけて、すっかりすいてしまい、おにぎりを食べるのを待っているお腹のように。

 体育の授業中、忘れ物をして、取りに帰ったときの教室のように。


「ギルドギター1周年」'07.5/4

 昨年のちょうど今頃、中古楽器店にて、ギルドF-47のギターを買った。

 悩みに悩んで買った、ギルドのギター。あれから1年がたった。

 最初の三ヶ月は、いろんな調整で苦労して、それからやっと落ち着いた。

 毎日、毎日弾いて、歌も作った。この1年はギルドギターとともにあったと言ってもいいだろう。

 ギルドギターもまた、この1年のことを考えていると思う。

 僕はギターの期待に答えられただろうか。

 1年前に僕がギターを買ったとき、そのときの気持ちは今も続いているだろうか。

 無事、それは今も残っている。はっきりと感じられる。

 そしてまだまだ始まりだと思えるのだ。

 一冊の本で言ったら、最初の15ページくらいかな。


「古いこころ」'07.5/2

 雨。外歩きの仕事で、下町の路地を通りかかったこと。

 一軒の庭先の端にゆくと、僕の目の先に、一匹のフナが横たわっていた。

 まだ、口をぱくぱくとしている。何だろうと思ったけれど、すぐ横に水槽があったので、理解できた。

 飛んで水槽の外に出てしまったのであろう。

 家人は留守であったので、そのままでもいかず水槽の中にフナを戻した。

 まだ、そんなに時間がたってなかったのであろう。フナは元気に泳ぎ始めた。

 そんな時間。

 それは、ずっと昔から変わっていない時間であるようだ。

 電車にて、お年寄りに席を譲るのとは、ちょっとちがってね。

 古いこころを感じる。

 ふと、通りかかったそこに、待っているもの。


「途中で倒れちゃったケーキのうた」'07.4/30

 世代ということもきっとあるのだろうと思う。

 もしも、「何かオリジナルなケーキを作ってきなさい」という宿題が出たならば、

 たぶん学校に行く数日前から、やっと作りはじめて、何かしら自分なりの作品を作って持ってゆくだろう。

 とりあえず、形にして 。。たとえ準備不足だったとしても。

 それは歌の創作にも言えることだ。

 自分なりのアイデアを出して、歌を作ることはとても大事なこと。

 とりあえずそして出来上がった作品は、良い場合もあるし、だめなときもある。

 しかし、どんな作品を作るとしても、すべてを「歌」に変換できるポエジーもある。

 それは、「途中で倒れちゃったケーキのうた」だ。

 「君にためのケーキ、君に早く会いたくて走ったら、倒れてしまったんだ」という、気持ちのポエジー。

 ここにも十分なポエジーがあり、十分に「歌」にもなる。そしてすぐそこにいつも見つかるテーマでもある。

 それはケーキの場合にも限らず、どんな場合にもあてはまってしまう。

 現代社会のやりきれなさも、そんな気持ちと似ているかもしれない。

 「途中で倒れちゃったケーキのうた」は、創作作品としてきっと駄作にはならないだろう。

 どんな形で出来上がっても、それなりのポエジーとせつなさが残るからだ。

 でも、僕ならやっぱり、ちゃんとオリジナルの歌を、どんな形であれ持っていきたい。

 会いにゆく途中で、なんとか作りながらね。


「古い扉」'07.4/28

 漂うように生きて年をとった人には、きっと古い魂が寄ってくるのであろう。

 まるで美酒のように。

 隣にきて、酒を飲み、笑い、肩を抱き、そしてそうやって、おまえも来いよと誘う。

 美酒に酔い、それもいいかなと、その人は思う。

 古い魂はみな、実力者であり、話せるだけでも、恐れ多い人ばかりだ。

 新しい仲間を求めて、今から準備しているのだ。

 古い美酒は、そうやってあなたを酔わせてゆく。

 ここにあなたの椅子がありますよと。

 でも僕は思う。

 生きている時間はいっだって、生まれたばかりの赤ん坊のようであると。

 最後の最後、古い扉をまた開けようとしている人よ。

 生きてる僕らには、まだまだ扉が足りない。


「歌の出てくる場所」'07.4/26

 先日、友達の創作ノートを見せてもらった。

 その新曲は、歌の歌詞が三番、そのままひとつも書き直されることなくいっきに書かれていた。

 素晴らしい。僕にはそんなふうに歌詞を書くことはできないけれど、

 友達にとっては、そうやって歌詞が生まれてくるのであろう。

 以前、仕事で、朝、大量に紙に日付印を押すことがあったのだが、

 不思議なことに、みんなそれぞれに日付印の押し方がちがうのだ。

 一番、押しやすいのは、私の方法だといわんばかりに。

 歌詞の出てくる方法も、みんなそれぞれに持っていて、その方法は千差万別だ。

 「こっちの方がいいと思うよ」と、言うことはできる。

 しかし、それで歌詞がそこから出てくるかというとそれは疑問だ。

 余計なものまで、一緒に付いてくる可能性もあるが、他の方法では、出てこない可能性もある。

 出てくる場所を見つけてあることが素晴らしいのだ。

 ひとつとて、きっと同じ扉はないだろう。


「手ぶらが一番」'07.4/24

 この三年ほど、アルバイトにゆくときはずっと手ぶらだ。

 友達に会ったり、ライブら出かけたれするときは、もちろんカバンをかけているが、

 普段は手ぶらが多い。時計もない。(携帯電話はある)

 手ぶらで出かけているなんて、以前の僕には考えられない。

 本が入っていたり、手帳が入っていたり、ノートが入っていたり、他いろいろ。

 カバンは大好きだ。そして手ぶらも大好き。

 アルバイトにゆくときは、特に手ぶらがいい。

 事務所のドアをあけるまではオフだからだ。

 仕事中は、めいっぱいするけれど、それが終わった瞬間から、オフが始まる。

 まあ、最低一時間は何も出来ない。ただぼんやりとするだけ。

 そんなときは、手ぶらが一番。だって何もできないしね。


「朝の話し声」'07.4/22

 朝、寝床でぼんやりとしていると、アパートの隣の部屋から話し声が聞こえてきた。

 おじさんとおばさんの声。

 壁越しなので、内容まではさっぱりわからないが。。

 実家にいた頃、また田舎に遊びに行ったとき、朝、そんな話し声がいつもしていたようだ。

 夜もそうだったかもしれない。田舎に行ったときは、とくにそうだった。

 そんな大人の世界。

 僕らは子供だったので、その話し声を聴きながらもぼんやりと眠っていた。

 あの低い声の話し声を聴きながら。

 冬の朝は寒い。、田舎では囲炉裏のそばの話だっただろう。

 東京に出てきてから、そんな朝の話し声を久しく聞くことはなかった。

 まして今や僕は小さな子供ではないので、話す方の側に立っているのかもしれない。

 朝、その話し声はとても近かった。とても近かったけれど、内容はおぼえていない。

 子供だったので。。

 たぶんそれは古来からつながっているものだろう。

 朝の話し声。テレビ番組より前に話す人たち。


「都電荒川線・早稲田駅」'07.4/20

 まあ、どこかにわかるような案内があったかもしれないんだけどね。。

 ・・・・

 用があり、都電荒川線、早稲田駅から乗ろうと出かけた。

 まずは東西線の早稲田駅まで。。

 まあ、少しは駅から離れているかもしれないけれど、それでも案内板の沿って行けるだろうと思っていたのだ。

 東西線早稲田駅について、さて都電荒川線への案内を探そうとするけれど、これがまるでわからない。

 そういう事はあるだろうけれど。。。

 駅前マップも出口にあったのだが、それにも書かれていない。そんな事ってあるか?

 僕みたいに東西線の早稲田駅から歩こうと思う人がある程度いるのではないかと思うのだが。

 とにかく駅のマップには書かれていないので、駅の外に出て街のマップを見るしかないと思った。

 もう時間がぎりぎりになっていて、JRでという選択肢はなくなってきている。

 東西線出口を出てみるけれど、街のマップがさて、近くにどこにも見つからない。

 こんなことってあるのだろうか。あるんだなぁ。ただ僕が見つけられないだけかもしれないけれど。

 もう、いよいよ時間的に余裕がなくなったので、自転車整理のおじさんに道をたずねた。

 「都電荒川線って、近くにありますか?」

 「あるよ。この道まっすぐ行って、三つ目の信号機で大きな通りに出るから、それを左に行けば見えてくるよ」

 「歩いてどのくらい?」「お宅、足早い?」「うん」「早いなら7分」「ありがとう!!」

 おじさんの言ってくれたとおり、僕は早足で7分後には、駅に着くことができた。

 都電荒川線の早稲田駅のマップをみて見ると、東西線「早稲田駅」までの道は書かれていなかった。。

 うーん、なぜなんだろう。。


「驚きながら弾けるということ」'07.4/18

 部屋で歌ったりギターを弾いているときと、スタジオやライブとかでは、声の大きさやギターの音量もまるでちがうものだ。

 特に他の楽器とのユニットで歌うときは、音量はかなり大きくなる。

 木で出来た楽器はすべてそうだと思うけれど、大きな音を出したときと、とても小さな音を出したときに実力がでるものだ。

 特に大きな音を出すとき、それはわかる。まるで声楽の歌手が大きな声を出すときのように。

 先日、リハをしているとき、僕は自分のギターの音のひとつひとつに驚きながら歌うことが出来た。

 どの音を出しても、どんな弾き方をしても。。

 それが僕自身の歌ごごろの背中を充分に押してくれていた。

 よく鳴る太鼓みたいなものかな。

 楽器の音に驚きながら歌えるというのは、想像を越えて素晴らしいことだ。

 それが自分の声だったり、自分の演技だったりすることもあるだろう。

 走ったり、歩いたり、踊ったり、他、何でもそうだろう。


「ギターの目覚め」'07.4/16

 普段は部屋でポロポロとギターを弾いている。

 今弾いているギターは昨年買ったものだけれど、その音の良さがもう弾き慣れて聞こえなくなってしまっていた。

 買った頃は、あんなに毎日音に感動しながら弾いていたものだけれど・・。

 先日、久し振りにスタジオに入って、大きな音でそのギターを弾いてみたら、これかまた信じられないほど、良い音なのだ。

 弾けば弾くほど、その音は鳴ってゆくように思われた。すっかり思い出せなかったその響きを感じることができた。

 (・・このギターは実力があるんだなぁ。。)

 ポロポロと弾いているときには、想像もつかなかったその迫力の音。

 大きな音で弾いたら、ギターが目覚めたようでもある。

 部屋に帰ってきたら、ポロポロと弾いても良い音であることがよくわかった。

 目覚めたのは、ギターではなくて、僕の方だったのかもしれない。

 また感動の日々が戻ってきた。


「遅れてついてくる音」'07.4/14

 最近、ブラジル音楽をよく聴いている。

 携帯プレーヤーでイヤホンで聴いていると、いろんな音が入っているのがわかる。

 ブラジル音楽には、かかせない「ぎゅふぎゅふ」と鳴るクイーカという楽器の音を聞いていると、

 なんだか、本体の音楽より、少し遅れてついてきているようにも聞こえる。

 まるで、おとぼけ役みたいで、それが実に良い味を出している。

 考えてみると、もし映画で、みんな一気にかけてゆくシーンを撮るとしたら、たぶん誰かしらは、遅れてついてゆくだろう。

 たいがいそんなみんなが居るものだ。またそれが自然だ。

 音楽だって、そんなふうに、みんなから遅れてついてくる、おとぼけ役の音があってもいいのではないかと思う。

 リズムや全体の音から遅れてついてくる音。それはとても人間的だし、大きなひとつの流れを感じる。

 味わいどころというべきかな。


「ふわっとした音」'07.4/12

 良いギターは、小さく弾いても音がふわっとしている。

 部屋で創作していると、そのふわっとした音の部分がとても大事や役目をする。

 ふわっとした音は、すでに風景になっているからだ。

 ギターから出てくるのは、そんな風景は連続。コードチェンジはカラーが変わるようなもの。

 良いギターはほんとに良い。弱く弾いたときに、それが遠景であったり、ささやきであったりする。

 小さな音ではなく、ささやく音。

 良いギターは創作のとき、絵本のように物語を作ろうとする。

 ギターに限らず、良い楽器には、素晴らしい余韻があるのだろう。

 その余韻のはしっこから、次の話がやってくるようだ。


「達筆文字」'07.4/10

 走り書きのメモをしてくるとき、

 人それぞれみんな続け文字になってしまう。

 なんて書いてあるかは、その人にしかわからないような、そんな達筆文字。

 以前、僕が青果市場で働いていた頃、中国の人たちが買い物に来ていた。

 そして宅急便で荷物を送ることになり、僕の目の前で住所と名前を書いてくれた。

 住所の方は軽く、そして自分の名前のとき、ペンが紙の上で止まったのだ。

 何か指先にパワーでも入れているかのように。。

 そして紙にペンを乗せると、力を込めて一気に流れるように書いたのだ。

 自分の名前は、それなりの意識と誇りを持って書いているようであった。

 さっと見ると、それはさらさらと書いた文字であるかのように見えた。

 しかし実際は違った。「気」が込められており、極められたものを感じた。

 あれが達筆文字なんだろうなぁ。

 僕は今でも思い出す。あの人が名前を書く一瞬前、紙の上でペンを止め、

 書き付けるように名前を書いたことを。


「アイデア」'07.4/7

 四月から、仕事のやり方がかなり変わった。

 外仕事なのだが、使う機械がひとつ増え、配り物も増えた。

 まだ慣れないせいもあり、かなり時間の無駄も出ている。

 処理する仕事も増えて、今はいつもより二時間から三時間は確実に遅くなっている。

 午後4時で終わるものが、夜7時になってしまう。それも最速のスピードでがんばってだ。

 ひじょうにやりずらく、体も疲れてしまう。こうなると、自分が連れないために、無駄を少しでもなくさばならない。

 まだ変わって4日ほどしかたていないが、スピードアップのためのどんどんとアイデアが出ていて、実行している。

 昨日はちがうカバンを買った。そのアイデアは体とも相談しているのだ。

 僕と同じように、みんなひと工夫、ふた工夫、し続けている。

 長年の経験からね。いちばんベストの方法を見つけ出そうとしている。

 人はそういう生き物であるかのように。

 今は必死にアイデアを出すしかない。急げばいいという次元ではなくなっているからだ。

 体のバランスがもたないのだ。


「使い慣れ」'07.4/5

 仕事でペンライトをかなり使うのだが、

 いままで相当数の種類のペンライトを使ってきた。

 激しい使用なので、たぶん使用限度を超えているのだが、それに対応しているペンライトは少ない。

 すぐ付かなくなったり、接触がわるくなったりするのだ。

 いろいろ使ってきて今は100円ショップで売っているものを使っている。

 かなり高い値段のものも使ったけれど、僕の使用のハードさには、ついていけないようだ。

 今日、昨日とちがうものを使ってみたけれど、どちらも数時間でだめになってしまった。

 100円ショップあっぱれ。君のシンプルなペンライトの仕組みが、とても丈夫でいいのだ。

 使い慣れてくると、ほぼ完璧なペンライトになっている。

 だめになっても、また100円で買えばいいしね。

 これは考えてもみなかったことなのだ。

 世の中にペンライトはごまんとあるはずなのだから。


「思い出せなくなる響き」'07.4/2

 もう僕には柱時計の音が聞こえない。

 音って聞こえなくなったりするんだよね。

 たぶん、街じゅうにもいろんな音があるのだけれど、慣れて聞こえなくなってしまう。

 僕か思うに、音の聞こえ方には、三段階くらいあるのではないかと思う。

 はじめは新鮮に聞こえ、その次に慣れて聞こえなくなってしまう。

 その次は、体が音を思い出すようになる。そして遠くなったときに、その音に戻ろうとするのではないか。

 今、僕は、買ったギターの音の響きがわからなくなってしまった。

 つい先日までは、その音にほれぼれしていたのに。

 たぶん第二段階に入ったのだろうなぁ。

 音は聞きすぎると聞こえなくなる。

 ほんとだよ。

 でも、きっと、また、復活する日が来る。きっと来る。


「こおばしい時間」'07.3/31

 20年お世話になった仕事場に、洗濯したユニフォームを返しに行った。

 事務所じたいがなくなってしまうので、いろいろ片付けている途中であった。

 とはいっても、会社がなくなるわけではなくて、社員さんはみんな他の出張所に移行し、

 僕らアルバイトのみんなは、それぞれの道へ。

 今回の出来事は誰の落ち度もひとつもなく、そうなってしまったということだった。

 片付け途中の事務所には数人が残っていた。

 僕はユニフォームの入った大きな袋を開けて、新しい場所でのいろんな事を話したり、みんなのことを話したり。。

 珈琲を出してくれて、しばらくのんびりとした。

 今月はまだみんな同じ場所にいてこうして話せるけれど、来月には別々の場所で、それぞれの役目につくのだ。

 めいっぱいの忙しさで。

 ほんのあと数日。

 今のこの時間はとても平坦で、いちばん珈琲が香り立っている。

 20年の終わりは、こんなふうに過ぎていった。


「歌の来るところ」'07.3/29

 「ラッキー・オールド・サン」という曲を、ボブ・ディランが演奏している映像を見た。

 ゆっくりとかすかなエレキギターから始まるのだが、それはまるで歌が向こうの道からやってくるようなのだ。

 それとも、ディランが歌に近づき歩いているような感じでもある。

 だんだんと、歌そのものになって来て、まるで映画のストーリーの真ん中にいるような展開になる。

 ディランのこのバンド演奏を聞いていると、歌をどこからか、ゆっくりと呼び寄せているようだ。

 僕なんかも、かすかなギター演奏からバンド演奏を始めることもあるけれど、

 それは演奏アレンジの一部としてやっていて、歌をつれてくるという気持ちとは少しちがった。

 歌がやってくるとき、いっきにどーんと来るということはきっとないだろう。

 こちらからも少しずつゆっくりと近づいてゆくのだろう。

 ライブ中にも、そんな歌があってもいい。


「ノート」'07.3/26

 僕はいつノートに戻ってくるのだろう。

 仕事でも、いつも文字を書いているけれど、ノートとは少し違う。

 日記もつけなくなったし、僕は今や、ノートからかなり離れつつある。

 あれだけノート好きだったのに。。

 どんどん遠くなってゆくようだ。

 メモにばっかり使ってしまっている。

 ずいぶんちゃんと向かいあっていないな。まるでちがう時間の中にずっといるようだ。

 本が読めなくなったのと、それは似ている。

 ノートは僕のことを忘れたのだろうか。。

 いつか仲直りしないとな。

 ちゃんと時間を作って、僕はノートを開こう。

 古い古いつきあいのノートと。


「新説・啓蟄の日」'07.3/24

 春に近くなると、すごく眠い日があり、実際によく眠ってしまう。

 先日もそんな日があった。駅まで歩いていると、若者が同じような事を言っていた。

 僕は思った。

 春になって虫たちが土の中から出てくるという「啓蟄の日」というものがあるが、

 僕らが、先日みたいに、すごく眠い日なのではないだろうか。

 その日に合わせて、虫たちは土の中から無事に出てくる。

 そんなことが自然界にあっても、当然だと思う。

 ホントじゃないかな、きっとそんな気がする。

 ホントじゃないの? 誰か統計をとらないかなぁ。

 ・・・・・・

 これは、眠い日と虫たちの話ではあるが、同じようなことは多いと思う。

 その昔の将軍たち攻め合いのように。


「5センチの中に」'07.3/21

 朝、ギターを弾いていると、なんだかラジオ体操でもしているようだ。

 音楽をやっているというより、体調を調整しているみたい。

 音楽なのに音楽でないみたいだけれど、やっぱり音楽。

 ギターの弦をまじまじと眺めてみる。

 5センチもないような幅の弦の間から、どんどん音楽が出てくる。

 それも無限大に。

 ギターはそれなり大きい楽器ではあるけれど、5センチの弦の間から音が生まれてくる。

 その不思議さ。こんなに楽しい存在ってあるだろうか。

 電池も機械もいらず。

 そんなこと、今頃気付いている僕も僕なのだが、、。

 5センチで何が出来るだろう。そんな5センチの話。


「はじめてのチャーハン、回想」'07.3/18

 実家の新潟の方にいた頃は、外食して食べると言ったらラーメンくらいだった。

 18才になり、上京して初めて勤めた店から、ひとつの中華屋さんで、初めていろいろ注文して食べた。

 ・・・もう28年も前ね。。

 カレーライス、チャーハン、チキンライス、オムライス、、etc。。

 先日、その街を訪ねたとき、その中華屋さんは残っていて、僕は入った。

 お店の人は代替わりしていたけれど、味の方は同じであろう。

 はじめて食べたチャーハン、はじめて飲んだ中華スープ、、。

 あれから数限りないスープを飲んでいるし、チャーハンだって食べている。

 食べてみたけれど、飲んでみたけれど、それが記憶の最初にあったものかどうかは確認できず、

 まあ、いつも通りのチャーハンとスープであった。

 僕が嬉しいのは、あれから約30年、この中華屋さんは残っていて、またスープが飲めたということだ。

 たった一杯のスープ、ひと皿のチャーハン、同じ時間がたったこちら。

 「元気だった?」。それだけで充分かもしれない。


「書き人知らず」'07.3/16

 最近、電車の車内刷り広告に、名前のないエッセイが書かれている。

 内容は、駅中ショップをうまく活用している家族の話なのだけれど、

 そのエッセイに記名がない。誰が書いたのかはわからない、そんなエッセイ。

 なんだか不思議な気分だ。

 短歌や俳句そして歌は、作者の名前が出てなくても、そんなには気にならないが、

 エッセイに記名がないのは、しっくり来ない。なぜだろうと思う。

 せめて、(鉄道職員)とか、(東京都民)とか、(エッセイスト)とか、(広告制作者)とか、何かついていていれば落ち着くのにな。

 それとも(書き人知らず)とかね。

 ・・・(書き人知らず)。

 そうだ、最初から、(書き人知らず)のエッセイや詩、俳句や小説があってもいい。

 著作権がなく、自由に載せられる作品。

 (書き人知らず)の小説。。書いた人がこっそりわかってもいいんだ。

 「作詞者不明」「作曲者不明」とは、ちょっとちがう。

 それは「書き人知らず」という人。


「600円が飛んでいった」'07.3/13

 バイトが終わって、駅までの帰り道、

 ディズニーランド帰りの中学生と一行と一緒になった。

 「あーっ、600円が飛んでゆくー」

 彼らの上で揺れていたミッキーさんの顔風船が手から放れてしまったのだ。

 どんどんと空に登ってゆく、その顔風船。

 みんなは言い続けている。

 「600円と言ったら、あの変なパンより高いんたぜ」

 「600円と言ったら、・・・・」

 「600円と言ったら・・・」

 それにしても、600円が飛んでゆくという表現はすばらしい。

 僕らはよく「いくらいくら飛んだよ」って言うけれど、こういう事だったんだな。


「歌の住んでいる場所」'07.3/11

 ここ最近、とても忙しくて、いろんな歌をうたう時間が作れなかった。

 今年に入ってからずっとかな。こんなに次から次にめまぐるしかった数ヶ月はなかった。

 それでも、何十年も歌ってきたわけだから、いつも通りに歌えるだろうと思っていた。

 しかし、いろんな歌をうたってみるけれど、どれも思うようには歌えないのだ。

 まるで歌い方を忘れたように。。かなりのショックを僕に与えながら。。

 それでも自分の作品に関しては、ほぼ今まで通りに歌うことができた。

 ひと安心。。

 僕は思った。僕の歌は、ずっと僕の歌の中に住んでいるのだと。。

 いつ歌ってみても、やっぱり歌がしっくりくる。ちゃんと生きているように。

 これは僕自身の歌であるからなのだろう。

 歌の住んでいる場所。それはきっとある。

 そして、他の人の歌を、ちゃんと歌えるようになれないってことは、

 まだまだなんだなぁ。


「同名タイトル同じ誕生日の歌」'07.3/9

 三年ほど前、ある日先輩よりメールが来た。

 「うたのあそびをしませんか?」と。。

 毎月ひとつのテーマを出して、お互いに歌を作り部屋で発表するというものだ。

 「いいですよ」と返事。

 第一回は「進化論」。第2回は「道草」。第三回は「ドラキュラ」。第四回は「屋根の気持ち」。

 毎月交代でテーマを考えて、歌の発表のあとで伝えるという流れ。

 僕も先輩も、その日、ぎりぎりまで歌を作ってくると状況だった。そして部屋で発表。

 「どっちから歌う?」「じゃあ、俺から」。こんな感じだ。

 二年前のその当時は、歌を作るということで精一杯だったけれど、二年たつと別の面白みが出てきた。

 それは、同じタイトルのふたつの歌が同じ日に出来たということだ。

 そうして作られた歌は、僕と先輩のレパートリーとなり、それぞれちがう道をゆくことになった。

 先日、先輩のその歌をステージできいた。僕も作ったことのある同名タイトルの歌を。

 別々の道をゆくことになった、そんな歌どうしがある。

 同名タイトル同じ誕生日の歌。


「弦音」'07.3/6

 どんなに良いギターでも、慣れてくると、音がつかめなくなるものである。

 常に別のギターを弾いたりしていれば、また感性が戻ってくるのかもしれないが、そういう問題でもないようだ。

 ほんとは常に新鮮な音を聞いていたいと願っている。なぜ、それは持続しないのかと思う。

 しかし、ほんとに疲れているとき、その慣れたギターを弾いていると、音がしみてくるのが良くわかるのだ。

 やっばり良い音だと、もう一度感じることができる。

 こちらが疲れているとき、ギターの方から音が側にくる感じなのだ。

 耳を澄ましてみると、はっきりと良い音が聞こえる。

 それが嬉しくてたまらないのだ。


「気迫」'07.3/4

 今日、古本屋にて、インドの遺跡の本を買った。

 その中にインドの「アジャンタ」「エローラ」の石窟寺院の遺跡写真もあったからだ。

 僕はどちらの石窟寺院も実際に訪ねたことがある。特に「エローラ」の遺跡の雄大さには驚かされたものだった。

 なにしろ、ひとつの岩山からできている巨大な寺院なのだ。

 あの感動は実際にそこに立ってみないとなかなか伝わらないものだと思う。

 今日、買った遺跡の本の写真であっても、その感動はほとんど伝わっていないと思えた。

 そこには「気迫」があるんだよね。

 まるで生きているような気迫。

 どういうのかなぁ、立体の空気の中にあるパワーという感じか。。

 僕の見たいろんなエローラの石窟寺院の写真のすべてが、実際の気迫を伝えているとは思えなかった。

 まあ、写真は30センチくらいだし、実際はものすごく大きいからね。はじめから無理があるのかもしれない。

 僕は思う、気迫は立体の空気の中にあると。

 その気迫をみごとに伝えている写真があるのならば、それは本当にすごいと思う。


「漁師」'07.3/2

 まあ、普段はぼうーっとしているんだけどね。

 ずっと電話が留守になる日、きっと僕は海に出かけている。

 それは夜明け前かもしれないし、昼の真ん中かもしれない。

 細かいことはよくわからないが、どこかの海岸に僕のぼろ船がある。

 この部屋から、かなり遠く。誰も知らない場所と時間。

 海のどのへんなのかは知らないが、僕は一匹の魚を釣りに出かけている。

 いや、ほんとにそうなのかは僕も知らない。大きな魚のようなものなのだ。

 そして、本当に釣り上げるのかも僕は知らない。

 ただ眺めるのかもしれないし、会いにゆくだけかも。。どちらにしろ僕は、

 海の真ん中に出かけねばならないのだ。そんな「漁師」という一日。

 魚はいつもこの部屋には来ない。

 海の真ん中に来るからだ。

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