授業が終わって、校長室へ行ったところ、この日は先客がいた。え?君も中学生なのか?と思っちゃうほど、小柄な男の子。校長先生が私に彼を紹介してくれた。「こいつは悪いヤツなんだ!」って。

イタリアの中学校には、落第というものが存在する。試験があるのかと思えば、そうではなく、日頃の成績で決まるらしい。で、この小柄な男の子、悪いことばかりをしているので、落第しそうなんだって。へー、こんな小さいのに・・・と思っていると(いや、体のサイズは関係ないだろう)、校長先生が私に教えてくれる。「こいつは、ノートを破ったり、机に穴を開けたりと、悪いことばかりしている」

え?かわいいじゃないか。

私の通ってた中学校の問題児といったら・・・と思わないこともなかったけれど、ここの学校では、こういうのを『悪いヤツ』というみたいね。校長先生が、私に彼の悪行を説明している間、彼はといえば、私の方をチラチラと見て、目があうとニッコリと微笑んでくれる。かわいいじゃない・・・じゃなくて、君は怒られているんだよ。それも、校長室に呼び出されて。ま、とにかく、この子は、すごーーーーーーく悪いので、お母さんが学校に呼び出されるらしい。その旨を校長先生が連絡帳(のようなもの)に書いて、彼は私に手を振って校長室を去って行った。いなくなった後も、校長先生は私に、「アイツは悪いヤツだ」とひとしきり言っていたので、本当に『悪い』みたいねぇ。

そして、それから校内で彼の姿を見かけることになるんだけれど、どうも彼は私のことを友達だと思っているみたい?。かなり離れたところにいても、私の名前を呼んで手を振ってくれる。怒られている現場に居合わせたというのに。

校長先生、やっぱり、彼はかわいい子なんだけれど・・・。

そうして、彼のクラスで授業をする日になった。日本のことについて説明を終えた後、いつものように、「これを日本語で書いてー!」と、子ども達に囲まれる。20数名の子ども達が、好き勝手にノートを持ってきて、「書いて!」「書いて!」と、わめくので、もう大変。大人しく座って順番を待つ、なんてことは出来ないのかねぇ。まぁ、無理だろうなぁ。

たいていは、みんな、まず、ノートに自分の名前を書いて持ってくる。そして、家族の名前、「これは私の飼ってる犬の名前」なんて子もいた。例の彼も最初は、名前を書いて来ていたんだけれど、そのうち、どうしてだか、『座る』とか、『歩く』という動詞になる。そんな日本語を知ってどうするんだ?。『あなたが好き』と書いて、という子の気持ちは分かるけれど、『座る』って、いったい・・・。そんな言葉を知りたがったのは、君だけだよ。

しかも、他の子はちゃんとしたノートを持ってくるのに、彼だけいつもちぎったノートの切れ端。そして、ここで私は、校長先生の言葉を思い出した。確かに『ノートを破ったり』している悪いヤツだわ。次々と破ったノートの小さな欠片を持ってくるんだけれど、それを筆箱の中に大事にとっておくとも思えないし、いい加減うんざりしてきた頃、終業のチャイムがなった。やれやれ、今日は疲れたや、と帰る準備をしていたら、彼がちゃんとした破っていないノートを見せにきた。そこには、なんと、彼の手で、イタリア語と日本語がきれいに並んで書かれているじゃない。もちろん、『座る』、『歩く』という単語も。

あーら、ビックリした。そんな切れ端、どうせ無くすくせに・・・なんて思っていたら。彼、優秀じゃない。

校長先生、お願いです。彼を進級させてあげて下さい。