ファブリッツィオは、最近、膝が悪いようす。椅子から立ちあがるたびに、「マドンナ!」、「マンマ ミア!」と辛そうに叫ぶので、見ていてかわいそうなんだけれども・・・。なんだけども・・・

私の目には、その膝が痛いのは、腹回りとお尻が重たいからだとしか写らないんだけれど、彼が夕食後、足を引きずりながらどこへ向かっているかといえば、キッチンの奥でパンを切って、それにジャムを塗って食べるため。あぁ、だから・・・。

そして、「もう止めなさい!」と怒るフランチェスカに、「これは僕のじゃない。ハナコが欲しいと言っている」と、訳の分からないことをいい始めるファブリッツィオ。そういえば、ロレンツォも、「マンマ、明日あのケーキを作って。あれはまだハナコは食べたことがないから・・・」と言っていたね。あなた達は、本当にそっくりだよ。フェデリーコの食いしん坊ぶりもお父さんにうりふたつだもの。


朝、ロレンツォがパジャマを着たまま、キッチンに座ってる。「学校はないの?」と尋ねると、「少し熱がある」んだって。あー、かわいそうに。昨夜は一緒に、元気良く遊んでたのに。じゃ、私は学校に行ってくるね。

なんと驚いたことに、イタリアでも熱が出たときの夕食は、『お粥さん』(いや、単なる偶然のようにも思えるんだけれども・・・)。フランチェスカは、リゾットと呼んでいたけれど、これは紛れもなく『お粥さん』である(『お粥さん』と呼ぶのは、関西人だけだってホントなの!?)。熱があるロレンツォには悪いけど、私は嬉しいなー。さあ食べよう、という時になって、フランチェスカが、あっ!と何かに気が付いた。冷蔵庫から、お醤油を持ってきて、「これは入れるぅ?」だって。えーと・・・、別に入れたいのなら入れてもらっても構わないけれど・・・。ロレンツォは入れたがっているし。でも、ちょっと変かなー。お粥さんにお醤油をたらしたら、どんな味だ!?

おぉ、そうだ!。カツオブシを持って来ていたのを思いだし、お醤油をかけたカツオブシを食卓に出してみた。なかなか好評。ファブリッツィオも美味しいと言ってくれた。良かった良かった。

米が嫌いで食べないフェデリーコが興味を持ったのは、カツオブシの入っていた袋。「今日は、これを書こう!」と、夕食後、挑戦し始める。苦労して書いた、本日の彼の作品は、『おいしさを創る自然の旨味』。あぁ、本当に君は、食いしん坊だねぇ・・・。



毎日、毎日、お腹いっぱい・・・。もう、食べられない・・・。

家族揃ってとる日曜日の昼食。大量に盛られるプリモピアット(これでも私の皿は加減してもらっている)。トマトソースのスバゲッティ、オリーブオイルとパルメジャンチーズだけの白いスパゲッティ、フランチェスカお手製のニョッキ、おばあちゃんが作ったタリアテッレ(幅の広いパスタ)っていう日も。私は、これだけでお腹いっぱい・・・。だから、私におかわりは勧めないでー!。残りは全部フェデリーコにあげてください・・・。

そして、セコンドはたいていがお肉。鶏肉、豚肉、たまーにウサギ、そしてターキーに、ハトも。魚は時々。オーブンで焼いて頂くことが多い。フランチェスカは、「ハナコ、魚よ!。(肉と違って)軽いからいっぱい食べなさい」というんだけれど。この町は海が近いせいで魚は新鮮。そしてすごく美味しい。日本人の、しかも海のそばで生まれた私が言うんだから、本当に美味しいんだよ。ただ・・・、これだけ脂の乗った鯖、決して『軽く』はない。だって、私は、夕食に魚を食べた日、眠れない夜を何度か過ごしているんだもの。もちろん、胃が重たくて・・・。

付け合せに何か野菜を食べて、ヴィーノを飲んで、そしてパン。私はパンは食べない。飾りとして目の前に置いておくだけ(だって、もう、食べられないー!)。時々、食後にドルチェ(ケーキ)が。

私は、苦しくてお腹いっぱいで眠たくって、あぁ今すぐに部屋に戻って横になりたいぃ!と、必ず食べている最中に思うのだけれど、ヴィーノを1杯飲むと、眠気なんか飛んじゃって、元気になって、また食べてしまうのはどうして?。恐るべき、ヴィーノの魔力・・・。

私がこんなに頑張って食べている間(私は日本でも『小食』だと言われている)、テレビの画面では、イタリア各地の美味しそうな料理が紹介されている。日曜日の午後中、ずっと放映されているこの番組。その名も、『EAT PARADE』。目の前の食べ物だけでお腹いっぱいなのに、どうしてこれ以上食べ物の映像を見ないといけない!?と、私は、画面から極力目を逸らそうと試みるんだけれど、要所要所でファブリッツィオが、「ほら!見ろ!!」と叫ぶから、どうしても・・・。本当に私は、お腹いっぱいなんだってば。もう、食べ物なんて見たくもない!

そして、この番組、画面転換の時に流れる音楽が、『I can't get no satisfaction』。この時間帯、どこの家庭でも昼食時だと思うのだけれど・・・。みんな、いい加減に満足しなさい!!



フランチェスコが隣町のコープに、買い物に行くのに一緒に連れていってもらった。なんかいろいろ『変わっているもの』が売っているんだって。

とりあえず、キッコーマンのお醤油をゲット。少し前に、フランチェスコと彼の友人と中華料理を食べに行った時、出てきたお醤油が日本製だったので、ビックリしていたの。そして、何か他には・・・。お、瓶詰めのモヤシを発見!。この野菜はイタリアにはないんだって。瓶詰めモヤシに少し心ときめいたものの、別に必要はないので、棚に戻す。メキシカンなチリソースも、別に欲しいとは思わないし・・・。美味しそうなのは確かなんだけれど。

「これを食べたけど、すごく美味しかった」と、彼が指差すのは、インスタント中華料理(?)の箱。私は自分で米を炊くことが出来るし、お醤油も持っているから、チャーハンの素なんて買わなくても、自分で作ることは出来るんだけれど、彼があまりに「美味しかった」「美味しかった」と繰り返すので、数種類ある中から、その広東風チャーハンを買い物カゴに入れる。給食がなくて家で昼食を作って食べる日にでも食べてみることにするよ。

あ、いいものを見つけた!。これは、海老せんべいじゃない!。私、好きなの。懐かしい・・・。迷わずゲット。

家に戻ると、夕食が始っていたので、海老せんべいの袋を開ける。フランチェスコもファブリッツィオもフランチェスカもロレンツォも美味しいって。うん、私も美味しい。フェデリーコは、見なれないものに不審な表情。何?と聞くので、「魚よ」と答えると、くんくん匂いをかいで「スキーフォ!(気持ち悪い)」って。目の前に置かれた欠片を指で弾き飛ばしたりしていたけれど、みんなが食べているのを見て、口に入れてみた。「美味しい!」。手を挙げて、「マンマ!来て!マンマも食べて!すごく美味しい!!」だって。あっという間に兄弟2人に食い尽くされる海老せんべい。厳密に言うと、これは中国のものなんだけど、私は嬉しいよ。そして私は・・・、これを食べると・・・、あぁビールが飲みたい!

買い物に行ったのが土曜日。そして次の月曜日、ロレンツォが私の部屋にやって来て、「今晩、あの『米』を作ってくれる?」と。あぁ、あのチャーハンのことね。いいよー、と、キッチンで用意をしていると、フランチェスカが「あら?今日、作るの?」って。ロレンツォ、君は家族会議をしないで私に頼みにきたんだね。少なくともマンマには言っておかないと。今日の晩ご飯が本当は何なのか、私は知らないんだから。

「僕も一緒に作る!」とロレンツォ。作ると言ったって、鍋に袋の中の米と具を入れて250ccの水で炊くだけなんだけど・・・。待ちきれないフェデリーコもやってきて、目を輝かせてロレンツォが袋を開けるのを見つめている。中から出てきたのは・・・、グリンピース。「マンマ ミアー!スキーフォ!!」彼は、野菜がとっても嫌い。「米がこんなに少ししか入っていない・・・」と悲しそうに呟くロレンツォ。私も、250ccの水というのは、多すぎると思うの。本当にこれでちゃんと炊けるんだろうか・・・。失敗したらどうしよう・・・。ちょっと緊張・・・。でも、フランチェスコが美味しかったと言っていたんだから、彼にはちゃんと作れたってことでしょ。なら、大丈夫か。でも・・・、彼、器用だしなぁ。どう考えても、私より料理は上手そうだし・・・。ま、いいか。250ccと・・・。予想どおり、箱のレシピに書かれている10分を過ぎても、水は残ったままでべっちゃべちゃ。10分間、時計をじっと睨んでいたロレンツォとフェデリーコは、まだか、まだかと。

そして、『より美味しく食べるために』と書かれた箱のレシピを読み上げるロレンツォ。あぁ、そう言えば、フランチェスコもなんだかそんなことを言っていたねぇ。『フリッタータ』オムレツのことなんだけれど、広東風チャーハンだから、炒り卵だよね。卵を割って塩こしょう、お醤油を少し入れて・・・。ロレンツォが、「●×◎▲は入れないの?」は!?「●×◎▲」え!?。私、理解不可能です・・・。「僕達のフリッタータにはこれを入れるんだけれど」と、ロレンツォが冷蔵庫から取り出したのはチーズ。『フォルマッジョ』と言ってよぉ。そんな名前、私が知っているわけないじゃない。ん?フランチェスコは、書いてあるとおりに卵とハムを入れて美味しかったと言っていたけれど、まさかチーズ入りのオムレツ!?。でも彼は頭のいい人だし、頻繁に中華レストランへ行ってるらしいから、大丈夫だよね。ま、「美味しかった」んだから、何だって構わないんだけれどさ。

ロレンツォ、米は炊くと増えるんだよ。知らなかったでしょ。私も忘れていたよ。確かに箱に2人分と書かれていたけれども、小さ目のフライパン2つに山盛りの広東風チャーハン。ひとりでお昼に作らなくて本当に良かった・・・。

美味しい!美味しい!と、見る見る間になくなっていく、食卓の上のチャーハン。これも日本のものではないんだけれど、自分の手柄のように嬉しいよ、私。しかし、これは、『私に懐かしい味を食べさせてあげよう作戦』じゃなかったのか?。私は、だからフランチェスコが・・・だと思ってたんだけれども。これじゃ、すっかり、『ファブリッツィオ達に変わった美味しいものを食べさせてあげよう作戦』だね。あぁ、こんなことになるんだったら、関東風チャーハン以外のものも、全種類、買い占めてくるんだった・・・。