1月のある土曜日、フランチェスカの両親、おばあちゃん、そして弟のフランチェスコが家に来てみんなで一緒に夕食を食べた。彼等とはヴァカンツァ・ナタリッツィア(クリスマス休暇)の間、しょっちゅう顔を合わせていたんだけれど、休みも終わり、一緒に食事をするのは久しぶり。私は、いつになっても、彼等に会うのが本当に楽しみである。どうしてかって理由は簡単。彼等は、私がイタリアを好きな理由、その全てを持っているんだもの。

この日は肉を食べるから、プリモピアットに何か日本食を作って欲しい、と頼まれたので、米を炊いて、普通のオニギリと、オムライスを作ってみた。フランチェスカ、ファブリッツィオ、そしてフランチェスコにも、過去に日本食を作って食べてもらっているのだが、おばあちゃん達には始めて。失敗したらどうしよう・・・とかなり緊張しつつ、米を炊き始めた。

結果から、先に言うと・・・、大好評。

本当にホッとした。美味しい!と全員に言ってもらい、本当に嬉しかったぁ。アッという間に、テーブルの上が空になったので、あの美味しい!は、お世辞ではなかったんだろう。米の炊き具合は今ひとつだったんだけど・・・。食べる前に、ファブリッツィオが、静かにひっそりと、オムライスの写真を撮っていたのが、とても可笑しくて。彼、時々、とてもかわいらしいことをするの。

一番最初にオムライスに箸をつけた(フォークをつけた、という?)のは、おじいちゃん。彼は、ひとことも発さず、私の方を見て、両手を広げて見せた。どうやら、これは、美味しいということを表しているようす。おばあちゃんも、「ハナコ!セイ・ブラーバ!(君は素晴らしい)」って。オムライスごときで、こう言われると、申し訳ない気分になるのだが・・・。

この日の私の一番のお楽しみは、フランチェスコに梅干を食わせてやろう、だったのに、困ったことに、意外にも梅干も大好評であった。80歳のひいおばあちゃんも、オニギリに乗せてニコニコと食べていた。梅干と海藻は、西洋人は嫌がるものだと、私は思っていたのに。ちなみにフランチェスカは、青海苔が大好き。梅干って若干、オリーブと似ている?からなのか、それとも本当に、ヤツラは根っからの食いしん坊なのか・・・。ファブリッツィオもまた、梅干が大好きである。

私が米を炊いている間、フランチェスカと彼女のお母さんはお菓子を作っていた。小麦粉と卵だけの生地を薄く伸ばして、8×3センチくらいの大きさに切り、それを脂(油)で揚げたもの。もうひとつは、オレンジが入ったゆるめの生地をスプーンですくって、脂(油)で揚げたもの(真ん丸いドーナツって感じ)。

という、本当にシンプルな単純なものなんだけれど、・・・。

フライパンに油のような液体が入っていて、その中に直径10センチくらいの白い塊が浮いている。驚いて、何かと尋ねると、豚の脂とのこと。豚の脂身を集めて、内臓の皮に詰めたもの(直径20センチくらいの球)が、机の上に置いてあった。豚は、全ての部分を活用して、捨てる部分はないのだとか。

だから揚げ物なのに、このお菓子は、全く脂っこくなく、あっさりしていて、本当に美味しかった!。ドーナツの方はハチミツ(これも誰かの手作り!)をかけていただく。

そして、メインのお肉は、暖炉で炭焼き。

おじいちゃんが作ったというソーセージ。そして、おじいちゃんが作った(飼った?)という豚の肉。鶏と兎を飼っているのは知っていたけれど、豚まで育てているとは、知らなかったので、これにはビックリ。「彼は、すごく情熱を注いでいるのよー」とは、フランチェスカ。時々(決して、全ての、ではない)、卵と鶏肉(丸ごと、尾頭付き)、ウサギの姿肉、がおじいちゃんの家からやって来ているのは気が付いていたけれど、そうか、豚もか・・・。以降、気を付けて観察しよう。

しかし、こんな最高のご馳走って、他にあるだろうか。素材から手作りで、家族で一緒に料理をして(暖炉の前で、薪をのけろ!とかワイワイやってる)、そして、家族でおしゃべりしながら食べて。食卓には美味しいヴィーノ(おじいちゃんは葡萄も作ってるらしい)。これ以上のものって、想像できないし、実際、存在しないと、私は思う。本当に、彼等は最高だ。

そして何が素敵かって、彼等はこのことを自覚していて、自ら、素晴らしい、「これが僕達、イタリア人」と言ってのけること。

程よく焼きあがったお肉が食卓へやってくると、ひいおばあちゃんがお皿を引っ手繰るようにして、フォークを手に。え?そんなにお腹が空いてたの・・・?とビックリしていると、「アンナ(彼女は私をこう呼ぶ)、どれを食べる?」って。私に勧めようとしてくれていたんだ。「おとなしくしてろ!」とフランチェスコが制すので、みんなが席につくのを待つのかと思えば、「で、何が食べたい?」と、彼が私のお皿に取り分けてくれた。彼等と一緒に食事をすると、いつもこんな調子。私は小食なので、すぐにお腹がいっぱいになってしまうんだけれど、お腹いっぱいで放心していると、必ず大家族の誰かが、これを食べなさい、あれを食べなさいと、皿を差し出してくれる。本当に、本当に嬉しいんだけど、いつもいつもたくさん食べて(食べさされて)苦しんでいる。

そして、食事中、「そう言えば、あの時・・・」と、ファブリッツィオが、そんなに笑わなくてもいいじゃないって言いたくなるほど、大笑いを始めた。もちろん、私もフランチェスコもおばあちゃん達も思い出して大笑い。

12月のある日、夕食後、私はフランチェスコと遊びに出かけた。いつものように、家の前で車を降りて「チャオ!おやすみ」と別れたんだけれど、ドアの鍵が開かない。ファブリッツィオは、防犯のため寝る時は、家の中から鍵穴に鍵を差し込む。私達が外出した時には、まだ仕事から帰って来ておらず、気が付かずに鍵を差したみたい。私は、いつかこんなことが起こるんじゃないか、と以前から思っていたので、慌てず騒がず、フランチェスコの家へと向かった。彼は徒歩40秒程の所に住んでいる。チャイムを鳴らせば良いんだけど、それでは子ども達も起きてしまうから、電話をしてもらおうと思って。

インターホンにものすごく怪訝な声で応対したフランチェスコに事情を話し、家の中に入れてもらう。「心配しなくていい。電話をしてあげるよ」と彼。

「もしもし。ファブリッツィオ?チャオ!」
「ハナコが帰ってないのに中から鍵を差しただろう。だから、ハナコが帰れないんだ」
「だから、ハナコがまだ外にいるのに、君が鍵を差したものだから、ハナコが家に入れない」
と、同じことを2度繰り返したあとで(この時、私は笑いを堪えるのが大変であった)、

「え?ハナコは、今、僕の目の前にいる」
「今、彼女は僕の部屋にいる」
「え?あぁ!僕はフランチェスコ!」
「ファブリッツィオ!寝てたのか!あっはははは!!分かった?今から帰るから鍵を開けておいて。チャオ!」

あぁ、かわいそうなファブリッツィオ・・・。唯一の救いは、時間が早かった、1時半だったということだろう。4時半に帰らなくて本当に良かった。ファブリッツィオは、さっぱり訳が分からなくて、パニックになって(そりゃそうだろう。だって寝ていたんだから)、「え?何が?」、「え?何が?」、「ハナコ?ハナコって誰?」、そして、「君は誰だ?」に至ったらしい。

以前にも、みんなが集まった時にこの話をしているのだが、今回もまた、みんなで大笑い。話題を提供できて良かった、私は本当に嬉しいよ・・・。身をていして笑いをとるのは、関西人の鉄則であるからね。しかし、この場合、笑いものは誰なのか?。家に入られなかった私なのか、鍵を閉めてしまったファブリッツィオなのか、それともフランチェスコなのか・・・。私の中では、フランチェスコのマヌケな電話なんだけれど・・・。もうちょっと、しっかりしようよー!フランチェスコ!。電話といえば、彼は以前、表示された番号に見覚えがないと(この家の電話はナンバーディスプレイ)、お姉さんに電話を取ってもらえなかった。これは、彼の責任ではない、といえるんだけれども、この人はそういう星の下に生まれている、ように私には思われる。

ファブリッツィオのあの調子だと、私がいなくなった後も、「そういえば、あの時ハナコが・・・」って、みんなで大笑いしてくれそうだ。これは、すごく素敵なこと。

ってな具合に楽しく食事をして、おばあちゃん達は家へと帰り、私達はもう1杯ヴィーノを。そして、フランチェスコが私に「鍵を持ったか?」、ファブリッツィオに「鍵を差すなよ」と確認してから、彼の友達と遊びに行くのに私も連れていってもらう。

あぁ、すごく幸せ・・・。この気持ちは、料理が美味しかったからか、家族、というもののせいなのか・・・。