技術のライフサイクル


新規技術製品の潜在的市場を分析し、その製品市場に乗り出す際の適切な戦略を説明せよ。

  • イントロダクション

このレポートの目的は、新規技術をもった製品の市場特性を分析し、かつそれに応じた戦略を提案することである。この目的を達成するためには、まず新規技術そのものが持つ特性を明らかにしなくてはいけない。次いで、新規技術が普及する過程を示し、マーケットが拡大していく状況を描写する。その説明においては技術のライフサイクル理論および普及理論が活用されるだろう。そしてさらに、新規技術製品の特性に応じた適切な戦略を示すというステップを踏む。

これらの段階を満足するために、以下のような構成をとることにする。まず第2章では道具たる技術のライフサイクル理論および普及理論について簡単なサマリーを述べる。ここでは必要かつ概要レベルの議論にとどめることにして、その限界性については深く言及しないこととする。第3章ではこれら理論の限界性について説明する。いくつかの限界性は新規技術製品の特性を議論するにあたって、非常にクリティカルなものとなるからである。特に、技術のライフサイクル理論を構築する前提条件についてはその有効範囲を確定しなければ、すべての製品市場が一つのパターンで説明されるかのごとく写ってしまうので誤解を招くこととなろう。第4章においては、いくつかのパターンに分けられた市場パターンをもって、その特性について分析する。かつ、それらに応じた適切な戦略を提案していく。最後に、第5章で、このレポートのまとめを行う。

 

  • 技術のライフサイクルと普及理論

@.概論

技術の進歩というのはある時点で突然生まれ利用され始めるのではなく、一般には大きな技術的ブレイクスルーとそれに続く不断の小さな技術改良の積み重ねの結果として得られるのである。そしてその過程では技術のライフサイクルが形成されることとなる。

一般に、その過程は4つの段階に分けられる。

Stage 1

:導入期

この時期は、新規技術が基礎研究段階として成長している時期で、その新規技術に対する信頼性や将来性はかなり流動的である。また、基礎的な技術であった場合、それが将来、具体的にどんなデザインをとるのか、という点でも選択肢が多く、流動的である。そのリスクにしたがって、中規模以上の企業は参入を渋る傾向がある。

Stage 2

:成長期

ある一定の期間やレベルで、新規技術に対して信頼性が生まれると、中規模以上の企業も参入を決定するようになる。この成長初期を離陸期といって、ここから加速的に参入企業が増加していく。また、市場ニーズに応じた応用研究も進み、隙間市場に企業が製品を送りこんでいく。また、根本的な製品イノベーションより生産過程革新がより活発に行われる。

Stage 3

:成熟期

市場が飽和し、新規技術に対する応用研究やそれに応じた隙間市場も飽和していくので、新規参入企業の数は減少する。この時期、当該技術の開発および改良はボトルネックとなり、マーケット規模も拡大に歯止めがかかる。

Stage 4

:衰退期

当該技術に変わって、さらに改良を施された新規技術が開発され、当該市場は衰退していく。

以上が一般的な技術のライフサイクルである。また、このサイクルに則って、新規技術製品が普及していく過程を検証した理論がある。

Rogersによると、その普及の担い手は主に5つに分類される。

@

.革新的採用者

A

.初期少数採用者

B

.前期多数採用者

C

.後期多数採用者

D

.採用遅延者

この理論は、技術の採用者がある一定の比率に達するまでは活発に移転しないが、しかしある一定時点に達したとき急速に移転が進行しはじめる、とする理論である。その理由は、上で述べたようにまず、一定の経験を持たない技術は信頼性に欠けるからであり、また、ある一定の比率に達すると採用者間での情報のネットワークが活発に機能し、技術向上の相互作用が働くからだとされている。

A.一般的な戦略

上記の理論に照らして、戦略を説明したい。

  1. 革新的採用者:この採用者は、技術のライフサイクルでいうところの、導入期に参入した企業である。この技術的先発企業は技術を競争企業に秘匿することによって自己の技術優位を長期化する。この企業にとっては技術優位がそのまま競争力優位になっているのである。ただし、当該技術に関しては先行きが不透明な部分が多くあるので、その意味でリスクは高く、リスク回避として当該技術がある程度の信頼性を市場から得るまではいくつかの選択肢を残しておかなくてはならない。
  2. 初期少数採用者:離陸期初期の参入者である。革新的採用者に対しては後発企業と夏が、技術の模倣に関しては多少の優位性を持つ。すなわち、模倣のためには
R&D活動が必要であるが、後発企業のR&Dは先発企業のR&Dによって成功しているがゆえに効率的かつ容易である。しかし、技術が秘匿されている上に、技術の供給源泉も限定されているので、この期の技術導入は円滑にはいかない。
  • 前期多数採用者:依然として流動性に対するリスクは高いものの、逆に、具体的な応用製品の先駆者として市場を拡大していくために、自らそのリスクを減らすことができる。フリーマンはこの時期の参入企業を「防衛的戦略」をとる企業と定義している。すなわち、自ら大量の
R&Dを行うが、技術革新の先頭に立つよりもむしろ技術の全般的な進歩の動向や攻撃的戦略をとる企業の失敗などを観察しつつ、より効率的にR&D活動を実施することができるのである。また一方で、技術が初期の流動的なものから充分に確立されたあとに技術を導入することに満足する企業も利益を見出すようになる。主にこれは規模の経済が拡大することにもよる。
  • 後期多数採用者:先発企業のみならず、後発企業も続く
R&Dによって代替あるいは模倣技術を手に入れた場合、もはや先発企業の技術の秘匿は不可能になる。したがって、先発企業はライセンス供給による利益確保を狙うようになり、技術の普及は加速的に拡大する。そして当該技術の応用研究や開発、それに応じた生産過程革新によってバリエーション豊富な製品群が生まれ、隙間市場を埋めていくことになる。技術のライフサイクルにおいては成熟期にあたり、技術の革新やそれに伴う市場の拡大もピークを迎える。
  • 採用遅延者:もはや当該技術が陳腐化していく過程であるが、この時期には価格戦略によって市場に参入することになる。生産過程、市場戦略が重要視されるようになり、基礎研究や製品の細分化などへの応用研究は衰退化する。
  • 技術のライフサイクル理論および普及理論の限界性

@

.技術のライフサイクル理論について

上記に見たこれら理論は極めて一般化された

S字カーブおよび山なりのカーブであって、それは暗黙のうちにいくつかの前提を持っている。

まず、成長期に技術が普及し、参入企業が増える、という前提で離陸すると考えられているが、これは市場障壁の存在を無視した前提であるといえよう。もしサンクコストが極めて高く、かつ一般企業に対して参入が許されない状況であったならば、参入企業は増えるはずもなく、そして技術も普及しない。技術が導入された時点での市場規模と技術レベルを維持し続けることになろう。これは、当該製品の持つ技術が公開されずに特許などで秘匿される場合に考えられることである。

また、将来的に当該技術が革新しうる、という前提にも立っている。成長期に新規の多数参入企業によって応用技術革新が進み、市場が拡大すると考えるのはその前提にたっているからである。もし技術が陳腐化しても代替新規技術が生まれなければ、例え参入障壁がなかったとしても技術のアップグレードはありえないことになる。したがって、代替技術がなく、かつ普及し尽くされた技術に関してはなんら示唆を与えないことになる。

A

.普及理論について

Rogers

のモデルの持つ問題点は、農業技術の農民への採用、コンピュータの政府機関への採用のように、採用者が技術の開発能力そのものを習得するものとしてではなく、単なる利用者、消費者としてしか捉えられていない、ということである。技術革新が企業の競争力であり、企業間の相互刺激によって向上していくものであるとする限り、自主開発、応用開発を意識するほうが重要である。したがって、ここでは伝播した技術をベースとした改良・開発を、普及の本質として扱い、一方的な作用で伝播が進むとは考えないことにする。

また、

Rogersは代替技術の生成について、なんら必然的であるとは記述していない。しかし、陳腐化した技術を再生あるいは代替することは利益追求に基づく企業戦略の上でも必要なことであり、充分に必然性を伴うものだと考えられる。これと上で述べた技術革新の不可能性の存在を合わせて考えれば、技術革新あるいはその代替技術の生成が不可能である技術分野に関しては別の企業戦略が求められるということになろう。これは以下で述べていくことにする。

 

  • 新規技術市場発展のいくつかのパターン

ここでは、特性によって新規技術市場発展のケースを分けて、それに応じた戦略を提案してみたい。すなわち、一般的な技術のライフサイクル、参入障壁が存在するケース、そして技術発展が困難なケースの三つである。そして、それらにはもっとも適当と思われる具体的産業を当てはめて説明する。

@.一般的な技術のライフサイクル

このケースに該当するのは機械工業産業であり、もっとも適当な産業としては自動車産業があげられるだろう。自動車産業での競争力の源泉として挙げられるのが、新規技術の導入である。しかし、これは対費用便益という試験を通過した技術のみである。つまり、コストに引き合わないような高価な技術を取り入れても赤字が増えてしまい、現実問題として取り込むことができないのである。ある程度開発過程が進み、将来性と信頼性が伴った技術に限り、積極的に吸収する必要がある。従って、ここでいう新規技術とは、「離陸後」の技術ということになろう。例えば、トヨタは電気とガソリンの両方のエンジンを持つ自動車を近年売り出したが、実はその技術自体は、もっと以前に確立していたのである。しかし採算が合うほどまでには部品価格が下がっていなかったので製品化できなかったのだ。次に挙げられる競争力優位の要素は、基礎研究段階の技術を、市場ニーズに合わせて応用していくことである。導入期の技術というのは科学の域にも収まるような、非目的技術であることが多く、その場合、市場ニーズにそのまま応えているものであることは少ない。したがって、ここではその科学をニーズに応えるような商品まで応用発展させていかなくてはいけない。新しいゴムの開発自体は科学であるが、それを雪の上で滑りにくくする技術は応用発展の力によるのである。最後に必要なことは、拡大化していく市場に対して、規模の経済を拡大していくことである。機械工業産業は一般に、規模の経済が成り立つ産業である。市場規模と生産規模が拡大するほどに生産性は向上し、それが競争力優位に直結しているのである。そして最後に、採り入れた技術が普及し終わったのちは、新たに代替的新規技術を取り込んで他企業との差別化を図る必要がある。例えば、トヨタはCIASと呼ばれる対衝撃構造を採用していたが、他企業にその技術が普及した後、GOAと呼ばれる新代替技術を採用することで差別化を図っていった。

このように見てみると、自動車産業に代表される機械工業産業においては、一般化された戦略のうち、BおよびCの期間に相当することがわかる。そして必要な競争力は、これら成熟期の応用発展段階にある。

A.参入障壁が存在するケース

革新的採用者のみがその市場に存在できて、初期少数採用者以降の参入が不可能だった場合を考えてみる。これは、参入にあたってのサンクコストが非常に高い場合と、特許によって参入が拒否される二つの場合が考えられる。前者は情報通信インフラや電力設備、あるいは下水道などの産業インフラストラクチャーに代表される。また後者は、医薬品産業などの化学産業に見られるケースである。ここでは、産業インフラストラクチャーが主に国家事業であることを踏まえて、市場競争の働く医薬品産業を例にとって考えてみたい。まず、市場特性をいくつか挙げた後、それに応じた戦略を説明していこう。第一に、医薬品市場は、規模の経済が働かない。これは、いくら医薬品を生産したところで怪我人や病人が増えないからである。そもそも市場規模に制約があるということである。これによって、医薬品市場に新規に参入する企業数に自ずと制約がかかることになる。また、特許が強力な力をもっていることから、後発企業の参入は一層困難になる。例えばバイアグラのように画期的新薬が市場に導入された場合、競争企業は、まったく別の画期的アイデアを開発することによってのみ対抗しうるのであって、例をもって言いかえれば、バイアグラ自体を改良・応用開発して競争に臨むことが許されないのである。最後に、医薬品は対費用便益というテストをくぐらなくとも製品化できる商品である。極めて稀な病気である以外は、仮にコストが高価についたとしても、また市場が潜在的に小さなモノであっても、その患者からの要求が強ければ商品化されるのである。患者は特定の薬の適正価格を知る由もなく、また市場原理に基づく価格の適正化が困難であるのもこの市場の特性である。

さて、これらの市場特性を踏まえた上で、戦略を説明しよう。第一に、規模を拡大することによっての競争力優位は成立しないので、自ずと競争力優位の源泉は新規技術の開発によるものとなる。新しい医薬品、画期的技術を含んだ製品を送りだすことに競争力優位が存在し、広告や販売促進によるマーケティング活動は二次的なものになってしまう。事実、医薬品産業におけるR&Dの対売上比率は他産業に比べて著しく高いものとなっている。第二に、特許による保護が他産業に比べて極めて高いポテンシャルを示し、後発企業による模倣は、ライセンスなしでは不可能である。従って、後発企業の増加数やそれに従う製品種数は先発企業の戦略によって左右されてしまうということである。もちろん先発企業は保護することによって細分化された当該医薬品市場を独占することが可能であり、ライセンスが可能であったとしても後発企業にとっては競争力を大きく殺がれてしまうことは否めないだろう。

このように、参入障壁が存在する産業においては先発企業の持つ秘匿技術の優位性は他のケースに比べて著しく高いものとなっており、後発企業によるキャッチアップは相対的に難しいものとなる。競争力の源泉は画期的新規技術の開発であって、それは基礎研究に基づき、さらに特許によって獲得されるものである。

B.当該技術における将来性や代替の可能性がない場合

成熟期を過ぎた後、代替技術が生まれなかったり、あるいは陳腐化した技術が継続して使用される場合を考えてみる。これは主にサービス産業において見られる事例である。食品産業特にファストフード産業においては、製造過程そのものについてはもはや技術の発展は不可能といってもいいだろう。肉やパンを一定に大きさに切って各店舗まで運び、そこで加熱処理して販売する。かのような単純な構造ゆえ、現在以上の技術革新は望めないのである。

この産業においては、規模の経済を拡大していくことが競争力につながる。ここでの競争力優位は生産性の向上であるが、それを技術革新で行うことができない以上、規模を拡大することによって、他企業に対する対抗力となる。従って、市場シェアを拡大するための戦略が要求されることになり、それは広告や価格、あるいは味付けの変化などのマーケティング活動に重点が置かれることになる。市場に対するアプローチとしては、肉やパンなどの上流生産過程ではなく、どんな味付けでどんなキャッチコピーで売り出すか、といった販売促進部門のテクニックが要求されるのである。例えばマクドナルドは、全世界で同じ価格、同じ味付けを実現し、シェアを世界規模で拡大することによって規模の経済を達成している。加えていえば、単価が非常に安い商品であるので、薄利多売の方針をそのまま具現化しているといってもよいだろう。

このように、製品革新段階での将来性が低い場合は、規模の経済を拡大し、陳腐化した技術を長期化することによって競争力を獲得していく。後発企業は技術を会得するのはその陳腐さゆえ簡単であるが、マーケティング活動においてシェアを獲得していくところに後発の弱みがあるだろう。

 

  • 結論および有効範囲

以上、見てきたように、一般的な技術のライフサイクルおよび普及理論にはいくつか前提となる条件が存在し、それを無視した場合はいくつかの産業の特性を説明しえなくなる。今回のこのレポートではまず一般的な技術のライフサイクルの例として自動車産業を代表とする機械工業産業を例に、その市場特性と戦略を考えてみた。この場合、成長期における応用開発に競争力の重点が置かれることが議論された。そして次に参入障壁が存在し、それによって競争の中心が新規技術の生成にある場合を検証してみた。医薬品産業がその典型として扱われている。このケースでは、競争力は新規画期的技術の生成に競争力の源泉があることが示されている。戦略的には、先発企業として細分化された市場内で独占的な地位を確立することが望まれる。最後に、陳腐化した技術に代替の可能性も再生の可能性もない場合を扱った。これにはファストフード産業が例としてあてはまる。これに代表されるサービス産業では、技術革新ではなく規模の経済を拡大することによって競争力を得る。したがって、広告や価格などの下流でのマーケティングが焦点となろう。

以上の議論について、ここで簡単にその限界性と展望について触れておきたい。まず、産業内の企業行動は別の要因によっても左右されてしまうという点である。例えば寡占状態においては技術のライフサイクルと同時に、ライバル企業の戦略選択も重要な意志決定要因になるのである。今回はこのことについては触れていない。次に、当該技術が現時点でライフサイクル曲線のどこに位置しているのかを知ることは事前には不可能である。ライフサイクルというのはあらゆるパターンが存在するので、事後的にしか知ることができないのである。従って、経験的に特定の産業がどのような技術のライフサイクルを持っているかは知り得ても、未来を確実に捉えることは不可能なのである。そして最後に、あらゆる製品にはブランドという別の競争力が存在する。純粋な機能的差別のみならず、商品名が持つマーケットパワーというものが購買者を誘惑するのである。しかし今回はそれを考慮したものとはなっていないのである。それらをこのレポートの限界性としたい。



英国居酒屋

経済学の部屋