オジサン経済


おそらく、結婚している男性くらい、貧乏な人はいないだろう。彼らは毎日汗水流して働いて、企業に貢献し、そして国家経済の基盤を形成している。にも関わらず、私的にはほとんど遣うお金がない、というのが実情だろう。それの理由のほとんどが「嫁さん」にある、と思うが、みなさんはどう思うだろう。今回はこのテーマで、市場サイズと経済活動の関係を検証したい。 

女子高生がおカネを比較的多く持っていて、そこをターゲットにした商品が多く生まれていることは

以前に述べた。女子高生に限らず、男性と女性をくらべて見ても、個人的消費においては男性よりも女性のほうがマーケットがおおきい。デパートに行ってみても、男性衣類のコーナーは女性衣類のそれに比べてはるかに小さい。そして化粧品・靴・かばんなど、殊に男女の区別がなされている市場においては、その差が厳然として存在する。これは何を示すのか?

単純に「女の人は買い物好きだから」「買い物行ってるヒマがあるから」「家庭内では大蔵省のように権限が強いから」「やはりおかんのほうがおとんよりも偉いから」などという言葉で説明しきれるのだろうか。 

オジサンをターゲットにした市場と女性をターゲットにした市場。両者には大きな違いがある。それはマーケットの安定性である。もちろん女性向け市場にも不動の地位を確保する分野やブランドが存在するが、相対的に不安定である。ファッションブランドにしてみても、男性ものはほとんど毎年変化がないのに対して、女性向けブランドは毎年「今年の流行」「今年流行る色」「先進的デザイン」をウリにしている。オジサンにターゲットを絞り込んだマーケットなんてせいぜいゴルフとマージャンくらいだろうか。しかしそれらも最近女性の進出が目立つようになってきている。

 このオジサンマーケットの矮小さは、マーケットの硬直性・経済規模・新規商品の開発それぞれにおいて負のスパイラルが構造化されているところに所以がある。すなわち、まずオジサンは新奇な商品に対してインセンティブがあまり働かない。それは旧態依然としたサラリーマン社会にも影響を受けているようにも思える。あまりオジサンが流行りモノを追いかけて行列に並んだりという現象は見たことがない。次に、扶養家族をもっているオジサンの多くは可処分所得が少ない。これはマーケットの矮小化に直結する。この点は最近のガキがお金をたくさん持っている状態と正反対の状況だ。可処分所得・時間が小さいということは、新奇商品をもってその市場に挑んでも、潜在的市場は小さいと考えられてしまう。これは企業の消極的姿勢を形成し、オジサン市場に対する新規商品のインセンティブは相対的に小さいものになってしまう。昨今、あらゆる企業が「若者を対象とした」「主婦を対象にした」「若い女性を対象にした」各商品を開発しているのに対して「中高年の男性を対象にした」商品が少ないのはこういった負のスパイラル構造がそこにあるからだと思われる。

たしかにそういった意味ではオジサン市場は相対的に小さいものであり、それは父権の復権がない限りこのまま矮小化を続けることになると思う。だが、これは潜在的市場の開拓が無意味なものに終わるということを意味しない。今後時短や休暇の充実化が進んだ場合のことだが、家庭内において父親の役割は次第に高くなっていくと考えられるからだ。そうなった場合、例え家庭向け商品だったとしても父親の意見は今後重要な物になっていくだろうし、オジサンの趣向を反映したマーケティングは有意義なものになると思われる。事実ここ数年のパソコン事情においては父親が家庭内の決定において重要な役割を演じていることは容易に想像がつくことである。

負けるな。とうちゃん。



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