戦慄のテーブル

〜渋谷という街〜

アルコールには、中枢神経を麻痺させる能力がある。

これが最終的には自律神経まで作用し、まともに歩くことができなくなったり、

あるいははっきりと文法正しくセリフを言うことができなくなったりするのである。

したがって、飲酒運転がなぜいけないか、というのは自明であろう。

しかし、この「飲酒」という行為自体は、昔から百薬の長と言われたりして、

なかなかほめられた行為でもあるのだ。

なるほど、たしかにストレス解消にもなるし、適度のアルコール摂取は健康に良さそうだ。

ただし、一気に大量のアルコールを摂取するのは大馬鹿野郎の為すことである。

そのときほど自分のふがいなさを感じたことはなかった。

敵は、テーブルに並べられた単なる飲食物である。

大根サラダ。イカキムチ。揚げだし豆腐。サイコロステーキ。スペイン風オムレツ。

日本酒。日本酒。日本酒。日本酒。ジンのロック。

千代の富士は決して大柄な力士ではなかった。

むしろ比較的小兵の部類に入るのではないだろうか。

しかし、彼と対戦した力士は口々にこういう。

土俵上の千代の富士は、山のように大きく見えた、と。

これは、対戦した力士が無意識のうちに

千代の富士が自分より強いことを肌で感じていたからだろう。

日本酒は決して強いお酒ではない。

むしろ比較的度数の低い部類に入るのではないだろうか。

しかし、そのときの僕には、まるで毒物のように恐ろしい液体に見えた。

これは、…説明する必要もあるまい。

 

しかし僕は、例え見通しが暗い戦いでも最後まで戦い抜かねばならない理由があった。

そのサトミちゃんに惚れていたのである。

小皿に取り分けてくれたサラダや、注いでくれた日本酒を残すわけにはいかないのだ。

しかし、空けても空けても中身が増えるオチョコは、

まるで金太郎飴か、魔法のオチョコのようだった。

いつかこの魔法が解けるのだろうか、と思ったが、彼女が追加注文をする度に

その思いは儚く消えるのである。

心優しいサトミちゃんは、空いた小皿にはちゃんと食べ物をよそってくれるし、

空いたオチョコにもちゃんと日本酒を注いでくれる。

そんな家庭的な姿にますます魅かれてしまったのだった。

ただし、僕の末期的状態とは裏腹に、という前提付で。

ひそかにベルトは最大までゆるめてある。

それでも内臓がアルコールと大量の食べ物を前に、悲鳴を上げていた。

ふと、サトミちゃんと視線があった。

その目は、僕に更なる飲食を期待していた。

期待には応えねばならない。

それが男だ。

そして今日の帰り際、「僕とつきあってください」と言おうとしている男の責任でもある。

食ったよ。全部。ほめてくれ。

そして僕は姑息な手段にでた。

メニュー表を彼女の手の届かないところに置いたのである(笑)。

もし追加しようとしたなら、僕がメニューを見つつ、何も言わなければいい。

「同じの下さい」

と言われたら無意味なのだが。

でも結局、追加注文を受けることなく、テーブルの上の悪魔たちを制覇して、

戦場を後にすることができた。

会計に行って驚いた。別にここは高い店ではさらさらない。

高校生すら使うような、オシャレだけど大衆的な居酒屋である。

でも、二人分の値段とは思えない金額だった。

考えてみたら当たり前である。

一人あたり3人分くらいは飲み食いしていたのだから。

しかしそんなことを表情に出すようでは「渋い大人の男」ではない。

いざとなったら、親カードだ。(卑怯!)

そう、カネのことなんかどうでもいいのだ。

なにより、カッコイイところを見せようとしているのに、

「ワリカン」では大馬鹿野郎もいいところである。

金額も知らせずに、さっさと会計をすまし、冷静を気取った顔で、

「あれ? サトミちゃん、ちょっと顔が火照ってるよ。カワイイね」

ちなみにこの時の僕の顔は真紅にちかい。

それにもかかわらず、こんなことを言ってのけられるのは、

正真正銘の酔っ払いか、大ボケである。

このときは両者であったと思われる。

今なら、そんなキザな野郎は、無言で殴りつけているに違いない。

話は途中だが、ここで一つの教訓を得た。

酔っ払いは無敵である。

 

さて。千歳会館を出た後のことである。

サトミちゃんは言った。

「ねぇ、どっかで飲みなおさない?」

「…」

戦慄の最終話に続く

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