MASTERPIECES OF ISLAMC ARCHITECTURE
ムルターン(パキスタン)
ー・ルクネ・アーラーム廟

神谷武夫

ムルターン


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デリーのスルタン朝

 イスラーム軍がハイバル峠を越えてインド亜大陸に侵入するのは8世紀から散発的に行われていたが、本格的になるのはずっと遅く、12世紀末のことである。アフガニスタンのゴール朝のムハンマドがヒンドゥ軍を打ち破ってデリーを占領すると、その将軍アイバクは1206年に独立して奴隷王朝を建てた(エジプトのマムルーク朝と同じように、代々トルコ系の奴隷出身のスルタンだったのでそう呼ばれる)。このあとハルジー朝、トゥグルク朝、サイイド朝、ローディ朝と継起して、北インド全体を320年にわたって支配した。いずれもデリーを首都とし、王はスルタンを名のったので、これらを一括して「デリーのスルタン朝」とよぶ。

シャー・ルクネ・アーラーム廟の内部

 インドの伝統的な建築が、外来のイスラーム建築ときわだって違う点は、主に2つあった。まず、古代のインドでは木造建築が主流だったために、中世の石造時代になっても石を木のように使い、軸組み構造でつくり続けた。したがって真のアーチ、真のドームを知らなかったので、その技術をマスターするのに約1世紀を要した。

シャー・ルクネ・アーラーム廟のドーム天井

 次に、インド人はすべての造形芸術の中で彫刻を最も好んだので、建築をも彫刻のようにつくろうとした。イスラーム建築が中庭や礼拝空間を囲みとる「皮膜的建築」を身上としたのに対し、ヒンドゥ建築は外部から見たときの形態的美しさを第一義とする「彫刻的建築」だったのである。モスクというのは本来的に、中庭を列柱ホールが囲む内向きの建築であったために、中東では外観のない(街並みに埋もれた)建物が多かったが、それはインド人にとって満足しがたいものだった。そこでインド人は彫刻的に構想しうる建築として、モスクよりも廟に傾斜していき、他のどこよりも廟建築の傑作を多く残すことになる。

シャー・ルクネ・アーラーム廟

 
シャー・ルクネ・アーラーム廟の断面図

   
シャー・ルクネ・アーラーム廟の下階と上階の平面図
(From "Islamic Architecture of Pakistan"
by Ahmad Nabi Khan, 1990, Islamabad)

 ブハラの サーマーン朝の廟は、インド人にとって理解しやすいものだったろう。その彫刻的形態と表面の凝った装飾は、インドの廟建築に受け継がれていく。デリーのトゥグルク朝は本格的なアーチやドームの建築をつくり始めるが、その中心地となったのは現在のパキスタン領のムルターンだった。初代スルタンのギヤース・アッディーンはムルターン総督だった時代に自身の廟を建造したが、後にデリーのスルタンになってからデリーに新しい廟を建てた。そこでムルターンの廟には宗教上の師であったシャー・ルクネ・アーラームを祀ったのだという言い伝えがある。その真偽はともかく、両者はインド圏の最初期の廟建築として、原理も雰囲気もよく似ている。単一のドーム空間の墓室、内転びの厚い壁、少ない窓、アルカイックな印象、等々。違いは、ムルターンのレンガ造に対してデリーは石造で、壁面には赤砂岩、ドーム屋根には白大理石を用いて、首都の権力を反映して豪華になった。

デリーのトゥグルカーバード、ギヤース・アッディーン廟

 しかし建物全体の彫刻的効果はというと、ムルターンのほうが優れている。全体は八角形プランで3段構成をとり、内転びの基壇状の1階の上に装飾的な2階が載り、ドーム屋根を戴く。八角形の各コーナーには控え壁(バットレス)の役割を果たす円筒を添え、各頂部に小塔を載せる。こうした分節化によって城塞風の姿を軽快なものに変え、動きのある立体造形とした。ところが中に入ると、何とこれは平屋の建物で、きわめて丈の高い単室空間にスキンチ式のドームが架けられている。ここにトリックがあった。ドームの推力(すいりょく)に対抗するには、それを支える壁面が下にいくほど厚くなっているのが有効である。そこで上階の壁を薄く、下階の壁を厚くして2階建てのように見せているのである。

シャー・ルクネ・アーラーム廟のスキンチ

 ムルターンの多くの廟がこの方式によって、建物をより彫刻的にしている。その表面はレンガと彩釉タイルを組み合わせたカラフルなもので、またストライプ状に木を嵌めこんでもいる。この木部は組積造に引張り強度を与えるとともに、建設時の定規の役割も果たしたろう。とくに内部のスキンチの持ち出し部分では、レンガではむずかしい構造的役割を受けもっているのである。

ムルターンの、スルタン・アリー・アクバル廟

( 2006年『イスラーム建築』第1章「イスラーム建築の名作」)



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