MASTERPIECES of ISLAMC ARCHITECTURE
カイロ(エジプト)
スハイミー邸

神谷武夫


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中庭型の住居

 イスラーム圏広し といえども、カイロほどに 歴史的な建築遺産が おびただしく残されている都市はない。642年に フスタートの町が建設されて以来、カイロはエジプトおよび その周辺を統治する中心地として繁栄し、富の集中とともに 1300年以上にわたる建設活動が行われた。それが もっぱらカイロにおいてだけであった というのが大いに不思議なのだが、エジプトではカイロ以外に訪ねるべきイスラーム建築の存在する都市がない。

マクアドから中庭を見る
マクアドから中庭を見る

 そしてカイロには あまりに密集して建物が建てられ続けたので、ムカッタムの丘以外では、王侯の施設といえども 整形の敷地を得ることが困難になった。どの土地も不整形きわまりなく、まるで現代の東京におけるように凸凹な敷地形状が多い。おまけに町並みに埋もれてしまうことが多いので、道路に面するファサード以外には 建物の外観というものを見ることができない。


スハイミー邸 平面図
(From Palais et Maisons du Caire, 1983,
Editions du Centre National de la Recherche Scientifique)

 そのようになった原因は もう一つあり、これは エジプトに限った話ではないが、家々が中庭タイプである ということだ。イスラームが生まれるよりも はるか昔から、中東の砂漠的風土では、人間にとって厳しい自然から身を守るために、外周を厚い壁で閉じて、もっぱら内向きの生活スタイルと住居形式を つくってきた。
 外周壁には 入口の玄関扉以外に窓がなく、光や風は もっぱら中庭から得たのである。この伝統的方法が 住居ばかりでなく、イスラームが必要とした あらゆる建物にも受け継がれたので、モスクもマドラサも、すべて中庭を中心とした 内向きの建築形式となった。したがって住宅地を歩くと、背の高い無表情な塀が建ち並ぶ 細街路が続くだけなので、まことに味気ない。しかし、ひとたび入口扉をくぐって 住居の中に立ち入ることができれば、そこには 中庭を囲んで、住まいを快適にしようとする あらゆる工夫に満ちた別世界が展開するのである。

  
メインのカ-アと、その彩色天井


スハイミー邸

 さまざまな建築種別の中で、住宅は生活の必要に応じて 絶えず手を入れられ、建て直されてしまうものであるから、さすがのカイロにも 伝統的なつくりの古い住宅は そう多く残っていない。その中で 最もよく保存されているのは、旧市街のメイン・ストリート(ムイッズ・リッディーン・アッラーフ通り )から 少し脇道に入ったところにある スハイミー邸である。住宅といっても、これは石造3階建ての大邸宅であるから、むしろ小宮殿に近く、アルハンブラ宮殿のミニチュア版のような性格を備えている。緑に満ちた矩形の中庭は、水路こそないものの 四分庭園(チャハルバーグ)風で、中央には噴泉があり、まさに都会のオアシスである。

  
木製のマシュラビ-ア

 道路からは、プライヴァシー保護のための 屈曲した通路を抜けて この中庭に出る。アルハンブラのような回廊はないが、一番奥に タフタブーシュと呼ばれる柱廊と、手前側の2階にマクアドと呼ばれる 北向きのテラスがあって、どちらも 男主人が接客や夕涼みに用いる半外部空間である。
 これが示すように、住宅全体がオープンでパブリックな男子用の空間(サラムリク)と、私的に閉じた女子用の空間(ハラムリク)とに分けられているのが、イスラーム住居の特徴である。ハラムリク(ハーレム)の中心となるのは カーアと呼ばれる広間で、天井が高く、中央は床が一段低くなって 水盤を備えていることが多い。噴水は冷房の役をし、水音は静かなBGMとなる(冬には火鉢が置かれた)。
 そして カイロの住宅で最も目をひくのは、すべての窓に木造の繊細な格子(マシュラビーヤ)が嵌められていることである。暑い夏に これは強い日差しや、風で舞うゴミを遮り、涼やかな微風を呼び込む装置であり、また 女性が外から姿を見られずに、庭や街の様子を覗くことのできる ヴェールでもある。

ハンマ-ム(蒸し風呂)

 広壮なスハイミー邸には、こうしたカーアが各階に いくつもあるが、他の部屋も含め、各室の機能は定められていない。厳しい気候に対応する住居で暮らすには、季節により、時間帯により、住人は 部屋から部屋へ移動するのである。例外的に はっきりと単一の機能を示しているのは、2階にある 家庭用のハンマーム(浴室)であろう。そのドーム屋根には 星をちりばめたように 小ガラスが嵌められ、幻想的な採光をしている。

( 2006年『イスラーム建築』 第1章「イスラーム建築の名作」)


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