NEON GENESIS EVANGELION pure soul
Episode 1 : 冷たい花


 

「やっぱり、送ってく」

 そう云って少女は、隣に座る少年を見た。少年は少しはにかんで少女に笑顔を見せた。

「ええて。乗ってしまえば第二までは座っとるだけや」

「でも、第二で乗り換えるでしょ」

「荷物は全部第三に送ったし、何も心配することあらへん」

 

 松葉杖を突いているトウジを支えて第二新東京市に程近い駅へやってきたヒカリは、彼を駅のベンチに座らせた。

 かつては人の往来があり、駅前のショッピングモールは人出であふれていたはずのこの駅も、3年前に起こった「サードインパクト」と呼ばれる現象の影響により、今では無人となっている。他の地方も、こことそう変わりは無い。現在は辛うじて交通網が再構築され、人や物資の往来がなんとか行き来できる程度には復旧している状態である。

 

「あたしも行きたかった」

 ヒカリがため息とともにもらした。

「来年受験やし、それも大変や」

「…そうね」

「向こうには碇もおるし、わいのことは心配すんなて」

「………うん」

 今まで何度も繰り返してきたやりとり。その度にあたりまえのことを指摘される。

 

 この三年という期間は、少女を大人に変身させるのに十分な時間だったようだ。昔は、口うるさいおせっかい焼きとしか思われていなかった彼女も、歳を経るごとに大人の女性の匂いを(まと)いはじめていた。わずかに確認できるそばかすが、少女らしい面影を残している。

 

 ヒカリは、振り仰いで天空を見上げた。

 ここから見える空は、かつて彼女達が住んでいたことのある第3新東京市とは、また違った色を持っている。あの頃に帰りたいとは思わないが、今の状況には満足しているとは言い難い。それはこの時代に生を受けたものならば一度ならずとも感じていることであった。

 

 3年前のサードインパクトの影響により、再びこの地に季節が生まれた。今年の冬、日本では18年ぶりに降雪が観測され、今でも遠くにかすんで見える山々の頂に、白い帽子をかぶったものが確認できる。

 喜ぶべきことなのだろうか。

 ヒカリには、わからなかった。周りの大人たちは、季節の変化を歓迎したが、生まれてこの方、映画や小説などでしか触れたことがないヒカリにとって、この冬は厳しいだけのものであった。

 見上げた空は深い青で、上空には、強く吹く風が雲を薄く細く引き伸ばしている。地上に吹く風は冷たくヒカリの肌を刺していた。山間のこの街に新緑の季節がやってくるには、もう少し待たなければならないようだった。

 

「碇君と連絡とってる?」

「たまにな。わしが第三に行くてことを云ったら喜んでたで」

「……碇君、アスカのことは何も云ってなかった?」

「いや、何も云うてへんかったで」

「…そう」

「それにしても、惣流はいったいどこにいるんやろうな。3年前からぷっつりと姿を消しよってからに」

「最後に会ったときは、ドイツに行くって…」

「そやな…」

 一呼吸おいて、トウジはつとめて明るく云った。

「碇は今、綾波と一緒らしいで」

 

 

 

 

 

 

 白樺の林を縫うように、二つの車両で構成された列車が走っているのが見える。ヒカリは列車が時刻表を遵守しているのがとても奇妙に思えた。永遠にこの時が続けばいいと思うほど子供ではなかったが、心に吹く冷たい風を止めるすべを知らなかった。この風が吹き始めたのは、トウジから第三に行くと聞かされた時からだろうか。

「来たで」

 トウジは車両を確認し立ち上がったが、バランスをくずし駅のベンチに倒れこんでしまった。

 ヒカリは「大丈夫?」と笑いながらトウジの腕を取った。

「いや、すまんの…」

 照れ隠しに笑いながら云ったトウジの言葉は、ヒカリの桜色の唇に遮られた。

 

 

 

 

 ヒカリは、トウジの腕を引っ張り、立たせた。

「…ヒカリ」

 ヒカリはトウジの袖を握り締めうつむいたままだったが、やがて赤く上気した顔を上げ、まっすぐな瞳でトウジを見た。

「あたし、来年そっちの学校に行く」

「そうか …」

 トウジは、目を細めヒカリを見つめた。

 

 

 そのとき、二人の目の前に白いものが舞い降りてきた。手にとって見ると、それは冬の結晶のなごりだった。小さな白い花は、ヒカリの小さな手の中で、瞬く間に小さくなっていく。

 トウジは天空を見上げた。そこには、無数の白銀の花が舞っていた。

「風花か」

 山々の頂で眠っていた白い花達が、風に誘われ人里に下りてきて華麗なダンスを披露していた。

「…なごり雪よ」

 ヒカリも目を細め、空を見上げる。

 

 

 無人駅のプラットフォームに入線した車両が、白い小さな花達を巻き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fine Storia 1
Continua alla prossima puntata


Postilla

 壱萬ヒット記念小説 短期集中連載 『pure soul』 第壱話 『冷たい花』 をお届けします。

 『るなぶる』もとうとう大台に乗ってしまいました。それもこんなに更新が少ないサイトに来ていただき、しかも、拙作まで読んで頂いているみなさまのおかげです。ありがとうございます。つらいこともありますが『Luna Blu』が完結するまでは続けていく予定ですので、見捨てないでくださいね。(汗)

 

 『pure soul』は全三話の予定です。

 次のお話のタイトルは『光の刺す方へ』ですがヒカリは登場しません。『pure soul』は各話のつながりは余りないようです。

 しかし、せっかくの記念なのに、あまり楽しくないお話になりそうですねぇ。僕としては、もっと幸せで楽しくて、うきうきするようなお話にしたかったのですが。どうしてこうなってしまったのでしょう。(汗)

 

 それでは、最後に。

 このお話を気に入っていただけたら、とても嬉しいです。

 そして、辛抱強く待っていただけたなら、また第弐話でお逢いましょう。

 

 

2000.4.12

なお

 

 


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