NEON GENESIS EVANGELION Luna
Blu
Episode 1 : Spread Your Wings
男の子が、あわただしくばたばたと廊下をかけてくる。
「シンジ、早く帰ってくるのよ」
家の奥の方から、彼の母親らしき人物の声が聞こえる。
「わかってるよ!」
シンジと呼ばれた少年は、母親に大声で答える。
「… まったくもう。子供じゃないのに」
彼はぶつぶつ言いながら、玄関で出かける準備をしていた。江戸時代なので靴ではなく当然、草履である。
「いってきま〜す!」
扉が勢い良く開き、男の子は元気良く飛び出していった。
「もうシンジといい、あの人といい、どうしてこう片付けるということを知らないのかしら」
彼女は、ため息をついて、自分の息子の散らかり放題の部屋を、眺めるのであった。
Luna Blu
第壱話
翼あるもの
シンジは森の中を走っていた。
彼は今日、友人と遊ぶ約束をしていたのだが、下校直前に初老の担任教師に呼び止められ、教材を運ぶ手伝いをさせられた。そのため、約束の時間を完全にオーバーしていたのでかなりあせっていた。
「遅刻、遅刻〜! 初日から遅刻じゃ、かなりやばいって感じだよね〜」
なんて言ったかどうか定かではないが、とにかく必死に走っていた。
シンジは、かなりトロい所があって、いつもクラスの面倒な仕事や、委員を押し付けられていた。また、友人との待ち合わせ場所を勘違いして、何時間もその場所で待っていたことこともあり、すっぽかしを食った友人に、怒られるよりもあきられる始末であった。
どてっ。
と言っているそばから、シンジは足元の草に足を取られ転んでしまった。
「いたたたた…」
彼は転んだ時にすりむいた鼻を抑えて、顔をしかめた。
その時、シンジのすぐ近くの草むらが、がさっ、と揺れた。
この時代、日本狼など大型の肉食動物は、まだ絶滅の危機にはなく、よく人里に出現していた。シンジはホームルームの時の、野生動物には気をつけましょう、という担任の教師の話を思い出し怖くなった。
しかし、いつまでたっても何も出てこないので、風のそよめきかと思った。気になって草むらを分けて入ってのぞいて見ると、はたしてそこには小さな生き物らしきものがいた。
人の形をしているが、体長は15cmあまりしかない。おまけに背中から羽根のようなものまで生えている。シンジは興味をそそられて良く見ると、女の子らしかった。彼女は服を着ておらず、早い話、素っ裸だった。
彼女がいつまでたっても動かないことに不信に思い、思い切って指でつついてみた。しかし反応はなく、ぐったりとしていた。よく見ると、苦しそうな表情で呼吸も早く、息も絶え絶えだ。
「大変だ!」
シンジは、この小さな生き物に、何か生命の危機が訪れていることを直感した。とりあえず、家に持ち帰り、母親に見せることに決めた。
「母さん、母さん!」
シンジは、彼女を両方の手で大事そうに抱えて家につれてきた。
「いないの?母さん!」
「うるさいぞ、シンジ。母さんはエアロビ教室とかに出かけて行ったぞ」
「あっ、父さん」
ぬっ、と言う表現がぴったりの仕方で登場すると、彼はいまいましげに言った。彼はシンジの父親でゲンドウという。ゲンドウは、手入れをしていないあごひげに手をやり、なんだ、といった。
「とにかく、ちょっとこれを見てよ」
ゲンドウは、部屋の中でも取ろうとはしない色眼鏡をかけなおしながら、シンジが差し出す両手の中を覗き込み、驚いたように目を見開いた。
「これは、…… 妖精だ」
「妖精?」
「フェアリのことだ。ニンフとも言われておる。おまえも話には聞いたことがあるだろう」
シンジは、ぷるぷると首を振った。
ゲンドウは馬鹿にしたように鼻を鳴らし、妖精を見て言った。
「どうしたんだこれは」
「森の中にいたんだよ」
「なんで、動かないんだ?」
「わかんないよ。なんか病気みたいなんだ。母さんか父さんに見せれば何かわかると思って……」
ゲンドウは、もう一度シンジの手の中にいる小さな妖精をじろっと眺め、ふふんと鼻で笑った。
「妖精は人ではない。精霊だ。いわば幽霊みたいなものだ。そんなものの治療法などわかるわけがない」
ゲンドウは胸をそらし、えらそうに言った。
「そんな……」
「だが、ここまで実体化している例も珍しいな。赤木博士にでも相談して見るか?」
「リ、リツコさんに?」
「そうだ、彼女は一応その方面の研究をしておる。何かわかるやも知れん」
ゲンドウは彼女の美しい顔を思い浮かべ、だらしなく顔をにやにやさせていた。
「で、でも……」
シンジが言いよどむ。
赤木リツコ博士なる人物は、シンジの住んでいる地域では有名な変わり者で、いわば現代で言うマッドサイエンティストのような人だった。何故か、ゲンドウがリツコとなじみなので、昔はシンジも彼女の実験室に出入りしていたが、あるとき実験台にされ、ひどい目にあったことが過去に何回かあった。
リツコに頼めば、治るどころか殺されかねない、とシンジは思った。
「や、やっぱり、いいよ」
「そうか?」
ゲンドウは、残念そうに言った。
「しかし、こいつはどうするんだ」
シンジの手の中の横たわっている妖精を指差した。
結局、赤木リツコ博士に診てもらうことになった。
リツコは今年で三十の大台に乗るのだが、どうみても見ても25歳くらいにしか見えない。また、顔も理知的で美人である。四十男のゲンドウは、だらしなく鼻の下が伸びっぱなしである。
シンジはリツコが診察をしている間、気が気ではなく、リツコの後ろを行ったり来たり、落ち着かなかった。
リツコの診察が終わり、シンジとゲンドウのほうを向き直り、おもむろに言った。
「体温、脈拍、呼吸、その他もろもろの状況から判断して…」
「判断して?」
「風邪ね」
「は?」
シンジは、予想外の答えに戸惑った。
「よ、妖精って風邪を引くんですか?」
「妖精のことは、あたしにもわからないわ」
「わ、わからないって…」
「シンジ君、妖精を捕獲した人間は、私の知る限りあなたが初めてなのよ。そんなサンプルの絶対的少数に対し、成立した学問はないわ」
「……捕まえたわけじゃなく、倒れていたんです」
シンジはぶつぶつと文句を言った。リツコはそれを無視して言った。
「皮膚、骨格、心臓の位置、内臓の様子。触診した限りでは、サイズと背中の羽根さえ考慮しなければ、どう見ても人間にしか見えないわ。そして人間だとしたら、この症状は風邪以外のなにものでもないわ」
リツコは自信たっぷりに言った。
シンジは納得がいかない、という顔をしてリツコを見ていたが、リツコはそれには取り合わず、話を進めた。
「風邪薬を処方しておくわ。薬の量も彼女の体重に合わせておくから大丈夫よ」
シンジは、自分の部屋の机の上に、タオルでベッドをつくり、彼女を寝かせた。リツコのことを信じるのは危険な気がしたが、他に手段はなく、仕方なくリツコが処方した薬を飲ませることにした。
薬は飲みやすいように、シロップで処方されており、シンジはスポイトで、小さな彼女の口に流し込んだ。
こくんこくんと、小さいのどが脈打って薬が彼女の体内に入っていく。
シンジは祈るような気持ちで、どうか調合の具合が間違っていませんように、と思うのであった。
彼女の食事は、彼の母親に作ってもらうことにした。シンジの母親はユイといって三十台後半であるが、二十台に見えなくもない、かわいらしい人である。
ユイは、妖精って何を食べるのかしら、と疑問に思わないわけではなかったが、ゲンドウが、あれは人間だそうだ、と言うので、ほんとかしらと思いつつ、ユイの得意料理である、栄養万点の野菜のスープを作った。
シンジは、小さい時からよく病気をする子供で、若い母親だったユイは夜通し看病したことが何回もあった。その時に唯一食べられたのが、このスープだったのである。
シンジは、母親が作ってくれたスープをさましながら、スポイトで小さな妖精の口に運んで飲ませた。
シンジは、看病をしながらいつのまにか眠り込んでしまった。ユイはゲンドウに頼み、布団にシンジを寝かせた。
シンジなんか、そこらへんにでも転がしておきゃいい、とゲンドウは思ったが、口には出さず、妻のいい付けを守った。
シンジは夢を見ていた。
夢の中で彼の小さな妖精は、元気になってシンジの周りをくるくると回っていた。シンジもうれしくなり、いっしょになってくるくると回った。
気が付くと、シンジと小さな妖精は手を取り合って踊っていた。シンジはなんとなく不思議に思って相手を見ると、手のひらほどしかなかったはずの小さな妖精が、いつのまにかシンジと同じくらいの背丈までに伸びていた。
いつのまに大きくなったんだろう。
シンジは思った。
きっと、リツコさんの薬のせいだ。あれはただの風邪薬ではなかったんだ。妖精を人間にする実験の薬だったんだ。
やっぱりリツコさんは信用できない、と思ったが、同じくらいの大きさになった彼女を改めて見ると、とてもかわいらしく見えた。やっぱり背中から羽根は生えていたけれど、きらきらと光に輝いてとてもきれいだ、と思った。
ふと、彼女の体を見ると、やっぱり服は着ていなかった。
わわわっ。
シンジは自分の手で顔を覆った。
どうしたの? 彼女が聞く。
だって、君は裸じゃないか。
彼女は笑って答えた。
妖精が服を着ているなんておかしいわ。
それもそうだ、とシンジは思った。
そう思うと、恥ずかしさはなくなり、彼女の体がとてもきれいに思えた。
僕は、シンジ。君の名前はなんていうの?
あたしはレイ。
彼女は、笑いながら答えた。
シンジは自分の部屋で寝ていることに気が付いた。日はとっくに沈んでおり辺りは暗かった。
夢だったのかな?シンジは寝起きの頭で思った。
やっとのことで、小さな妖精を看病していたことを思い出し、体を起こして、彼女が寝ているはずの机の上を見た。
すると、そこにはさきほど夢に出てきた、妖精が机に腰をかけて座っていた。彼女はすでに、シンジがタオル作ったベッドに入る大きさではなく、シンジと同じくらいの背になっていた。彼女は淡い光に包まれておりそこだけ、蛍のようにぼうっと光っていた。
彼女はシンジに気づくと、にっこりと笑いかけた。
Fine
Continua alla prossima puntata
Postilla
"Luna Blu" 第壱話お届けします。
やっと公開することが出来ました。公開が遅れたのはひとえに
nao の才能が無い為です。
このお話は、恋あり、笑いあり、冒険あり、……になるかどうかはわかりませんが、そのようなものを目指していきたいと思います。
しかし、今回でよ〜くわかりました。僕はとっても遅筆です。このペースで行くと一体いつになったら、完結するのだろう。(泣)
まあ、あせってもしょうがないので、自分のペースでしっかり書いていきたいと思います。
始めたからは、ちゃんと完結させるつもりです。いつになるかはわかりませんが…(笑)。一応最終回までの設計図らしきものはありますので、もの書きの神様が降りてきてくれれば良いのですが。
それでは、最後に。
まだ始まったばかりですが、このお話を気に入っていただけたら、とても嬉しいです。
そして、辛抱強く待っていただけたなら、また第弐話でお逢いましょう。
1999.11.21
nao
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