いつか見上げた空に
Episode 1 : Bad Girl

 
 あなたを見つめて深く満ち足りながら
 黙ってあなたの神々しい美しさに喜びを感じていると
 あなたの中に隠れている天使のつく
 かすかな吐息がはっきり聞こえてくる
 
 すると私の口もとには驚きと疑いの微笑が
 浮かんでくるのだ 私は何かの夢に欺かれているのではなかろうか
 それとも今 私の大胆な たった一つの願望が
 あなたの中で叶えられ 永遠に満ち足りているのだろうかと
 私の心は深い谷間から谷間へと堕ちてゆく
 夜の遠方の神々しい世界から
 運命の泉がメロディカルに高鳴っているのが聞こえてくる
 
 そして私が陶酔して眼ざしを上のほうへ
 大空へ向けると――あらゆる星が微笑みかけ
 私は彼らの光の歌に耳を傾けようとして跪く
 
 
 ― メーリケ ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



いつか見上げた空に

第1話
Bad Girl
 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 気をつけろ!」
 突然、背中から野太い男の声が掛けられた。
 僕は、びっくりして振り向いた。
 どうやらすれ違いざま、ぶつかったみたいだ。
「す、すいません」
 僕は、あせって反射的に謝った。
「すいませんで済みゃ、警察はいらねーよ!」
「ご、ごめんなさい。 ちょっとよそ見をしていて――」
「ざけんなよ。ええ! あやまりゃ許してもらえるとでも思ってんのかぁ?
 こいつを見ろ! 俺の相棒が大けがしたんだよ!」
 と言って、その男は僕の前に、連れらしいもう一人の男を突き出した。
 見ると、僕とぶつかった左腕を抱え、顔をしかめている。
「どうしてくれるんだぁ。 こいつ多分、骨折しているぜぇ」
「す、す、すみませ――」
「だからよぉ、謝ってもらっても全然嬉しくないんだよ」
「で、でも――じゃ、じゃあ、どうすれば」
「誠意を見せろってことだよ」
 男はにやり、として言った。
「せ、誠意?」
「そうだ。 つまりこれだな」
 と言ってその男は、手のひらを上に向け、親指と人差し指で丸を作って見せた。
 ここにきて、僕はやっと理解した。
 強請ゆすられているんだ。
 
 確かにさっき、ぶつかったけど、僕は何とも無い。
 それで向こうは骨折。
 そんなことあるわけが無い。
「どうだ。 まあ、今回はこれで許してやるぜ」
 そう言って、今度は人差し指を一本立てた。
 つまり一万円ってことか。
 その時、僕はやっと相手を見た。
 どう見ても、まともな人には見えない。
 柄の悪そうな人だ。
 人を外見で判断しちゃいけない、って父さんは言うけど、この人はいかにも悪人って感じがする。
 (父さんの言いたいことは良くわかる。 だって父さん、見てくれは極悪人なんだもの)
 
 ここにきて、遅まきながらようやく怒りがふつふつと湧いてきた。
「でも、そんなに強くぶつかったようには思えませんよ」
 僕は抗議の声を上げた。
 男はちょっと意外そうな顔をした。
「でもも、くそもねーよ。 こいつはなぁ、おめえがぶつかった所為で大けがしたんだよ」
 男は気を取り直し、更に凄んで見せた。
「ぼくちゃんよぉ。 大人には大人のルールってもんがあるんだよ」
 はぁぁ――。
 僕は、ため息をついた。
 
 僕は、昔から絡まれることが多かった。
 多分、この父親譲りの目つきのせいだと思う。
 黙っていると、怖いってよく言われる。
 何睨んでんだ! と言われて絡まれることもしばしば。
 ――なんで母さんに似なかったんだろう。
 毎朝、鏡の前でため息をついているなんて、父さん知らないだろうなぁ。
 そのうち父さんみたいに、髭がはえてもじゃもじゃになるのかなぁ。
 うっうっうっ。やだなぁ。
 
「おいおい。 ぼくちゃん、びびって声も出ないってか?」
 僕が難しい顔をして考え込んでいたので、誤解したみたいだ。
 ぶつかって怪我をしているはずの男も、いつの間にか何食わぬ顔で近寄ってきた。
 
 取り込んでいるんで、手っ取り早く自己紹介です。
 僕は、碇シンジ。
 14歳。
 中学二年生。
 今日、この街へ引っ越してきました。
 本当は引越しの手伝いをしなきゃならないんだけど、ちょっと抜け出して、これからお世話になる街を、散歩がてら見学していたところ。
 その途中、石につまづいて転ぶわ、犬のウンチを踏んづけるわ、水溜りにはまるわ、なんだか踏んだり蹴ったりで、ろくなことがなかった。
 ただ単に、僕がドジだ、ということだけかもしれないけれど――。
 しかもここに来て、この不良たちに目をつけられてしまった。
 あ、絡まれている割には、やけに冷静だな、と思いました?
 それには、ちょっと訳があるんです。
 決して、ケンカが得意、だとか、武道をやっている、とかじゃなくて。
 どちらかと言うと、僕は体力は無くて、体育とかはからっきしダメなほう。
 100m走はいつもビリに近いほうだし、野球はバットを振ってもボールにあたった試しがないし、サッカーに至っては――。
 ――自分で言っていて、ますます情けなくなってきた。
 
「とにかくさっさと出しやがれっ! いいかげんにしねーと、いくら気の長い俺でも、どうなるかわからねーぜ!」
 僕がなんとも言わないので、男はいいかげん苛ついてきたようだ。
「ぶつかったといっても、かすったぐらいでしょ。 それにもともとそっちがぶつかってきたんじゃないですか」
 僕は、むっとして言い返した。
 男達はまさか反撃を食らうとは思っていなかったらしく、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「それに、怪我をしているのならば病院で手当てを受けたらどうです? 慰謝料を請求するのだったらそれからでも遅くないでしょう。
 でも、僕はお金を出す気なんて、さらさらありませんけどね。
 どうしても不服だったら裁判にでも何でもすればいいんです」
 僕は、不機嫌も手伝って、一気にまくし立てた。
 男は見る見る顔色を変えた。
 顔面に怒色が広がる。
「下手に出てればいい気になりやがって!」
 ばん!
 顔の近くで、大きな音が鳴った。
 しばらくすると、頬がじんと痺れてきた。
 殴られた。
 口の中に鉄の味が広がる。
 拭うと、真っ赤な血が付いてきた。
 それを見たとたん、僕の理性は吹っ飛んでしまった。
 何で――。
 何で、僕が殴られなきゃならないんだっ。
 どうせこっちはちびだし、手出しでないと思っているな。
 ようし。
 そっちがその気なら、手加減しないぞ。
 僕は、きっ、と男を睨みつけた。
「あんだぁ! その目は?!」
 男もさらに睨みつけてきた。
 いくら怒鳴ったって怖くないぞ。
 先に手を出したのは、おまえだからな。
 今日はついてないし、僕は虫の居所が悪いんだっ。
 そう思うと、ますます怒りがわいてきた。
 男は、二発目を殴ろうという体勢に入っている。
 それを見て、僕は念じた。
 
 
 
 ――まがれっ!
 
 
 
 そのとたん。
 今、まさに僕を殴ろうとしていた男の手が
 止まった。
 
 
「ううっ」
 男は、僕を殴ろうとした手をつかんで、苦悶の表情浮かべる。
「お、おい、どうした!」
 それを見たもう一人の仲間が、男に駆け寄った。
 男の腕が小刻みに震えている。
 顔に脂汗が滲んできた。
 怒りで真っ赤だった顔色が、今では真っ青になっている。
 男の腕が、ゆっくりと絶対に曲がらない方に曲がっていく。
 
「うがぁぁぁぁぁ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 はっ――!
 
 僕は、今、一体何を――
 
 
 突然、頭から冷水をぶっ掛けられた気分になった。
 男の叫び声で、我に返った。
 
 力を解放する。
 そのとたん、その男は、ばったりと地面にしゃがみこんだ。
 右腕をつかみ、呼吸を荒くしている。
 汗が止め処なく流れている。
「て、てめえ! な、何かやりやがったな?!」
 気味悪そうにしながらも、もう一人の男は僕を睨みつけた。
 だが、かかってくる気配はない。
 リーダー格の男よりも、気は弱そうだ。
「どういう仕掛けかわからねーが、味な真似をするじゃねーかよ」
 男は、腕をさすりながら、立ち上がった。
 目には怒りの炎がちらついている。
 男は恐怖を怒りに転化することにより、辛うじて止(とど)まっていた。
 僕は、それを見て取った。
 危険だ。
 男はいわゆるキレた状態だ。
「ざけんなよ!」
 いいざま、男の鋭い蹴りが、僕の腹部を捕らえた。
「――っ!」
 防御する暇を与えないほど、すばやい蹴りだった。
 例え防いだとしても、護身術を会得していない僕がやっても効果があるかどうか。
 続けざま、顔や胸を殴られる。
 僕は、黙って耐えた。
 
 
 
 
 もう、気づいていると思います。
 そう。
 僕の力。
 ――念動力サイコキネシス
 
 思った通り、ものを動かすことができる。
 いつのころから使えるようになったのか、良く覚えていないけれど、ものごごろついたときには、この力はすでに僕にあった。
 でも、実は僕は、この力を完全にコントロールすることができない。
 我を忘れてしまうと、さっきみたいに力のセーブが出来なくなってしまう。
 過去に何回か、それで相手に怪我を負わせてしまったことがある。
 そして、それが原因で、僕は転校を繰り返しているのです。
 
 
 男達は、大人しくなった僕を、良いように殴ったり蹴ったりしている。
 でも、もう僕は反撃することが出来なかった。
 なぜなら、この力は、僕が努力して手に入れたものではなく、いわば偶然の産物によって、自分のものになったものだから。
 それを使って、他の人を傷つけて良い訳がない。
 父さんからも、それは厳重に言い渡されていた。
 
 ――人前で力を使ってはいけない。
 
 僕はその禁を侵し、その所為で、追われるようにしてこの街へ来た。
 もう二度と、あんな思いは、したくない――。
 
 
 
 
 
「あんた達、何やってんの!」
 その時、鋭い声がかかった。
 キーンと耳鳴りがする中、その声は、やけにはっきりと聞こえた。
「一人に寄って集って、か。 男らしくないわねっ」
 高圧的な口調に、侮蔑的なニュアンスがこもっている。
「な、なんだとぉ!」
 男達は呆然としていたが、思い返したように珍入者を見た。
 攻撃が止んだので、僕はその声のするほうを見た。
 声の主は、黒いつなぎに黒いヘルメット、という出で立ちだった。
 背の高さは、僕とそんなに変わらない。
 男達と比べると、大人と子どもだ。
 それにさっきの声。
 この人、もしかして――女の人じゃ――。
「へ、へへへっ。 ねーちゃんよぉ。 どうやら遊んで欲しいようだなぁ」
 男達もそれに気づいたようで、いやらしい笑いを顔に貼り付けたまま、その人に近づいた。
「女の子が、そんな声を出すもんじゃないぜ。こっちへ来て仲良くやろうや」
 と、男が、その人の手をつかもうとした瞬間。
 
 ぱしっ!
 
 小気味いい音が響いた。
 彼女は男の手を払った。
「触るなっ、下衆が!」
 男は、再び顔を真っ赤にした。
「お、女だと思って下手に出てりゃいい気になりやがって!」
 怒りに身を任せて、男は彼女につかみかかろうとする。
 しかし彼女は、男の攻撃を巧みにかわした。
 痺れを切らした男は、彼女に殴りかかった。
 が、紙一重の差でけ、逆に男の鳩尾に鮮やかな蹴りを食らわせた。

「ぐぎゃ」

 蛙がつぶされるような声を出して、男は崩れ落ちる。
 彼女はヘルメット越しに、その男に軽蔑的な視線を投げたような気がした。
「て、てめぇ――」
 男は息も絶え絶えに怒りの炎に目を燃やし、彼女を睨みつけた。
 一回り以上体格が違う、それも女性に打ちのめされたのだ。
 さらにその前に、僕にも一度やられている。
 男のプライドは、ずたずたになっているに違いない。
「あっ、あっ、あっ――!」
 そのとき、もう一人の男が何かにおびえるように叫んだ。
「お、おい! ま、拙い、拙いよっ!」
「あん? なにが拙いって」
 男は苛々しながら、もう一人の相棒を睨みつけた。
「こ、こいつ、どっかで見たような気がしたんだ」
 もう一人の男は、震えてヘルメットの彼女を指指した。
「やっと思い出した。 こ、こいつ、ア、アスカだ!」
「な、なにぃ!」
 リーダー格の男は、目をむいて改めて彼女のことを見た。
「ま、まさか、お、お前が、あ、あの――」
『アスカ』 と呼ばれた彼女は、両手を腰に当てて胸をそらした。
「はん! あんた達の様な下衆に、あたしの名前を気安く呼ばれたくないわ!」
「や、やっぱり――」
 格下の男が震えだした。
 リーダー格の男は震えはしなかったが、その目には恐怖の色が浮かんでいた。
『アスカ』っていう人が何者か知らないけれど、僕にも分かる。
 役者が違う。
 勝負はあったようだ。
「ちっ、 お、覚えてろ!」
 男達はプライドとどう折り合いをつけるか、心の中で数瞬葛藤をした後、お定まりの捨て台詞を残して去って行った。
 
 
 
 僕は、尻尾を巻いて逃げた男達ではなく、目の前に立っている黒いつなぎの女性を見ていた。
 と、とたんに殴られた体が悲鳴をあげた。
 顔をしかめる。
 それでも何とか我慢して立ち上がった。
 改めて彼女を見ると、本当に僕と背丈が変わらない。
 僕も体つきは華奢だけど、彼女も体格が良いとはいえない。
「あ、ありがと――」
 僕は、とりあえずお礼を言った。
 口の中が切れていて、しゃべると痛い。
「全く――あんたも弱いくせに、あんなの相手にすんじゃないわよ!」
 彼女はキツイ台詞をキツイ口調で言いながら、黒いヘルメットを脱いだ。
 
 長い金髪が、揺れた。
 
 濡れた様な、長い睫。
 陶器のように白い肌
 
 
 僕は、彼女の蒼い瞳に、見とれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

to be continued.

 

 あとがき という言い訳
 
 大変長らくお待たせいたしました。
 10万ヒット記念、リクエストをお送りします。
 リクエストの内容は……
 当たった人に、さらにリクエストの権利を!
 
 嘘です。ごめんなさい。(^^;
 リクはmap_sさんから昔懐かし『きまぐれオレンジロード』ということでいただきました。
 
 一体何処が『きまオレ』なんだ!
 という方はこちらにメールをどうぞ。(^^;;;
 
 それになぜか連載。
 しかも長編。
 そこら辺の詳細は、Bパートで。(^^;
 
 


 2000/11/12
 なお
 

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