いつか見上げた空に
Episode 1B : Bad Girl

「た、ただいま―」
 僕は痛む身体を支え、玄関の扉を開けた。
 そのとたん――。

「うわわわあああぁぁぁぁ!」

 何だっ、何だっ、何だっ、何だっ?!
 ぼ、僕の家の玄関に、不気味なものがっ!
 いっ、いっ、いっ、いっ、一体全体、誰がこんなものをっ!
 僕は声にならない悲鳴を上げて、大きく飛び退いた。
 目の前に、不気味に光る赤くて丸いものが、二つ。
 そしてその下には、定期的に大きくなったり小さくなったりする小さな穴が、二つ。
 さらにその下には、ぴんく色のぶみょぶにょしたものがぁぁぁぁ!!!!
 こ、この世のものとは思えない。
 おぞましすぎる。
 これは絶対、夢に違いないぃぃぃっ!
 
「遅かったな。シンジ」
 
「へっ?」
 そのぴんくのぶにょぶにょしたものが上下に開き、人の言葉を吐いた。
 一つ一つの部品ではなく、全体を俯瞰してよく見ると――。
 
 ――と、父さん?!
 僕は目を丸くした。
「と、と、父さん!? い、いきなり大アップで登場しないでよ!
 驚くじゃないか!」
 僕はびっくりしたのも手伝って、大声を出した。
「な、なんで、父さんが玄関で待っているんだよっ。
 タダでさえ父さんの顔は、ぶさい――、あ、いや、は、迫力があるんだ、か、ら――」
 僕は声の調子を落とした。
 そして、父さんを見た。
 父さんは、傍目には全然変わっていないように見える。
 
 不機嫌そうな眉。
 引き締まった口。
 そして、部屋の中でもとらないサングラスの奥の目。
 
 でも、父さんは僕の一言に傷ついていた。
 他の人にはわからないだろうけれど、やはりそれは親子の間。
 表情の微妙な変化で、何となく考えていること、感じていることがわかってしまう。
 父さんは怖い顔をしていて、いつも不機嫌そうにむすっとしているけれど、実は繊細で、とっても傷つきやすくて、涙もろかったりする。
 外見があんなんだから、他人にはよく誤解をされる。
 近所にすんでいた人達、おばさんやおじさんも、僕には仲良くしてくれるんだけど、どうも父さんは苦手みたいだった。
 
 玄関先とかで近所の人にばったりあって世間話をしていても、父さんがぬっとでてきたとたん、おじさんやおばさんは話を濁して、そのまま逃げるようにフェードアウトしてしまう。
 ほんっと、父さんてかわいそうだと思う。
 でも、僕はその父さんの遺伝子を継いでいるわけで、そうしたら、やっぱり将来あんな風になってしまうのかなぁ?
 
「あ、お兄ちゃん!? ドコへ行っていたの?!」
 奥から大きな足音とともに、威勢のいい声が聞こえてきた。
 思う間もなく、元気を背中に背負ったような女の子が飛び出してきた。
「もー、引越しの途中でしょ! さぼっちゃだめじゃないぃぃっ!」
 と、そのせりふとともに、タンスが音を立てて飛んできた。
 タ、タンス!?
「う、うわっ!」
 僕は、飛んできたタンスを間一髪でよけた。
『ぶんっ』て音が耳のそばをかすめる。
 タンスはそのまま玄関につっこんだ!
 
 ぐわしゃん!
 
 破壊的な音を立てて、タンスは木っ端みじん。
 玄関の扉に至っては、遙か向こう側、道路の真ん中まで飛び去っている。
 僕はしばらく呆然としていたが、思い直して首を振り、その子を睨みつけた。
「レイ! だめじゃないか、力を使ったりして!」
「な、な、何よぉ。 もともとはお兄ちゃんが、引っ越しをさぼったからでしょ」
 さすがにまずい、と思ったのか、声が弱々しい。
「それとこれとは別! だいたいさぼったぐらいで、タンスと玄関を大破させない!」
「うっ、ううっ。だ、だって、だって――」
 レイは、唇を噛んで上目遣いで僕を見た。
 大きな目に、見る見る涙が溜まっていく。
「レ、レイ――」
 父さんは傍目でも分かるくらいおろおろしだした。
「シ、シンジ、少しきつく言いすぎだ。
 レイ、大丈夫だよ。タンスはまた買えばいいし、玄関は直せばいい」
 父さんは今にも泣き出しそうなレイを、やさしくなだめた。
 普段威厳があるように見えて、実は情けない。
 こういうところを、ご近所の人に見てもらいたいよ。
「父さんは黙っててっ。
 そもそも父さんがレイを甘やかすから、こんな事になるんだ」
 僕は、父さんを睨みつけた。
「だいたい今月、引っ越しなんてしたから赤字なんだよ。
 その上、タンスと玄関まで!
 タンスはいいとして、玄関は修理しなきゃ恥ずかしくて表にもでれないよっ」
「ううっ、うわ〜ん!」
 レイがとうとう泣き出した。
「レ、レイ――」
 父さんはますますおろおろとして取り乱している。
「父さん、ほっときなよ。どうせ嘘泣きだよ」
「うわ〜ん。嘘泣きじゃないも〜ん!」
「レイ、そういえばそこで鯛焼き買ってきたよ。食べる?」
「え? 鯛焼き? 食べる食べる!」
 今まで泣いていたのはどこへやら、とたんに元気になった。
 それを見て、僕はじぃっとレイを睨みつけた。
「レーイ?」
「え? あ、あは、あははは――」
 頭をかきながら、力無くレイが笑った。
 
 
 紹介が遅れたけど、これが僕の家族。
 父さんと、一つ年下の妹のレイ。
 母さんは僕が小さいときに死んじゃったので、家族構成はこの三人。
 妹のレイも超能力を使えるのは、さっき見てもらったとおり。
 でもレイはいまいち自覚がなくて、人前で平気で力を使おうとする。
 兄として、神経がすり減る思いを毎回している。
 そもそも今回の転校だって、レイが人前で力をつかったからなんだ。
 全く、僕の苦労も知らないで――。
「お、お兄ちゃん、その顔どうしたの?!」
 ばつの悪そうな顔をしていたレイが、突然目を丸くして駆け寄ってきた。
「大丈夫? 痛くない?」
「あいた! さ、さわるなって――」
「ひどい――」
 青ざめたレイの顔が目に入った。
「ちょっと、こっち来て!」
 レイは僕の手を引っ張ると、リビングに向かった。
 気づいたけど、今まで玄関だったんだ。
 僕はレイに手を引かれながら、玄関の修理にかかる費用はどれくらいか、と考えていた。
 
 
 
「一体、どうしたのよ」
 レイは、オキシドールを含ませた脱脂綿で、僕の顔を拭いている。
 脱脂綿は消毒液でびちょびちょで、傷口にしみた。
「い、いや、ま、まあ、ちょっと、転んじゃって――」
 僕は適当に言葉を濁した。
 苦しいなぁ、とは思うけど、他に言い訳を思いつかないし――。
 レイは手を止めて、じっと僕の顔を見た
「嘘っ」
「う、うそ、じゃないよ。う、うん。うそじゃないよ」
「嘘よ。お兄ちゃん嘘つく時、鼻の頭にしわが出来るもの」
「え? ほ、ホント? ど、どこ? どこに出来てる?」
 僕は、鼻の頭に手をやった。
「ほら、やっぱり」
「あ――」
 幼稚な手に、まんまと引っかかった。
 レイといい勝負かもしれない。
「何でケンカなんかしたのよ」
 僕はばつが悪くて、それを隠そうとして、ちょっとすねてみせた。
「ケンカしたわけじゃないよ。向こうから一方的に絡んできたんだ」
「力は使わなかっただろうな。シンジ」
 
 いきなり、大アップで父さんが目の前に現れた。
 
「え、あ、そ、その、いや、つ、つまり――」
 僕はしどろもどろに答えた。
 父さんは、部屋の中でもとらないサングラス越しに、きらっと目を光らせた。
「シンジ。いいか、ここに引っ越すことになった理由を、よもや忘れたわけではあるまい?」
 
『ごごごぉぉぉ』
 
 という効果音が聞こえてきそうなぐらいの大迫力だ。
 無意味に逆光を背負って立っている。
「う、うん。わ、忘れてないよ」
 父さん、レイだとからっきし甘いくせに、僕には厳しいんだ。
 まあ、しょうがないと思う。
 レイは妹だし、僕は兄であり男だから。
「わかっているよ、父さん。力を使わなかったから、こうなったんだ」
 本当はちょっと違うんだけど、説明するのも面倒なので、そう答えた。
「そうか」
 そう言って、父さんは意味ありげな視線で僕を一瞥した後、奥の部屋に引っ込んだ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「鏡、見てないでしょ」
「あ、うん」
 見るわけがない。
 やられてそのまま家に直行したんだ。
「見てきたほうが、いいよ――」
 レイは、僕でさえめったに見ることが出来ない真剣な顔で言った。
 洗面所で僕が叫び声を上げたのは、それからすぐのことだった。
 
 
 
 

 
 
 
「それじゃ、碇君。こっちへきて座って」
「はい」
 僕は促されるまま、椅子に座った。
「それにしても――」
 言いながら新しい僕の担任の先生は、くすくすと笑った。
「そんなにおかしいですか?」
 僕はちょっと、むっとした。
「ううん。そんなこと、ないない」
 と、大げさに手を振りながらも、笑いの衝動に耐えられないようだ。
 はぁ。
 これでもずいぶんと「まし」になったのになぁ。
 
 
 
 昨日、洗面所の鏡を見た時、あまりの酷さに愕然となった。
 所々内出血し、青くなったり、赤くなったりしている。
 切り傷もある。
 学校を休もうと、本気で思ったほどだ。
 レイが持ってきたアイスノンをあてて、一晩寝たらとりあえず人前に出れるぐらいに回復した。
 それにしても酷い顔だ。
 転校初日から休むのはどうかと思っていたけれど、レイも同じ学校へ転入するので、意を決して登校した。
 
 そして、ここは職員室。
 さっきから人の顔を見て、笑いが止まらないのが、僕の新しい担任の先生。
 『葛城ミサト』と言う名前であることは、さっき紹介された時にわかった。
 体のラインを強調するタイトな服装に、黒いミニのスカート。
 上から見ると、大きな胸の谷間が覗けそうだ。
 一体先生は、中学生を 悩殺 してどうしようって言うんだろ。
 
 目をやると、向こうにレイの姿が見える。
 やはり担任らしい先生と話している。
 時折、体を揺らして笑っているのが見えた。
「いや〜。ごめんごめん」
 葛城先生は、ひとしきり笑った後、涙を浮かべた目をこすった。
「そんなにおかしいですか?」
「え? いや、全然。全く、さっぱり、おかしくないわ。うん」
 そういいながらも、まだ目は笑っていた。
 失礼な先生だ。
「で、シンちゃん。武勇伝は聞かせてくれるんでしょ?」
「シ、シンちゃん――てなんですか?」
「あら、あなた、碇シンジ君でしょ? だからシンちゃん。
 いい名前じゃない」
 そう言って先生はからからと笑った。
 どうやら僕の名前を、そう呼ぶことに決めてしまったみたいだ。
 なんだか、だんだんと不安になってきた――。
「あたしのことは、ミサトって呼んでねん」
 台詞の後に、ハートマークがひらひらと舞っているような錯覚を覚えた。
 僕は頭を抱えた。
「あら、シンちゃんどうしたの?」
「頭が痛くなってきたんです」
「あら、それは大変。風邪かしら」
「いえ、大丈夫です。治りましたから」
 この先生をまともに相手にしちゃいけない。
 僕の本能はそう感じ取った。
 
 予鈴が鳴った。
「あ、そろそろうちのクラスの委員長が来るから、彼女と一緒に、先にクラスまで行っててね」
「あ、はい」
 僕は返事をして、そして気づいた。
「彼女、彼女って――委員長は女子なんですか?」
「そうよ。眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能。
 誰からも好かれる壱中のスーパーアイドルよん」
「へえ、そんなすごい子がいるんですか」
「そうそう。彼女はすっごい美人なんだから。モテモテ(死語)よ。
 ライバルも多いし、競争率高いわ」
 ミサト先生はそう言いながら、僕のほうをちらりと見た。
「でも、大丈夫っ。
 彼女はあたしが見たところ、今のところフリーよ。
 シンちゃん、アタックするなら今がチャンス!」
「なっ――」
「そうだ! シンちゃん、彼女に校舎を案内してもらえばいいわ!
 これで他のライバル達よりもぐっとリードすることが出来るわねっ」
「リードって――」
 僕はもはや、ミサト先生の暴走を止めることはあきらめかけていた。
 この人が僕の担任――なんだよね?
 
 この学校では二年生から三年生になる時、クラス換えはないって言ってた。
 と言うことは、少なくとも卒業するまでは、この人と一緒――。
 そう考えただけで、思いっきり疲れてきた。
「うふふ。シンちゃんの学園生活も楽しみになってきたわねぇ」
 それはミサト先生が楽しんでいるだけでしょ。
 そう突っ込みを入れたかったが、台詞にはならなかった。
 
 がらっ。
 職員室の扉が開いた。
「あ、シンちゃん。か・の・じょ・よ」
 ミサト先生が、にやけた笑いを顔に貼り付けて、職員室の入り口に視線を投げた。
 僕は振り返って見た。
 
 
 
 長い金色の髪が、揺れていた。
 
 濡れたような睫と。
 陶器のように白い肌。
 
 僕は、彼女の蒼い瞳から、目を離すことができなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 to be continued.

 


 あとがき という言い訳
 
 『いつ空』の第1話Bパート、お届けです。(^^)
 
 第1話が終わったので、ここでちょっと説明です。
 不良少女と超能力少年が出てくるところだけ、原作から頂きました。
 時間がなかったので(笑)、あまり良く練れては居ないのですが、一応大体のプロットは出来たので掲載となりました。
 ただ、クライマックスは考えてありますが、途中のお話は全然考えていません。
 多分、それこそ『気まぐれ』で話を進めると思いますので、ご了承の程。(^^;
 
 配役ですが――。
 『まどか』役はアスカさんです。
 そして主人公『恭介』は、当然シンジ君にやってもらいます。
 『いつ空』は原作と同じように、この二人のお話が中心となって進みます。
 
 レイちゃんはシンジ君の妹役です。(^-^)
 『気まオレ』には二人の妹が登場しましたが、『いつ空』では一人です。
 もう一人、誰にするか悩んだのですが――。
 結局レイちゃんと並び立つキャラを思いつかなかったので。(^^;
 レイちゃんはしばらく出番が無いと思いますが、実は重要な役なのです。<本当か?(^^;;;
 
 あとは、皆様がとっても気になっている(笑)、ひかるちゃん役ですが――。
 それは、次のお話で。(^^;
 
 
 それでは、最後に。
 このお話を気に入っていただけたら、とても嬉しいです。
 そして、辛抱強く待っていただけたなら、次のお話でお逢いましょう。
 


 2000/11/15
 なお

 
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