NEON GENESIS EVANGELION FAN FICTION
星に願いを 1B

 真っ暗な部屋。
 時計の音だけが、響く。
 完全防音の設備が整っているこのマンションは、窓さえ開けなければ外部の音は一切入ってこない。しん、と静まり返った部屋に、時折車のライトの反射らしきものが、部屋の中を通り過ぎる。
 ミサトのマンション――あたし達が住んでいるところ――コンフォート17に帰ってきたあたしは、着替えもせず、自分の部屋のベッドにうつぶせになった。
 まだ、シンジもミサトも戻ってきていない。
 当然だ。
 あたしはシンジを置いて、一人で帰ってきてしまったのだから。
 よって、この家の人口は、現在約一名。
 構成員は、あたし――惣流・アスカ・ラングレーの、一人。
 ひとり。
 独り……
 独りっきり……
 
 独りは……
 
 ……慣れないわ。
 
 
 
 エヴァの起動実験および訓練は、たいていシンジと一緒だけど、いつもそうとは限らない。あたしは休みでシンジは訓練、という日もある。
 ミサトは作戦部長なんだからあたりまえと言えばあたりまえなんだけど、あたし達が訓練の日は、必ずと言っていいほどネルフにいる。
 そして、ミサトがあたし達より早くここに帰ってくることは、めったにない。
 よくて一緒、だ。
 
 あたしの訓練がない時。
 そんな時、一人でここに帰ってくるのがいやなので、ついヒカリの家に足が向いてしまう。
 ヒカリの家は居心地がいいので、かなり長居してしまったり。
 でも、まだ、泊ったことはない。
 遅くとも、シンジが帰ってくるまでは、家に戻るようにしている。
 だって家のドアを空けた時、だれも「おかえりなさい」って言ってくれないなんて、寂しすぎるから。
 あたしだけが訓練の日でも、帰ってきたときはシンジは必ず家にいる。
 どこかに遊びに行っているなんて事は、今までにはない。
 それに、どんなに遅くなっても、夕食の準備をして待っていてくれる。
 しかも、それまで食事もとらないで。
 「あんた、ばかぁ? 遅くなるって連絡入れたでしょ。先に食べておきなさいよ」
 「うん。そう思ったんだけど、せっかくだからアスカが帰ってくるまで待とうと思って。それに、作りながらちょこちょこと、つまみ食いをしてるから」
 あたしは、シンジの作るご飯が大好きだ。
 だってネルフの食堂のご飯って、本っ当においしくないんだもん。
 作ってくれている人には申し訳ないんだけど。
 ネルフの食堂って、栄養のバランス第一でメニューが決められているので、味や盛り付けなんかには関心がないゾ、てことが明らか。
 あ、シンジが作ってくれるご飯は、味も盛り付けも当然二重丸なんだけど、栄養のバランスという点でも全然問題ないの。
 それに、仮にネルフの食堂のご飯がどんなにおいしくても、きっとあたしはシンジの作ってくれるご飯の方を、選ぶと思う……。
 「それと、一人で食べる食事って、なんとなく味気ないでしょ? 僕もアスカやミサトさんと、なるべく一緒に食べたいから」
 そこにミサトが入るところが気に食わないんだけど……まあいいわ。
 なので、あたしもシンジが訓練の時、あいつが帰ってくる頃には必ず家に戻るようにしている。
 この前、シンジが訓練で遅くなった時、疲れているのにご飯を作ろうとするから、さすがに止めて宅配ビザにしたときもあった。
 あたしが、作ればいいんだけどね。
 あたしは……ほんの時々しか作ったことない……けど……。
 どうもあたし、料理には向いているとはいえないみたい。
 詳しくは書かないけど、出来上がったものがあんまりおいしくないのだ。
 レシピどおり作っても、何かが足りない。
 それでもシンジは「おいしい」といって食べてくれるけどね。
 シンジの作る料理に比べたら、あたしのなんて恥ずかしくて人様に披露できるようなものではない。
 というか、シンジの作る料理がおいしすぎるんだと思う。
 ネルフに行くときは、大抵シンジと一緒だからいいんだけどね。
 それでも、時々は外食をする。
 起動実験が、かなり遅くなるときなんかがそう。
 この前、ヒカリの家で夕食をおよばれした時も、シンジの起動実験がやたらめったら時間がかかるということだったので、久しぶりにヒカリの家でご馳走になった。
 そんなときぐらいしか、外で食べないないけどね。
 
 そういえば今、思ったんだけど、あたしがネルフに行かないとき、シンジとファーストって二人っきりなんじゃないの?
 ファーストが住んでいる所は、あたし達が住んでいるマンションとネルフとを結んだ軸線上にある。(そんな難しいこといわなくても、素直にネルフへ行く途中にあるって言えばいいんだけど)
 ネルフに行くときは学校からだから当然だけれども、帰りも必然的にシンジとファーストは一緒に決まっている。
 だって、3人がそろって訓練するときなんか(そっちのほうが断然多いんだけれども)あたし達、途中まであの子と一緒に帰るのよ。
 あたしはシンジと一緒に住んでいるから、あたしがシンジを待って一緒に帰るのは当然だけど、ファーストが早く終わったときでも、あの子、あたし達を待っているのよね。
 ああ、待っているのはきっとシンジのほうね。多分。
 まだ、あの子と二人で起動実験や訓練をしたことないからわからないけど。
 (それは賢明な判断かもしれないわね)
 そういえばあたしが来る前、エヴァのチルドレンはシンジとファーストの二人だった。
 二人の作戦行動は一度きりと聞いているが、訓練なんかはずっと一緒だったはず……
 二人が仲良く話しているところをよく見るし……
 まさかあいつ、ファーストとつきあっているのかな?
 プラネタリウムも、一緒に行ったって言ってたし……
 あたしが来る前も、二人っきりでデートなんかしたこともあったりして。
 でも、奥手のシンジが、あの無口なあの子をどうやって口説いたんだろ……
 
 あたしは、知らないうちに親指のつめを噛んでいることに気づく。
 
 いいじゃない。
 シンジがどこの誰とつきあっても。
 別に、あたしとシンジがつきあっているわけじゃないんだし。
 
 でも……
 
 なんで、こんなにも気になるんだろう。
 
 あいつのこと……
 
 
 
 とんとん。
 そのとき、部屋をノックする音が聞こえた。
 あたしは、自分の思考に没頭していたので、びくっと体を震わせてベッドの上に飛び起きる。
 「だ、だれ?」
 多分、シンジ、だ。
 さっき、独りで帰ってきてしまったので、心配しているんだろう。
 「アスカ、ちょっといいかな」
 ドアの向こうから、予想通りのぐぐもった声。
 ここからじゃ、声の調子まではわからない。
 「……な、なによ」
 さっきのシンジと別れた時のことを思い出したので、あたしの声は歯切れが悪くなる。
 「ええと、アスカが何を怒っているかわからないけど、きっと僕が悪いんだよね。でも、僕はアスカが何で怒っているのかわからないんだ。よかったら、話してくれるとうれしいんだけど……」
 ……ばか。
 本当にどうしようもなく……。
 どうしようもなく、やさしいやつね。
 あたしが怒っているのは、確かにあんたのせいなんだけど、あんたは全然悪くはない。
 理由なんか恥ずかしくて、話せるわけはない。
 なんて思っていると……
 「ねえ、ちょっと外へ出てみない? いいものが見れるはずだよ」
 外?
 外に何があるの?
 すでにあたしの怒りは、とうに消え去っていたので、実は早くシンジの顔を見たくなっていたの。
 あたしは、ベッドを降りてドアを開けた。
 
 

 
 
 シンジがあたしを連れ出したのは、このマンションの屋上だった。
 少し風が出ていて、あたしの髪の毛がふわっと舞い上がる。
 あたしは、額にかかる前髪をかきあげた。
 「何よ、いいものって」
 シンジの顔を見ていると、思わずてれちゃう自分の顔を引き締め、わざと冷たく言う。
 だめだな、あたし。
 「もうちょっと待って」
 そんなあたしの態度なんか気にしていないかのように、シンジは腕時計を見ながら言う。
 あたしはシンジから目を離し、夜空を見上げた。
 見上げると、本当にかすかなんだけど、星が見える。
 第三新東京市は開発が始まったばかりの新しい都市とはいえ、政府がかなりの力を入れているらしく(なんたってネルフがあるし)、ここ数年、人口の増加が著しい。
 人口が増加すると、必然的に人が生活していくための灯りが増える。
 そして都市自体も、24時間、常に動き、眠らない街へと変わっていく。
 そんなこんなで、今見上げている夜空は、それぞれの生活や、企業や、行政が造りだした光の影響で、数えられるほどしか星が見えない。
 プラネタリウムで見たかったなぁ……
 こんな明るいところじゃ、何にも見えないよ。
 今日はせっかくの七夕なのに。
 目を凝らすと、わずかに織姫であること座の主星、ベガが見える。
 ということは、アルタイルは……あった。
 天の川は多分、こう流れているはずだけど……全然見えないわね。
 あたしは、明るい夜空にため息をついた。
 「もう、そろそろだよ」
 シンジの声に緊張が走る。
 あたしは、何が起こるのか、と、ちょっとだけ興味を惹かれ、シンジの方に歩みより、彼の視線の射すほうを見る。
 その先は、照明がきらびやかに光る、第三新東京市の中心。
 夜になっても眠らない街。
 これが、織姫と彦星の一年越しの再会を邪魔しているのよね。
 
 と、そのとき。
 
 第三新東京市の灯りが、すべて、消えた。
 
 正確に言うと、本当は全部じゃない。
 残された灯りはいくつかある。あるが、それは今まで灯されていた灯りに比べると、ほんのわずかな光。
 あたりは、ほとんど漆黒の闇。
 
 停電だ!
 あたしは思った。
 「見なよ!」
 隣でシンジの声がする。
 振り向くが、暗くて顔が良く見えない。
 「上だよ、上!」
 あたしはシンジの言うとおり、空を見上げた
 すると……
 
 そこには
 満天の
 星
 
 
 
 「うわ……」
 絶句……とはこのことだろう。
 星、星、星。
 星の海。
 昔、ドイツの田舎で見た……
 日本に来るとき、船の上で見た……
 それに匹敵するくらいの……
 じっと見ていると、体が空に飲み込まれそうなほどの、星の、数。
 夜空のはずなのに、暗いところが見えない。
 星座の判別も、つかない。
 あふれ返った、光。
 まるで、宝石箱をひっくり返したような……
 「アスカ。ほら、天の川!」
 暗闇にも目が慣れてきて、シンジの影がうっすらと認識できる。
 その手のさす方を見ると、まさに銀色の河が、(そら)を縦に貫いている。

 そして、ようやく星座の形が、ある程度認識できるようになってきた。
 こと座の主星、ベガ。
 わし座の主星、アルタイル。
 織姫、と、彦星。
 さっき、光の中で見たそれとは、全然違う。
 まったくの別物といっても、いいくらい。
 昔の人はこんな夜空を見上げ、悲しくも美しい伝説に、思いをはせていたのね。
 
 

 
 
 と……ん。
 いつのまにか、シンジと肩が触れ合う距離に近づいていた。
 触れ合った肩が、熱い。
 あたしはシンジとデートした時の服装のまま。ピンクのタンクトップとデニムのミニのスカート。
 剥き出しの肩がシンジに触れた瞬間、あたしの心は一瞬で沸騰した。
 シンジのほうをちらっと盗み見る。
 暗闇の中で、表情はわからない。
 あたしは思い切って、腕を絡ませることにした。
 「うわっ! ア、アスカ……」
 「な、なによ。ちょっとぐらい、いいじゃない……
 真っ暗でよかった。
 多分、あたしの顔は、今、真っ赤になっているだろう。
 心臓の鼓動が、早鐘を打ったようになっている。
 のどから心臓が出るって、こういう事を言うのね。
 自分でもびっくりするほど、大胆なことしていると思う。
 腕を通して、シンジの心臓の音が聞こえる。
 とくん、とくん……て、リズムを刻んでいる。
 生まれたばかりの子供は、母親の心臓の音を聞くと安心するって言うけれど……
 シンジの鼓動を肌で感じるのって、とっても気持ちがいい。
 
 突然、ヒカリの家での占いのことを思い出した。
 『夜空を見ながら告白する』
 だったっけ?
 詳しくは忘れちゃったけど、多分そんなもんよね。
 だとしたら、今の状況は千載一遇のチャンス!
 あたしは思い切って、自分の心に素直になることに……
 なることに……決めた!
 「シンジ……あたし、あたしね……」
 うわっ。
 声が震えている。
 しかも、自分の声じゃないみたい。
 自分の心臓の鼓動の音が、突如雑音と化し、耳につく。
 のどが、からからに渇いてくる。
 次の言葉を継ぐことができない。
 声を発するための、声帯の機能が失われたかのようだ。
 
 ふ、と、シンジの方を向く。
 向くと、思いがけなく、顔が近くにある。
 暗くて表情までは、良く、わからない。
 わからないけど、今までにないくらい、近くに寄り添っている。
 吐息が、お互いの唇に、かかる。
 あたし達は、さらに顔を、寄せ合った……
 
 と、そのとき。
 
 暗闇と化していた世界が、突如として秩序を回復した。
 まるで、きらびやかな遊園地のパレードの中に放り出されたみたい。
 暗闇の中で、花火が上がったみたいに感じる。
 あたし達は、あと1cmでお互いの距離がなくなるところまで来ていた。
 あたしは、目の前にあるシンジの瞳を見つめる。
 そこに映る、あたしの瞳は揺らいでいた。
 
 突然、あたしは思いっきりシンジを突き飛ばしてしまった。
 「い……てぇ」
 シンジは、胸を抑えてうずくまっている。
 「あ、あ、あたし……」
 そのときのあたしは、一体、何をしているのかさえ、認識することができなかった。
 覚えていることといえば、あたしが屋上から階下に下る階段を駆け下りるとき、背中からシンジの声が聞こえたことくらいだった……
 
 
 
 
 
 
 
 

[続く]


あとがき
 『星に願いを』第壱話Bパートをお届けします。
 当初の予定では、ここで終わりだったはずが……
 う〜ん。なかなか、うまくいかないもんです。(汗)
 
 と、ゆーわけで。
 第弐話に続きます。
 この調子で行けば、今週中に掲載に……なるといいなぁ。(笑)
 

2000.7.12
なお

 
 

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nao@an.email.ne.jp