問題無い
 
 

 天界より遣わされし2番目の使者は、学校においても、ネルフにおいても、

 魔界より遣わされし3人目の少年の、「妹」 として正式に認められた。
 
 
 
 
 

第15話 シンジ 修錬
 
 

「シンジ君、準備はいいかしら?」

問題無い

「O.K! じゃ、行くわよ」

 冒頭の会話は全く同じで、シンジが話している相手もミサトである。

 これを見る限り、シチュエーションはすっかりそのままなのだが、

 ただ1点だけ前回とは異なっている点がある。

 それは、場所が武闘場ではなく、エヴァのシミュレーションルームである。という点である。

 どうやら今日の訓練メニューは昨日とは違って、

 エヴァを使ったVR(ヴァーチャルリアリティ)シューティングのようだ。

 いつもならば、エヴァを直接視認できる大きな窓のある位置にはリツコが詰め、

 ミサトは訓練の様子を黙って見ているのがいつものパターンなのだが、

 今日はどういう訳かその位置にはミサトが立っており、

 リツコの方が後方に引いて開いているモニターに目線を集中させている。
 
 

「これ迄とはプログラムを変えてあるから、そのつもりでね〜」

「何! それはどういう事だ?」

「スタート」

「こら、ミサ・・・」
 

 事前のミーティングでは何の周知もされていなかったため、

 シンジは突然話されたミサトの言葉に驚き、変更の内容を確認しようと思ったのだが、

 それより先にミサトは強引にシミュレーションをスタートさせてしまう。

 それと同時に目の前にVRのサキエルが現れたため、

 シンジは言いだしかけた事を中断し、サキエルの方に向き直らざるを得なかった。
 

「目標をセンターに入れてスイッチ」

 ある程度の回数をこなし、パレットガンでの射撃に慣れてきた最近では、

 わさわざこんな事を口ずさむ事もなく、自然と体が反応するようになっており、

 十分ミサトが満足できるだけの成績を上げられるようになっていたのだが、

 果たしてプログラム変更とは、いったいどこを、あるいわ何を変えてきたというのだろうか?
 

 シンジはいつものようにパレットガンの銃口を正確にサキエルに向けてトリガーを引く。

 今迄ならサキエルの映像は後方に吹き飛んだ後に爆発し、

 その後また別な地点にサキエルが現れるという事の繰り返しだったのだが、

 何故か今回は引き金を引くのとほぼ同時に、自分の乗っているエヴァにも衝撃が襲ってきて、

 そして次の瞬間にはシンジの乗ったエヴァ初号機はその活動を停止してしまう。

 何が起こったか判らないシンジの目の前に”GAME OVER”のテロップが流れていく。
 

「ミサトめ」

 憮然とした表情を浮かべるシンジの口からボソッと小さな声が漏れ出る。

 だいたいこういった、悪戯という訳ではないが、

 細工を施すのが好きな作戦部長の気質を良く知るシンジは1人ごちる。

 とはいえ詳しい状況はわからないながらも、自分が倒された事だけは間違いが無いようなので、

 シンジはまず自分がどういった状況に陥ったのか確認を取る事にした。
 

「やられたよマヤ、状況を教えてくれ」

「えーと」

 当然の事だがVRのプログラムをミサトが組める筈も無いので、

 実際のプログラムの改変を行なったのはマヤなのであるが、

 ミサトからのリクエストがリツコを経由して、その部下であるマヤにもたらされた際には、

 秘密を漏らさないようにとのお達しがあったのである。

 そのためシンジからの問い合せを受けたマヤだったが、果たしてどうしたら良いのか、

 直接自分の口から話して良いのか判断に迷ったため、ミサトにチラッと視線を走らせる。

 するとカンの悪いミサトにしては珍しいが、その視線の意味する所に気づいたのだろう、

 ゆっくりと、そして大きくマヤに向けてうなずき返した。
 

「シンジ君、今のあなたは第三使徒と相撃ちになったんです」

「相撃ちだと、どういう事なんだ? いったいプログラムをどのように変更したんだ?」

「今迄の第三使徒はただVF(ヴァーチャルフィールド)上に出現するだけでしたが、
 今回新たに変更されたプログラムでは、相手にも攻撃手段を持たせてあるのです。
 具体的に言うと、第三使徒もエヴァと同様パレットガンを所持しているように定義してあります」

 成る程、それで自分がパレットガンのトリガーを引くのと同時に、”GAME OVER”

 になってしまったのかと、自分が置かれた状況については納得したシンジだったが、

 事前にその事を教えてくれなかったミサトの行動には疑問を覚えずにはいられなかった。

 とはいっても普段の私生活においては、かなりおちゃらけているミサトだが、

 訓練、あるいわ作戦遂行の際には常にベストの結果が出せるように、

 取り組んできた実績もある事から、今回の事も何か考えがあるものと判断したシンジは、

 先程より少し落ち着いた感じでその事について質問をする事にした。
 

「よくわかった。けれど何故ミーティングの時にそれを教えてくれなかったんだ?」

「マヤちゃん。チョッチいい?」

「はい、お願いします」

 さすがにここ迄の事についてわからなかったマヤは、今度こそ困ったなと思いかけたのだが、

 それより先に説明を代わってくれるような申し出がミサトの方からあったので、

 彼女にマイクを渡し、自らはあっさりとシンジのオペレーターとしての立場を受け渡してしまう。
 

「最初から説明するわ、シンジ君、今迄はずっと相手を倒す訓練をしてきたわよね」

「その通りだ」

「けれどもこのVRでのこれ迄の訓練では相手が攻撃してくる事は無かったでしょ。
 現実には使徒が攻撃してこないという事はありえないと思うので、
 今回マヤちゃんに頼んでプログラムを変更してもらったのよ」

「それは理解できる。僕が知りたいのは事前にそれを教えてくれなかった理由なんだ」

「シンジ君、人類の歴史上、使徒と戦闘を行ったのはこの前が初めてなのよ。
 そして次にやってくる使徒は、どんな姿で、どんな武器を持って、どんな攻撃をしてくるのか、
 全くわかっていない。」

「確かに! その通りだな」

「あなたには本当に申し訳ないけれど、
 そんな、ないないづくしの中で戦って貰わなくては・・・ そして勝って貰わなくてはならないの。
 そのためにはむしろ相手のデータは白紙のままの方が良い。そう判断したのよ」
 

 確かにミサトの言う事には一理ある。

 使徒という者の情報が全くと言って良い程無い現状においては、

 はたして次の使徒がどんな奴なのかもまるっきりわかってはいないのだ。

 第三使徒サキエルはおそらくATフィールドの応用だと思うが、腕から出される光のパイルで、

 一旦はエヴァ初号機を叩きのめしている。

 パレットガンはともかくとして、サキエルと同じようにATフィールドを応用し、

 それを飛び道具として使ってくる使徒がいたとしても決して不思議ではない。

 だが、訓練の際にはそういった先入観を一切排した状態で臨んだ方が、

 つまり 『使徒に関する情報は全く無い状態で訓練した方が良い』 と判断したミサトは、

 あえてミーティングでその事をシンジには告げなかったのである。
 
 

「わかった。続けてくれ」

 シンジの言葉にミサトは大きくうなずくと、

 元々の明るいキャラクターというオブラートに包んだ ”私情” を全面に押し出し、

 訓練の続行を宣言する。

「O.K! シンちゃ〜ん。今度はヤ・サ・シ・クしてあげる(はあと)」

 ゾクッ!

 だが次の瞬間ミサトの背筋を強烈な悪寒が襲ってきた。

 どうやらその発生源は自分のすぐ脇にいるマヤと、後方に控えているリツコのようである。

 どうもミサトの台詞が気に入らなかったようで、

 何となく2人の背後には怒りのオーラさえ見えるような気がする。

 いったい何で? ミサトは恐怖心におののきながらも次の瞬間、ピンと来るものを感じていた。
 

 リツコにしてもそれは同様であった。

 マヤの事はこの前の研究室でのやり取りで既にわかっていた事だったが、まさかミサトも・・・。

 そんな事を考えていた刹那、不意に、本当に偶然だったのだが2人の視線が交錯する。

『アレは普段のカンはすこぶる鈍いんだが、
 どういう訳か、こういう事に関してだけは信じられない力を発揮するんでな』

 シンジの放ったこの言葉が不意に脳裏に蘇り、ミサトに向けてニヤッとした笑みを返すリツコ。

 それを受けてミサトの方もリツコに向けてニヤッとした笑みを返す。

 シンジの影響を2人共確実に受けている。その様子が明らかに伺える2人の行動であった。
 

 リツコとミサト、この2人は元々その方面では同行の士であり、

 同じエサにたどり着いたとしても決して不思議では無く、

(オイ)

 通常であればどちらがそれを口にするのか、熾烈な争いが始まる所なのだが、今回は逆に、

 彼女達の方がシンジに呑まれてしまっており、今の状況を知らない彼の発した言葉により、

 一触即発と見られた事態は不完全燃焼のまま終わりを告げる事となった。
 

「どうした? 続けてくれ」

「わ、わかったわ、マヤちゃん、レベルを少し下げてみて」

「了解」

 そんな2人とは異なり、既にシンジによってその心を捉えられてはいるものの、

 今だその毒素を体に注入されていないマヤは、1人取り残されるような形になっていたが、

 ミサトからの依頼の言葉に従い、VRをノーマルモードからイージーモードへと変更し、

 更に慣れた手つきで細かな調整を繰り返し、たちまちのうちに変更を完了する。

「出来ました」

「シンジ君、行くわよ」

問題無い

「スタート」
 

 再び開始されるシミュレーション。

 先程と違って1発で相撃ちになると言うような事は無かったが、

 それでも大した時間を経過する事もなく、シンジの眼前には、

 ”GAME OVER”の文字が右から左へとスクロールアウトしていってしまう。

「もう1度頼む」

「了解、スタート」

 今度はミサトの指示を待つまでもなく、マヤは自分の判断で再びプログラムを走らせる。

 だが、またしても結果は先程の場合とそれ程変わりばえはしない。
 
 

「もう1度だ」

「了解」
 
 

「もう1度」

「了解」
 
 

「頼む」

「了解」
 
 

 更に数回繰り返してはみたものの、ほんの少し点数が上がっただけで、

 シンジ自身にとってその結果は全然納得のいくものではなかった。

 このままではどうしようも無い。が、何か対策が有る筈である。

 シンジはそれまで黙っていたミサトには、何か具体的な策があるものと判断し、

 彼女の指導を仰ぐ事にした。
 

「ミサト」

「何、シンジ君」

「何か方策があるんだろう。教えてくれ」

 珍しく素直に頭を下げてきたシンジの態度に、ミサトは仕方なくアドバイスを送る事にする。

 本当は彼自身にそれを見つけて貰いたくて黙っていたのだが、

 やはり射撃を初めてまだほんの少ししか経っていない少年には、無理があったようだ。
 

「シンジ君、相手が銃などの武器を持っていた場合の考え方として大事なのは、
 まず自分の銃を撃つ事より、自分の身を守る事よ」

「身を守る・・・」

「そう。結局1発でも当たってしまったらもうそれでおしまい。という事だってありえるのよ。
 敵を倒すよりも、まず自分の身を守る。これを第一に考えて」

「わかったよミサト。 で、具体的にはどうすれば良いんだ?」

「なるべく低く、なるべく小さくよ」

「低く、小さく・・・」

「そう、それが基本中の基本。そうする事でたった一つしかない命を守る確立を上げる事が出来るの」

「わかった。やってみる」

 まるで謎かけのようなミサトの台詞だったが、シンジには何か感じる所があったようで、

 納得した表情を見せると、再び訓練を再開するためポジションに着く。

 それに対して、リツコとマヤの2人はミサトとシンジとのやり取りの内容は、

 最初の 『身を守る』 という事についてはわかったものの、

 その後の 『低く、小さく』 についてはまるっきり意味不明だったため、

 すっかり手が止まってしまっていた。
 
 

「O.Kだ。頼む」

「りょ、了解」

 実際のVRのオペレーターを努めていたマヤは、シンジからの要請に我に返ると、

 改めてプログラムをスタートさせる。

 はたして、ミサトのアドバイスの成果や如何に?
 
 

 またしてもシンジの目の前に現れるVRのサキエル。

 対するシンジだが、今迄と同様にすぐさまパレットガンの銃口をサキエルに向けようとするが、

 今回はそれだけではなく、同時にかがみ込みながら自らの態勢をサキエルに対して半身にし、

 しかる後にトリガーを引く。

 結果、今迄より激しく体を動かしながらの射撃となったため、

 何とか命中はしたものの、急所を的確にヒットする事は出来なかったようだ。

 しかし、その代わりといってはなんだが、自分の方は1発も被弾しておらず、

 明らかにさっき迄とは違っているという事が見て取れる。
 

「そう、それでいいのよシンジ君。そのまま、続けて」

 シンジに対してミサトからの指示が飛ぶ。

 それを受けてシンジは再び同じような動きを繰り返し、今度はサキエルを倒す事に成功する。

 この間の時間は、ミサトから策を授けられる前よりも、

 むしろ今の方がサキエルを倒すのには、余計にかかっているのだが、

 それは同時に彼自身が無事である時間が伸びている事も示している。
 

 早速成果の現れたミサトのアドバイスだったが、

 彼女の言った基本中の基本。 「なるべく低く、なるべく小さくよ」 とは、

「なるべく−(上体を)−低く、なるべく−(体面積を)−小さくよ」 という意味だったのである。

 かがみ込む事によって上体を低くし、

 半身になる事によって相手から見た自分の体面積を小さくする。

 要するに相手から見て標的となる自分の体をなるべく小さくする。という事なのである。

 エヴァに搭乗するようになってまだ2週間と経っていないのに、

 それをすぐさま理解し、やってのけられるシンジの優秀さは、

 ミサトのみならず、リツコ・マヤと、彼を慕う女性達に優越感と安心感を抱かせるものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「いつから?」

 女性用のコンパートメントで偶然顔を合わせたミサトに対し、リツコの方から主語の無い質問が跳ぶ。

 と、同時に2人の間には何とも言えない緊張感が漂っていく。

「シンジ君・・ シンちゃんがこっちに帰ってきた日よ」

「呆れた・・ 私やレイが帰った後でそんな事してたの」

「あによ、そういうリツコはいつだったのよ?」

「サキエルの戦闘の後でシンジ・・ 様が入院していた時よ」

「て事は・・・・ 出会ったその日のうちって事じゃない!」

「そういう事になるわね」

 優越感の見えるリツコに比べ、チョッチ悔しそうな表情を見せるミサト。

 2人の間の緊張感が尚一層高まっていき、このまま2人が衝突するのは時間の問題。

 と思われたのだが、どちらともなくその表情がフッと緩んだかと思うと、

 やがてクスクスと2人の秘めやかな笑い声が漏れ出てくる。
 

 今迄であれば、これ迄何度となく繰り返されてきたサラマンダとヒドラの対決が、

 またしてもここ、ネルフにおいて再現される筈だったのだが、

 碇 シンジという少年は、互いにそれを認め合わせられるだけの存在感を誇示しており、

 ネルフにとっては幸いな事にそれは回避される事となる。

「シンジ様・・ ねえ」

「シンちゃん・・ ねえ」

 お互いを揶揄する言葉を発した後、顔を見合わせ再びクスクス笑いを始める2人。

 その表情は満足感に満ちており、女としてとても幸福そうである。
 

「ところで、マヤちゃんはどうなの?」

 やがて笑いを納めた2人のうち、今度はミサトの方からリツコに対して声がかかる。

「あの娘はまだよ」

「え、でも?」

 先刻行われたVRシミュレーションの際に、リツコにも勝るとも劣らぬ程の殺気を、

 ひしひしとマヤから感じ取ったミサトは、「まだ」 だと言うリツコの言葉に疑問を感じてしまう。

 長いつきあいでミサトの疑問をはっきりと理解しているリツコは、補足の言葉をつけ加える。

「気持ち的にはもう私達と同じでしょうけど、そっちの方はまだって事よ」

「成る程ね・・」

 ネルフの技術部長と作戦部長、この2人とって精神安定剤的役割も果たしているシンジあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 始業前の2年A組の教室は、まだ時刻がかなり早い事もあってか、

 生徒の姿は数える程しか見受けられず、朝の喧噪が始まるにはもう少し時間が必要なようだ。

 そんな中、委員長としての責任感からか、いつもベスト5に入る早さで登校しているヒカリが、

 クラスに顔を出すと、珍しい人物の姿を見つけて、おや? と思ってしまう。

 珍しい人物とは例のミリタリー小僧、相田ケンスケなのだが、彼はまだ朝の早い時間だというのに、

 もう1日の全てのエネルギーを消費してしまったかのように机につっぷしている。
 

 普通、早めに登校してきた者達は、割と清々しい表情をしているものだが、

 彼の場合は、こんなに早く登校してきたにも関わらず、

 まるでそれとは反比例するかのように元気が無いが、これにはちゃんとした理由が有る。

 彼は一昨日レイに関する重大な情報を手に入れたのだが、運悪く敵に発見されてしまい、

 あげく収容所へと連行されていく途中でそれを納めたデータディスクを、

 カメラごと没収されてしまったのだ。

 幸いにしてカメラは昨日返却して貰えたのだが、

 その中に肝心のデータディスクが入っていなかったのである。

 新しい、しかも莫大な資金源となる筈だったそれを失った彼の落胆は大きく、

 結局昨夜は一睡もできないまま夜を明かし、そのままベッドの中に居たとしても、

 ただ時間を持て余すだけだったため、仕方無く早目の登校へと相成ったのである。
 

 尚、このデータを入手した生徒指導担当の教師がこのデータをどのように活用、

 いや、処分したかは定かではない。
 
 

 さて、ヒカリの方だが、普段のケンスケは遅刻ギリギリ、と迄はいかないが、

 それに近い時間帯に登校してくるのが普通なので、

『どういう風の吹き回しかしら』 と思いながらも、これ幸いとばかりに、

 委員長としての職務を全うするために彼に声をかける。

「相田君、相田君てばっ」

「何、委員長?」

「昨日のプリント、届けてくれた?」

 ヒカリの言葉にケンスケは内心でギクッとする。

 昨日はショックが大きすぎてそれ所ではなく、彼はプリントの事をすっかり忘れていたのである。

 当然、今もそのプリントは彼の机の中にあるのだが、何とか誤魔化そうとでまかせを口にする。
 

「え!、あ、ああ〜、いや、何かトウジの家、留守みたいでさ」

「相田君、鈴原と仲良いんでしょ、2週間も休んで心配じゃないの?」

「大怪我でもしたのかな?」

「え! 例のロボット事件で? テレビじゃ1人も居なかったって」

 何気ない、というよりでっち上げに近いケンスケの言葉だったが、まさかこれが、

 真実と比較してそう遠くない内容だとは、語った彼自身が1番知らなかっただろう。
 

 同時にこの言葉は、ヒカリに相当な驚きをもたらす事となった。

 あのロボットに乗っていたのは他でもない、今や彼女にとって父親を別にすれば、

 最も大切な男性なのだ。

 その彼がクラスメートである鈴原に怪我を負わせたというのか。

 彼、碇シンジが転校してくる以前には憎からず想っていた相手、鈴原トウジ。

 ヒカリは自分の気持ちが波立っていくのを抑える事が出来なかった。
 

 ガラッ

「トウジ!?」

「鈴原!?」

 噂をすれば何とやら、たった今話題に上がっていた鈴原トウジという少年が登校してきたらしい。

 身長は中学2年生にしては大きい方だろう、髪はスポーツ刈りとまではいかないが、

 短く刈り上げてあり、どことなく無骨な感じのするその顔とは仲々マッチしている。

 と言ってもはたして女性受けするかというと、好みの別れる所か?

 一応、この第一中においてはちゃんと制服が指定されているのだが、

 何故か彼は黒地に太目の白い線が入った長袖のジャージを上下着用しており、

 ご丁寧にもチャックを喉元までキチンと閉めてある。

 常夏の国となってしまったこの日本で、他の生徒は皆、昔で言う夏服でいるというのに、

 暑くないのだろうか? 余計な事だというのはわかっているが、つい気になってしまう。
 

 ヒカリはトウジが無事だった事にひとまずホッと胸をなで下ろすと、

 座席の配置がまだ確定されていないこのクラスで、

 以前彼がよく好んで座った席に向かう途中で捕まえると、委員長としての責務を果たそうとする。

「鈴原、プリント読んでくれた?」

「プリント?」

「昨日、相田君が届けてくれたでしょ」

 当然の事だが、トウジは委員長が何を言っているのか全くわからなかったので、

 返答に困ってしまったのだが、良く見るとヒカリの後方でケンスケがしきりに、

 自分に向けて目配せを送っている事に気づき、不器用ながら何とか話を合わせようとする。

「お、おう、あれか」

「読んでくれたのね」

「勿論や」

「良かった。じゃお父さんにちゃんと伝えておいてね。それじゃ」

「おう、わざわざスマンの」
 

 ヒカリは肩の荷が下りたのか、トウジに向かって軽く微笑んだ後、自分の席へと戻っていく。

 一方トウジの方はというと、途中で軌道を修正し、ケンスケの所へとやってくると、

 早速口裏を合わせるべく、少し声を潜めながら相談を始めた。

おいケンスケ、プリントってなんや

悪い、悪い。はい、これ

 トウジは机の下でケンスケからプリントを受け取ると、そそくさと自分の鞄に押し込んでしまう。

『あの口うるさい委員長にばれたらまた一騒ぎやからな』
 

 ガラッ

 そんな失礼な事をトウジが考えていると、また扉の開く音がして生徒が教室に入ってくる。

 つられて扉の方を向いたトウジだったが、入ってきたその生徒は、

 彼にとって見覚えの無い人物であり、

 どうやらその生徒は、彼が休んでいる間にこの学校に編入してきた転校生らしい。

 自分よりも背はかなり低く、全体的に華奢な骨格、パッと見、女と見間違う程度の甘いマスク。

 なにもかもが自分とはすっかり対極の位置に存在するようなその転校生は、

 自分の席へと向かう途中、ヒカリの机の前を通過する際、歩くスピードを少しだけ緩め、

 ニヤッとした気障な笑みを浮かべたかと思うと、彼女に朝の挨拶の言葉をかける。
 

「おはよう。ヒカリ」

「お、おはよう。碇さん」

 転校生の方は挨拶を交わすと、まるで何事も無かったかのように歩き続け、

 自分の席に静かに腰を下ろしてしまう。

 だが委員長の方はというと、

 それとは対照的に転校生の姿を彼が席に着くまで、しっかりと追いかけていた。

 今迄見た事の無い委員長の態度に、思わずトウジはポカンとしてしまう。

 まさかあの委員長が・・・ そんな事を考えていたトウジに不意にケンスケから声がかかる。
 

「トウジ、おいトウジ!」

「ん、何や?」

「どうしたんだよいったい? ボケッとしちゃって」

「ん、いや、アイツ・・・」

「ああ、転校生か。お前が休んでる間に転入してきたんだよ」

「ふーん。そっか、で、他には?」

「いないよ、あいつ1人だよ」

「1人やて?」

「ああ」
 

 以前から何度も述べているが、ここ第三新東京市は、第二新東京市より、

 首都機能が移転してくる事が既に決定しており、それに伴うハイペースな人口増加は、

 ここ第一中学のこのクラスに、月3、4名づつの割合で生徒数の増加ももたらしているのだ。

 今迄と同じペースと考えるならば、彼のいなかった2週間という期間であれば、

 やはり1、2名程度の転校生がいたとしてもおかしくはない訳なので、

「で、他には?」 と聞いたのだが、今回はあの優男1人だけらしい。
 

 そんな自分を見つめる視線がある事に気づいたのだろうか?

 転校生が不意に後ろを振り向いたのである。

 たまたまなのかもしれないが、視線が合ってしまったトウジは、一瞬ドキッとしたのだが、

 別段やましい事をしている訳でもないので、転入生の事を見つめ返す。

『何やアイツ、ワイにガンたれるとはエエ度胸してるやないけ。けど・・・ どこぞで会うたかいの?』
 

 一方、転校生、シンジの方もトウジと同じような事を考えていた。

『アイツ、以前どこかで・・・ それに、これと似たような感覚も誰かと・・・』
 

 教室全体を重い、重い空気が覆っていく。

 元々体が大きく運動神経の良いトウジは、クラスの中で男子生徒達から一目置かれる存在で、

 シンジの方も体は小さいながらも、そのカリスマ性を存分に発揮して、

 転校してきて間もないのにもかかわらず、その強烈な存在感は既にクラス全体に浸透している。

 男2人が見つめ合う図というのは決して気色の良いものではないが、

 もしかしたらこれから雌雄を決するのかと思うと、誰もこの2人に口出し出来る者はいなかった。
 
 

 一触即発、そんな2人の様子に、ヒカリはハラハラしながらも、

 何とか仲裁に入れないかと考えていたのだが、またしてもこの少女の登場により、

 事態は、意外な所から意外な転がりを見せ始める。
 

 ガラッ

 またまた扉が開かれると同時に教室に入ってきたのは・・・・ そう綾波レイである。

 学校においても、ネルフにおいても既にシンジの妹として公認になった彼女だが、

 シンジとゲンドウとの約束通り、戸籍等の変更については先送りする事になっているので、

 当面はまだ ”綾波レイ” という名前のままらしい。

 レイは教室内に立ち込める空気の重さなどまるで気にした様子もなく、ヒカリの所へ来ると、

 先程のシンジと同じように朝の挨拶をかわす。

「ヒカリ、おはよう」

「お、おはよう。レイ」
 

 それが終わると、今度はシンジの所へと移動して、やはり朝の挨拶を交わす。

「おはよう。お兄ちゃん

 何て妹に甘い兄貴なんだろう。

 それ迄トウジと睨み合いといっても良い状態に有ったシンジだったが、

 レイのこの言葉を聞くやいなや、すっかりそれをうっちゃってしまい、

 彼女の方に向き直るとご機嫌な口調で挨拶を返す。

 と思われたのだが、レイに向かい合った途端、何故かそれは途中でストップしてしまった。

「どうしたの? お兄ちゃん

「あ、いや問題無い

「おはよう。お兄ちゃん

「おはよう。レイ」

 今一つすっきりしないながらも、レイとの挨拶を交わし終えたシンジは、

 その後、彼女が席に着くのを見届けるのだが、はっきりいって凄いギャップである。

 だがこれも女生徒達から見れば、彼の魅力の1つになっているらしい。

 男子生徒に対してはしっかりと睨みが利くのに、妹に対しては激甘な兄。

 彼は 『妹思いの素晴らしいお兄ちゃん』 として、

 女生徒達から更に絶大な人気を博する事となっていた。
 
 

 さてトウジの方はどうしたかというと、シンジの余りのギャップの激しさに、

 すっかり毒気を抜かれ、逆に呆れてしまっていた。

 それと同時にレイとシンジとの間で交わされた挨拶の内容が気になったトウジは、

 ケンスケに対し、その事を確認しようとする。

「おい、ケンスケ」

「何だい? トウジ」

「綾波が転校生の事を 「お兄ちゃん」 と呼んどったようやが、いったいどうなっとるんや?」

「俺も良くは知らないんだけど、あの2人は元々血の繋がった兄妹で、
 幼い頃、事情があって別れ別れになっていたという話らしいぜ」

「ふーん、さよか。そう言われれば何となく雰囲気が似てるような気がするの。ほうか、妹なんか・・・」

 シンジとレイ、2人の関係について納得したトウジだったが、どうした事だろうか?

 何故か彼の最後の言葉には、それ迄とは違って全く元気が感じられなかった。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし4番目の使者が、姿を現すのとまるで一致するかのように、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、4人目の少年と互いに初めて顔を合わせた。
 
 

                                                         
 
 

 業師の引っ越しのご挨拶(前回と同じやんか)

 Luna Bluのファンのみなさん。引き続きよろしくお願いします。_(._.)_

 Esse−Esseのファンのみなさん。改めましてよろしくお願いします。_(._.)_

(経緯を知らないみなさんご免なさい。

 この 「問題無い」 というSSは、Esse−Esseというページから、

 やむを得ない理由があってこちらに引っ越すことになったもので、

 今回が引っ越し後初めてのお話しとなるため、冒頭の挨拶となったものです)

業師」(わざし) でございます。
 

 map_sさんとなおさんのおかげで、こうして無事引っ越しを完了することができました。

 そして、トウジ君ファンのみなさんお待たせ致しました。

 いよいよ彼が登場し、(番外編を別にすればですが)シャムシェル編、スタートです。

 それと今回から、今迄の話しに比べて1話あたりの長さが弱冠短くなっています。

 今迄ですと、1話あたりだいたい30kを目安にして書いてきていたのですが、

 これですとだいたい読み終えるのに20分前後かかっていたと思いますが、

 ちょっとこれでは長いかな? と感じていたので今後は25kを目安にしていく事にしました。

(これだとだいたい16〜17分ぐらいで読み終えることができ、

 長くもなく短くもなく、だいたい丁度良い大きさではないかと思います)
 

 それから最後に1つだけお願いです。

 もしこのSSが気に入って貰えたらで結構ですが感想メールを頂けないでしょうか?

 たった一言、「面白かった」 だけでもいいです。

 ほんの一言でも根が単純な業師はやる気が倍増します。(^_^)v
 

 これからはこちらで一生懸命頑張りますのでよろしくお願い致します。m(_ _)m

 では、次回予告です。業師でした。
 

                                                         
 
 

 遂に登場する4番目の使者、そしてその呼び水であるかのような4人目の少年。

 それは 「サード」 と 「フォース」 が必然的に相まみえる事になるのを意味していた。

 シンジはまず、4人目の少年から己の犯した失策を責められる事となる。

 次回 問題無い  第16話 シンジ 激突

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


 業師さんからお引越し後、初のいただき物―お引越し蕎麦(笑) を頂きました。

 ありがとうございます。m(_ _)m
 えーと、お引越しの詳しい経緯は、「問題無い」第0話にありますので、そちらもあわせてご覧くださいませ。
 
 しかし……1話、30K

 しかも、1週間に1話以上のペースで。(汗)
 
 僕は1話、大体10K台ですね。
 おまけに、一週間に一回も、更新が無い……
 業師さんって……すごい。(汗)
 
 お話のほうですが、いよいよ「シャムシェル編」がスタートしました。
 本編での第参話でしょうか?
 今15話だから……とても長いお話になる予感がしています。(笑)
 エヴァ小説界では、すでに100話を突破されているお話もありますから、本作もそれに続く大作になりそうですね。(^-^)/
 
 しかし……本作のシンジは超強力ですね。

 ここまで読んでいただいた方なら、今更僕が指摘しなくても、うなづかれている方は多いと思います。
 僕も他の方が書かれたエヴァ小説をそれほど読んでいるわけではないのですが、発想といい、着想と言い、まさに他に例を見ない作品だと思います。
 そんな作品を「るなぶる」に頂いてしまっていいのでしょうか?
 や、もう「返せ」といっても遅いッすよ。(汗)
 
 ええと、なんだか長くなってしまいましたが、(笑)
 次回はいよいよサードとフォースの「激突」ですね。
 一体どうなってしまうのでしょう?
 続きが楽しみな小説がまた一つ増えました。
 なにはともあれ、業師さん、これからもよろしくです。(^-^)/
 
 
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