SICK 〜Howl side〜







「ねぇ・・・」

苦しそうな呼吸の合間に、細く千切れてしまいそうな声で、言葉を紡ぐソフィー。

ハウルは涙を堪える余りに、端整な顔立ちを台無しにしている事に気が付かぬまま、腕の中の華奢な体を抱え直した。

白いシーツは彼女の汗で冷たく湿り、その事実がまたハウルの気持ちを焦らせる。

白く乾燥してしまった唇が戦慄き、ソフィーは何かを伝える為に、ハウルの髪の毛を力無く引っ張った。

「何だい?」

「私・・・平気だから。少し、眠った方が、良いわ。」

途切れがちなソプラノに、眉間の皺は深くなる一方だった。

具合が悪くて倒れて寝たきりだというのに、人の心配をするだなんて、なんて愚かでそして愛しいのだろう。

ハウルは、堪えきれず白い頬を伝った涙を乱暴に拳で拭って、ソフィーの上掛けから飛び出たままの腕をそっと温かな中へと戻した。

「僕の事なんかどうでも良いんだよ。ソフィー。君こそもっと眠るべきだ。」

「いいえ。私、知ってるのよ。貴方、もう何日も、眠ってない。」

「喋らなくて良いよ。喉が辛そうだ。」

唇に優しく人差指を当て、ハウルはソフィーの汗ばんだ額に自分の額をこつりとぶつけた。

体内の血液が沸騰してしまうんじゃないかというくらい、高い体温。

全然良くなっていない。

治る気配の足音すらしない。

何度巡っても辿り付いてしまう絶望の淵を覗き込んだ気分で、ハウルは拳を握り締めやるせない気持ちを押し潰した。

「カルシファーに言って、もうちょっと部屋の温度を上げよう。それから、湿ってきたシーツと寝巻きを取り替えさせて。」

血の気を失って真っ白になっていた柔らかな頬に、僅かに赤味が戻り、ソフィーはとんでもないという表情で首を左右に振った。

彼女の好みを反映してシンプルでふかふかな羽枕に、銀髪が寄り添う様に広がる。

ハウルは目を細めて彼女の拒絶を拒否した。

「ソフィー。嫌がっても取り替えるから。文句は良くなってから言い給え。幾らでも聞いてあげるから。」

形の良い額に、あやすような口付けを落とし、「すぐ戻るから」と言い置いて、ハウルは部屋から出て行った。











「ハウルさん!ソフィーの様子は?」

階段を降りて来た長身に飛び掛かる様にしてマルクルが尋ねる。

「未だ、良くなる兆しがない。マルクル、お前は移るかもしれないから、当分ソフィーの部屋へは出入り禁止だね。」

「そんな・・・」

マルクルはがっくりと肩を落とし、頬を真っ赤に染めて泣き出す寸前の顔を見られない為にハウルに抱き付いて顔を埋めた。

本当に泣いてしまった分、自分の方が子供で弱虫なのかもしれない。

そんな事を考えながら、マルクルの前では気丈に振舞おうとする自分が少し滑稽だと苦笑いも零れる。

「ソフィーの着替えとシーツの取り替えが終ったら、僕は少し部屋に篭るから。新しい薬の調合をしたい。」

「はい。ハウルさん。」

くぐもった声の返事に応えるように、ハウルは手の平でマルクルの小さな頭をぽんぽんと二回叩いた。

大丈夫だよ、と無責任に言ってやれればどんなに互いが楽か。

それでもそう言わないのは、ハウルの誠意であり、マルクルの望みであったからだ。

家族の中に、隠し事は要らない。

それはソフィーも言っていた大切な約束だったから、ソフィーが床に伏せっている今でも守られるべきなのだ。

「もし様子がおかしいと思ったら、僕に知らせてくれるね。マルクル。」

「はい。」

「カルシファー。」

「何だい。」

「ソフィーの部屋の温度を上げて。それから熱いお湯を部屋の中に送って。少し湿度を上げるから。」

「分かったよ。」







現在の動く城は、中心であったソフィーを欠いた事により、がたがたとバランスを崩していた。

お喋りのカルシファーは、壊れた蓄音機みたいにだんまりとして、ハウルに頼まれた仕事を一つずつ片している。

マルクルは未だ小さくて免疫力も弱いからソフィーの風邪が移ったら大変だと言う事で、ソフィーの部屋への出入りを禁止されて意気消沈している。

つまらなさそうにハウルに出された魔法の課題に取り組みながら、上の空でぼぅっと天井を眺めている事が多かった。

ハウルはマメにソフィーの傍で看病をしながら、効くかもしれないと片っ端から呪いを試し、薬を精製し、夜も満足に眠らない生活が続いていた。

ヒンは意味も無く城の中を駆け回り、疲れ果ててぐったりとソフィーのベッドの下で丸くなっている。

城の住人の中で一番どっしりと構えているマダムは、ソフィーに代わって慣れない家事を失敗ばかりしながらなんとかこなして、疲れ切っている。



居なくなって初めてその人の大切さが分かるという、格言がある。

それはソフィーには当て嵌まらない。 何故ならソフィーの場合は、その場に居る時から大切さがひしひしと伝わって来るような人間だったから。

風邪を引いているのに無理をして家事をこなして、挙句悪化させて倒れたソフィー。

ハウルはその瞬間の事を、まざまざと覚えている。

スローモーションで揺らぎ、床へと倒れた華奢な体。

体内の血が、音を立てて末端から抜け出るような、おぞましい感触。

自分が見ているものが現実だと認知出来ない程、錯乱した思考。

それでも駆け寄って抱き止める事が出来た自分に、他人事のように感謝した。

もう三日。

悪化はせずとも良くもならない、ソフィー。

早く良くなって欲しいと、誰もが祈りを天に捧げているのに。

聞き届けてくれない神様とやらを縊り殺してやりたいと、剣呑な目付きでハウルは思い、その邪魔な考えさえ頭から追い出してソフィーの為に出来る事を考え始める。





君が居なくちゃ駄目なんだ。





一人部屋に篭って薬品を調合しながら、ハウルはまた透明な涙を零した。







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