SICK 〜Sophte side〜







ソフィー・ハッター、一生モノの不覚。

体力には自信、あったんだけどな。



おかしいとは思っていたんだけど、これくらいなら体を動かしていれば大丈夫だと、勘違いしてた。

今まで病気らしい病気もした事がなかったし、ハッター家では病弱なのはむしろ母とレティーだったから。

お粥を作るのも、氷嚢を換えてあげるのも、長女の私の仕事だったけれど、二人の病気が移る事は一度も無かった。

だから、過信してしまったのかも。

ぐらりと足元が揺らいで、自分の体なのに自分のものじゃないような嫌な感覚を味わい、私がバランスを崩した瞬間。

ハウルが上げた悲鳴を私は忘れる事が出来ないだろう。

それは、心臓を打ち抜く一陣の風と化した矢のように、鋭く痛かったから。







床に伏せって3日目。

体の節々は鈍く痛み熱を孕み、90歳の老婆であった時の方が未だ思い通りに動かせたとうんざりする。

喉は幾ら潤してもまた新たな水を求め、でも起き上がって水差しに手を伸ばす事は体が出来ないと訴える。

だから、我慢してたのに。

部屋に入ってきたハウルは、私を見て、黙ってコップに水を注ぎ、それを私ではなく自分で飲み、そしてゆっくりと口移しで水を飲ませてくれた。

少しずつ唇から入り込む水は、甘くて、喉を優しく通過して清涼を与えてくれた。

離れていく唇をぼんやりと目に移し、濡れた赤がやけに目についてしまって慌てて瞳を閉じる。

初めてじゃないのに。

何でこんなにドキドキするのだろう。

どうしてこんな・・・

焦がれるように愛しいんだろう。

触れた所がやけに敏感で、何度でもその感触を繰り返して、頭の中がぼぉっとする。

「ソフィー。痛い所は無い?」

よっぽどハウルの方が痛そうな顔をしていた。

声を出すのが辛くて、そんな事無いと伝える為に首を左右に振りながら、逆に私がそうハウルに尋ねたかった。

貴方がそんな顔してるなんて。

とても苦しいわ。

でも。

綺麗な人は、笑っていても泣いていても、そして苦しそうでも綺麗なのね。

顰めた眉も、やつれた頬も、噛み締めた薄い唇も、全部全部、綺麗だった。

体温を失い冷たくなった指先が私の頬を撫でる。

ハウルは私の目の前で涙を零した。

泣かないで。

声にならなくても、私は必死にハウルに伝えようとした。

愛してるから、悲しませたくなどないのに。

こんな状態で、心配ばかり掛けて、緩やかに弱っていくハウルを目の前にして何も出来ない自分が不甲斐なかった。

悔しい。



「熱、引かないね。」

額に張り付いた前髪を丁寧な仕草で払い、ハウルは枕に散らばった私の髪の毛を撫でた。

「薬、作ってくる。一人にさせてごめん。」

静かな声で謝らないで。

胸を突かれるような切なさが全身を痺れさせ、やるせない気持ちで一杯になる。

足音も立てずにハウルは部屋から立ち去り、私はヒンと二人きりになった。

とても静か。

煩いと眠れないだろうと言って、ハウルは魔法でこの部屋を閉じたから、その所為だと思うけど。

愛しい日常が立てる音と切り離されると、自分一人が世界から取り残されているような気になって、寂しさに気が狂いそうになる。

ねぇ。ハウル。

皆の気配がまったく感じられないの。

病気で気が弱くなってるって思ってくれても良い。

寂しくてしょうがないの。

眠れなくても良いから。

お願い。

魔法を解いて、皆を感じさせて・・・?







瞼の裏にふわりと光が浮き上がって、それに導かれるように瞼がすぅっと自然に開いた。

「やぁ、ソフィー。良く眠ってたね。」

からかうような表情で私を見下ろすハウルは、とても機嫌が良さそうだった。

ひょこりとその脇から飛び出たのはマルクルの喜色満面の顔。

「おはよう!ソフィー!具合はどう?」

「・・・あ。」

そういえば体が軽い。

凝り固まった肩や背中が鈍痛を訴えるけど、それは耐えられないほどではなく、関節が縮んで軋むようなあの不快な痛みは綺麗さっぱり私の体から出て行って何処にも残っていなかった。

無意識に唇を舌で湿らそうとして、其処が適度の潤いを保っている事を知る。

喉も、そんなに渇いてなかった。

「私・・・」

「もう大丈夫さ。今度の薬は効いたみたいだ。」

ベッドの脇の椅子にどさりと体を投げ出したハウルが、魔法で私の額に鎮座していた氷嚢を持ち上げ、机の上へと移動させる。

マルクルはベッドに両肘を突き、私の顔をにこにこと眺めていた。

「さすがハウルさんです!ソフィー、凄く顔色が良くなってる!!!」

「でも痩せたね。痛ましい事さ。」

「なぁに、すぐに戻るさ。これからあたしらがたんと精の付く物を食べさせてやるんだから。」

「おばーちゃん!僕も手伝うからね!」

「おいらが煮立てたお粥を食べれば元気も出るさ!」

四方八方に炎を伸ばしながら、手に似た細長い炎をくるくると回してカルシファーがベッドの上を飛び回る。

この火の悪魔もソフィーの風邪が治った事が自分の事のように嬉しいようだった。

「ソフィーはこれに懲りて、暫く家事は禁止。全快するまで僕らの言う事はちゃんと聞く事。それと早く元に戻って。女の子ってのは、ふかふかして柔らかいものなんだから。」

「おやおや。ソフィー、気を付けな。ハウルはあんたを抱き枕かなんかと勘違いしてるみたいだよ。」

「マダム、それは無いよ。何故って、抱き枕は僕を抱き締めてなんかくれないからね!」

「ソフィーだって弱虫ハウルを抱き締めるもんかい!」

ケラケラ笑うカルシファーにむっとして、ハウルは顔を顰めると、気を取り直すようにソフィーへと手を伸ばした。

痩せてしまったあたりの頬を撫でようとして、ハウルは手の直ぐ脇を掠めたカルシファーの炎に焼かれ掛けて慌てて手を引っ込めた。

「危ないじゃないか!カルシファー!」

「そんな所に手を伸ばしてるハウルが悪いんじゃないかよ〜!」

「さっきから反抗心旺盛だね。元相棒君は。」

「よせやい!そんな良いモンじゃなかった筈だぜ。おいらとハウルは。」

いつもの調子でやり合う二人の会話を聞いて、ソフィーは安堵したように微笑み、ベッドヘッドに身を凭れさせた。

マルクルがソレに気付き、心配げに顔を寄せる。

「ソフィー。疲れちゃった?」

「いいえ、マルクル。安心しただけよ。皆居るなって。」

「うん。僕達皆ソフィーの傍に居るよ。」

カルシファーが何事かを言い掛けたのを片手で制して、ハウルが二人の会話に割り込んだ。

「ソフィー。君は覚えてないかもしれないけどね。」

「何?」

「うなされるみたいに、君、『魔法を解いて』『寂しい』って言って泣いてたんだ。本当に参ったよ。良かれと思ってたんだけど、僕も未だ未だだね。ソフィーに寂しい思いをさせてごめん。」

「嫌だわ・・・泣いてただなんて、恥ずかしい。変な顔してたでしょ。」

「泣き顔も可愛かったさ。でも見ると胸が痛むから困る。」

真顔で言い切ったハウルにソフィーは頬を染めて俯いた。

「そういう事は後に回しとくれ。」

マダムが呆れた様子でハウルの背中を押し遣って、ソフィーと皆の間に立ちはだかった。

縦と横と奥行きが同じ比率で出来ているんじゃないかと思われる大きな体の陰からソフィーが垣間見れる状態になった。

「これからソフィーは体を拭いたり、着替えたりするんだから、あんた達出ておいき。」

「え〜。」

「ハウル。あんた、何子供みたいな声出してんだい。ほら、カルちゃん、あんたも出て行くんだよ。」

「なんでおいらまで。」

「早く行かないと、キスするよ。」

その脅しに、一斉に後退した面々を面白くなさそうに眺めて、マダムは犬でも追い払うように男達を締め出した。

二人きりになってしまった部屋で、ソフィーが苦笑を零し、元荒地の魔女は愉快そうに笑っている。

「あんた、愛されてるねぇ。」



妙に感心したその声が、漸く城に平和が戻ってきた事を知らせる狼煙のようだった。







end